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第32話 ポーシャ、再発進
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いくら殿下が、セス様に連絡を取ってくれることになっても、お金はすぐには手に入らない。
それから、魔法の授業の問題がある。
私は絶対に、全ての魔法の授業を受けたかった。
殿下は小鳥の伝令魔法が使えるし、絨毯だって自由に敷ける。
なのに、私は何もできない。
なんのための学校だ。
山羊先生のところに談判しに行った時、先生は猛烈に困った様子だった。
「その話は聞いたよ。ジョン・アランソン公爵は拘束されてしまったそうだね」
「ジョン・スターリン男爵ですよ、先生」
「そして、君が本物のアランソン公爵令嬢……」
にわかには信じられないように、先生は私のみすぼらしい服を見ないようにして見た。
「今日の話題はそれじゃないんです。私が魔法の授業を好きなだけ受けられるようにしてほしいんです」
「貴族でも平民でも、Eランクでは受けられる授業には限界がある」
「Eランクで受けられる授業全部を受けたいんです」
「まあ、正直言って、どの魔法の授業も、レベル制限はしていない。だから全部受けたってかまわない。ただ、能力に釣り合わない授業は時間の無駄ではないかな」
こいつ、本当に人を信用してないな。そして、私に授業を受けさせたくないんだな。
「先生、それと、ポーションの授業の実技を受けさせてもらえないのは問題だと思うのですが。授業の意味がありません」
山羊先生がブルッと震えた。
「ポーションの先生は、ジョン・アランソン公爵の手先として捕まった。仕事も当然辞めたよ」
そんなわけで私は、ポーション先生の最後の授業に出ることになった。
「ポーシャさん!」
バスター君は変わらない。私がアランソン公爵令嬢になったと聞いても、同じように走って来た。
「ポーシャさん、聞きましたか? 先生、解雇になるらしいです」
バスター君が小声で教えてくれた。
「本物のアランソン公爵令嬢に、毒を盛っていたそうです」
もしかしたら、彼は、私が本物のアランソン公爵令嬢だって知らないのかもしれない。
授業に現れた、太鼓腹でいつも偉そうだったポーション担当の先生は、顔色がなっていなかった。もう、灰色になっていた。
こいつが犯人か。
ジョン・スターリンに毒薬を作る能力はない。
代わりに作っていた人間がいたはずだ。
考えてみれば、こいつは非常にあやしい。私を非難していたし。
先生の背後には、騎士の姿が二人も見えた。そして後任のポーションの先生はちょっとおどおどしていたが、割と親しみが持てる感じの女の先生だった。
「新任の先生は、こちらの女性、カーラ・マックブライト先生だ。一応、みんなの成績表などの引き継ぎは済んでいる。今日で私は退任する。皆、勉学に励み、健康に気を付けるように」
何が健康に気を付けるように、だ。いや、逆にこれからも毒を盛るから、覚えとけよと言う予告なのか? だが、左右を騎士に囲まれ出て行く先生には、かつての覇気は全くなかった。
新しい先生は、一人一人の名前を呼んで、成績表と付き合わせた。
バスター君の名前を呼んだ時、先生はにっこりした。
「バスター・ハウエル君ね? 素晴らしいわ。もう、先生、教えることがないんじゃないかしら」
この発言には教室中が仰天した。最も驚いたのはバスター君本人だった。
「え? あの?」
「2週間分の宿題をまとめて提出したそうだけど……全部のポーションが最高級の出来だったわ。すごい魔法力だわ」
先生は興奮気味にしゃべった。
「特に命のポーション。あれねえ、貧しい人たちの病院に回されたの。その病院から感謝状が届いているわ。もう死ぬのを待つばかりだった貧乏人の女の子に飲ませたそうなの。本来なら、高くて絶対手が出るようなポーションじゃないけど、学生の作った効果の分からないポーションだから、タダ同然で飲ませてあげたそうなの。でも、劇的に回復して……金5千枚のポーションとほぼ同等の効き目だったって」
教室中があっけに取られて、バスター君を見つめた。
私はほぞをかんでいた。金五千枚! くそう、売ればよかった。
先生は、女の子の父親から送られてきたという手紙をヒラヒラさせた。
「この手紙は、バスター君宛なの。後であなたに渡すわ。先生、読みながら泣いてしまったわ。ポーション作りが止められないのは、人の命を救うからなのよね」
いい先生じゃない。私も思わずウンウンとうなずいた。その通りだわ。ポーションは金もうけには最適だわ。
「他のポーションも完璧。その病院は、すごく感謝してる。胃薬も風邪薬も水虫の薬もハゲ治療薬も完全だったそうよ」
ハゲ治療薬に効果が出たのは驚いた。教科書に、もしかしたら効果があるかもしれない程度と書いてあったから。
大体、そんな効き目も不確かなポーションをどうして宿題に出すかな?
