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なにかがちがうんだ
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◇
たとえば薬を独占販売さえしていなければ、こうはならなかったのだろうか。
そうは言っても他国には色々な効能の薬が多くあるとも聞くし、疲労回復のポーション二号より良い物があってもおかしくはない。
諸々の事情から国は許可していない薬の売買は禁止しているし、まあそれも当然の事だとは理解できる。だが直接現地で使う分には何の問題もないんだし、携帯できる薬だって多くあるだろう。
そう言っても聞く耳持たずな勇者一行は、兎に角いつでも好きな時に好きな薬を買いたいからという理由で無理矢理俺を同行させ、蟲の王を倒す目的を掲げ歩を進めたのだ。
国から出た瞬間、犬よりも大きなハサミを持った蟲に襲われ、悲鳴を上げて逃げ回る俺を見て、勇者様は即座に剣でその蟲を一撃で倒して救ってくれた。
そんな俺を何か言いたげな目で見てきたのは銀髪の白魔導士、赤い髪の黒魔導士、勇者の幼馴染だという弓使いの男の三人である。
彼等からすれば壁を出た途端にこんな情けない俺を見て行く末を案じたに違いない。
だが勇者様はそれから何事もなかったかのように先へ進むものだから、彼等もまた言いかけた言葉を飲み込んだようだった。
「……帰りたいです」
初日の野宿で泣き言を言った俺はただの根性なしだろう。
今ならまだ引き返せると勇者様にアピールしたつもりだったし、仲間も頷きかけてたのを見た。
なのに恐らくすべての決定権がある勇者様はそんな俺の呟きを鼻で笑っただけで、その後は黙々と夕食の準備に取り掛かり始め、結局誰も何も言わずに流された。
くたびれた野宿用の毛布にくるまりながら、満天の星空を見つめ泣きたくなる。
勇者様は予想通り強かった。鍛え上げられた体躯と驚くほどの俊敏性は蟲をも凌駕する勢いだった。野宿する為にこの一帯の蟲を倒した一行は、集ったばかりの集団だとは思えないほど連携が取れていた。
そんな彼等を邪魔しているのは間違いなく俺だ。
十五歳で調合資格を持ったが、それから十年、なんの脅威に脅かされることもなくぬくぬくと町で暮らしてきた。
毎日働いて、休日に友人達と飲みに行ったり、そこで出会った女の子と恋をして別れたり、薬開発に夢中になったり。きっと誰に言っても普通の人生だった。
確かに新薬を作ろうとあれこれ調合するのは大好きだ。一度でもハマれば長期間それだけしか見えなくある節もある。だからこそ、勇者様の「色々な蟲から貴重なアイテムも手に入る。見た事もない薬草も見つかるだろう。楽しみじゃないのか」という言葉に唸ってしまったけれども。
だが俺は彼等のように鍛えてもいない。外界にも疎い。蟲の種類なんて薬草に関わるものしか知らないような人間が最後まで生き残れるとは思えないのだ。
俺、多分すぐ死ぬ。
確信めいた思いで星空を見上げながら、死なない道をどうにか確立しようと誓った。
魔法も使えない俺が生き延びる術は、戦う事ではないとその時既に理解していた。
だがこれはない。
「あの……近くないですか」
だがこれは……ない。
ないはずだ。
蟲の王がいるという黒雲は北方の海上にある。そこまで行くには数か国を跨いで、川も海も渡らなければならない。
つまり移動だけでもかなりの時間を要し、その旅は長いものとなるのは確実だ。
自国を出て一ヵ月後、外を歩いていると面白い事に蟲は必ず俺を襲い、他の仲間はなぜか襲われないので逃げるのが得意となった。
というより、俺を率先して助けてくれるのが勇者様しかいなかったので、俺は外では彼の傍から片時も離れなかった。蟲に襲われたら彼の背後に逃げ込むくらい、恥も外聞も捨てて縋っていたくらいだ。勇者様はそれにも迷惑がる事もせず、というよりむしろ俺が蟲に気が付くより早く庇ってくれるようになった。
そうしていると勇者様の性格が自然と理解できるようになる。
あまり喋る方ではないとか、無愛想だけど面倒見がいいとか、料理が得意だとか。
だからこそその距離感に違和感を覚えるのも仕方のないことだろう。
野宿しているといつの間に頭を抱き寄せられて眠っていたり、わざわざ離れた場所で寝ていても朝起きれば必ず勇者様と並んでいたり、ちょっとでも俺の姿が見えないと探しに来る彼を、周囲が生暖かい目で見るようになるのは早かった。
俺はと言うと、ずっと気のせいだろうと目を逸らし続けてきた。
最初は弟扱いしているのだろうと思い、そのうち、もしかしたら勇者様よりひょろい体つきだし身長だって特別に高くもないし、戦う術も持っていないので子供扱いしているのだろうと無理矢理自分を納得させたりした。
