黒祓いがそれを知るまで

星井

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絆と傷と明日と眠り

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 有無を言わせぬ強さをもって言われた言葉に、冷や汗が背筋を伝う。じっと見てくるアーシュは余裕綽々な表情だし、隣のエンリィは視線だけで人を殺せそうなほど怒りに近い感情が込められている。
 嘘を言ったら許すつもりはないと。正直に答えろとそう言っているのだ。
 逃げ出したくなる衝動を覚え思わず視線を彷徨わせながら、俺はチェスト前で佇んで湿った髪を耳にかける。ていうか髪伸びたな。切りたい。
 違う事に気を取られながら、ちら、と兄弟を見れば、相変わらずの視線とぶつかり合い、慌ててまた目を逸らす。

「私の純潔を遊びで奪ったのか? ……あなたの事は少しくらいは分かってるつもりだ。言葉では認めないだろうが、ナツヤは私に惹かれてるだろう」
「うわあああ、何言ってんの馬鹿なのか!」

 至極真面目な表情で言うエンリィに叫んで顔を覆い遮るが、ピク、とアーシュの眉が動いて口を閉ざした。
 ……馬鹿なのは俺だ。

「では私と兄上とどちらを選ぶ」
「ナツ、私は今後も変わらない」
「……それって若い私が心変わりすると言ってるんですか?」
「事実だろう」
「聞き捨てなりません! 兄上だって通った道なはずだ!」
「だが事実だ」
「な、自分だって結婚して子どもまで作ってるくせに! 私はそんな酷い裏切りなど……!」
「それでもナツと私は切れていない」

「……えーと、」

 何やら揉めだした兄弟に力が抜けて、恐る恐る声をかける。
 逃げる事ばかり考えていたがそれはもう無理だろう。
 はぁ、と溜め息を吐き、てのひらで口元を覆いながら俺は思案した。
 兄弟喧嘩をやめた二人が何も言わずに待ってくれるのを感じて、思わず噴き出す。そうしてゆっくりと口を開いた。

「……俺には、二人とも勿体ない」

 エンリィが固まり、アーシュが無表情で俺を見ている。
 肌寒く感じる足元に、太ももが剥き出しの格好だからだということに気付く。ボクサー型の下着は薄く、長袖シャツは一枚だけだ。普段寝る時の格好だが、今はベッド上を兄弟に占領されているため、近寄れない。
 疲労がたまった体でこのまま佇むのも限界だった。
 勿体ぶるのはもう終わりだ。これで二人と関係が途絶えたとしても、俺はそれだけの事をしてきたし、仕方ない。むしろ俺は幸運だったのだ。誰もが羨む良い男と繋がれて。
 寂しさを埋める方法はもう知っている。そしてその方法では誤魔化されないものがある事も知っている。だがすべては時間が解決するのだ。俺は狡い大人で、自分の心を無視する方法も手に入れている。
 だから大丈夫。大丈夫なんだ。

 意を決して次の言葉を言いかけた俺に、いきなりエンリィが両手でそれを遮った。

「待て! ……あなたまさか別れを言うつもりか?!」
「……え、だって」
「馬鹿だろう、そんな事言っても……っ」

 言いながら立ち上がったエンリィが俺の傍に近寄り、腕を引っ張った。そのまま数歩先のベッドへ連れてこられ、アーシュの隣に座らさられる。そして腕を組み俺の前に立ったエンリィが苛立ちながら言う。

「ナツヤがどちらも選ばないと言ったところで、兄上が諦めるとでも? そんな言葉は無かったことにされて変わらないままだ。そうしたら真剣に受け止める私の方が馬鹿を見る。そもそも私だって、諦めるつもりは毛頭ない」
「……だけど俺は、お前らを選べない……」
「……それが答えか」
「……あ」

「最初から、そう言えば良かったんだ」

 兄弟二人にそう言われ、俺は目を丸くした。エンリィは不快そうに眉を寄せ、アーシュはどこか優し気な瞳で俺を見ている。
 何も間違ってはいないと言われた気がして驚く俺をよそに、二人は続けるのだ。

「私も兄上も、好きなのか」
「……いくらなんでも嫌いな人間と寝ないぞ俺は」
「お前がどうこたえようとも、手放すつもりはない。そこに気持ちがあるのなら尚更だ」
「アーシュ……」
「不本意だが私だって、好きだと言われて諦める事なんて出来ない。あなたは初めて欲しいと思った人だから」

 言葉を詰まらせた俺に、二人は少し笑って、そうして晴れたような諦めたような複雑な表情で頷いた。

「ナツヤが好きだ」

 エンリィが言う。

「お前だけしかいない」

 アーシュがじっと見つめてくる。

「……俺だって、お前らしかいないよ」

 俺はそれに俯いて消え入りそうな声で答えるしかなかった。
 エンリィの真っ直ぐさに惹かれ、アーシュとの絆を失いたくない。それは紛れもない俺の本音で、欲張りだけど正直な気持ちだった。
 何かを手に入れたら、何かを手放さないといけない。俺はずっとそう思って生きてきたから、この状態のまま進むのに罪悪感に苛まれる。
 きっとこんな答えは本来してはいけないはずだ。
 なのに、エンリィもアーシュにも迷いなどない。

「兄上とナツヤが切れないのは不本意だが……」
「お前が私の元へ戻るのなら、何も言わない」

 言ってまたもバチバチと火花を散らす二人に思わず笑って、俺はベッドに転がった。

「……ごめんな」

 呟けば、そこは違うだろうと穏やかな声で促される。俺はそれにむくりと起き上がって口を開いた。

「アンシュル、好きだ。……エンリル、好きだよ」

 伝えなければ伝わらない想いを口にする事は、ずっと恥ずかしいものだと思っていた。だがいざ口に出せばそれは意外にも簡単で羞恥は無かった。
 寧ろ自分がこの二人を想うことに更に確信を持ったような気がして、なんだかくすぐったいような気持ちに包まれる。
 アーシュの長い腕が俺の前髪に触れ、エンリィの呆れたような眼差しはどこか愛に溢れていて俺たちは三人で微笑んだ。

「……はぁ……ほっとしたら眠たくなった……」

 手加減なしのアーシュの相手をしていた俺の身体は既に限界で、それは連日のエンリィとの行為も重なっていてもう一歩も動けそうにない。
 再びベッドに沈む俺は二人を見上げてニヤリと笑んだ。

「このベッド……大きいだろ?」

 大きなベッドに拘ったことに今になって感謝する日が来ようとは。
 俺の意図を読んだのか上半身裸のままのアーシュが何も言わずに隣に潜り込んできて、それを見たエンリィは不本意そうな顔をしながらももう片方の隣に身を横たえた。

「おやすみ、ナツヤ」

 王子たちの高い体温が心地よく、眠気はすぐに襲ってくる。
 あたたかいそのぬくもりに躊躇う事もなく目を閉じて、幸せな気分で眠りの海へと身を投げた。



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