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第54話 推し発見! ポーシャ再発進!
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邪魔……
殿下はくるりと背中を向けると、振り返りもせず持ち場に戻った。
「ポーシャ様、行きましょう」
セス様が促した。
向こうから砲弾担当の若い男が心配そうな顔をして、私たちを見ていた。殿下が戻ってくると、急いでなにか話しかけたが、何でもないと言ったように殿下は手を振った。
私は殿下の後ろ姿を見つめていた。彼は私たちの方なんか、見向きもしなかった。粛々と仕事にとりかかっていた。
帰りの荷馬車に不自由はなかった。さっきのやせてみすぼらしい中年の男が残っていた。彼は私たちを待っていたらしかった。
「妻と子がいるんだよ。俺の帰りを待ってる。一攫千金狙いでここへ来たけど、危なくてしょうがねえ。保護魔法をかけてくれるなら道中は安心だから」
私は、黙って荷馬車に乗った。セス様が心配そうに後からついてきた。
荷馬車に乗ると、セス様は苦笑いをしていた。
私には何が面白いのかわからなかった。
「面白くなんかないよ」
セス様は気まずそうな苦笑いのまま答えた。
「ただ、失敗したなと思って」
「失敗? 何を?」
「殿下だよ。喜ぶかと思った」
「ポーションをもらって?」
「違う。恋人が心配して来てくれたら、きっとすごく喜ぶと思ったんだ。彼、少々過労気味だしね。でも、違ってたね」
「私、じゃまだったのね。行かなければよかった」
私は後悔した。何の手伝いにもなっていない。殿下にポーションは要らなかったみたいだ。
「違うよ。あれはあなたを心配していたんだ」
セス様は、困ったような傷ついたような顔をしていた。
「ごめん。ポーションを配るなら、それは兵站部の僕の仕事なんだ。わかってたし、殿下も理解している。だから、あなたを連れて行ったのは、殿下を喜ばせたかっただけなんだ」
まあ、行きたがったのは私だけど。
「殿下、ちっともポーションを喜ばなかったわね」
「僕が浅はかだった。殿下を見損なっていたんだ。彼はあなたのことが心配でならなかったんだ」
セス様は反省したようにしょんぼりしていた。
私だって。
殿下にポーションなんか必要じゃなかった。命のポーションじゃ世界を救えない。
大本営に着いたが、私は爺さんたちの顔を見たくなかったので、そのままレイビックの家に戻ることにした。
私はショックで放心状態だった。
「すみません。今日は翼亭には行けません。店主のムキムキコックに休むって伝えてくださいませんか。殿下の有様がショックだったって」
「ショック?」
「殿下に悪いことをしましたわ。仕事の邪魔なんかして」
「いや、あのね、でも、ポーシャ様は殿下を誤解していると思う。むしろ僕が悪かった」
何を言っているんだろう?
「僕が予想していたより、ずっと殿下はあなたを思ってたんだな。それこそ、あんな戦場に一時だっていて欲しくなかったんだ。保護魔法は直接の衝撃には弱いからね。殿下はあそこがどんな風に危険なのか熟知しているから」
セス様は、いろいろ言っていたが、私は聞いていなかった。
相当心配しているようだったが、戦況が思ったより悪いことにショックを受けているのか、優しい恋人(注:セス様視点)のはずだった殿下が急に冷たくなったことにショックを受けたのか判じかねたのだろう。
「大丈夫ですわ」
私はそう言うと、レイビックの塔のある小さな家に戻った。
私は塔の階段を登っていった。一人になりたい。
最上階まで上ると、窓の外を眺めた。
星が見える。
そしてかすかにだが、地平線の彼方に赤い光がスーッと流れて消えた。殿下だ。
「うおおおおお!」
私は夜空に向かって叫んだ。
「かっこいいいいいい!」
殿下、渋い。
渋すぎる。
「帰れ」ですって!
