上 下
5 / 97

第5話 高位貴族令息

しおりを挟む
「ねえ、何しているの?」

ギクッとして振り返った私は、全く見たこともない男子生徒を目の前にして固まった。

誰? この人?

後になって冷静に考えたら、彼が大変整った顔立ちの、いかにも礼儀正しい貴族然とした人物で、高位貴族の匂いをプンプンさせていることに気がついたが、その時はどうでもよかった。

だって、数か月ぶりの人との会話だ。それだけでも大ごとなのに、茶葉と砂糖の件に関しては、自分でも窃盗ぽいかなと言う認識はあった。

正々堂々ともらえばいいのに、平民蔑視と言うか、厨房のおばちゃんにさえそんな雰囲気があったので、分けてくれと言いにくかったのだ。

「な、何も?」

「じゃあ、手に持っているのは何なの?」

「え、と、あの……」

いやいやいや。お茶と砂糖を持っていたって、違法でも何でもない。ここは冷静に。

「お茶と砂糖です」

「どうして、そんな所に隠していたの?」

「それはですね……」

魔力の話がバレたらさらにマズイ。誰かの第二夫人にされてしまう。第二夫人も困るが、第三夫人、第四夫人も、もっと困る。

「授業中、お茶と砂糖を持ち歩くのが面倒なので、ここに置いておいたのです」

「そうなの? でも、そしたら、いつ置いたの?」

こいつ、しつこいな。泥棒魔法を使ったのはさっきだ。お茶は湿気るから、ここに置いておく時間は短い方がいいのだ。

「えーっと、いつだったか忘れました」

「お昼に、ついでにもらえばいいのに。お茶なんか重いわけでも何でもないと思うけど」

忙しい昼時、そんな注文をしたら、厨房の平民のおばちゃんたちが殺気立つことは目に見えている。それも、平民の娘からの注文だったら余計にそうだ。どっかの空気の読めなさそうな公爵家のご子息からの発注だったら、あきらめるかもしれないが。

「あ。そうですね。次からそうします」

私は言った。とにかく、彼はとても、なんと言うかステキな顔立ちをしていた。彫りが深くて、キリッとしている。胸が厚く肩幅が広い。自分では気がついていないみたいだけど、動くだけで妙に色気があるよね、この人。
遠くから見るのに適した人材だ。ええと、近くにおいてはダメだ。いろいろと動揺しそうだ。

それに大体、山羊先生からは、くれぐれも高位貴族の男子生徒とは交流を持つなと注意されている。こんな高級貴族感あふれる人材は、絶対に厳禁だろう。

「それでは!」

私は逃げようとした。

「待って。君は確か、平民の特待生のポーシャ嬢だよね?」

私は驚いて目を皿のようにした。

誰とも話をしていないので、危うく自分の名前も忘れるところだった。

「ええ。そうです」

私は簡潔に答えた。

「僕は……」

自己紹介しようとする彼を私は手で押しとどめた。

「お名前は結構です」

「え? どうして?」

「えーとですね、私は担任の先生から、高位貴族の方とお話してはならないと、厳しく注意されています」

「え? そうなの。だけど、それは本人が気にしなければ……」

「そう言う問題ではないんです。とにかく、話してはいけない、いえ、あの、恐れ多いので、そのような失礼なことを仕出かしてはいけないことになっています」

普通、平民の場合、話したがる相手を拒絶する方が失礼にあたるんだが、平民と貴族の場合、そうではないようで。

「それでは!」

脱兎のごとく駆け出して、女子寮に向かった私は、今後、茶葉と砂糖の場所を変えなくてはいけないと考えた。お茶をあきらめる気は毛頭ない。


とりあえず、寮に戻って、お茶の葉の量と砂糖の量を確認した。
まあ、数日分はある。
当面、泥棒魔法は使わないでいいだろう。

ゆっくり風呂につかり、抜けた水分を香りのいい高級茶葉で満たしながら私は今日見た貴族の顔を思い出そうとした。

誰だろう。

多分、かなりの高級貴族様だ。私のいるような最下層のクラスでは見たことがない。顔もそうだが、まず服が超高そう。センスもいい。

山羊髭にバレたらなんて言われることか。ちゃんと断ったし名前も聞いていないから、大したことにはならないと思うけれど。

それより、今後の茶葉の入手方法の方を真剣に考えなくちゃ。

あの高級貴族は、よく見かけるけど、みたいなことを言っていたが、本当にそうなのか?