それにポーションって、本来体力回復とかそっち系だと思っていたんだけど、これで行くとほとんど薬っぽい。
「バスター君、あなたは素晴らしいわ。私、前の先生の評価は間違っていると思う。先生、ご両親に手紙を書きました。こんなに才能にあふれる生徒は、ぜひポーション開発の道に進んで欲しいって」
生徒たちはざわざわし始めた。
彼らは普段のバスター君を知っている。
命のポーションみたいな複雑怪奇でむやみやたらに魔力を食うポーションなんか作れるわけがない。
そうかといって、宿題如きに金五千枚もするようなポーションを買って提出するなんて、いくら豪商の息子だとしても、ありえない。
バスター君の両親は大喜びするだろうけど、彼はますます具合の悪いことになるんじゃないかな。まずいな。
最後に私の名前が呼ばれたが、先生は困った顔になっていた。
「実技が出ていないけど。もし、見学だけに止めておきたいのだったら、それでもかまいません……」
先生は遠慮してるのだ。高位の貴族の令嬢だと最初から認識しているので、Eクラスの魔力しかなければ、退クラスの危険のある実技を避けているのかもしれないと考えたのだろう。
「実技させてください」
私は答えた。バスター君の運命は、私が何とかする。二人分のポーションを作るのだってかまわない。
「そ、そう。無理はしなくていいのよ?」
無理? 煽らないでください。やりますとも。
さっきのバスター君への賛辞は、私への賛辞だ。宛先が違ったくらいでめげる私ではない。
全ての魔法学のクラスで似たようなことを言われたが、私はどんな無理をしてでも、やり抜く気だった。
今こそ、希望がかなったのだ。
戸惑う先生や、当惑顔の同級生なんかどうでもいい。
食堂でご飯を食べるのは出来れば避けたかったが、例のご令嬢方に捕まってしまった。同じクラスの低位の令嬢たちだ。
今日はひどく低姿勢だ。
「アランソン公爵令嬢が、本当はスターリン男爵令嬢だったなんて。そして、あのう、今はあなたがアランソン公爵令嬢だとお聞きしたのですけど」
「ええ」
どうしてそんな服なのだと舌先まで出かかっているのがわかったので、先回りした。
「だって、私、ポーション作りにしか興味がないんですもの」
「あの、それ本当ですか?」
「もちろん」
「あの、それで、その、ルーカス殿下の婚約者はあなたですわよね……」
彼女達が狙っていたのは、その話の方か。
殿下は私が婚約者だと言っていたが、正直なところ、私にはわからない。おばあさまは私の保護魔法が解けた途端に、お役目ご苦労様とか言っていたし、本当に保護魔法が解けるまでの契約だった可能性もある。
「違います」
私は正直に答えた。
「違う?」
貴族の令嬢たちはびっくりして尋ねた。
「殿下は、アランソン公爵令嬢と婚約しているっておっしゃってましたわ」
「それは昨日までの話でしょう」
「あのう、今朝、おっしゃっていました」
なんだと? 油断も隙もないな。
「私のおばあさまのベリー公爵夫人が解消していかれました」
「ああっ、あの、一騎当千、向かう所敵なしの勇猛果敢な公爵夫人が!」
「王国の最強兵器と呼ばれているベリー公爵夫人が!」
…………おばあさま、何者?