たとえば薬を独占販売さえしていなければ、こうはならなかったのだろうか。
そうは言っても他国には色々な効能の薬が多くあるとも聞くし、疲労回復のポーション二号より良い物があってもおかしくはない。
諸々の事情から国は許可していない薬の売買は禁止しているし、まあそれも当然の事だとは理解できる。だが直接現地で使う分には何の問題もないんだし、携帯できる薬だって多くあるだろう。
そう言っても聞く耳持たずな勇者一行は、兎に角いつでも好きな時に好きな薬を買いたいからという理由で無理矢理俺を同行させ、蟲の王を倒す目的を掲げ歩を進めたのだ。
国から出た瞬間、犬よりも大きなハサミを持った蟲に襲われ、悲鳴を上げて逃げ回る俺を見て、勇者様は即座に剣でその蟲を一撃で倒して救ってくれた。
そんな俺を何か言いたげな目で見てきたのは銀髪の白魔導士、赤い髪の黒魔導士、勇者の幼馴染だという弓使いの男の三人である。
彼等からすれば壁を出た途端にこんな情けない俺を見て行く末を案じたに違いない。
だが勇者様はそれから何事もなかったかのように先へ進むものだから、彼等もまた言いかけた言葉を飲み込んだようだった。
「……帰りたいです」
初日の野宿で泣き言を言った俺はただの根性なしだろう。
今ならまだ引き返せると勇者様にアピールしたつもりだったし、仲間も頷きかけてたのを見た。
なのに恐らくすべての決定権がある勇者様はそんな俺の呟きを鼻で笑っただけで、その後は黙々と夕食の準備に取り掛かり始め、結局誰も何も言わずに流された。
くたびれた野宿用の毛布にくるまりながら、満天の星空を見つめ泣きたくなる。
勇者様は予想通り強かった。鍛え上げられた体躯と驚くほどの俊敏性は蟲をも凌駕する勢いだった。野宿する為にこの一帯の蟲を倒した一行は、集ったばかりの集団だとは思えないほど連携が取れていた。
そんな彼等を邪魔しているのは間違いなく俺だ。
十五歳で調合資格を持ったが、それから十年、なんの脅威に脅かされることもなくぬくぬくと町で暮らしてきた。
毎日働いて、休日に友人達と飲みに行ったり、そこで出会った女の子と恋をして別れたり、薬開発に夢中になったり。きっと誰に言っても普通の人生だった。
確かに新薬を作ろうとあれこれ調合するのは大好きだ。一度でもハマれば長期間それだけしか見えなくある節もある。だからこそ、勇者様の「色々な蟲から貴重なアイテムも手に入る。見た事もない薬草も見つかるだろう。楽しみじゃないのか」という言葉に唸ってしまったけれども。
だが俺は彼等のように鍛えてもいない。外界にも疎い。蟲の種類なんて薬草に関わるものしか知らないような人間が最後まで生き残れるとは思えないのだ。
俺、多分すぐ死ぬ。
確信めいた思いで星空を見上げながら、死なない道をどうにか確立しようと誓った。
魔法も使えない俺が生き延びる術は、戦う事ではないとその時既に理解していた。
だがこれはない。
「あの……近くないですか」
だがこれは……ない。
ないはずだ。
蟲の王がいるという黒雲は北方の海上にある。そこまで行くには数か国を跨いで、川も海も渡らなければならない。
つまり移動だけでもかなりの時間を要し、その旅は長いものとなるのは確実だ。
自国を出て一ヵ月後、外を歩いていると面白い事に蟲は必ず俺を襲い、他の仲間はなぜか襲われないので逃げるのが得意となった。
というより、俺を率先して助けてくれるのが勇者様しかいなかったので、俺は外では彼の傍から片時も離れなかった。蟲に襲われたら彼の背後に逃げ込むくらい、恥も外聞も捨てて縋っていたくらいだ。勇者様はそれにも迷惑がる事もせず、というよりむしろ俺が蟲に気が付くより早く庇ってくれるようになった。
そうしていると勇者様の性格が自然と理解できるようになる。
あまり喋る方ではないとか、無愛想だけど面倒見がいいとか、料理が得意だとか。
だからこそその距離感に違和感を覚えるのも仕方のないことだろう。
野宿しているといつの間に頭を抱き寄せられて眠っていたり、わざわざ離れた場所で寝ていても朝起きれば必ず勇者様と並んでいたり、ちょっとでも俺の姿が見えないと探しに来る彼を、周囲が生暖かい目で見るようになるのは早かった。
俺はと言うと、ずっと気のせいだろうと目を逸らし続けてきた。
最初は弟扱いしているのだろうと思い、そのうち、もしかしたら勇者様よりひょろい体つきだし身長だって特別に高くもないし、戦う術も持っていないので子供扱いしているのだろうと無理矢理自分を納得させたりした。
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