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第35話 婚約話のいきさつ

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私は意気揚々とハウエル商会を出て、学校に戻った。

よかった。話をちゃんと聞いてもらえたし、貴族との縁を匂わせてくれたり、特Sがずらりと並ぶ成績表を出して見せてくれたバスターくんのおかげなのも知れないが、高く評価してもらえたみたいだ。少なくとも、正当に取引しようと言う姿勢だった。

それで、つい殿下のことはきれいに忘れていた。


殿下が寮の周りを徘徊していた。

しまった。後で会いましょうとか、無責任なことを言ってしまった。忘れてた。

きっと、学内のどこを探しても私がいないので、寮に行き着いたのだろう。

殿下が、授業後、護衛を連れて、ゾロゾロ平民女子寮に行く様子はみんなの注目を浴びまくっただろうけど、私は知らない。関係ない。

こっそり寮に忍び込もうとしたが、目を爛々らんらんと輝かせた側近の誰かに捕まり、私はあきらめて殿下を寮に入れた。

そうはいっても、時間は有効活用されたらしく、側近は交代していたし、殿下は新しい服に着替えていた。よかった。

側近どもは、寮の建物の中まで入ることは許されたが、私の部屋の中までは入ってこなかった。

そして、防音魔法をかけて、殿下は手紙を渡してくれた。

「まず、これ」

それはおばあさまからとセス様からの返事だった。

おばあさまは、手紙に手紙鳥の作り方を書いていた。例によって、最初は丁寧に書いてあったが途中から飽きたらしく、あとは本を読んでねで終わっていた。

「手があき次第、そちらへ行くわ」

セス様は、走り書きでものすごく忙しいこと、手が回らなくてすまなかったこと、最後にお金を送ったことを書き添えていた。

殿下は真剣に頼んできた。

「頼むから、他所で泊まり歩くような真似はやめてほしい」

「どうして?」

「僕の心臓がもたない」

私は首を傾げた。殿下は若いし心臓の持病なんて持っていないはずだ。

「僕は君が好きなんだ」

「はい」

私はびっくりして返事した。

プライドが高い殿下にしては珍しい。直球だ。

「これまで、いろいろ理由をつけて、一緒にいたけど、ますます好きになってしまった」

「そんな感じでしたねえ」

あまり機嫌を悪くさせたくない。
私は話を合わせた。

殿下がまだらに赤くなった顔で睨んできた。

「これまでは、しょっちゅうここへ来れたけど、君のおばあさまが出禁にしてしまったのだ」

「それは……仕方ないのでは」

まあ、普通、男性王族の、女子寮への出入りなんか誉められたものではないと思う。

「で、だから、会える方法を確立してほしい」

そんな面倒臭い。

「セスからのお金は僕が預かっている」

そういうと殿下は重そうな皮袋を取り出した。中身がジャラジャラいっている。

「えっ?」

私は目をむいた。

「それって、私のお金ではないのですか?」

殿下がうなずいた。

「金が欲しくば、僕に会え」

「なんで、自分のお金を取りに行くのに、殿下を経由しなくてはいけないのですか?」

「僕が君を好きだからだ」

「理由になっていません」

「なんとでも言え。会いたい。好きなんだ。昔からだ。君はどうしてそんなに僕を拒否るの?」

「拒否っていませんよ。殿下だって、たくさんのご令嬢方に囲まれて大人気だったではありませんか」

「ヤキモチか」

ヤキモチを妬かれるくらいだったら、会うのに不自由はないと思うけど。

私はお金に手を伸ばしたけれど、サッと殿下が取り上げた。

残念ながら、彼の方が私より背も高いし、リーチも長い。力もありそうだ。戦っても勝てそうにない。
まだ、私は魔法の練習途上。魔剣や火焔魔法を使えるわけでもない。
今後の課題だ。こう言う場合、相手を叩きのめす魔法を勉学しておくべきだ。課題が増えた。


「何をしているの?」

その時、呆れたような声が響いた。

ドアがガチャリと開いて、おばあさまが入ってきた。

「あ、おばあさま! 殿下がセス様が送ってきたお金を渡してくれないんです」

「何をしているの、ルーカス。意味がわからないわ」

呼び捨てだった。

「あら。それになんていう顔をしているの? どうかしたの?」

殿下はうつむいた。

「おばあさま、殿下は私の婚約者なんかじゃないでしょう?」

私はおばあさまに確認した。

だって、お役目ご苦労様と言っていたもの。

「あらあら。ポーシャは殿下を嫌いになったの?」

嫌いになったの?って、学校に入って初めてお知り合いになっただけなんですけど?