「邪魔だ」って言われてしまったわ。
あんなにデロデロだった癖に、手のひらを返したような冷たい素振り。
「いいわー」
彼しか戦力がいない。彼が支えている。圧倒的なまでの、他の追随を許さない実力。
「粛々とやらねばならないことにこなしていく。男の後ろ姿、カッコイイ」
私のドレスの紐を結んだり、髪を結っていた男と同一人物には思えない。
だけど、殿下の正体はアッチだったのか。
薄汚いような服。厳しい表情。鋭い眼光。少しやせて老けたような気がする。
好み、どストレート。まあ、元々、美形なのだけど。
殿下が私に無反応だったことがショックだったんじゃない。
それはどうでもよろしい。
今、ショックだったのは、そう、新たな発見。たった一人で世界に立ち向かう唯一無二の存在。
「彼を助けなくちゃ」
私はお月様に誓った。
この世に突然出現した、私の推し。
超ストイックな寡黙。それに私の心は貫かれた。
レイビックの絨毯から、アランソン家の絨毯に帰ってきた私は、手近にいたバスター君に切々と心境の変化を訴えた。
バスター君は、この手の話をするにはあまり適当な相手ではなかったかもしれないが、少なくとも黙って聞いてくれると言う美点があった。
「あの、ええと、それは両思いと言うことなのでは?」
チッチッチッチと私は指を振った。
違う。断じて違う。私のこのストイックな思いをなめてもらっては困るな。ただただ崇め奉り、推しのために尽くしたい。強いて言うなら、無償の愛だ。
あなたの養分になりたい。
「あのう、僕が言うことではないのですが、ここまで皆さんが点々ばらばらに勝手に独自の愛を追及していると、まとまるものもまとまらないって言うか……」
当惑気味に意見するバスター君に、私はかぶせ気味に反論した。
「いやいや、まとまるってどういうこと? セス様は暗黒路線を心ゆくまで追求すればいいわけだし、私はストイックに戦い続けるルーカス様の一ファンだってだけなのよ」
「ルーカス殿下はあなたのファンなのですから、この先、婚約とか結婚とかあってもいいと思いますけどねえ?」
ごく小さい声でバスター君はつぶやいたが、私は解説した。
「ふさわしい方との結婚を、物陰からそっと祝福するのが推し活の真骨頂。自分が主人公だなんてとんでもないわ。独占を意味する推しとの結婚願望なんて、推し道に外れる禁忌事項の最たるものなの。殿下のファンクラブに入ろうかしら」
多分学園にあるはずだ。あと、団扇とか垂れ幕とか、シャンシャンとか必要そうなもの一式が。
「止めた方が……」
「なぜなの?」
語気鋭く私は尋ねたが、バスター君の答えを聞いて沈黙した。
「会長がベアトリス・スターリン男爵令嬢、副会長がカザリン・スタ―リン男爵令嬢なんです」
……確かに、会いたくないな。
「でも、今はいないでしょ?」
確か、最近は学校にも来ていないって聞いたもん。
「その後は、リーマン侯爵令嬢が牛耳っておられますが、最近、殿下の婚約を推す会に名称変更しようと言う動きがあり、もめているとか……」
許せん、アデル嬢!
しかし、私は踵を返してモンフォール十八番地に行くことにした。
アデル嬢に天誅を加えるより先にしなくてはならない大事なことがある。
私にできることはただ一つ。ポーション作りだ。
だが、命のポーションなんか作ってる場合じゃなかった。
確かに戦闘員に負傷者は出るかもしれなかった。
しかし、命のポーションは根本的な解決にならない。
要は、悪獣を殺せばいいのだ。
殺戮。手段は選ばない。
私に出来る唯一の殺戮方法、それは毒殺。
暗闇の中で私は目を光らせた。
(最近、セス様に毒されてきたかも知れない。多分、目は光っていないと思う。現実には)
そう。今、私がすべきことは悪獣好みの毒ポーション作り。悪獣を直接的にやっつける手段を私は持たない。ならば、闇討ちにするのみ。
私は図書館と学校に出かけ、悪獣研究家を探して探して探しまくった。効率的で、現実的な方法をできるだけ早く実現するのだ。そのためには、情報がいる。知識が必要だ。