女子寮の周辺をウロウロするだなんて、他の目的(標的女子)があるからなのかもしれないが、泥棒魔法がバレたのだろうか?

これまで、ポーション魔法と生活魔法だけの見物に留めていたが、他の授業も、特に追尾魔法とか情報魔法系の見学もした方がいいかもしれない。魔法の使用がバレるものなら、今やってることは、むちゃくちゃ危険だ。

「数日中に結論を出さねばなるまい」

最近独り言が多くなってきた。人としゃべれないからである。自分の声しか聞けないだなんて、ちょっと自分で自分が不憫になった。


しかし、翌日、私は山羊髭に呼び出しを食らった。

早い。

バレたのが早すぎる。

私は、顔を緊張でこわばらせ、退学覚悟で山羊髭の部屋のドアを叩いた。

魔力がバレて、競売にかけられて、どっかの見も知らぬ貴族か金持ち商家に買い取られるのは嫌だ。

それくらいなら、今すぐ、無理矢理でも退学して、以前、おばあさまに紹介してもらった王都にある「信用できる」ポーション作りのところに逃げ込んでやる。その人の住所を書き込んだメモはどこに仕舞ったかしら。

「失礼します」

私は、山羊髭から大目玉を食らう覚悟で部屋に入った。

「君、困るねえ」

怒り心頭かと思ったが、山羊髭は困惑の表情を浮かべていた。

「なんでしょうか?」

「なんでしょうかじゃないでしょ? 間違ったことをしたという認識はないのかね」

出た。出た出た。

何もしてないのに、すぐこれだ。

「何の話ですか?」

「とぼける気か? 高位貴族に失礼を働いたという苦情が来ているんだよ!」

「高位貴族?」

魔法の件じゃないのか。私はちょっとほっとした。

「そう。昨日、大変身分の高い貴族のご子弟に失礼な口を利いた件で、校長に苦情が届いているんだ」

「あー……」

「あー、じゃないだろ。一体何を言ったんだ」

「先生、私は出来るだけ貴族の皆様と話をしないようにと、入学の時に注意を受けました」

「それをきちんと守らないので、こんなことになっているんだよ!」

「そうなんですね。私は話しかけられてしまったので、思わず、返事してしまいまして。しない方が失礼かと思ってしまったのです」

山羊髭は黙った。
無視するのはもっと失礼かもしれないと頭が回ったのかもしれない。

「今後は無視した方がよいということですね?」

「失礼をしてはならないと言う意味だよ。これだから平民は……」

「大変申し訳ございませんが、無視した方が礼儀に適っているというなら、今後無視します」

「ええと、いや、無視しないで、きちんとした返事をするようにと言う校長からのお達しだ」

山羊髭はチラリとメモに目を走らせながら答えた。
山羊髭、余り事情を知らないな。

「私は、誰だか知らない高位貴族の方に話しかけられましたが、高位貴族の方と出来るだけ接触しないようにと言う先生のご指導を守るため、お名前も聞かず、辞去いたしました」

「名前くらい聞けと」

山羊髭は真剣に困った様子でメモを見て言った。

「は?」

「名前くらい聞いて帰れと書いてあるんだよね……」

どんなメモなんだろう?

「先生、それは困ります」

私は喰い下がった。

「トラブルは避けたいので、出来るだけ接触したくないのです」

山羊髭と私の利害が一致した瞬間だった。山羊髭が思わず知らずうなずいた。

「大体、男子生徒と話をしているところを見られただけでも、噂になります」

山羊髭が渋い顔をした。同じことを考えているに違いない。

「ウン。だけど校長の筆跡で、その方とのデートの日を決めるようにも書いてあるんだけど」

「は……? デート?……」

私は山羊髭の気が狂ったに違いないと思って、顔を見た。

「退学してもいいですか?」

思わず、言葉が口から出ていた。
しおりを挟む
感想 74

あなたにおすすめの小説

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

凶器は透明な優しさ

恋愛
入社5年目の岩倉紗希は、新卒の女の子である姫野香代の教育担当に選ばれる。 初めての後輩に戸惑いつつも、姫野さんとは良好な先輩後輩の関係を築いていけている ・・・そう思っていたのは岩倉紗希だけであった。 姫野の思いは岩倉の思いとは全く異なり 2人の思いの違いが徐々に大きくなり・・・ そして心を殺された

処理中です...