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第55話 山羊髭先生との論戦

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私は山羊先生をじっとりと見つめた。

「あなたが研究者? 全然信用ならないんですけど……」

本当に研究なんかしているのか? 

研究者と言えば、俗世には無関係で、平民蔑視なんかに凝り固まっていないイメージがあるんですけど。

「いや、あの、その節は……」

先生は冷や汗を流していた。

「それはどうでもいいんですが。なにしろ、この一件が終わり次第、ベリー公爵夫人と殿下が学校の体制を改められると言っておられますので」

ホントはよく知らんけど。

まあ、これくらい脅しておいて、ちょうどいいんじゃないかしら。それに、脅かしてでも、きっちり仕事だけはしてもらわないと。だって、この山羊髭が悪獣の研究の第一人者だって言うんだもの。全然、そうは見えないんだけど。

山羊髭を教室に呼びつけて、私は尋問した。

「それで。悪獣が好む食品はありますか?」

「人肉」

それはダメだ。そんなもの、調達できない。

「他は?」

「ええと、山羊の肉。羊の肉」

山羊先生の肉はどストライクですね。人肉だし、山羊だし。

「毒として効く物は?」

山羊先生は困った顔になった。

「うーん。悪獣とは言え、別に特にほかの動物と違う訳ではないんだよね。だから、効果がありそうな毒も一緒だ。毒まんじゅうを作って撒いたところで、悪獣以外の動物が見つけて喜んで食べてしまう可能性が高い」

「動物全部を虐殺したいわけではありませんわ」

どこかの動物愛護団体から、訴えられたら困る。

「毒を食べればそいつらは死ぬ。別に食べない理由はないから、悪獣含めて他の動物たちも喜んで肉を食うだろう。そして、死ぬ。食物連鎖ならぬ死亡連鎖だ。そうなると、食糧事情が更に悪化する訳で、人肉を求めて、悪獣たちがますますやって来ると」

ダメな理由なんか聞いてない。

「悪獣だけが好んで食べるものは?」

「そんなものないよ。彼らは雑食性なんだ。なんでも食べる。種族の特性とか何にもないよ」

山羊先生は、誰だって考えることさ、今更、大発明みたいに聞きに来られてもねえ、まあ、生徒の浅知恵だよねとか余計な感想を述べて、私を激高させた。

「種族の特性ですか」

私は考えに沈んだ。

「そうだ。ムスクみたいなやつ?」

「何?」

「種族ごとに魅力的な匂いがあるかもしれない。そうです、先生、媚薬がいい。媚薬を作りましょう!」

「媚薬?」

「興奮剤みたいなものですよ!」

先生は懐疑的だった。

「種族ごとに特別な好みがあるでしょう? 他の種類と交雑しないためとか」

「交雑は多いよね。特に魔獣じゃない元の種類とか。ヒトもねえ、平民と公爵家の令息とか」

そんなことを聞いてるんじゃないわ。

「悪獣の種類別の誘引剤フェロモンみたいなものを探したいってことだろうけど、全然わからん。第一、似たものを作るのに、何年かかるか。無駄だと思うよ」

「へえ、長年研究してきたくせに、わからないんですか。最初から無駄だとか言っていたら、そりゃいつまで経っても何も出来ないって結果になりますよね」

私は嘲った。これまでのお返しである。

女公爵に勝てると思うか? 形勢逆転だ。

山羊先生はみるみる真っ赤になった。
ま、最初から公爵家の誰かだと言うことで現れたのだったらとにかく、初めは平民の設定だったから、今でもそんな気分が抜けていないのだろう。

「なんだとう! 人をバカにする気か! 平民のくせに」

「女公爵」

ここは訂正せねば。それに山羊先生のプライドなんかに構ってる時間はないのよ。

「今すぐ成果を持ってらっしゃい。先生は第一人者なんでしょ? 他の人に負けるわけにはいかないでしょ?」

山羊先生にライバルがいるのかなんてわからない。
だが、この一言は、妙に効いた。

「チクショー、アイツか! なんでそんな卑怯な手を使うんだ、このドブス平民!」

「(美人)女公爵!」

私は力を込めて否定した。今日は保護魔法をかけてないのに、何言ってるのかしら。

「早く成果を出しなさい。成果だけよ、家柄も身分も関係ないわ!」

公爵だからって、押し込みにかかってますけどね、今の私。でも、自分に都合がよかったら、少々の論理破綻は気にしませんわ! ホーッホッホッホッ

という訳で、モンフォール十八番地に舞い戻った私は、図書館からガッツリ借りてきた本にのめり込んだ。山羊髭からは、報告書が届くはずだ。

本からでも知識は得られるかもしれない。

三日三晩、本にかじりついた私は慣れないことに疲れ果て、目は充血し、頭が痛くなってきた。

睡眠も少しは取ったのにな。

「仕方ない。ここで倒れては元も子もないわ。ゆっくり寝ましょう」

夢の中では殿下が戦っていた。

彼は効率的に休みを取り、仲間が大勢動いている時間帯には寝ていた。

『夜の方が、勘が冴える』

細く、赤く見える月が中空に浮かんでいた。

『あっちだ』

殿下のいう方角が少々変でも、助手は決して逆らわなかった。殿下に間違いはなかった。
殿下のやることは彼にはわからない。だが成果だけはわかる。
そして、今、殿下だけが踏ん張っている状態だったのだ。

「殿下ッ」

一声叫んで、私は起きた。

いつもの、何の変化もないモンフォール街十八番地だった。
静かで物音ひとつしない。まるで何事も起きていないかのようだ。

そんなことはなかった。
遠いはるか彼方のエッセンの村では、いつ果てるともない砲撃戦が繰り返されている。

私はやらなきゃいけないことがある。これがダメなら別な方法を。

私は魔術書の媚薬の項目を開いた。あと、動物の繁殖方法のページも。


「もう混ぜたらいいじゃん、全部」

天才ポーション作りなんだからどうにかなるよね。

翌朝、山羊髭から手紙が届いた。なんだかものすごく読みにくい字でよろよろと書いてある。

「よし、これも混ぜちゃえ」

私は危険を承知で混ぜ薬を作りまくった。どうせ、使うのは悪獣相手だ。悪獣を呼び寄せるため、意味不明の媚薬のごったまぜと、ポーシャ様お得意の毒の生成だ。

媚薬の方は知らんけど、毒の方は猛烈に効く。
しかも効果は長い。
まあ、最終的には消えるけど。

人が食べたらダメなので、毒が回って死んだ動物の肉はあざやかな緑のドット入りの、ビビットピンクに染まるよう心遣いした。
これを食べる人がいたら色彩センスを疑うわ。多分、毒キノコをキレイとか言ってシチューに入れる手合いだ。どうせ長生きできないタイプだから、気にしなくていいや。

私は、デカいボロ袋に毒ポーションを山ほど詰め込み、単身でレイビックへ渡り、例の翼亭に向かった。
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