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第46話 命のポーション(商談)

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私はバスター君と馬車に乗って、ハウエル商会に向かった。

例の鞄をしっかりと抱きしめて。

いつも混雑している大通りだが、気のせいか人通りが普段より多い気がする。
バスター君も不安げに馬車の窓から外を見ていた。

バスター家の馬車だから、慣れたもので通用口近くに付けてくれた。
急いで降りて、通用口から商会に入るとすぐに、バスター君の兄の副会長とぶつかりそうになった。
彼のみならず、店員たちみんなが急いでいるらしかった。

「おお、バスターか。お前は戦地に回されるのか? 今、商会はてんてこ舞いだ。何がどれだけ、どこに必要なのか、情報が錯綜しているのだ」

「副会長」

私は額に汗をかいて、かなり興奮しているバスター君の兄上に声をかけた。

「命のポーションを持って来ました」

その言葉は、忙しくて興奮していて、私たちどころではない筈の副会長を凍らせるほどの力があった。

彼は振り返った。

「命のポーション?」

「はい」

私は不思議な色に輝く小さなビンを取り出した。命のポーション特有の輝きだ。

副会長の目がビンに吸い寄せられて、じっと見つめた。

「本物だ……」

それから彼は私の顔を見た。

「君は作れたのか? これが? ハゲ治療薬だけじゃなくて」

いつもは陽気でちょっと強欲なバスター君のお兄さんが、完全に度肝を抜かれてこちらを凝視していた。

「はい。今度の戦闘では必要でしょうか?」

バスター兄の副会長は、すぐに私のところにやって来た。

「要る。必要だ。必要だとも。君は作れたのか。幻とさえ言われているのに!」

それがバスター君の宿題だったってどういうことなのよ。

バスター君の兄のハウエル商会の副会長は聞きたそうにした。

「どんなポーションでも作れるのかね?」

「なんでもと言うわけにはいかないでしょうけど、たいていのポーションは何とか作れると思います」

「そうだな。命のポーションと言えば、ポーションの中でも最大難度だ。幻のポーションだ。それが作れると言うなら……」

バスター兄は、虹色にきらめくポーションの小瓶を恐れるように両手でおしいただいた。

「戦闘で必要になるポーションは決まって来る。傷薬や火傷の薬、消毒剤、そんなものだけど、命のポーションがあればたいていの問題は解決する」

「だけど、兄上、どんなケガや病気にも効果があるからと言って、命のポーションを使うのはもったいなさすぎます」

「もちろんだ」

副会長は悩み始めた。

「命のポーションをこんなに簡単に作ることが出来るのは、おそらくポーシャ、君だけだろう」

そうなんだろうか?

「そしてこのポーションは、どんな天才魔術師でも、作るのに時間がかかる」

私はうなずいた。工程が複雑だからだ。正直、面倒くさいよね。

「莫大な魔力を何日もかけて込めなければできない。でなければ、効果が薄いものしかできない」

あら。違った。別に一日で出来るけどね。でも、なんだか黙っておいた方がいい気がした。
バレたら、毎日ポーションばっかり作る羽目になりそうだ。

でも、私が知りたかったのはポーションのレア度じゃない。運搬方法だ。具体的な戦場の場所だ。

魔法の絨毯が設置されている城や建物があれば、そこまでは、モンフォール十八番地からポーションの供給が出来る。

「戦場はどこで、どうやって物資は運ばれていくのですか? ポーションをキチンと運べるように気を考えないと。容器としてはガラスが一番良いのですが、途中で割れてしまう可能性があります」

「それはそうだな」

副会長は私たちを、がやがや騒がしい商店の事務所の方に案内した。

帳簿を抱えて商品の数をチェックしている者もいれば、搬入されてくる商品を改めている者もいる。
荷物がひっきりなしに運び込まれてきては、別の場所に持っていかれたり、荷解きされたりしていた。

邪魔にならないよう、部屋の壁に沿って歩きながら、私たちは大きな机にたどり着いた。
そこには大きな地図が張ってあって、赤インクや青インクで何やら書き込まれていた。

「まず、王都からトリエステを通って、レイビックまでは河だ。その後が問題だな、山岳地帯に入る。レイビックからエッセンと言う寒村へ行く。あまり人は住んでいない場所だ。このあたりだ。ここが主戦場だ。陣を張っている」

私は地理を頭に叩き込んだ。

おばあさまなら、そのあたりに魔法の絨毯を設置していないだろうか。

私は持ってきたビンを全部副会長に押し付けた。

「戦場で使うでしょう」

副会長はビンのラベルを次から次へと読んで、驚きの表情になった。

「これを売ってくれるのか? すごい。後で必ず対価を払うからね。持ってきてくれたら、全部買う。ポーシャ嬢のポーションは他では買えない高品質なんだ。私がいなくてもポーシャ嬢が来たら、必ず話を聞くよう従業員全員に伝えておく……ところで命のポーションはもっとないかな?」

