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第57話 媚薬と毒薬

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セス様の言葉はなんだか心に刺さった。

とは言え、戦闘力はなくても、参謀としてセス様は十分高く評価されていたらしい。
ガウス元帥だとか、大本営の爺さん連中はセス様の言うことに、一も二もなく素直に聞いた。

「おお、ルロード殿の言う通りじゃ」

セス様が、何をどう言ったのか知らないけど、私は殿下を借り受けることになった。
いや、殿下をお守りする崇高な使命を拝命した……つもりだった。

事実上は殿下を別な仕事に駆り出すわけなんだけど、お願いする仕事の内容は……

毒を撒くだけの簡単なお仕事です。
悪獣がきたら、一目散に逃げるだけです。

それに私がご一緒します! 殿下を力いっぱいお守りしますわ。何も心配はありませんからね、殿下。

私は心の中で殿下に、安心してもらおうと繰り返し説明して、言い訳した。



疲れ果て、ものすごく汚くなった殿下は、無言のままついてきたが、戦場の最前線と全然違う方向に向かって行き、大本営の前も素通りしたら、さすがに聞いてきた。

「どこへ行くつもりだ?」

私たちは丸塔の家に向かっていた。


「殿下、今すぐお風呂にお入り遊ばせ」

私は嘆願した。殿下は、一転して丁重になった私にビックリしたらしいが、黙ってバスルームに消えていった。

丸塔の家には簡素なベッドしかなかったけれど『戦線のあそこよりマシだ』と殿下は言った。

真っ白で清潔なシーツは温めておいた。

泥棒魔法で(代金は払ったから泥棒じゃないけど)翼亭から私は肉団子の揚げたのだの、ビーフシチューだの、パリッとした野菜サラダだの、焼き立てパンにバターを付けたのだの、苺の乗っかったデザートなんかを取り寄せておいた。

「あー、うまそー」

いつもの殿下だ。……推しの雰囲気が何だか抜けていく。魔力が抜けていく……。ただの殿下だ、ありゃあ。

ガツガツ食べてベッドに飛び込む勢いで殿下は寝た。

安心しきって眠っている顔を確認してから、私はドアを閉めた。推しの尊顔だ。

「きっと勇者様って、こんな感じなのね……」

ちょっとウットリした。

勇者のお世話係……って、エロい話しか聞かないけど、まあ、私は生活魔法の使い手。お世話係のお世話係ってとこかなっ?


そして階下の部屋に戻ってセス様に話しかけた。

「殿下は、きっと疲れていらっしゃるんでしょうね」

私は同情と敬意に満ち満ちて言った。

セス様は、成り行きが変だけどとかぼやいていたが、一応返事した。

「うん。相当ね」

殿下は疲れていた。私は推しの疲労度に心を痛めていた。

「ねえ、セス様はこの戦いはバカげていると思うの?」

「この戦いがバカげているとは思わない。だけど、正面切って殺そうとしなくてもいいと思う。でも、魔獣相手だと、恐怖が先立ってしまう」

セス様は疲れたように言った。

「あなたも私も殿下も、魔力を帯びている。だから、その正体を知っている。だけど、魔力を持たない人間にとって、その存在は謎。人間、理解できないことには恐怖を抱くんだよね。参謀たちは人間相手の戦いしかしたことがないので、悪獣相手の戦略が上手くいっていない気がする」

「殿下は黙ってそのやり方に従っているの?」

「多分、別の思惑があるんだと思う。単に要請に応じただけだとは思うけど」

私の推しをこき使いやがって。推しとは、崇め奉るものなのよ!

「その、推し論とか言うのは知らないけど……あなたの毒肉ポーションは、効果はわからないけど、試み自体はいいと思う」

「私だって、ベストだなんて思っていないわ。だけど、早くしないと殿下が擦り切れてしまいますからね」

大事な推しは私が守り抜く。

「さあ、ご自慢の地図の使い方と絨毯の使い方を教えてもらいましょうか」



「オハヨー」

翌朝、私は多少とも疲れが取れてすっきりしたように見える殿下を、絨毯係に任命した。

「なに? 移動式絨毯を開発した? そりゃすごい。……だけど、試運転だ? それは嫌だ。どこ連れてかれるかわからないじゃないか!」

殿下の愚痴は無視した。

「あらかじめ設定したポイントに移動します」

「ピクニックじゃないんだぞ?」

私がぶら下げている大きなバスケットに目を留めた殿下が言った。中にサンドイッチでも入っていると思っているのか。中は毒薬だ。

「もちろん違います。そんな暇ありません」

私は宣言した。

「この毒を撒きます」

「え? 毒?」

殿下がびっくりした。

私は強く肯定した。

「そうです。毒です。魔獣用の媚薬です」

そして黒っぽい色のどろりとした液体が入ったガラス瓶を取り出した。厳重に封をしてある。

「魔獣用の媚薬?」

殿下はいかにも疑わしいと言わんばかりに、小瓶を見て、それから私の顔を見た。

「これを撒いて行きます。媚薬と言ってもムスクやマタタビみたいな特殊な匂いです。これに遅効性の毒を混ぜています。媚薬が効いているので、同じ種類を探して毒を広めます。魔獣はそっちに気を取られて、人里に来なくなる」

「色気より食い気だったらどうするんだ」

「……前提からひっくり返さないでください」

それでも殿下は素直についてきた。

「要は絨毯への魔力供給係と言う訳か」

「違いますよ、殿下」

セス様が注意した。

「ポーシャ様の護衛ですよ。ポーシャ様は殿下に強固な保護魔法を掛けます。ポーシャ様の保護魔法は毒には万全です。だが、魔獣の本気の攻撃には脆弱です。殿下が守ってあげてください」

「おお。わかった」

「本当は殿下をこんな用事にお願いするのは心苦しく、できれば殿下が他の騎士様をご紹介してくださって、その方と二人で回った方が私としては喜ばしいのですが……」

私が言いかけると、セス様が割り込んだ。

「しかし、いくら保護魔法をかけるとは言え、悪獣の総本山に乗り込むようなものです。他の騎士では力不足」

殿下が大きくうなずいた。

「その通りだな!」

いつもの殿下に戻ってしまう。寡黙で謙虚だが実力派の私の推しはどこへ行った。

「大勢の騎士をポーシャ様に付けると、全員に保護魔法をかけなくてはならず、ポーシャ様の負担が増えるうえ、保護魔法が弱くなってしまいます。その点殿下なら一人で十分。ポーシャ様と二人だけで一日で回れます」

殿下の目がピカリと光った。なんかいやな予感がする。余計なスイッチが入った気がする。

「じゃあ、一番最初のポイントは、どこかな? ポーシャは知らないかもしれないけど、僕はセスの作った絨毯や地図の操作方法は良く知っていてね。そこは安心してくれ」

殿下は手早く床にポータブル絨毯を敷くと、手招きした。

「この絨毯、小さいからね。もっとこっちへ来て」

寡黙な殿下はどこへ行った。

仕方ないので、私は渋々絨毯に乗った。

「いってらっしゃい」

セス様の、妙に口元が歪んだ笑いがすごく気になったけど、そのまま移動するしかなかった。
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