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クビになりたい
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基本的に勇者様は強い。
小型の蟲など、存在すら否定するようになぎ倒してるし、大型だって大して苦労もせず気が付いたら倒している。
俺と夜の行為をするために蟲除けの結界だって普通に張れるし、ついでに防音効果も足せるし、料理だってめちゃくちゃうまい。実際超人なのだ。
だからこそ、黒雲に近付くにつれ今までの蟲より明らかに強くなった彼等に傷を負わされるようになると仲間というより俺の士気が著しく下がった。
あれだけ強かった勇者様が怪我をするのだ。
勇者様が万が一死んだりしたら俺も一緒に死ぬだろう。
想像して足が竦んだ。
あの鋭い棘の足や鎌のように尖った口で身体を食いちぎられたくはない。そんな風に死んでいく勇者様だって見たくはない。
そうして俺は今度こそ最後の決意をした。
宿屋の部屋でいつものように服を脱がそうとした勇者様の手を押し止め、言ったのだ。
「……次の町で、帰ります」
「……どうやってだ」
どうやって……?
たしかにどうやって帰るんだ俺。
ここに来るまで蟲に襲われながら歩いたし、船にも乗ったし、変な地下道だって抜けてきた。
そこまで考えて青ざめる。
「……か、帰れなくてもいいです。もう一緒には行けません」
「なぜ」
「僕は弱い」
勇者様は優しかった。
どこまでもヘタレて弱い俺の発言を聞いてもその声音は穏やかで、見上げた端正な顔も変わらずに気難しそうな表情はしているものの不機嫌ではなかった。
必死で伝える俺を興味深そうに見ているし、案外考えてくれているのかもしれないと俺は一気に言葉を続ける。
けれど、返答した勇者様は顔色一つ変えず、容赦なかった。
「却下だ」
「……っ」
「俺がそんなこと許すはずがないだろう」
強い口調で言い切られ、息を呑んだ俺の唇を、勇者様は口調とは真逆の優しい仕草でついばんで歯列を割った。
侵入してくる厚い舌に翻弄されながら弱い自分の今後をざっと計算して泣く。
なんだよ。
なんだよ。
勇者様はちっとも優しくなかった。
だって俺の口内をめちゃくちゃに舌で犯しながら吐息交じりに言ってのけたのだ。
「帰ると言うなら今ここで放りだすぞ」
それ、俺即死するじゃん。
この鬼畜!ドS!俺様!巨根の絶倫色ボケ野郎!!
一生口に出せないだろう罵りを心の中で唱えながら、俺は涙を浮かべて足を開くのだった。
◇
こうして旅に同行して早一年が過ぎた。
暑い日も寒い日も勇者様にくっついて回り、逃げ足だけは早くなった気がしたが、最後まで俺は変わらずにただの被食者だった。
沢山の薬を作ったのだけが救いだろうか。とりあえず王都に帰宅したら今後の生活には困らなさそうだ。それだけでも十分だけど。
頭上に浮かぶ黒雲を眺め、盛大に溜め息を吐く。
どうやら黒雲の中に蟲の王がいるのではなく、その真下、海底にいるのだと突き止めた一行は早速最終決戦へ向けて準備を進めている。
黒雲だと思っていたのは無数の蟲の集合体だと知り、その気色悪さに鳥肌がやまないのだが勇者様一行は平気なのだろうか。
横目で平然と作戦を立てる勇者様と魔導士、弓使いの男を見遣り、首を横に振る。
あー、辞めたい。
あーあーもうやる気ない。
帰りたい、眠りたい、ふかふかの自分のベッドで好きなだけ眠って、
命を脅かされる心配なんてないあの家でただひたすらに。
「はあ……」
仕事を辞めたい。
おわり
(少しお休みしたら勇者様視点を開始します)
小型の蟲など、存在すら否定するようになぎ倒してるし、大型だって大して苦労もせず気が付いたら倒している。
俺と夜の行為をするために蟲除けの結界だって普通に張れるし、ついでに防音効果も足せるし、料理だってめちゃくちゃうまい。実際超人なのだ。
だからこそ、黒雲に近付くにつれ今までの蟲より明らかに強くなった彼等に傷を負わされるようになると仲間というより俺の士気が著しく下がった。
あれだけ強かった勇者様が怪我をするのだ。
勇者様が万が一死んだりしたら俺も一緒に死ぬだろう。
想像して足が竦んだ。
あの鋭い棘の足や鎌のように尖った口で身体を食いちぎられたくはない。そんな風に死んでいく勇者様だって見たくはない。
そうして俺は今度こそ最後の決意をした。
宿屋の部屋でいつものように服を脱がそうとした勇者様の手を押し止め、言ったのだ。
「……次の町で、帰ります」
「……どうやってだ」
どうやって……?
たしかにどうやって帰るんだ俺。
ここに来るまで蟲に襲われながら歩いたし、船にも乗ったし、変な地下道だって抜けてきた。
そこまで考えて青ざめる。
「……か、帰れなくてもいいです。もう一緒には行けません」
「なぜ」
「僕は弱い」
勇者様は優しかった。
どこまでもヘタレて弱い俺の発言を聞いてもその声音は穏やかで、見上げた端正な顔も変わらずに気難しそうな表情はしているものの不機嫌ではなかった。
必死で伝える俺を興味深そうに見ているし、案外考えてくれているのかもしれないと俺は一気に言葉を続ける。
けれど、返答した勇者様は顔色一つ変えず、容赦なかった。
「却下だ」
「……っ」
「俺がそんなこと許すはずがないだろう」
強い口調で言い切られ、息を呑んだ俺の唇を、勇者様は口調とは真逆の優しい仕草でついばんで歯列を割った。
侵入してくる厚い舌に翻弄されながら弱い自分の今後をざっと計算して泣く。
なんだよ。
なんだよ。
勇者様はちっとも優しくなかった。
だって俺の口内をめちゃくちゃに舌で犯しながら吐息交じりに言ってのけたのだ。
「帰ると言うなら今ここで放りだすぞ」
それ、俺即死するじゃん。
この鬼畜!ドS!俺様!巨根の絶倫色ボケ野郎!!
一生口に出せないだろう罵りを心の中で唱えながら、俺は涙を浮かべて足を開くのだった。
◇
こうして旅に同行して早一年が過ぎた。
暑い日も寒い日も勇者様にくっついて回り、逃げ足だけは早くなった気がしたが、最後まで俺は変わらずにただの被食者だった。
沢山の薬を作ったのだけが救いだろうか。とりあえず王都に帰宅したら今後の生活には困らなさそうだ。それだけでも十分だけど。
頭上に浮かぶ黒雲を眺め、盛大に溜め息を吐く。
どうやら黒雲の中に蟲の王がいるのではなく、その真下、海底にいるのだと突き止めた一行は早速最終決戦へ向けて準備を進めている。
黒雲だと思っていたのは無数の蟲の集合体だと知り、その気色悪さに鳥肌がやまないのだが勇者様一行は平気なのだろうか。
横目で平然と作戦を立てる勇者様と魔導士、弓使いの男を見遣り、首を横に振る。
あー、辞めたい。
あーあーもうやる気ない。
帰りたい、眠りたい、ふかふかの自分のベッドで好きなだけ眠って、
命を脅かされる心配なんてないあの家でただひたすらに。
「はあ……」
仕事を辞めたい。
おわり
(少しお休みしたら勇者様視点を開始します)
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