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第16話 残されたたった一人の女の子

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「ね? 僕が一流の魔法力持ちだって、わかったろう?」

私はブスくれて返事しなかった。

あの手の魔道具は、乗ったら作動する。
当たり前だ。
つい、うっかり乗ってしまった私がバカだ。

「ここ、どこなんですか?」

「僕の部屋だよ」

世にも気軽に返事がなされた。

「なんてこと」

つまり、殿下の部屋と私の(隣の)部屋は直結していたと言うことか!

「今日は、僕が朝食に招待しよう」

そう言うと、座り込んでいる私に手を貸して、彼は隣の部屋に入った。

「マキシム、セスを大至急呼んできてよ。食事しながら待ってるから」

マキシムと呼ばれたのは、いかにも高級使用人らしい格好と表情をした男だった。

なにしろ顔が怖い。完全なる無表情。
こんなみすぼらしい娘がいきなり王宮の(王宮だよね?)中に出現したら、誰だって驚くと思うのだけど、なんの表情も表していなかった。

「ゆっくり食べようね。今日は授業は休もう」

「ええ?」

サボリ?

「だって、アランソン姉妹、怖いんでしょ? 少しくらい怯えて休んでも誰も何も言わないよ」

まあ、退学予定だし、それは確かにどうでもいいけど、この状況はなんなのだろう。

殿下は満足そうにニコリと笑って言った。

「セスは大魔術師なんだ」

私は落ち着きなく、殿下の部屋をキョロキョロ見回した。

殿下の部屋は豪華だった。
多分殿下の趣味なのか、落ち着いた雰囲気でキンキラキンではなかった。ただし、家具類の質は非常に良くて、どう見ても高そうだった。

これでは、私の部屋を殺風景だと言うのは無理もない。

しばらくすると、これまた無表情な中年の女性が若い女性を従えて入ってきた。

次から次へと、美しい皿に高そうなティーカップが運び込まれた。カトラリーはよく磨かれた銀で、食事の中身も食堂のより格段に美味しい。

なぜ、毎朝、私の部屋なんかにご飯を食べに来てたんだろう。


殿下は明らかに私の顔に傷が気になるらしかった。

「その美しい顔に……」

私は豪快に笑い飛ばした。誰が美しいって?
いちいちブスを誉められるのは気に障るわ。

「ツバでもつけときゃ直りますって」

ますます顔をしかめられた。

「こんな美しい人にそんな言葉は似合わない。よくも傷をつけるだなんて真似、できたものだ。まあ、あいつらには魔力がないからわからんのだろうが……」

魔力はなくても、力はあった。結構痛む。

殿下が、部屋の鏡に魔法をかけたので、あれ以来鏡は見ていない。裏返しておいた。
だって、知らない人が写っているんだもん。不気味ですよ。他人がいるのかと思ってしまう。

だから、ケガの状態はそこまできちんとみていなかった。

確かに鏡の中の美人の場合、傷は大問題になりそうだったけど、本当の私の場合は、大したことにはならない。

ケガの血は大量だったが、いずれ勝手に塞がるだろう。

殿下はとても心配そうにしている。

食事中に、殿下に呼ばれたセス様がやってきた。多分、側近なのだろう。

朝早くからお疲れ様。
さすがは側近。気の毒。

しかし、その側近のセス様は、私の顔を見ると目の色を変えた。

「なんということを!」

セス様は背が高くて痩せ形で、なかなかどうしての美男子だった。
黒全身黒づくめの魔術師の格好をしていた。背中までかかる黒髪は見事で、顔半分を隠していたが、別に意味があるわけではないらしい。うるさそうにサッと払うと、私の傷を観察した。

さすがに王宮に出入りする人間は、みんな美形なんだな。殿下ほどじゃないとしても。

その美男子のセスは、すぐに走り寄って来て、うやうやしく私の額に、失礼しますと言って、手をかざした。

「遅くなりまして申し訳ございません。跡形も残しません」

え?

ふわっと温かな風のようなものが額に当たり、消え去った。

「ありがとう、セス」

ようやく殿下がほっとしたように笑った。

そして身振りで、部屋の鏡を指した。

いつかチラッと見たことのある、とてもきれいな人がこちらを見ていた。傷はないみたいだ。

「アランソン姉妹め。人を傷つけるとは、どういうつもりだ」

殿下が苦々しげに言った。

あ、初めて人間らしい言葉を聞いたような気がする。

美人だからとか、貴族だからとかじゃなくて、人。ただの人。

そうですよね、誰であろうとも、人を傷つけちゃいけません。

「アランソン姉妹に魔力はない。だから、君の本当の姿が見えない」

殿下が苦々しげに言うと、セス様はうなずきながら、うやうやしく言った。

「せっかく、こんなに美しく成長したのに」

あああ。平常運転に戻ってしまった。

しかも、眼の腐った人間がもう一人増えてしまった。

訳の分からないお世辞みたいなことを言うのは、殿下だけだと思っていた。

だが、セス様も、入室した途端、殿下と同じくとても痛ましいと言った表情を浮かべた。
そしてセス様が手をかざして……今では私もそれが多分治癒魔法だということに、気づいた。傷が治った後は、彼は本当にほっとした顔をしていた。

