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第39話 アデル嬢と金貨十枚
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そして、いつもと同じ爽やかな朝が訪れた時、私は殿下に叩き起こされた。
「オハヨー。ポーシャ」
誰だ、お前はっ
と声をかける前に、私は枕を殿下に投げつけた。
枕は、殿下にあたる前にばらばらになって部屋中に中身が飛び散った。
「だから、僕は戦闘系だって言ったじゃない。それから、僕は家事魔法は苦手だからその中身の綿は君が片づけなきゃいけないよ」
本当に嫌な奴だ。
「あ、紅茶は嫌。コーヒーにして」
その上、彼は私が着ていくものまで指示した。
私は自由に過ごしたい。
だけど、自由になるためには、目立たないことも必要だった。少なくとも悪目立ちしない方が絶対にいいと殿下に諭されたのだ。
それはそうなのかも知れなかった。
浮世の掟とでもいうのかもしれない。
「ここはこうしてリボンを掛けた方が……」
さすが女装癖のある殿下は、意外と着付けも髪結いもうまかった。しかもとても熱心だ。助かるなあ。
「できた!」
そして、一歩後ろに下がって、うっとりして自分の作品を鑑賞した。
「ああ。きれいだ」
よくわからないけど、ずいぶん頑張ってくれた。有難い。
「殿下、どうもありがとう」
私は素直にお礼を言った。
殿下は指を振った。
「ノー、ノー。ルーカスと呼んで」
それはどうでもいいじゃない。
「これから毎朝手伝うよ」
「そお?」
私はさっさと出かけることにした。ドレス、重い。
後ろから殿下が言った。
「じゃあ後でね?」
あと? 何も約束はしていないはずだけど。
教室に入ると、今日もまた視線の集中砲火を浴びたが、何やら反応が違う。
そうか。今日は普通の貴族の令嬢のなりをしていた。
誰かが感想を言っている声が聞こえたが、無視した。下手に聞くと心が折れそう。私は殿下から、変人だの相手をする値打ちがないだのと言われたことを、忘れたわけではない。何を言われたのか、知らない方がいい。
山羊先生が入って来て、私の顔とドレスを見るなり、ハッとして二度見したのには、本当に腹が立ったが、何も言わないことにした。
授業が終わると、私は食堂に足を向けた。
これからは、普通の貴族の令嬢にもなろうと思う。ドレスを着ていれば、この顔でもそこそこ目立たないと思うので。
ところが、そこで、リーマン侯爵令嬢に会った。
私は最初ラッキーと思った。
殿下とのデートを仲介したのだ。なのに、仲介手数料が未払いだ。
私はリーマン侯爵令嬢に急ぎ足で近付いた。
「あらまあ。アランソン公爵令嬢」
私が何も言わない先に、アデル嬢は声をかけてきた。
一応、基本的に高位の貴族から話しかけられない限り、話しかけてはならない決まりがある。
そしてアランソン公爵令嬢は、リーマン侯爵令嬢より高位のはずだ。一応。
ここは学校なので、全員が平等と言う建前になっているから、そこまで厳格ななわけではないが、アデル嬢の話し方はどうも失礼な感じを受けた。
「整形しちゃったんですって?」
ハッとした。なるほど。他人にはそう見えるのか。でも、整形ではここまで変わらないと思うけど。
誤解されても仕方ないのかもしれないけど、なんだか失礼な気がする。この人、紹介手数料払ってくれるかしら。
「元々の姿に戻っただけですわ」
妙な対抗心に駆られてしまって、私は事実を主張してしまった。
「整形魔法をかけたんでしょ? みんな知っていますわ。保護魔法と言い繕っているらしいけど」
フフンと言った感じに軽くいなされた。
「いつまで、保つかしらね? その整形。見た目は確かに前よりずっときれいに見えるじゃないの。どなたがかけてくださったの?」
なんと言うか、これは、美容整形ではないんですけれども。誤解と言うレベルではない気がする。
アデル嬢は、微笑みを口元に浮かべて言った。