しかし、一人の子爵令嬢が肝心の用件を思い出して、念を押した。
「つまり、も、もしかすると婚約していない?」
「していません」
彼女たちは、私の表情を読んだ。
「そういえば、いつでしたか、殿下は婚約者を探しているのかもって、おっしゃってましたわよね」
「そうですね」
無関心の極みで私は答えた。
令嬢たちは視線を交わして無言の会話に沈んだ。
それより、思い出した。アデル嬢は不払いだ。取り立てに行かなくちゃ。
「では、私、次の授業がありますので失礼します」
「あ、あら。お邪魔しました。ごきげんよう」
彼女たちは満面の笑顔だった。なぜかしら。
その時は認識していなかった。だが、これが回り回って殿下と私の不幸の引き金を引いたのだった。
それから、魔法の授業の問題がある。
私は絶対に、全ての魔法の授業を受けたかった。
殿下は小鳥の伝令魔法が使えるし、絨毯だって自由に敷ける。
なのに、私は何もできない。
なんのための学校だ。
山羊先生のところに談判しに行った時、先生は猛烈に困った様子だった。
「その話は聞いたよ。ジョン・アランソン公爵は拘束されてしまったそうだね」
「ジョン・スターリン男爵ですよ、先生」
「そして、君が本物のアランソン公爵令嬢……」
にわかには信じられないように、先生は私のみすぼらしい服を見ないようにして見た。
「今日の話題はそれじゃないんです。私が魔法の授業を好きなだけ受けられるようにしてほしいんです」
「貴族でも平民でも、Eランクでは受けられる授業には限界がある」
「Eランクで受けられる授業全部を受けたいんです」
「まあ、正直言って、どの魔法の授業も、レベル制限はしていない。だから全部受けたってかまわない。ただ、能力に釣り合わない授業は時間の無駄ではないかな」
こいつ、本当に人を信用してないな。そして、私に授業を受けさせたくないんだな。
「先生、それと、ポーションの授業の実技を受けさせてもらえないのは問題だと思うのですが。授業の意味がありません」
山羊先生がブルッと震えた。
「ポーションの先生は、ジョン・アランソン公爵の手先として捕まった。仕事も当然辞めたよ」
そんなわけで私は、ポーション先生の最後の授業に出ることになった。
「ポーシャさん!」
バスター君は変わらない。私がアランソン公爵令嬢になったと聞いても、同じように走って来た。
「ポーシャさん、聞きましたか? 先生、解雇になるらしいです」
バスター君が小声で教えてくれた。
「本物のアランソン公爵令嬢に、毒を盛っていたそうです」
もしかしたら、彼は、私が本物のアランソン公爵令嬢だって知らないのかもしれない。
授業に現れた、太鼓腹でいつも偉そうだったポーション担当の先生は、顔色がなっていなかった。もう、灰色になっていた。
こいつが犯人か。
ジョン・スターリンに毒薬を作る能力はない。
代わりに作っていた人間がいたはずだ。
考えてみれば、こいつは非常にあやしい。私を非難していたし。
先生の背後には、騎士の姿が二人も見えた。そして後任のポーションの先生はちょっとおどおどしていたが、割と親しみが持てる感じの女の先生だった。
「新任の先生は、こちらの女性、カーラ・マックブライト先生だ。一応、みんなの成績表などの引き継ぎは済んでいる。今日で私は退任する。皆、勉学に励み、健康に気を付けるように」
何が健康に気を付けるように、だ。いや、逆にこれからも毒を盛るから、覚えとけよと言う予告なのか? だが、左右を騎士に囲まれ出て行く先生には、かつての覇気は全くなかった。
新しい先生は、一人一人の名前を呼んで、成績表と付き合わせた。
バスター君の名前を呼んだ時、先生はにっこりした。
「バスター・ハウエル君ね? 素晴らしいわ。もう、先生、教えることがないんじゃないかしら」
この発言には教室中が仰天した。最も驚いたのはバスター君本人だった。
「え? あの?」
「2週間分の宿題をまとめて提出したそうだけど……全部のポーションが最高級の出来だったわ。すごい魔法力だわ」
先生は興奮気味にしゃべった。
「特に命のポーション。あれねえ、貧しい人たちの病院に回されたの。その病院から感謝状が届いているわ。もう死ぬのを待つばかりだった貧乏人の女の子に飲ませたそうなの。本来なら、高くて絶対手が出るようなポーションじゃないけど、学生の作った効果の分からないポーションだから、タダ同然で飲ませてあげたそうなの。でも、劇的に回復して……金5千枚のポーションとほぼ同等の効き目だったって」
教室中があっけに取られて、バスター君を見つめた。
私はほぞをかんでいた。金五千枚! くそう、売ればよかった。
先生は、女の子の父親から送られてきたという手紙をヒラヒラさせた。
「この手紙は、バスター君宛なの。後であなたに渡すわ。先生、読みながら泣いてしまったわ。ポーション作りが止められないのは、人の命を救うからなのよね」
いい先生じゃない。私も思わずウンウンとうなずいた。その通りだわ。ポーションは金もうけには最適だわ。
「他のポーションも完璧。その病院は、すごく感謝してる。胃薬も風邪薬も水虫の薬もハゲ治療薬も完全だったそうよ」
ハゲ治療薬に効果が出たのは驚いた。教科書に、もしかしたら効果があるかもしれない程度と書いてあったから。
大体、そんな効き目も不確かなポーションをどうして宿題に出すかな?
