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第36話 セス様の黒歴史
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遅くなったからと言って、おばあさまは殿下を王宮に帰した。
そしてニヤニヤしながら、言った。
「ルーカスは相変わらずね。あなたを最初見た時から、とても気に入ったみたいだったけど、いまだに変わらずね。悪化したんじゃない?」
「あ、お金!」
思い出した。殿下はそのまま持って帰ってしまった。
次の瞬間、おばあさまの手には殿下が持っていた皮袋が握られていた。
「ポーシャ、ごめんなさいね。私が悪かったわ。いくらジョン・スターリン一家を排除しても、私があなたのことを、アランソン公爵令嬢として紹介しなかったら、意味がないのね。名前さえ戻れば、みんなの扱いが公爵令嬢として元に戻るのは当たり前だなんて考えていた私が、おかしかったのね」
その通りですとは言いにくい。
大人になっていくにつれ、敬愛するおばあさまの短所も詳らかになっていった。
これほど大雑把な人間は見たことがない。
そして、それにもかかわらず、どうにかこうにかなってしまうと言うか、してしまうと言うか。
「セスの後継者も見つけておかないと」
私はびっくりした。セスがずっと家令の仕事をするのかと思っていた。
「かわいそうにセスは苦労していると思うわ。でも、毒薬が仕込まれたり、いきなり切りかかったりするような物騒な使用人がいたとしても、セスなら大丈夫なの。隠し事をしていても、セスにかかってはあっという間にバレてしまうわ。だから、最初に行くのはセスで正解なの。家事魔法だってすごいものがあるわ」
なるほど。特に本邸には、ジョン・スターリンの夫人や娘たち子飼いの使用人が大勢いるはずだ。抵抗は大きいだろう。力ずくで追い出さなくてはならないかもしれない。
「セスはねえ、昔、私が拾ったの。平民の孤児院ですごい魔力を持つ子どもがいた。それがセスだったの」
セス様、孤児だったのか。
「もうセスはだいぶ大きくて、すごく荒れていたわ。仕方ないよね。孤児院育ちの平民じゃあ魔術師としての夢も希望もないもの。髪も背中まであって、自分のことは世界で唯一の邪眼の持ち主で、この世でたった一人の闇属性で、唯一無二の魔法量を誇る大魔術師だって名乗っていたの。許せないでしょ?」
これをバスター君が言い出したら、ほほえましいか、病院に連れて行くかどちらかだが、なにしろセス様だからなあ。
あながち外れていないのでは? 闇属性かどうかは知らんけど。
「別に許せる範囲なのでは?」
「何言ってるの。唯一無二の大魔術師は、この私でしょう」
「あ、そこですか」
なんかどうでもいいので、そのネーニングは聞き流していたけど、本人たちは重要視していたのね。
「大体、才能こそあれ、まともに学んでさえいなかったのよ。すぐに孤児院から引き取って英才教育の機会を与えたの」
「さすがはおばあさま」
気がない感じの言い方になってしまったが、一応、褒め称えておいた。誉めておかないと後がうるさい。
「この学校に突っ込んで、後ろ盾は私ということで……」
やっぱり自分で教える気なんてないんだ。教えたとか言っていたけど、おばあさまは、およそ教師には不向きな人柄なので仕方ない。他の人に教わった方が話は早いと思う。
「私が見込んだだけあって、一年で飛び級卒業よ。その後は私の側近として、私がドラゴン退治をしている間……」
ドラゴン退治?
「ポーシャの面倒を見させたの」
私、セス様に面倒見てもらった覚えないんですけど?
「オムツを変えたり、ミルク飲ませたり、お風呂に入れたり」
「私の母は何をしていたんですか?」
思わず私は、大声で聞いた。
「一緒にドラゴン退治よ」
ド、ドラゴン?
あの、魔法戦士憧れの?