「なんだかおかしいわね。あなたは、私に殿下を勧めてくれたと言うのに、今更そんな恰好で殿下の気を引こうとしているのね」
アデル嬢が値踏みするように私のドレスを眺めた。
「それ、ご自分でお買い求めになったの?」
ギクッとした。
殿下に買ってもらったのよ。
でも、それを言うのは、はばかられた。
第一にセンスがないことをわかってしまう。
それから、お金が無いことがバレてしまう。
なので、黙っていることにした。
「まさか、借金だなんてことはありませんわよね? 優秀な家令をクビにしたとか聞きましたわ。先日まで、女中服だったではありませんか」
まずい。言われてみれば、確かに借金だ。私はようやくその事実に気がついた。
アデル嬢は、口元を隠して聞いてきた。
「まさか、あなたなんかにプレゼントなさる殿方がいるとも思えないし」
確かに。アデル嬢、意外と鋭い。
殿下は取り立てが厳しくないだけで、プレゼントしようだなんて爪の先ほども思っていないだろう。
出来るだけ早く返さないといけないと思ってはいる。だけど、ポーションの売れ行きがどうなのか、まだはっきりしない。商談に行く暇がないのだ。
「その格好で、殿下にアピールされてますの? 借金をしてまで?」
「アピールなんてしていませんわ!」
借金はやむなくしたけど、アピールはしていない。って言うか、アピールってなによ?
「あらあ。聞きましたわよ? 街中のレストランで食事をされたとか。それから殿下を無理矢理ドレスメーカーに連れて行って、ドレスを発注させたとか」
「そんなことはございませんわ」
逆だ、逆。
殿下に連れ出されたのだ、無理矢理。
「美容整形魔法も有効なのね」
アデル嬢はため息をついた。
「そんな見た目だけで心を奪われる方だったのかしら、殿下」
私は殿下のファンではない。
殿下の言動はあやしい時もあるが、私には誠実だし、見た目で動いているのは多分半分くらいだ。おそらく四十五%くらいだと思う。
だから私は殿下の名誉のために反対した。友情には誠実に応えるのが、私のモットーだ。
「そんなことございませんわ!」
アデル嬢はニマーと笑った。
「それなら、古いお友達との友情を忘れないであげてと、殿下に伝えてくださらない?」
「アデル嬢は、殿下の古いお友達なんですか?」
「幼馴染と言ってもいいわ」
「そうなんですか」
私は、殿下の幼馴染を知らない。
強いて言えば殿下の幼馴染は自分かと思っていた。
殿下には幼馴染がたくさんいたんだ。こう幼馴染が多いと、いくら幼馴染が特別枠だったとしても、自分の幼馴染特典がドンと下がった気がした。
そして、幼馴染には、なぜか「他の人とは違うの」的な特別感があったことに気がついた。
「毎夏、私の田舎の屋敷のバラの庭に来てくださったの」
アデル嬢が、いかにも昔を思い出すと言った様子で話し始めた。
「女装して?」
アデル嬢は何をバカなことを言っているんだと言う顔になった。
「そんな真似するわけないでしょう? いつでもりりしい王子様だったわ」
私のところは特別に変だったのか。
「そうね。さしずめ、今年の王家の夏のパーティにパートナーとして選んで欲しいの」
「夏の王宮のパーティ?」
アデル嬢はイライラしてきたらしかった。
「あなたは田舎から出てきたから知らないかもしれないけど、宮廷では、毎年夏の終わりの夜にパーティを開くの」
へええ。
「殿下はアランソン公爵令嬢と婚約していると言う噂があったの」
それは知っている。その件に関しては、私の方がアデル嬢より詳しい。
「それはなかったそうですよ」
アデル嬢がグルリンと首を回して私の顔を見つめた。
「そうなの?」
「ええ。そう聞きました」
「今のあなたがアランソン公爵令嬢なのよね?」
「ええ。まあ」
「ベアトリス嬢とカザリン嬢が、アランソン公爵令嬢でなくなったから、婚約者枠は空席になったのね?」
空席……なのかどうかまでは、よくは知らないが、少なくとも現在のアランソン公爵令嬢は誰とも婚約していない。
「私をエスコートして欲しいの。殿下に頼んで欲しいのよ」
私はハッと気がついた。
チャンス!