「子どもの頃、あんなに仲良く遊んでいたのに。お人形さん遊びとか、いろいろ」

「殿下と一緒にですか?」

私はびっくりした。全然記憶がない。

「そうよ。王都の屋敷で遊んでいた頃はまだ小さすぎて覚えていないかもしれないけど、婚約者だったので、田舎の屋敷にもよくきてもらったわ。夏なんか特にね。とってもかわいい子どもだったわ、殿下は」

おばあさまは、にっこりと思い出し笑いした。

「ところで、ここではお茶も何も出ないのかしら?」

大慌てで私は、王宮の厨房の方から、最高級のお茶とお菓子を調達した。
おばあさま相手に安物なんか出したら、後で何を言われるかわからない。いや、それどころではなくて、この寮の建物の外に新しく厨房が増設されて、ポーシャさま専用のお菓子作り職人とかが集められたら面倒だ。

おばあさまは、ゆっくりとお茶を飲みながら話を続けた。

殿下は気まずそうにしている。

そういえば殿下はおばあさまのことを誰もが恐れる大魔術師だと言っていた。

確かにそうだ。

私だって、恐れているといえば、恐れている。何をしでかすかわからないそのエネルギーに。

「ルーカスは小さい頃はすごく綺麗な金髪だったの。今は栗色ですけどね」

まあ、子どもの頃は、みんな毛の色は薄いよね。

「今のポーシャそっくりだったわ。可愛くって、よく女装していたの」

「え……」

「あら、いやだ。今は無理よ」

わたしは殿下を上から下まで眺めた。
女装……。想像もつかない。

確かに殿下はとても綺麗な顔立ちだった。それに線が細い方かもしれない。ただ体つきの方は、今やかなりがっちりしていた。私は、初めてしみじみと殿下を観察した。

「あなた方はすぐに意気投合して、お人形さん遊びを始めたの。どちらが遠くまでお人形さんを投げられるかとか、どちらが魔力でお人形さんを大きくできるかとか。巨大魔神兵と呼んでたわ。お人形さんがかわいそうよね」

それは、いわゆるお人形さん遊びではないのでは?

男の子が混じると、使っているツールがお人形さんでも、そういう遊びに変化させるから困るよね。

「変化させたのはあなたよ。ルーカスは普通にお茶会をしたがったり、お着替えさせたがったりしていたのに、ポーシャがぶん投げ競争とか、メタモルフォーゼさせたがったりするから」

私か。

「でも、ポーシャはルーカスのことをお姉様って呼んでたから、ヤンチャな妹ってとこかな?」

お姉様?

ルーカスっていう男の子は知らないけど、大好きな優しいお姉様はいた。

「あの、おばあさま、私のお姉さまは、両親と一緒に病気で亡くなったのですよね?」

「何言ってるの。あなたは一人っ子よ」

「だって、亡くなったので一人っ子なんだと……」

「一緒に遊んでいたのは僕だ」

ブスッと殿下が口を挟んだ。

「ポーシャ、君は一人っ子だ。僕が保証する」

「ルーカスは、あの屋敷に来ると必ず大喜びでドレスに着替えて遊んでいたわ」

「ドレスに着替えないと遊んでもらえないと思っていたから」

殿下が言い訳した。

「あら。ドレスが好きだったんだと思ってたわ」

そういえば、率先して私のドレスを注文しに行っていたわ。まさか、あの時も自分用のドレスを注文しに?

「そんな趣味はない! でも、でも、君が楽しそうにしてくれるから」

「まあ、男の子なんか見たことないから、ポーシャも、ちょっと警戒気味だったのよねえ、最初」

「そうだ。でも、ジョン・アランソンが妙なものを送りつけて来るようになったので、危ないとお母様に止められるようになって、ここ数年、田舎のアランソンの屋敷に行けなくなってしまったんだ」

あー。なんとなく納得できる。

「この子は魔力が多くて、魔法の絨毯を平気で使うから、いつでも行きたい時に来ていたの。外から来るわけではなくて、家の中から現れるから、姉だと思われても仕方ないわね」

記憶は、大好きだったお姉様ということだけしかない。

二歳の差は大きい。彼の記憶の方がずっと鮮明なのだろう。

私は、その後、おばあさまと二人きりで暮らしていたので、他の人からの情報はほぼ遮断された状態だった。だが、殿下は王宮で暮らしていた。
私の噂も聞いて知っていただろう。
現に私は自分の家族のことさえ、よくわからないまま育ってしまったのだ。

「あまりにも仲良しだから、婚約しましょうかなんて冗談で言っていただけよ」

「あ。そうなのですか」

なんだ。冗談か。

「ええ。ただ、あまりにも似合いの二人だったので話が一人歩きした部分はあるわね。ルーカスも否定しないし。誰一人否定しなかったわ。そのうちに既定路線みたいになってしまって、すっかり王家も私もそのつもりだったの。あなたの保護魔法が解けたら、正式に発表しようと思っていたの」

私はあごが外れそうになった。マジか。

「だけど、ルーカスが自由になりたいなら仕方ないわね」
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