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第十七話

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 かくして俺は、五分ほど悩んで黒魔導士に相談することにした。
 すると魔導士が即座に仲間に集合をかけたので、宿屋の一室でクロヴィスを含めた全員が集まった。
 彼等の圧に終始身を縮めていたクロヴィスだったが、黒王の話となると別なようで饒舌になる。
 クロが話せば話すほど、俺は彼が黒王の企みを知る仲間だと思えなかった。
 なぜなら俺と同じβ。魔法に無縁で、まず役に立たない。
 他の仲間もそう考えたのだろう。黒王の恋人であるクロヴィスをひとまずは信用することにしたようだ。
 というより、彼の持つ黒王の居場所を示す魔法石が一番の目的だ。クロヴィスも黒王を心配しているようで、俺たちの申し出に快く頷いた。

「元々あいつを探すためにここまで来たのでもちろん協力します。あいつが勇者様はおろか世界を巻き込む馬鹿なことを本当にするつもりなら、俺だって止めたいんです」

 そんなクロの様子を眉間に皺を寄せたまま終始睨み付けていたのはアレスだ。基本的に愛想のない男だがクロヴィスの話を聞いてから更にひどくなっている。というより殺気が出てる。
 いや気持ちはわからんでもないけどさ。

「お前は奴がβの身体に妙な術をかけると想像しなかったのか?」
「……ノアは俺に何をしようとしているのか明確にはしなかった。だから、種族を変更できるような魔法があると本気にしていなかったし、もしあったとしても一番身近にいるβが俺だから、まずは俺にかけるだろうと思っていました」
「きみは大事な大事な黒王の恋人だ。彼が自らの身体を変えたいと思うほどにね。だからこそ黒王はきみを除いたβだけに術をかけるつもりだったんだろう。訊いている限り彼はひどく屈折しているようだし。それに、現時点で黒王の術式をかけられているβは恐らく一人だけ」
「え、既にかけられている人がいるんですか?」
「……」

 俺だよ!
 ちなみにまんまと罠にはまってそこの勇者も巻き込まれているよ!
 当然それに仲間達が答えることはなかったが、妙な空気が漂ったのは誤魔化せない。クロヴィスは一瞬俺を見て口を開きかけたが、不機嫌丸出しのアレスがそれを遮った。

「お前の言っていることが本当なら、今奴は世界中のβを巻き込む方法を考えている。だが被害が少ない現状はその方法を完成させていないと言うことだ。ならば今のうちに、奴を捕まえる」

 その石を渡してもらう。
 アレスが言えば、クロヴィスは頷くしかない。
 差し出された乳白色の魔石がアレスの大きな手に渡った。矢印は、西の方角を指している。

「あの……、もしノアを捕まえたら一体なにを」
「当然ころ」
「はい、じゃあ、準備して出発しよう、な!」

 とんでもない事を言いかけた勇者の言葉に思わず俺が叫ぶと、アレスの眉間に皺がぐ、と寄ったが「荷物持ちが増えたな、良かったじゃないかミュレ!」という少年召喚士の言葉に、「自ら人質になってくれるなんて良い人ですね」という空気の読めなさすぎる白魔導士の発言が続き、結局なにも咎められることもなかった。





 宿屋を出た俺たちを待っていたのは、召喚士に仕える大きな鳥だ。少年がその鳥を腕に止まらせ小さな菓子を与えると鳥は歌うように鳴いて羽を揺らした。

「そうか。また現れたか。よくやったぞ」

 ピーヒョロロ、と鳥が大空を羽ばたいていく。召喚士は俺たちに向き直り快活に笑った。

「ダンジョンが現れたぞ、ここから南に一時間ほど歩いたところだ!」

 いやおまえ、なんでそんなに嬉しそうなんだよ。
 ということで、黒王を探す前にダンジョン攻略を先に進めることにした。


 ダンジョンは常の通り、灰色の塔の下に地下が続く作りだ。クロヴィスと俺は荷物を持ちながら隣同士で歩き、前方を勇者と白魔導士、召喚士が進み、後方に黒魔道士と剣士と騎士が続いた。

「……これを本当にノアが……?」

 ぴちょんぴちょんとどこからともなく水音がする暗く湿ったダンジョンを歩いているとクロヴィスが囁くような声で言った。
 すると、それに応えたのは意外なことに騎士の男だ。

「この塔自体は元々遙か昔に建設された神殿だ。カルト宗教の崩壊と共に地中に埋めたはずのものだが、黒王が態々それを出現させている」

 え、初耳。知らなかったぞ。

「王国の黒歴史というやつかな。我々を駆り出したのも、国家の尊厳に関わるからだというのは最早誤魔化せない」
「へ、そうなのか?」
「……ミュレはそのままでいてくれ」

 女剣士が珍しく苦笑して言ったが、全然嬉しくないぞ。
 歩みを進め暗闇が深くなれば、すぐに誰かが魔法で辺りを照らした。
 襲いかかってくる魔物は、いつものように獰猛で、それこそ事切れるまで身体を動かし俺たちに向かってくる。
 ひ、とクロヴィスが息を呑むのを見かねて、俺はそっと彼の腕を掴んだ。
 わかるよ。俺だって最初はこんな戦闘嫌だった。外で普通に暮らしているはずの魔物達が、彼等に容赦なく殺されていくのはいくら理由があるからといっても、気分がいいものではない。

「こ、こんな、ノアはこんなこと……っ」
「見るな、クロ。先を歩くことだけを考えて」
「でも、ノアはこんなことしないはず……、だってあいつは……可愛いって、魔物たちを可愛がっていたんだ」

 狼狽しているクロヴィスにひたすら頷きながら、手を引いた。深部に行くほど魔物の数が増えたおかげで前方も後方も俺たちに構ってられなくなり、誰もクロの呟きは耳に入っていないようだ。
 泣きそうなほどショックを受けているクロヴィスは、その戦闘の激しさに足に力が入らないようでフラフラしている。それでも闘う彼等から離れるわけにはいかない。ここでの単独行動は死活問題だと、俺みたいな奴は端から決まっていることだ。
 そうして魔物を駆除していく一行に守られながら先を急ぐ。ダンジョンの最下層は魔法が無ければほとんど暗闇だった。
 ふと終始続いていた閃光や爆発音がやんだ。誰かの魔法でほのかに照らされた空間に突如そいつは現れた。
 腐臭が辺り一面に漂い、顔を上げると巨大な目玉がぎょろぎょろと空に浮いている。その脚は馬のような形をしていて支柱のような蹄が四つ、地面にくっついていた。更に仰ぐようにして見た胴体は毛で覆われていて、だが人間の形にそっくりだ。背にあるのはなんだ。あれは羽か?
 胴体から生えている腕も二本、人間と同じようなつくりをしていた。まるで腰から下が馬で、胴から上が猿のような見た目だ。その太い首の上に、でたらめに作ったような丸い頭が乗っかっている。
 白い目玉が二つ、黒目を動かしながら俺たちを見下ろしていた。人のような五本指に握られているのは丸太のような棍棒だ。
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