「リーマン侯爵令嬢」
私は威厳を込めて呼びかけた。
「まず、そのためには以前のお約束を守っていただかなくてはいけませんわ」
アデル嬢は驚いたらしく目を丸くした。
「以前の約束?」
「ルーカス殿下とデートに出かけたなら、たんまりお礼をしてくださるとおっしゃったではありませんか」
アデル嬢は記憶を探っているらしかったが、急に真っ赤に塗った唇をゆがめて笑い出した。
「ああ。仲介手数料ってやつね?」
「そうですわ」
「あなたってば、よっぽどお金に困ってらっしゃるのね」
アデル嬢はいかにも気の毒にと言った様子を示した。
まあ、事実だ。ポーションの原材料費も買わなくちゃいけないし、殿下ときたら山ほどドレスを買い込んでいた。殿下を野放しにしていてはいけない。このままだと私は借金まみれになってしまう。
「仕方ないわね」
彼女は、金貨を二十枚くれた。
「十枚、多いですけど?」
「よくわかったわね。実は頼みたいことがあるの。そのお金は前金」
前金! と言うことは、もっともらえるのかな?
「ありがとうございます。それでこれで何をしたらいいですか?」
「まず、夏の終わりの大舞踏会の殿下のエスコート相手を私にするように」
私はちょっと首を傾げた。うまくいくだろうか。
「それから、あなた。あなたもお相手に困ってるんじゃなくて?」
「いえ。別に困っていませんが?」
「何を言っているのよ。アランソンと言えば、父親は投獄されているし、これまで傍若無人に振舞っていたせいで、けがをさせた令嬢の家から損害賠償請求をされているわ」
「まあ!」
私はそわそわした。
私も鉄扇でぶたれたことがある。損害賠償を請求できるならやりたいくらいだ。損害賠償もお金になるんじゃないだろうか。今、気がついた。
アデル嬢は、私が急にそわそわし出したのをみて、ニヤリと笑った。
「そうよ。やっと気がついた? あなたもアランソンの一家でしょう? 今じゃあ、アランソン一家と言うだけで、誰も寄り付きもしないわ」
そう言われれば……。確かに私に近づいてくる男性は一人もいない。
ああ、バスター君はいる。でも、バスター君はビジネス友達だ。そんな関係ではない。
「私の知り合いの伯爵家の令息をご紹介しましょうか?」
「別に不要ですから。大体、そんな会には出ないと思います」
「まあ、見栄を張っちゃって……」
見栄なんかじゃありませんよ。
「じゃあ、何の為に借金してまで服を買って、整形魔法までかけたの? そこまでする令嬢はさすがに少ないと思うけど」
「これは仕事の為なんですよ」
私は説明しかけたが、アデル嬢に鼻で笑われた。
「結婚こそが令嬢の一生の仕事なのよ。他にどんな仕事があるって言うの。借金をして、整形魔法をかけてでも、有利な男を探すあなたのやり方は多少あさましいかもしれないけど、私は評価しているのよ?」
男あさりだと思われてる!