そして出会った第一人者。
「あなたが悪獣研究家ですか……」
それは……非常に気落ちする話だったが……例のあの山羊髭だった。
___________
誤字脱字、ご指摘くださいまして、ありがとうございます。
また、お読みくださっている方々、
いつもありがとうございます。
殿下はくるりと背中を向けると、振り返りもせず持ち場に戻った。
「ポーシャ様、行きましょう」
セス様が促した。
向こうから砲弾担当の若い男が心配そうな顔をして、私たちを見ていた。殿下が戻ってくると、急いでなにか話しかけたが、何でもないと言ったように殿下は手を振った。
私は殿下の後ろ姿を見つめていた。彼は私たちの方なんか、見向きもしなかった。粛々と仕事にとりかかっていた。
帰りの荷馬車に不自由はなかった。さっきのやせてみすぼらしい中年の男が残っていた。彼は私たちを待っていたらしかった。
「妻と子がいるんだよ。俺の帰りを待ってる。一攫千金狙いでここへ来たけど、危なくてしょうがねえ。保護魔法をかけてくれるなら道中は安心だから」
私は、黙って荷馬車に乗った。セス様が心配そうに後からついてきた。
荷馬車に乗ると、セス様は苦笑いをしていた。
私には何が面白いのかわからなかった。
「面白くなんかないよ」
セス様は気まずそうな苦笑いのまま答えた。
「ただ、失敗したなと思って」
「失敗? 何を?」
「殿下だよ。喜ぶかと思った」
「ポーションをもらって?」
「違う。恋人が心配して来てくれたら、きっとすごく喜ぶと思ったんだ。彼、少々過労気味だしね。でも、違ってたね」
「私、じゃまだったのね。行かなければよかった」
私は後悔した。何の手伝いにもなっていない。殿下にポーションは要らなかったみたいだ。
「違うよ。あれはあなたを心配していたんだ」
セス様は、困ったような傷ついたような顔をしていた。
「ごめん。ポーションを配るなら、それは兵站部の僕の仕事なんだ。わかってたし、殿下も理解している。だから、あなたを連れて行ったのは、殿下を喜ばせたかっただけなんだ」
まあ、行きたがったのは私だけど。
「殿下、ちっともポーションを喜ばなかったわね」
「僕が浅はかだった。殿下を見損なっていたんだ。彼はあなたのことが心配でならなかったんだ」
セス様は反省したようにしょんぼりしていた。
私だって。
殿下にポーションなんか必要じゃなかった。命のポーションじゃ世界を救えない。
大本営に着いたが、私は爺さんたちの顔を見たくなかったので、そのままレイビックの家に戻ることにした。
私はショックで放心状態だった。
「すみません。今日は翼亭には行けません。店主のムキムキコックに休むって伝えてくださいませんか。殿下の有様がショックだったって」
「ショック?」
「殿下に悪いことをしましたわ。仕事の邪魔なんかして」
「いや、あのね、でも、ポーシャ様は殿下を誤解していると思う。むしろ僕が悪かった」
何を言っているんだろう?
「僕が予想していたより、ずっと殿下はあなたを思ってたんだな。それこそ、あんな戦場に一時だっていて欲しくなかったんだ。保護魔法は直接の衝撃には弱いからね。殿下はあそこがどんな風に危険なのか熟知しているから」
セス様は、いろいろ言っていたが、私は聞いていなかった。
相当心配しているようだったが、戦況が思ったより悪いことにショックを受けているのか、優しい恋人(注:セス様視点)のはずだった殿下が急に冷たくなったことにショックを受けたのか判じかねたのだろう。
「大丈夫ですわ」
私はそう言うと、レイビックの塔のある小さな家に戻った。
私は塔の階段を登っていった。一人になりたい。
最上階まで上ると、窓の外を眺めた。
星が見える。
そしてかすかにだが、地平線の彼方に赤い光がスーッと流れて消えた。殿下だ。
「うおおおおお!」
私は夜空に向かって叫んだ。
「かっこいいいいいい!」
殿下、渋い。
渋すぎる。
「帰れ」ですって!