それは面白くなかったんじゃないかなあ、セス様。年頃の若い男子がドラゴン退治に参戦させてもらえないだなんて、心の中で泣いていたんじゃ。
「仕方ないわよ。メデューサ種というドラゴンでね。邪眼が凄くて、目が合った男はみんな石化するの」
「え?……そんなドラゴンいるんですか?」
「トカゲサイズなんだけどね」
「え? あ、そうですか」
「チョロチョロするし、石化が治るまで半年くらい掛かるの。面倒臭いでしょ? 女という女が駆り出されたわ。別に魔力持ちでなくてもいいので、棍棒で潰して歩いたの。私たち魔力持ちは、隠れているドラゴンを全部引っ張り出す役よ」
割としょぼいな。
「いいこともあったらしいのよ? 夫がワンオペ家事の悲惨さを認識してくれたって、侍女が言ってたわ。何の話か私には分からなかったけど、女中頭も似たようなことを言っていたから」
何の話かわからない。
「貴族の皆様にはわからない話ですって言われたけどね。あと独身の女性にはわからないそうよ。あ、独身女性といえば」
おばあさまはちょっと厳しい顔になって言った。
「一人で外泊したんですって?」
「モンフォール街十八番地に」
私は素直に言った。
「ポーションを作りすぎて、遅くなってしまったので、暗い街を抜けて帰らないほうがいいかと思ったんです」
「それは、その方がいい判断だったかもしれないけど……でも、どうして、学校で作らなかったの?」
「ポーションの先生が意地悪で、平民は実技をさせてやらないというんです」
「なんですって? 公爵家に向かって……」
「でも、最初は平民のふりをした方がいいって、おばあさまがおっしゃっていたではありませんか」
「平民だから実技をしてはいけないなんてことないはずよ」
おばあさまは都合の悪いことは無視する。
「でも、その先生は解雇になっていました。多分、次の先生は大丈夫だと思うんです。でも、私はモンフォール十八番地がすごく気に入ったので、また使うと思います。ポーション作りには最高です。学校だと順番を待たないといけなかったりするので」
魔法の絨毯を使いたい。どうやるのかわからないけど。
これから、ポーションの量産体制に入るのだ。通勤に半時間もかけられるか。
ポーションの量産体制を組んで、ハウエル商会に卸す予定だなんておばあさまに言えない。言っても理解してもらえない。
おばあさまは自分の作った実験場所兼作業所を褒められてニコリとした。
「でも、学校から行くのに半時間くらいかかるので時間が少しもったいないかなあって」
「そうねえ。魔法の絨毯を使ったらいいわ。寮からモンフォール十八番地へ直接行けるわ」
よしっ。かかったな。
「でも、使い方が……」
「ルーカスに聞きなさい。これが鍵だから」
絨毯って、鍵で使うのか。あっさり鍵をくれた。だけど、使い方を教えてくれる先生は殿下なのか。
そしてニヤニヤしながら、言った。
「ルーカスは相変わらずね。あなたを最初見た時から、とても気に入ったみたいだったけど、いまだに変わらずね。悪化したんじゃない?」
「あ、お金!」
思い出した。殿下はそのまま持って帰ってしまった。
次の瞬間、おばあさまの手には殿下が持っていた皮袋が握られていた。
「ポーシャ、ごめんなさいね。私が悪かったわ。いくらジョン・スターリン一家を排除しても、私があなたのことを、アランソン公爵令嬢として紹介しなかったら、意味がないのね。名前さえ戻れば、みんなの扱いが公爵令嬢として元に戻るのは当たり前だなんて考えていた私が、おかしかったのね」
その通りですとは言いにくい。
大人になっていくにつれ、敬愛するおばあさまの短所も詳らかになっていった。
これほど大雑把な人間は見たことがない。
そして、それにもかかわらず、どうにかこうにかなってしまうと言うか、してしまうと言うか。
「セスの後継者も見つけておかないと」
私はびっくりした。セスがずっと家令の仕事をするのかと思っていた。
「かわいそうにセスは苦労していると思うわ。でも、毒薬が仕込まれたり、いきなり切りかかったりするような物騒な使用人がいたとしても、セスなら大丈夫なの。隠し事をしていても、セスにかかってはあっという間にバレてしまうわ。だから、最初に行くのはセスで正解なの。家事魔法だってすごいものがあるわ」
なるほど。特に本邸には、ジョン・スターリンの夫人や娘たち子飼いの使用人が大勢いるはずだ。抵抗は大きいだろう。力ずくで追い出さなくてはならないかもしれない。
「セスはねえ、昔、私が拾ったの。平民の孤児院ですごい魔力を持つ子どもがいた。それがセスだったの」
セス様、孤児だったのか。
「もうセスはだいぶ大きくて、すごく荒れていたわ。仕方ないよね。孤児院育ちの平民じゃあ魔術師としての夢も希望もないもの。髪も背中まであって、自分のことは世界で唯一の邪眼の持ち主で、この世でたった一人の闇属性で、唯一無二の魔法量を誇る大魔術師だって名乗っていたの。許せないでしょ?」
これをバスター君が言い出したら、ほほえましいか、病院に連れて行くかどちらかだが、なにしろセス様だからなあ。
あながち外れていないのでは? 闇属性かどうかは知らんけど。
「別に許せる範囲なのでは?」
「何言ってるの。唯一無二の大魔術師は、この私でしょう」
「あ、そこですか」
なんかどうでもいいので、そのネーニングは聞き流していたけど、本人たちは重要視していたのね。
「大体、才能こそあれ、まともに学んでさえいなかったのよ。すぐに孤児院から引き取って英才教育の機会を与えたの」
「さすがはおばあさま」
気がない感じの言い方になってしまったが、一応、褒め称えておいた。誉めておかないと後がうるさい。
「この学校に突っ込んで、後ろ盾は私ということで……」
やっぱり自分で教える気なんてないんだ。教えたとか言っていたけど、おばあさまは、およそ教師には不向きな人柄なので仕方ない。他の人に教わった方が話は早いと思う。
「私が見込んだだけあって、一年で飛び級卒業よ。その後は私の側近として、私がドラゴン退治をしている間……」
ドラゴン退治?
