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第50話 アルバイト開始

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まさかの平民生活、第二章の開始である。

なぜ、こうなったのだろう。

「家はあるのか?」

見た目の割に人がいい巨漢コックが聞いてきた。

「あります! 亡くなった親族が古家を残してくれているので!」

「心配だな。女の子の一人暮らしなんて」

大丈夫です! 夜には王都に戻ります!

……言えない。説明、しづらい。

「この家は狭くてメアリと一緒に寝てもらうしかないが」

「と、とんでもない! 男の子の格好ですし」

「メアリにすぐ見破られてたじゃないか」

「善処します!」

とりあえず、なにがなんでも無理矢理お断りした。

いくら夏休み中とはいえ、寮にもたまには顔を出しておかないと、山羊髭の反応が心配だ。
あとはバスター君とカールソン氏が、どうなったのかも気になる。

バスター君、お家に了解してもらえたかな?

代わりに大魔術師を派遣できるのだから、彼の役割は重大だと思うんだけど。


翌朝、モンフォール街十八番地で熟眠して、学校の食堂から泥棒魔法を行使しようとして初めて気付いた。

学校の食堂、閉まってる!

仕方がないので備蓄しておいた食料を食べた。

今まで好き放題に食べていたので、こたえるな。カサカサのパンを齧りながら思った。

モンフォール街には魔術の本もあった。主に戦闘系なので、これまで手を出さなかったのだが、現在進行形で悪獣との戦い真っ最中だ。読まなくてはいけない。

「手に……力を込めて……?」

型とか、力の込め方とか、書いてあったが、すぐわからなくなった。

うんうん言って力を込めたのに、指先からは白い煙が立ち上っただけだった。

「何だろう、これ……」

殿下もセス様も、人間、向き不向きがあると言っていた。
これは、戦闘系が向いてないってことなんだろうな。

「いいもん。私にはポーションがあるもの」

一升瓶を抱きしめた姿はまるで酔っぱらいだけど、命のポーションはすごく貴重なものだ、多分。

私は戦闘系の学習はやめて、早めに例の翼亭に出勤することにした。翼亭と言うのは、メアリ・ロザモンド嬢の店の名前だ。

お仕事してくれたら、毎晩小銀貨を三枚くれるって。

「あと、夕飯を食ってっていいぞ」

巨漢コックは気前が良かった。

「わあ。ありがとうございます!」

温かいものが食べられる。嬉しい!

そんなわけで、私はお腹を空かせて出勤した。

「おはようございまーす」

「おはよう。ポーシャ」

私は料理はできない。だけど、給仕はできる。

皿を配り、皿を回収し、皿を洗い、ビールを注いで、ワインを注いで、グラスを洗い、同時に床を掃除した。テーブルはいつもピカピカである。

むろん、ズルをした。

生活魔法を使うに決まってるじゃない。

「ポーシャちゃん、ビールお代わり!」

「肉の串刺し、あと十本! 特急で!」

女性を見ると、なんとなく手を出したくなる男は、世の中、枚挙に暇がない。
どんなブスでも、酔っ払いには関係ないらしいが、ちょっとポーションを混ぜてやれば、妻が恋しくなったり、帰巣本能が働いたりする。ポーションって便利よね。

おかげで意味もなく長居する客が少なくなり、回転率が良くなって、巨漢のコックに大感謝された。

「メアリより、よっぽど役に立つ! ずっと働いて欲しい!」

彼はピカピカの厨房を見ながら言った。

「素晴らしい! 騒ぎも起きないし、おまけに売り上げが!」

そう。ポーシャさんは、仕事が早い。客も待たされることなんかない。どんどん注文が取れる。
その分、コックは重労働になったが、そこはポーシャ様。
鍋も釜も、コックが洗う必要なんかない。使い終わった後、すぐにピカピカに磨かれて使える状態で、コックを待っている。

ポーシャさんは、ブスでも、働き者で気立てがいいという評判をとり、常連たちから大人気になったのだった。

「でも、あの娘は、婚約者を追って来たらしいんだ」

巨漢のコックが、体格にふさわしい大声で、人の秘密を喋っていた。

本人は小声のつもりというのが救えない。

「「「ほう!」」」

驚いたような、ちょっとがっかりしたような声がハモる。

「探している婚約者の名前は、ルロード・セバスチャン・マルクだそうだ。探しやってくれよ」

店主はいい人だ。婚約者が見つかったら、辞めちゃうだろうに。

「見つかりさえすれば、ここでずっと働いてもらえると思うんだ」

その発想はなかった……違うと思う。

でも、お客もみんないい人たちばかりだった。

「そうか。一途なんだな。だけど、知らない名前だなあ。ルロード・セバスチャン・マルクって言うのか。誰かに会ったら、聞いといてやるよ。気の毒にな」

「俺も聞いておいてやるぜ。ルロード・セバスチャン・マルクだな?」

みんなが、ルロード・セバスチャン・マルクと言う名前を連呼して、一生懸命覚えようとしてくれた。


ふっ…… 正体を隠して好き放題やっているのね、セス様。
冥界の王としての名乗りに、自分の平凡極まりない本名をミックスされた時のお気持ちはどんなかしら?


おかげさまで、早くも三日後には、有力情報を知っていると言う男がやってきた。

ものすごく不機嫌そうで、銀の飾りを派手に使った黒ビロードのマスク越しにさえ、眉間の深いシワが目についた。
眼帯よりはるかにグレードアップしていた。

横では、赤錆色の頭をした青年と、メアリが平伏していた。

「お、恐れ多くも、漆黒の闇の帝王、冥界を司る大魔術師様が、このような店にご降臨遊ばされた」

なんか呼び名が増えてる。

「ポーシャ殿の気の毒な身の上に同情してくださったのだ。そして、そのドラクルロード・セバスチャン・マルクとやらの所在を教えてくださるそうなのだ」

ドラクルロード? 悪魔の王?みたいな名乗りだったのか。ルロードは短縮形?

そして正体ではなくて、所在か。あくまでも、漆黒の闇の帝王、冥界を司る大魔術師様とドラクルロード・セバスチャン・マルク氏は別人と言う設定なのね。

セス様が無言のまま立ち上がった。

「ポーシャ殿、付いてゆくがよい。帝王があなたを導いてくださる」

多分、この男がルイなのね。でも、もうすぐ店が始まってしまうんだけど。

「憂うな。ここは俺たちに任せて、行け!」

使うセリフのシチュエーションが間違っていると思うんだけど。

でも、言えて満足そう。


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