「邪魔だ」って言われてしまったわ。
あんなにデロデロだった癖に、手のひらを返したような冷たい素振り。
「いいわー」
彼しか戦力がいない。彼が支えている。圧倒的なまでの、他の追随を許さない実力。
「粛々とやらねばならないことにこなしていく。男の後ろ姿、カッコイイ」
私のドレスの紐を結んだり、髪を結っていた男と同一人物には思えない。
だけど、殿下の正体はアッチだったのか。
薄汚いような服。厳しい表情。鋭い眼光。少しやせて老けたような気がする。
好み、どストレート。まあ、元々、美形なのだけど。
殿下が私に無反応だったことがショックだったんじゃない。
それはどうでもよろしい。
今、ショックだったのは、そう、新たな発見。たった一人で世界に立ち向かう唯一無二の存在。
「彼を助けなくちゃ」
私はお月様に誓った。
この世に突然出現した、私の推し。
超ストイックな寡黙。それに私の心は貫かれた。
レイビックの絨毯から、アランソン家の絨毯に帰ってきた私は、手近にいたバスター君に切々と心境の変化を訴えた。
バスター君は、この手の話をするにはあまり適当な相手ではなかったかもしれないが、少なくとも黙って聞いてくれると言う美点があった。
「あの、ええと、それは両思いと言うことなのでは?」
チッチッチッチと私は指を振った。
違う。断じて違う。私のこのストイックな思いをなめてもらっては困るな。ただただ崇め奉り、推しのために尽くしたい。強いて言うなら、無償の愛だ。
あなたの養分になりたい。
「あのう、僕が言うことではないのですが、ここまで皆さんが点々ばらばらに勝手に独自の愛を追及していると、まとまるものもまとまらないって言うか……」
当惑気味に意見するバスター君に、私はかぶせ気味に反論した。
「いやいや、まとまるってどういうこと? セス様は暗黒路線を心ゆくまで追求すればいいわけだし、私はストイックに戦い続けるルーカス様の一ファンだってだけなのよ」
「ルーカス殿下はあなたのファンなのですから、この先、婚約とか結婚とかあってもいいと思いますけどねえ?」
ごく小さい声でバスター君はつぶやいたが、私は解説した。
「ふさわしい方との結婚を、物陰からそっと祝福するのが推し活の真骨頂。自分が主人公だなんてとんでもないわ。独占を意味する推しとの結婚願望なんて、推し道に外れる禁忌事項の最たるものなの。殿下のファンクラブに入ろうかしら」
多分学園にあるはずだ。あと、団扇とか垂れ幕とか、シャンシャンとか必要そうなもの一式が。
「止めた方が……」
「なぜなの?」
語気鋭く私は尋ねたが、バスター君の答えを聞いて沈黙した。
「会長がベアトリス・スターリン男爵令嬢、副会長がカザリン・スタ―リン男爵令嬢なんです」
……確かに、会いたくないな。
「でも、今はいないでしょ?」
確か、最近は学校にも来ていないって聞いたもん。
「その後は、リーマン侯爵令嬢が牛耳っておられますが、最近、殿下の婚約を推す会に名称変更しようと言う動きがあり、もめているとか……」
許せん、アデル嬢!
しかし、私は踵を返してモンフォール十八番地に行くことにした。
アデル嬢に天誅を加えるより先にしなくてはならない大事なことがある。
私にできることはただ一つ。ポーション作りだ。
だが、命のポーションなんか作ってる場合じゃなかった。
確かに戦闘員に負傷者は出るかもしれなかった。
しかし、命のポーションは根本的な解決にならない。
要は、悪獣を殺せばいいのだ。
殺戮。手段は選ばない。
私に出来る唯一の殺戮方法、それは毒殺。
暗闇の中で私は目を光らせた。
(最近、セス様に毒されてきたかも知れない。多分、目は光っていないと思う。現実には)
そう。今、私がすべきことは悪獣好みの毒ポーション作り。悪獣を直接的にやっつける手段を私は持たない。ならば、闇討ちにするのみ。
私は図書館と学校に出かけ、悪獣研究家を探して探して探しまくった。効率的で、現実的な方法をできるだけ早く実現するのだ。そのためには、情報がいる。知識が必要だ。
そして出会った第一人者。
「あなたが悪獣研究家ですか……」
それは……非常に気落ちする話だったが……例のあの山羊髭だった。
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誤字脱字、ご指摘くださいまして、ありがとうございます。
また、お読みくださっている方々、
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