「ポーシャの面倒を見させたの」
私、セス様に面倒見てもらった覚えないんですけど?
「オムツを変えたり、ミルク飲ませたり、お風呂に入れたり」
「私の母は何をしていたんですか?」
思わず私は、大声で聞いた。
「一緒にドラゴン退治よ」
ド、ドラゴン?
あの、魔法戦士憧れの?
それは面白くなかったんじゃないかなあ、セス様。年頃の若い男子がドラゴン退治に参戦させてもらえないだなんて、心の中で泣いていたんじゃ。
「仕方ないわよ。メデューサ種というドラゴンでね。邪眼が凄くて、目が合った男はみんな石化するの」
「え?……そんなドラゴンいるんですか?」
「トカゲサイズなんだけどね」
「え? あ、そうですか」
「チョロチョロするし、石化が治るまで半年くらい掛かるの。面倒臭いでしょ? 女という女が駆り出されたわ。別に魔力持ちでなくてもいいので、棍棒で潰して歩いたの。私たち魔力持ちは、隠れているドラゴンを全部引っ張り出す役よ」
割としょぼいな。
「いいこともあったらしいのよ? 夫がワンオペ家事の悲惨さを認識してくれたって、侍女が言ってたわ。何の話か私には分からなかったけど、女中頭も似たようなことを言っていたから」
何の話かわからない。
「貴族の皆様にはわからない話ですって言われたけどね。あと独身の女性にはわからないそうよ。あ、独身女性といえば」
おばあさまはちょっと厳しい顔になって言った。
「一人で外泊したんですって?」
「モンフォール街十八番地に」
私は素直に言った。
「ポーションを作りすぎて、遅くなってしまったので、暗い街を抜けて帰らないほうがいいかと思ったんです」
「それは、その方がいい判断だったかもしれないけど……でも、どうして、学校で作らなかったの?」
「ポーションの先生が意地悪で、平民は実技をさせてやらないというんです」
「なんですって? 公爵家に向かって……」
「でも、最初は平民のふりをした方がいいって、おばあさまがおっしゃっていたではありませんか」
「平民だから実技をしてはいけないなんてことないはずよ」
おばあさまは都合の悪いことは無視する。
「でも、その先生は解雇になっていました。多分、次の先生は大丈夫だと思うんです。でも、私はモンフォール十八番地がすごく気に入ったので、また使うと思います。ポーション作りには最高です。学校だと順番を待たないといけなかったりするので」
魔法の絨毯を使いたい。どうやるのかわからないけど。
これから、ポーションの量産体制に入るのだ。通勤に半時間もかけられるか。
ポーションの量産体制を組んで、ハウエル商会に卸す予定だなんておばあさまに言えない。言っても理解してもらえない。
おばあさまは自分の作った実験場所兼作業所を褒められてニコリとした。
「でも、学校から行くのに半時間くらいかかるので時間が少しもったいないかなあって」
「そうねえ。魔法の絨毯を使ったらいいわ。寮からモンフォール十八番地へ直接行けるわ」
よしっ。かかったな。
「でも、使い方が……」
「ルーカスに聞きなさい。これが鍵だから」
絨毯って、鍵で使うのか。あっさり鍵をくれた。だけど、使い方を教えてくれる先生は殿下なのか。
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