「なんでもハウエル商会とも仲が良いようね。ハウエル商会は大金持ちですものね。没落した名前だけのアランソン公爵家とは似合いかもしれないわ。いいわ。殿下とうまくいったら、あなたにもお礼はしたいと思っているのよ。ハウエル商会なんか、お似合いかもしれないわ」
彼女は私の相手探しを任せてくれと言い切った。
いえ、本当に要らないんですけど。
「あなたは邪魔なのよね。ま、意味は分からないでしょうけど。ハウエル商会と結婚したら、安心だわ。もう、二度と浮上しないでしょうからね」
いや、すごく浮上すると思うけど? 私のポーションが。
「オハヨー。ポーシャ」
誰だ、お前はっ
と声をかける前に、私は枕を殿下に投げつけた。
枕は、殿下にあたる前にばらばらになって部屋中に中身が飛び散った。
「だから、僕は戦闘系だって言ったじゃない。それから、僕は家事魔法は苦手だからその中身の綿は君が片づけなきゃいけないよ」
本当に嫌な奴だ。
「あ、紅茶は嫌。コーヒーにして」
その上、彼は私が着ていくものまで指示した。
私は自由に過ごしたい。
だけど、自由になるためには、目立たないことも必要だった。少なくとも悪目立ちしない方が絶対にいいと殿下に諭されたのだ。
それはそうなのかも知れなかった。
浮世の掟とでもいうのかもしれない。
「ここはこうしてリボンを掛けた方が……」
さすが女装癖のある殿下は、意外と着付けも髪結いもうまかった。しかもとても熱心だ。助かるなあ。
「できた!」
そして、一歩後ろに下がって、うっとりして自分の作品を鑑賞した。
「ああ。きれいだ」
よくわからないけど、ずいぶん頑張ってくれた。有難い。
「殿下、どうもありがとう」
私は素直にお礼を言った。
殿下は指を振った。
「ノー、ノー。ルーカスと呼んで」
それはどうでもいいじゃない。
「これから毎朝手伝うよ」
「そお?」
私はさっさと出かけることにした。ドレス、重い。
後ろから殿下が言った。
「じゃあ後でね?」
あと? 何も約束はしていないはずだけど。
教室に入ると、今日もまた視線の集中砲火を浴びたが、何やら反応が違う。
そうか。今日は普通の貴族の令嬢のなりをしていた。
誰かが感想を言っている声が聞こえたが、無視した。下手に聞くと心が折れそう。私は殿下から、変人だの相手をする値打ちがないだのと言われたことを、忘れたわけではない。何を言われたのか、知らない方がいい。
山羊先生が入って来て、私の顔とドレスを見るなり、ハッとして二度見したのには、本当に腹が立ったが、何も言わないことにした。
授業が終わると、私は食堂に足を向けた。
これからは、普通の貴族の令嬢にもなろうと思う。ドレスを着ていれば、この顔でもそこそこ目立たないと思うので。
ところが、そこで、リーマン侯爵令嬢に会った。
私は最初ラッキーと思った。
殿下とのデートを仲介したのだ。なのに、仲介手数料が未払いだ。
私はリーマン侯爵令嬢に急ぎ足で近付いた。
「あらまあ。アランソン公爵令嬢」
私が何も言わない先に、アデル嬢は声をかけてきた。
一応、基本的に高位の貴族から話しかけられない限り、話しかけてはならない決まりがある。
そしてアランソン公爵令嬢は、リーマン侯爵令嬢より高位のはずだ。一応。
ここは学校なので、全員が平等と言う建前になっているから、そこまで厳格ななわけではないが、アデル嬢の話し方はどうも失礼な感じを受けた。
「整形しちゃったんですって?」
ハッとした。なるほど。他人にはそう見えるのか。でも、整形ではここまで変わらないと思うけど。
誤解されても仕方ないのかもしれないけど、なんだか失礼な気がする。この人、紹介手数料払ってくれるかしら。
「元々の姿に戻っただけですわ」
妙な対抗心に駆られてしまって、私は事実を主張してしまった。
「整形魔法をかけたんでしょ? みんな知っていますわ。保護魔法と言い繕っているらしいけど」
フフンと言った感じに軽くいなされた。
「いつまで、保つかしらね? その整形。見た目は確かに前よりずっときれいに見えるじゃないの。どなたがかけてくださったの?」
なんと言うか、これは、美容整形ではないんですけれども。誤解と言うレベルではない気がする。