「私はセバスチャン・マルク。魔術師の資格を持っています。殿下の側近です」

魔術師! すごいじゃない! 本物か! はじめて見たわ。

そういう人がいるとは聞いていた。そうか。彼みたいな人が魔術師なんだ。


だが、セス様は、感嘆の表情を浮かべて私を見つめている。私はものすごく戸惑った。

「ずっと遠くから見ていましたが、近づいて拝見できるとは……」

何を?

「あなたが入学してきた時から、見惚れていました。誰でも、その美しい姿が見えるわけではないと思うのは、密かな喜びでしたよ」

セス様が控えめに微笑んだ。目は、殿下と同じく、私の顔に注がれている。

見物料を取ろうかしら。

「セスを呼んだのは、傷を治してもらう以外にも理由があったんだ。君が僕のことを信じないからだ」

殿下が言いだした。

「魔術の鏡を見せたよね? 本当の姿を現す鏡を」

「見ましたけど」

「あれが本当の姿。君の今の姿は保護膜がかかっていて、平凡な顔立ちにしか見えないけど、本当は全然違う。だけど、君と来たら僕の言葉を信じないじゃないか。仕方がないから、側近中で最も魔力のあるセスを呼んだんだ。彼なら君の本当の姿が見える」

つまり、この二人は私より魔力があるということか。

「先生方は?」

先生たちは力がないのかしら? 特に魔法の先生。

殿下はうっすらと微笑んだ。

「魔力は才能だ。得意分野と不得意分野がある。何でもできる人もいるけど、人間の能力である以上、能力が高くても、隠蔽魔法を見破れる人と見破れない人がいる。幸いなことに、現在、君の本当の姿を見破れる先生は誰もいない」

「え?」

ダメじゃん、先生たち。

「一つには、君に掛けられた魔法は、大量の魔力が使われている。ここまで強力だと、見破れる者がいなくなる」

殿下が解説した。セス様は熱心に続きを教えてくれた。

「しかも時限装置付きなんです。それから魔力の供給は本人から。つまり、魔力がない人間では作動しない仕様です。そして、本人の魔力の何割かを消費してしまう。素晴らしい魔法です」

殿下も言った。

「魔力の多すぎる子どもにかけるには最適だ。魔力の暴走を避けられるし、隠蔽魔法は本人の魔力量が多ければ多いほど、完璧になる」

「子どもは成長しますしね。その分、必要とされる魔力も増えますが、大人になる分魔力も増える。実にうまい仕組みですよ。頑強ですしね。よほどの衝撃を直接受けるとか、本人にショックを与えるとかしない限り、安定していて消えたりしない」

この人、もしかして、私を見てうっとりしていたのは、隠蔽魔法の仕組みの方に興味を惹かれていたのでは?

「君が魔力持ちだというのは、見た瞬間に、僕らにはわかっていた」

究極の「でしょうね」案件。

殿下は私が泥棒魔法を駆使していても、ちっとも驚かなかった。

今にして思えば、多分、最初に会った時も、泥棒魔法を使っているでしょ?と言いたかったんだろうな。

「他に魔力持ちは、誰かこのことを知っているんですか?」

私は諦めて聞いた。

見破れなくても、彼等は、私が魔力持ちだとしゃべって歩いたかも知れない。
みんなが知ってましたよというオチは嫌だな。
できるだけ知られたくないと思って、隠していたのがバカみたいだ。

ただ、私の魔力は微々たるものだと思っていたけど、隠蔽魔法に相当部分を喰われているのなら、もっとあるってことだ。

それは素直に嬉しい。

魔力量が多ければ、珍重される。この調子だと、どこかの貴族の第二夫人コースは避けられる気がする。うまくすれば、堂々とポーション作りを名乗れるかもしれない。
どこかの高級貴族の第二夫人コースは、依然、残っているような気がするけど。平民だし。


急に殿下が真面目な顔になった。

「もちろん、秘密だ」

「秘密? なぜ?」

「バレたら殺されるかもしれない」

「なんですって?」

「嫉妬で殺されるわけじゃないよ」

ルーカス殿下が物憂そうにいた。

「君が君だから、殺される」

は?

「君はアランソン公爵の嫡流だからだ。君こそが、先代のアランソン公爵夫妻が遺したたった一人の女の子なのだ」
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