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第40話 色々と間違っている

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「オハヨー」

朝はこのあいさつで始まる。

そして当たり前のように、殿下がやって来る。

彼の得意な魔法の話を聞いたり、学校の生徒や先生の噂を聞いたりしながら朝のコーヒーを一緒に楽しむ。
何しろ彼がコーヒー党なもんだから。

そして殿下は着付けと化粧をしてくれる。最近では慣れたものだ。

たまーに、これでいいのか悩むけど、殿下が、世の中の令嬢は全員こうしていると頑張るのと、とても楽ちんなので、お任せしてしまっている。
いや、本当にこれで正しいのかしら。ただ、それとなくリサーチしたところによると、皆様、貴族のご令嬢は、朝のお支度はご自分ではなさらないんですって。

しかも、殿下のお世話になっているうちに、なんとなく周りの女子が、安心感をかもし出してきたのである。

やっぱり女中服は異様だったらしい。平民なら、女中服でなければだめだし、貴族ならドレスを着ていないと変な人になるんだ。



ある朝、いつものようにコーヒーを飲んでいると、殿下が言いだした。

「王宮では年に一度夏の終わりに大パーティを催すんだ」

私は緊張した。

アデル嬢を売り込まなくてならない。前金をもらってしまったからだ。

「それで……ぜひポーシャと一緒に出たい」

殿下がポッと頬を染めた。

「なぜ?」

多分、理由はないと思ったけど、一応聞いてみた。

殿下が更に赤くなった。どこに赤くなる要素がある?

「それは、あの、そ、そろそろ、婚約者だと公開してもいいんじゃないかと」

「ウチのおばあさま、違うって言ってましたよ? 婚約者じゃないって」

私は冷静に注意した。

「う。それは、正式にはそうじゃないかもしれないけど、僕の両親も君の保護者のおばあさまも、特に反対はないみたいだから、そろそろ僕らの間柄を公開してもいいんじゃないかなって、思い始めてきたんだ。いい機会だしね。夏の大舞踏会で披露すれば、ほぼ婚約者確定になるんだ」

私は深くうなずいた。

殿下に同意したわけではない。

なるほど。アデル嬢の狙いがよくわかったわ。
アデル嬢、殿下の婚約者になるつもりなのね。
後で値上げに行かなくては。この話、前金が金貨十枚では安すぎる。

「殿下は婚約したいのですか?」

ここ、重要。とても重要。

殿下はまたもや赤くなった。
もはや額から汗が出てきそう。

でも、もし毛穴が詰まってハゲになっても、私の特性ポーションがあるから、安心してね。

「ぜ、ぜひ」

目線を逸らして殿下は言った。

「助かったわ」

「助かった?」

殿下は今度は額にシワを寄せて聞き返した。

万一、シワが増えても、私の特性シワ取りポーションがあるの。まだ、実験段階だけど、試してみて欲しい。データ、取れるし。

「嬉しい」

「そうかっ」

自信家の殿下なのに。そんなに婚約者に困っていただなんて。
普段、ことあるたびにご令嬢方に取り囲まれているので、もう決定済みなんじゃないかと心配してたけど、まだ決まってないのね!

「実は、アデル・リーマン侯爵令嬢が、ぜひエスコートして欲しいっておっしゃってるの」

「なにっ?」

「そうなの。あの方なら、喜んで殿下の婚約者になってくれると思うの」

私はアデル嬢の売り込みに必死になった。

「リーマン侯爵家なら、評判も悪くないらしいし、アデル嬢は美人だし、頭が回るわ。いいんじゃないかしら。婚約者に殿下が困ってるって話したら、すぐに名乗り出てくれたのよ」

殿下は私の話を赤くなったり、青くなったりしながら聞いていた。
私は殿下の表情を必死で読もうと試みた。

殿下は黙り込んだ。考えているんだ。

しばらく沈黙したのち、殿下は結論を出した。

「アデル嬢は断る」

「なぜ?」

「実は婚約者に困っているわけではない」

「えっ?」

困っていそうだけど。

「い、いや。婚約者には困っている。正確には困らされていると言うか……それはとにかく、ポーシャ、君は真実の愛って言葉を知ってるかい」

「もちろん、知ってるわ。ずっと大事にしたい思いよね」

「うん。ポーシャにしては上出来だ。それで、ポーシャには真実の愛を捧げる相手は決まってるのかい?」

「おばあさま」

殿下は頭を振った。

「そう言うんじゃなくて、永遠の恋人って意味なんだよ?」

私は街で見かけたチョコレートの詰め合わせを思い出した。
永遠の恋人という名前の高級感溢れる、よだれが出そうなセットだった。
中身はブランデー漬けチェリーが丸ごと一個チョコレートで包まれているのと、チョコの中身がピスタチオのプラリネの二種類が入っている。
ぜひ、両方賞味したい。
しかし、残念ながら、お値段が高すぎて、眼福止まりだったけど。

あれのことね。

「僕は真実の愛をみつけたんだ」

私は現実に引き戻された。殿下もあのセットに気がついていたのか。スイーツ好き?殿下?

「とてもかわいくて、才能があって、手塩にかけて大事にすれば、いつか大輪の花を咲かせてくれると思っている」

「大輪の花を」

私は繰り返した。スイーツじゃなくて、花か。

殿下は真剣にうなずいた。

「彼女はいつも一生懸命だ。きっといつか本物の貴族令嬢になってくれると思っている。今も美しいけれど、いつか気品があって聡明で、あらゆる意味で美しい人になると信じている。僕は彼女を愛している」

園芸の話かと思っていたけれど、これは殿下の思い人の話なのね。

「その人がいるので、他の人のことは全く考えられない」

へ、へえ。殿下ってば、見かけによらずそんなことになっていたのか。

「あいにく、まだ気がついてもらえていないんだ」

「まあ……」

「毎日、毎日、心を伝えようとしているのだけど」

それは……がんばって! 殿下!

