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第9話 婚約者登場?

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思わず、表情筋が活躍してしまったらしい。

「そんな嫌そうな顔をしないでください」

彼は膝をついて、私の手を取った。

「美しい手……」

それは……洗濯も皿洗いもこっちに来てからしてませんから。生活魔法、意外と簡単で助かりました。手荒れとはおさらばできました。

「花のようなかんばせ」

だからそれがおかしい。常識じゃなくて、美意識がおかしいのでは? だって、門番もアンナさんもクラスのみんなも、私のことブス女って呼んでるよ?

「私のクラスのうち、何人かは気付いています。あなたの美しさに」

「大丈夫ですか? その人たち」

思わず、つぶやくように聞いてしまった。

高級貴族様は、深刻な表情で頭を振った。

「いいえ。僕は事態を重く見ています」

そりゃそうだろう。見るからに高位貴族のあなたが、こんなブスに(そう思うのは悲しかったけど)引っかかったら、みんな心配する。

私だって心配だ。自分の行く末が。

「どうにかなさってはいかがですか?」

病院に行くとか……と言いたいところをグッと我慢した。

「私を美しいとかですね……」

高級貴族様は、クスッと笑った。端正な顔の持ち主なのに、笑うとなかなかかわいらしい。

「あの鏡を見て」

「鏡?」

山羊髭先生は、ご自慢のひげのために部屋に鏡を置いていた。一つは等身大で、一つは飾りも兼ねた顔だけが映るやつだ。

彼が指したのは等身大の方で、振り返ると、王子に手を取られた女性が映っていた。

「ん?」

位置関係から言って、あの場所にいるのは私のはず。

だけど、鏡の中にいたのは、見たこともない、それはそれはきれいな女性だった。

彼女はびっくりした表情をして私を見つめていた。

私みたいに、はっきりしない顔じゃなかった。

大きな目と整った顔立ち。細くて華奢な体つきで、圧巻だったのがキラキラと輝くばかりの背中にかかる銀色めいた黄金色の髪で豊かに巻いていた。
だが、その顔立ちに似つかわしくない濃い灰色の安物の服を着ていた。

「こっちの鏡も見て」

もう一つの、目の前の鏡はすぐ近くだったので、顔立ちがよくわかる。知らない人だったが、どこか知っているような顔立ちだった。見たことがある。

これは……

母だ。

母の肖像画だ。

「アランソン?」

あの肖像画にもアランソンの名前があった。

痛々しそうに高級貴族様はうなずいた。

「その通りだ。僕はルーカス。第二王子だ」

「え?」

その瞬間、ゲェェェ?とか叫び出さなかった私を誉めて欲しい。
まさかの王子様だったの? いや、そんな展開ないでしょう?

私は目の前に登場した異常事態をまじまじと観察した。

しかもイケメン……何かの罠?

「あなたに愛を求めたい」

いや、待て。ルーカス王子は、アランソン公爵令嬢と結婚予定なのでは?

ルーカス王子は重々しくうなずいた。

「そうだ。あなたが婚約者だ」

なんだか話がわからなくなった。

とりあえず、何かが間違っていると思います。どこか、根本的なところで、誤解があるのでは?

「えーと、何かのお間違いでは?」

ルーカス王子さんは首を振った。

「僕はあきらめないよ。あなたが危険にさらされることを恐れているのはわかっている。あのアランソン公爵家は何をするかわからない」

初めて言葉が通じたような気がします。最初の一言ではなく、残りの部分ね。

私はうんうんとうなずいた。

「だから、これからも秘密裏に会おう」

「……ぇ?」

なんで? どこに会う必要があるの? 会わなくていいから。

「会わない方が、危険度は減るのでは?」

高位貴族様に逆らうのは気が引けたが、指摘せずにはいられなかった。

「そんな寂しいことは言わないでくれ。それに今のあなたは変装している状態だ。本来の姿ではないから、その分安心だ」

変装?
だが、突っ込む間もなくルーカス殿下は続けた。

「僕のことは、平民令嬢に惚れたバカな王子と人は言うかも知れないが……」

それは山羊髭と私が、今現在最も恐れていることなんでは?

公爵家令息と美しい平民娘が真実の愛を貫いちまった案件と一緒じゃありませんか。

それどころか、王子とブスな平民娘が勘違い愛を始めたら、最初のよりタチが悪い上、不幸度がアップするんで、絶対止めた方が。
それに、私のポーション作りの夢の方はどうなるんですか?

殿下は優しく言った。

「大丈夫だ。何も心配することはない」

心配しかないんですけども?
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