副会長の目が貪欲に光った。在庫量を知りたいのだろう。

「もっと作ることだってできます」

私は、残数について明確に答えないまま、副会長との会話を切り上げて、バスター君にお願いした。

「バスター君、学校に戻ろう」

バスター君はためらった。

「学校にいると肩身が狭いんだよ」

彼は兄の副会長が、私の鞄を大事そうに抱き締めて去った後、こっそり私に言った。

「男子生徒のほとんどが出て行ってしまっただろう? わずかばかりの魔力しかない貴族も、見栄と体裁で従軍するか、もういっそ家にこもっていようかと思うんだ」

まあ、言われてみればそれもそうだ。

「君は君で、幻とさえ言われている命のポーションを作ってしまうし」

バスター君はなんだか切なそうにため息をついた。

命のポーション、本当に幻だったのか。安易に宿題に出さないでほしいな。価値がわからないところだったわ。

「そうだわ!」

私は思いついた。

「これから私の家に行かない? 実はお願いしたいことがあるの」

「魔法力を使う仕事なら、僕には無理だよ」

「違うのよ。会計事務のお仕事なの。帳簿を付けたり、借金の確認をしたりする仕事なの」

「取り立てなんか僕、出来ないよ」

「いいえ。それには漆黒の闇の帝王クロード様がいるから大丈夫。どんな過酷な取り立ても任せられるわ」

「……誰、それ?」

バスター君は不安そうな顔つきになった。

「そこは気にしなくていいの。でも、クロード様はちょっと算術が苦手でね。名前からして、頭が弱そうでしょ? どうしても有能な事務担当者が欲しいの。領地の管理をしていたカールソン氏が、今、王都の屋敷の管理もしているんだけど、彼から教えを受けられるわ。そうすれば、クロード様の手が空いて、参戦できるから、その方がいいと思うの。あなたも学校や自宅にいなくて済むし」

バスター君は、目を丸くして、この情報過剰な話を聞いていた。

私は、ハウエル商会から直接王都の私の自宅に乗りつけて、それでようやくセス様の出立に間に合った。

彼は豪華な玄関のエントランスから、今まさに出ようとしているところだった。

「セス様!」

呼びかけられて、セス様は立ち止った。

一応、世間に譲歩したセス様は、黒マントを仰々しく羽織るだけで我慢していた。

「あちこち出歩いちゃダメだと言ったろう、ポーシャ殿」

彼は私に気がつくと厳しい顔になった。

「でも、会えてよかったわ。第三隊として出立されますの? セス様」

セス様はうなずいた。

「まあ、そんな所だ」

私は命のポーションをセス様に渡した。

セス様は、それが何なのか瞬時に悟って、私の顔を見た。

「君は作れるのか? この秘薬を」

「一升瓶に三本くらい」

「えっ?」

昨日は疲れた。

セス様はものすごく呆れた顔をしていた。

「一升瓶に三本?」

セス様はビンを振って日にかざした。中の液体は虹色に光った。

「これは本物だ。死人でも生き返らせそうだ」

「それ以外のポーションも作れます。レイビックかエッセンあたりに物資の拠点はありませんか? 絨毯があれば、モンフォール十八番地からそこまでポーションを運べますわ」

セス様は異様な目つきで私を見た。確かにそのルートで物資を運べる。

「出来るな。確かに。ポーシャ嬢はどんなポーションでも、底なしに作れるし」

だが、彼は悩み出した。

「レイビックにおばあさまの小さな館がある。だが、戦場に近すぎるんだ。危険だ。ルーカス殿下が知ったら何て言うだろう」

「そんなにいっぱい悪獣が出てるんですか?」

セス様は私の顔を見て、説明してくれた。

「数ではなくて、今回は大型の悪獣が、出てきているのが問題なんだ」

「大型の獣だと何がまずいのですか?」

セス様はニヤリと笑った。

「ウサギよりライオンの方が困るみたいな話さ。そもそも肉食だしね。人がエサになる」

それは嫌だ。

「ふつうのライオンが集団で人を狩りに来たら困ることは困るが、弓矢や落とし穴で対抗できるかもしれない。兵士は銃を持っているしね」

「悪獣だと、どうなるのです?」

「弓矢や獣は当たらない。あなたやあなたのおばあさまと同じで自分に保護魔法や防護魔法を使える。困るよね。保護魔法を見破れて、防護魔法を突破できるだけの戦力がないと戦えないからね」

私は黙った。バスター君も顔色を悪くして黙り込んでいた。

ポーションなんか何の役にも立たない。

「悪魔の呪い?」

「アハハ。そうかもしれない。じゃあ、もう行くよ」

「あ、絨毯は?」

「カールソンに聞くといい。設置場所の地図がある。それから、君がハウエル商会の息子か。バスター君なの?」

バスター君はギクリとした。

セス様は背は高いし、黒尽くめで、おまけに異様な感じのする黒の長髪だった。威圧感がある。

「屋敷、任せたよ。金は払うから。ハウエル商会の連中なら、君がここにいるのを喜ぶと思うよ。だけど、君が万一横領したら、僕にはすぐわかるからね」

彼は馬車に乗った。

「俺が第三部隊の総指揮官なんだ。王宮からチンタラ魔力持ちを何人か引き連れて行く儀式にでなきゃならない。それが済んだら、絨毯に乗りに行く」

「じゅ、絨毯?」

バスター君が思わず聞いた。

「ああ。指揮官は全員絨毯に乗れるからな。夕べの派手な赤は殿下が戦場についたことを王都に知らせる信号だ」

「戦闘じゃないの?」

「まさか。ここから見えるはずがない。だけど、始まったんだろう」

「何がですか?」

バスター君がどもりながら聞いた。

セス様はなめらかで何の表情も表していない顔で、答えた。

「事実上の戦争さ。相手が人間じゃなくてよかった」

私は心配になって来た。始まっているのか。じゃあ、殿下は?

セス様は私をしみじみ見た。それから言った。

「君のルーカスは、普通じゃない。心配は要らない」
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