「これまでの関係性を壊したくないんだ。バッサリ断られたら、立ち直れない。しかも言い出しかねない」

「結構、厄介な相手なんですね」

ちょっと同情した。

「だから徐々に真綿で首を締めるように、囲い込んでいこうと思っているのだ」

え? 純愛かと思ったら、違うの?

「もう、逃げ場がない感じに、完ぺきな包囲網を」

何の話? 何の話? 狩猟かなんかの話なの? それとも殿下お得意の戦闘系?

「と言う訳なので、アデル嬢のお話は受けられません」

「えっ? どうしてですか?」

話が飛躍しすぎて付いていけなかった。

「ポーシャ、君は鈍感なのか? この話を聞いて何も感じないのか?」

私はムッとした。鈍感て何よ。

「いいか? ポーシャ。僕には大切にしたい人がいる。ぜひとも婚約したい。何なら、婚約より先に結婚してもいいと思っている。だが、夏のダンスパーティでアデル嬢をエスコートしたら、彼女に誤解されるだろう。嫌われるかもしれない」

ああ、そうか。なるほど。

「しまった。そうですね!」

殿下の長い説明はそれが言いたかったのか。

「だから、アデル嬢はダメだ。僕は、真実の愛の恋人以外、絶対エスコートしない」

私は頭を抱えた。

金貨十枚を返したら、アデル嬢、この話をナシにしてくれるだろうか。
アデル嬢は結構真剣だった。
私は、アデル嬢なら、なんとか殿下がOKを出しそうな気がしていたんだが、要するに、イヤなんだな。

「わかりました」

結局、私は引き下がらざるを得なかった。

「このお話、なかったことにします」

金儲けは難しい。

殿下はまだ何か言いたそうだったけれど、私は、アデル嬢に十枚の金貨を返すことに決めた。
人間、あきらめが肝心だ。

「ところで、ダンスパーティのエスコートの件だけど、ポーシャはOKしてくれるよね?」

私はぎろりと殿下を眺めた。

どの口が言ってるんだ。

「今、真実の愛の相手がいるから、その人を大切にしたいと言ったばかりじゃないですか!」

「だからこそ! だからこそだよ!」

殿下が何だか必死になって言いだした。

「彼女に誤解されたら困るでしょう!」

私は殿下に注意した。肝心なところが抜けているわね、全く。どの女性と一緒に行っても同じよ。いくら元平民の女中服娘で圏外でも、女性と名のつくものは一切ダメだと思うわ。
こういうところ、男性は女心に疎いのよ。

ついでだから殿下に伝えた。

「今日は用事があるので、食堂にはいきません。待ってても無駄ですから」

時々、殿下はお昼ご飯の時間、ずっと食堂で私を待っているのである。
私が見つからないと、機嫌が悪くなるので、念のために伝えることにしたのだ。勝手に待って、勝手に機嫌を悪くされても困る。

「え? どこ行くの?」

「内緒です」

残りの金づるは、ハウエル商会だけになる。

ハウエル商会との話まで潰されてはたまらない。この前、付いて行きたいとか言っていたし、これ以上、儲けのネタをダメにしないでほしい。


しかし、授業中、私も考えた。

殿下は私をエスコートしたい。
殿下には真実の愛の相手がいる。
そして、真実の愛の相手以外、エスコートしたくない。

つまり、殿下がエスコートしたい相手イコール真実の愛の相手で、それは私と言うことになるが?

うーん。

理屈としては合っている。

と言うか、それしか解釈のしようがない気がする。

だけど、何か知りたくない情報の筆頭?

だって、殿下はいい人だ。良心的だし、面倒見がよくて、とても優しい。何より便利。手放すのは惜しい。

しかし、そんなこと知ってしまったら、殿下の言い分ではないが、一挙に気まずくなって、極端に離れるかくっつくか、どっちかしかなくなるじゃないか。

……知らない方が良かった。


しかも、この図式は黙っておかないと、アデル嬢に何を言われるかわからない。

それに、殿下のお相手を希望している女性は、殿下が思っているより多い。

その全員の妬みや嫉妬を一身に浴びたら大変だ。

殿下が私に何を期待してるのか知らないけど、私は今、お金儲けに必死なの。

是非ともポーション道を極めたいし、私のポーションを評価されたいの。私自身じゃなくてね。

頑張れば、きっとお金は後からついてくる。

「やっぱり、殿下を使って小銭を稼ごうなんて考え、邪道だったわよね」

殿下に失礼だった。殿下は真実の愛を追及されているのだから。

でも、それなら殿下も誤解されるような行動はやめた方がいい。例えば、朝食ついでに私の身支度を手伝うとか。
あんなに便利で最高の手際の侍女……侍男を解雇するだんて、痛恨の極みだけど。

でも、殿下のためだと思う。

殿下だって、正々堂々真実の愛を極めたらいいと思う。真綿がどうとか、周りから攻略してとか言ってないで。
きっと、そんなやり方では、真実の愛は手に入らないと思うの。
殿下は嫌いじゃない。だけど、私にしたところで、殿下の下心を便利だからって利用だけして、お応えしないと言うのはダメだと思うの。レンアイって取引でしたっけ?

がんばれ、殿下。

心からのエールを送ろう。

そして、私もがんばれ。ポーション作りは、今からが勝負。


「何もかも忘れて、打ち込めることがあるって、本当にいいことだわ」

ちょっとすがすがしい気持ちに、高揚した気分になれた。

「世界一のポーション作りに私はなる! そして、ガンガン稼いで見せるわ!」

授業中、教室の四角い窓に切り取られた青空に向かって、私は誓った。
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