アデル嬢は、微笑みを口元に浮かべて言った。
「なんだかおかしいわね。あなたは、私に殿下を勧めてくれたと言うのに、今更そんな恰好で殿下の気を引こうとしているのね」
アデル嬢が値踏みするように私のドレスを眺めた。
「それ、ご自分でお買い求めになったの?」
ギクッとした。
殿下に買ってもらったのよ。
でも、それを言うのは、はばかられた。
第一にセンスがないことをわかってしまう。
それから、お金が無いことがバレてしまう。
なので、黙っていることにした。
「まさか、借金だなんてことはありませんわよね? 優秀な家令をクビにしたとか聞きましたわ。先日まで、女中服だったではありませんか」
まずい。言われてみれば、確かに借金だ。私はようやくその事実に気がついた。
アデル嬢は、口元を隠して聞いてきた。
「まさか、あなたなんかにプレゼントなさる殿方がいるとも思えないし」
確かに。アデル嬢、意外と鋭い。
殿下は取り立てが厳しくないだけで、プレゼントしようだなんて爪の先ほども思っていないだろう。
出来るだけ早く返さないといけないと思ってはいる。だけど、ポーションの売れ行きがどうなのか、まだはっきりしない。商談に行く暇がないのだ。
「その格好で、殿下にアピールされてますの? 借金をしてまで?」
「アピールなんてしていませんわ!」
借金はやむなくしたけど、アピールはしていない。って言うか、アピールってなによ?
「あらあ。聞きましたわよ? 街中のレストランで食事をされたとか。それから殿下を無理矢理ドレスメーカーに連れて行って、ドレスを発注させたとか」
「そんなことはございませんわ」
逆だ、逆。
殿下に連れ出されたのだ、無理矢理。
「美容整形魔法も有効なのね」
アデル嬢はため息をついた。
「そんな見た目だけで心を奪われる方だったのかしら、殿下」
私は殿下のファンではない。
殿下の言動はあやしい時もあるが、私には誠実だし、見た目で動いているのは多分半分くらいだ。おそらく四十五%くらいだと思う。
だから私は殿下の名誉のために反対した。友情には誠実に応えるのが、私のモットーだ。
「そんなことございませんわ!」
アデル嬢はニマーと笑った。
「それなら、古いお友達との友情を忘れないであげてと、殿下に伝えてくださらない?」
「アデル嬢は、殿下の古いお友達なんですか?」
「幼馴染と言ってもいいわ」
「そうなんですか」
私は、殿下の幼馴染を知らない。
強いて言えば殿下の幼馴染は自分かと思っていた。
殿下には幼馴染がたくさんいたんだ。こう幼馴染が多いと、いくら幼馴染が特別枠だったとしても、自分の幼馴染特典がドンと下がった気がした。
そして、幼馴染には、なぜか「他の人とは違うの」的な特別感があったことに気がついた。
「毎夏、私の田舎の屋敷のバラの庭に来てくださったの」
アデル嬢が、いかにも昔を思い出すと言った様子で話し始めた。
「女装して?」
アデル嬢は何をバカなことを言っているんだと言う顔になった。
「そんな真似するわけないでしょう? いつでもりりしい王子様だったわ」
私のところは特別に変だったのか。
「そうね。さしずめ、今年の王家の夏のパーティにパートナーとして選んで欲しいの」
「夏の王宮のパーティ?」
アデル嬢はイライラしてきたらしかった。
「あなたは田舎から出てきたから知らないかもしれないけど、宮廷では、毎年夏の終わりの夜にパーティを開くの」
へええ。
「殿下はアランソン公爵令嬢と婚約していると言う噂があったの」
それは知っている。その件に関しては、私の方がアデル嬢より詳しい。
「それはなかったそうですよ」
アデル嬢がグルリンと首を回して私の顔を見つめた。
「そうなの?」
「ええ。そう聞きました」
「今のあなたがアランソン公爵令嬢なのよね?」
「ええ。まあ」
「ベアトリス嬢とカザリン嬢が、アランソン公爵令嬢でなくなったから、婚約者枠は空席になったのね?」
空席……なのかどうかまでは、よくは知らないが、少なくとも現在のアランソン公爵令嬢は誰とも婚約していない。
「私をエスコートして欲しいの。殿下に頼んで欲しいのよ」
私はハッと気がついた。
チャンス!