それにポーションって、本来体力回復とかそっち系だと思っていたんだけど、これで行くとほとんど薬っぽい。
「バスター君、あなたは素晴らしいわ。私、前の先生の評価は間違っていると思う。先生、ご両親に手紙を書きました。こんなに才能にあふれる生徒は、ぜひポーション開発の道に進んで欲しいって」
生徒たちはざわざわし始めた。
彼らは普段のバスター君を知っている。
命のポーションみたいな複雑怪奇でむやみやたらに魔力を食うポーションなんか作れるわけがない。
そうかといって、宿題如きに金五千枚もするようなポーションを買って提出するなんて、いくら豪商の息子だとしても、ありえない。
バスター君の両親は大喜びするだろうけど、彼はますます具合の悪いことになるんじゃないかな。まずいな。
最後に私の名前が呼ばれたが、先生は困った顔になっていた。
「実技が出ていないけど。もし、見学だけに止めておきたいのだったら、それでもかまいません……」
先生は遠慮してるのだ。高位の貴族の令嬢だと最初から認識しているので、Eクラスの魔力しかなければ、退クラスの危険のある実技を避けているのかもしれないと考えたのだろう。
「実技させてください」
私は答えた。バスター君の運命は、私が何とかする。二人分のポーションを作るのだってかまわない。
「そ、そう。無理はしなくていいのよ?」
無理? 煽らないでください。やりますとも。
さっきのバスター君への賛辞は、私への賛辞だ。宛先が違ったくらいでめげる私ではない。
全ての魔法学のクラスで似たようなことを言われたが、私はどんな無理をしてでも、やり抜く気だった。
今こそ、希望がかなったのだ。
戸惑う先生や、当惑顔の同級生なんかどうでもいい。
食堂でご飯を食べるのは出来れば避けたかったが、例のご令嬢方に捕まってしまった。同じクラスの低位の令嬢たちだ。
今日はひどく低姿勢だ。
「アランソン公爵令嬢が、本当はスターリン男爵令嬢だったなんて。そして、あのう、今はあなたがアランソン公爵令嬢だとお聞きしたのですけど」
「ええ」
どうしてそんな服なのだと舌先まで出かかっているのがわかったので、先回りした。
「だって、私、ポーション作りにしか興味がないんですもの」
「あの、それ本当ですか?」
「もちろん」
「あの、それで、その、ルーカス殿下の婚約者はあなたですわよね……」
彼女達が狙っていたのは、その話の方か。
殿下は私が婚約者だと言っていたが、正直なところ、私にはわからない。おばあさまは私の保護魔法が解けた途端に、お役目ご苦労様とか言っていたし、本当に保護魔法が解けるまでの契約だった可能性もある。
「違います」
私は正直に答えた。
「違う?」
貴族の令嬢たちはびっくりして尋ねた。
「殿下は、アランソン公爵令嬢と婚約しているっておっしゃってましたわ」
「それは昨日までの話でしょう」
「あのう、今朝、おっしゃっていました」
なんだと? 油断も隙もないな。
「私のおばあさまのベリー公爵夫人が解消していかれました」
「ああっ、あの、一騎当千、向かう所敵なしの勇猛果敢な公爵夫人が!」
「王国の最強兵器と呼ばれているベリー公爵夫人が!」
…………おばあさま、何者?
しかし、一人の子爵令嬢が肝心の用件を思い出して、念を押した。
「つまり、も、もしかすると婚約していない?」
「していません」
彼女たちは、私の表情を読んだ。
「そういえば、いつでしたか、殿下は婚約者を探しているのかもって、おっしゃってましたわよね」
「そうですね」
無関心の極みで私は答えた。
令嬢たちは視線を交わして無言の会話に沈んだ。
それより、思い出した。アデル嬢は不払いだ。取り立てに行かなくちゃ。
「では、私、次の授業がありますので失礼します」
「あ、あら。お邪魔しました。ごきげんよう」
彼女たちは満面の笑顔だった。なぜかしら。
その時は認識していなかった。だが、これが回り回って殿下と私の不幸の引き金を引いたのだった。
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