「リーマン侯爵令嬢」
私は威厳を込めて呼びかけた。
「まず、そのためには以前のお約束を守っていただかなくてはいけませんわ」
アデル嬢は驚いたらしく目を丸くした。
「以前の約束?」
「ルーカス殿下とデートに出かけたなら、たんまりお礼をしてくださるとおっしゃったではありませんか」
アデル嬢は記憶を探っているらしかったが、急に真っ赤に塗った唇をゆがめて笑い出した。
「ああ。仲介手数料ってやつね?」
「そうですわ」
「あなたってば、よっぽどお金に困ってらっしゃるのね」
アデル嬢はいかにも気の毒にと言った様子を示した。
まあ、事実だ。ポーションの原材料費も買わなくちゃいけないし、殿下ときたら山ほどドレスを買い込んでいた。殿下を野放しにしていてはいけない。このままだと私は借金まみれになってしまう。
「仕方ないわね」
彼女は、金貨を二十枚くれた。
「十枚、多いですけど?」
「よくわかったわね。実は頼みたいことがあるの。そのお金は前金」
前金! と言うことは、もっともらえるのかな?
「ありがとうございます。それでこれで何をしたらいいですか?」
「まず、夏の終わりの大舞踏会の殿下のエスコート相手を私にするように」
私はちょっと首を傾げた。うまくいくだろうか。
「それから、あなた。あなたもお相手に困ってるんじゃなくて?」
「いえ。別に困っていませんが?」
「何を言っているのよ。アランソンと言えば、父親は投獄されているし、これまで傍若無人に振舞っていたせいで、けがをさせた令嬢の家から損害賠償請求をされているわ」
「まあ!」
私はそわそわした。
私も鉄扇でぶたれたことがある。損害賠償を請求できるならやりたいくらいだ。損害賠償もお金になるんじゃないだろうか。今、気がついた。
アデル嬢は、私が急にそわそわし出したのをみて、ニヤリと笑った。
「そうよ。やっと気がついた? あなたもアランソンの一家でしょう? 今じゃあ、アランソン一家と言うだけで、誰も寄り付きもしないわ」
そう言われれば……。確かに私に近づいてくる男性は一人もいない。
ああ、バスター君はいる。でも、バスター君はビジネス友達だ。そんな関係ではない。
「私の知り合いの伯爵家の令息をご紹介しましょうか?」
「別に不要ですから。大体、そんな会には出ないと思います」
「まあ、見栄を張っちゃって……」
見栄なんかじゃありませんよ。
「じゃあ、何の為に借金してまで服を買って、整形魔法までかけたの? そこまでする令嬢はさすがに少ないと思うけど」
「これは仕事の為なんですよ」
私は説明しかけたが、アデル嬢に鼻で笑われた。
「結婚こそが令嬢の一生の仕事なのよ。他にどんな仕事があるって言うの。借金をして、整形魔法をかけてでも、有利な男を探すあなたのやり方は多少あさましいかもしれないけど、私は評価しているのよ?」
男あさりだと思われてる!
「なんでもハウエル商会とも仲が良いようね。ハウエル商会は大金持ちですものね。没落した名前だけのアランソン公爵家とは似合いかもしれないわ。いいわ。殿下とうまくいったら、あなたにもお礼はしたいと思っているのよ。ハウエル商会なんか、お似合いかもしれないわ」
彼女は私の相手探しを任せてくれと言い切った。
いえ、本当に要らないんですけど。
「あなたは邪魔なのよね。ま、意味は分からないでしょうけど。ハウエル商会と結婚したら、安心だわ。もう、二度と浮上しないでしょうからね」
いや、すごく浮上すると思うけど? 私のポーションが。
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