黒祓いがそれを知るまで

星井

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癒やされしもの

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「……クソ、まじかよ……っ」

 アーシュの援護の為に隊員達が走り出す。捕まった隊員を死なすわけにはいかない。あんな最期を迎えていい人間など、一人もいない。
 震える脚を叱咤し、俺は一歩、足を踏み出した。
 真我までの距離はそう遠くはない。思うように動かない脚では走ることも出来なかったが、俺が近寄ったことに真我の意識がこちらに向いたのを感じ取る。

「俺を食えよ」
「……オ前ハ……イイ匂イ……ダガ要ラナイ……」
「なんでだ、こんなに丸腰の人間なんて中々いないぞ?」

 グル、と真我が頭を小さく振って、手の中の人間を離した。その単純さから、彼等は何かを同時に進行するのが困難なのかと思い至る。
 ならばまだ、希望はある。
 こんなにも大きく素早いコイツに勝てる方法が、ある。

「……食ベタクナイ……オ前ハ……ナ……ガァッ……!」

 突然苦しみだした真我に目を見開けば、アーシュが真我の下顎から剣を突き刺しているのが目に入った。
 大きく開いた口の中から、細い刀剣が見え隠れしている。ふらふらと手足を動かした真我に、一斉攻撃の指示が入った。
 斬りつけられ刺されるその黒い巨体を見上げながら、一歩後退する俺を真我は確かに見ていた。

「ガアアアアアアアアッッッ……!!!」

 鼓膜を震わせるその断末魔の叫びを、固唾を飲んで見届けようとした。
 けれど脳髄を揺さぶる悲鳴に耐えきれず、両手で耳を塞ぐ俺に、静かに誰かが隣に立つ。
 彼は何も言わず、仲間を助け真我を討伐した隊員を見つめていた。
 動きを止めた真我は、手足を折りたたむように地面に伏せ倒れた。次には大量の白い粒子が地に落ちて、真我を象っていたものは消え去った。
 あるのはただの、砂、灰、それだけだ。

「……面白い奴だとは思っていたがこれは驚いたな」

 ラシュヌ陛下がそう言って、隣の俺を見下ろす。
 だが俺はそれに目も合わせず、粉々になった真我を見ていた。
 転がった剣を拾い上げる隊員達に紛れ、アーシュが自分の剣を鞘に戻し近付いてくる。そのアーシュの横を通り抜けて、粒子となった真我の前でしゃがみ込む。

「二度も死んだら、どうなるんだ……」

 食われた迫間の者の恨みを糧に真我は進化したのだろうか。成長はしないと教えられていたのは、見た目だけの話だったのか。
 明らかに強くなったように見えた真我は、生物が好きというよりそれを形成するものを好んでいるのか。
 考え込む俺の後ろでアーシュが躊躇うような足音を出したが、直ぐに離れて行った。当然だ。こんな隊員だらけの場で俺を気に掛けることなどしなくていい。
 風で飛ばされていくその粒子をほとんど無意識に手に拾い上げる。そのサラサラとした粉は砂のような灰のような曖昧な感触で、存在感など一つもない。
 目を閉じて、食われたあの女性と男性を思う。
 一度食われ、魂の欠片になってまでまた食われてしまった彼等が、せめてもう何も考えぬといい。
 生きているときの輝くような毎日を、忘れているわけではないはずだ。
 だからその欠片がどうか元に戻れるように。安らかな場所に行けるように。
 俺は天国も地獄も信じてはいないけれど。彼等が信じている場所に行けるように。
 そう強く願いながら、粒子を風に任せる。
 指先を見つめながら、以前エンリィと共に行ったあの屋敷を思い出した。
 あの時は迫間の者が真我となったと考えていたが、本当はその逆だったのだろうか。彼等は彷徨い続け、そこに真我が現れ食われたのだろうか。シンディは真我から逃げながら、両親を助けようと必死だったのだろうか。

 真実は、何も分からない。目の前の真我は死に、死んだ者は俺に確かな言葉を与えない。

「……お前に何があったか分からねえが……、ナツヤを連れ出したのはやはり正解だったな」
「……それは、良かった」

 ラシュヌ陛下の落ち着いた声に、それでも俺は振り返らずにいた。
 こんな思いをする為に来たわけじゃないと怒鳴りたくとも、それは俺の我が儘だ。

「あいつらは、何を喋る」

 ひどく平坦な声音でラシュヌ陛下は問う。
 愛する娘を失い、数多くの部下も失っただろう。それでも彼を動かす原動力は、すべて真我への憎しみのはずだ。
 どんな真我が現れても死にはしない、と言い切ったその言葉に、どれだけの覚悟と信念があっただろうか。その裏を考えなくとも彼が必死に生きている事だけは痛いほどに分かる。
 それでも俺は首を横に振った。
 聞こえもしない声を、見えもしない現実を、言ったところで何になる。
 それは真実だと保証も出来ず、それ故に苦しむ。彼等が彼女の面影を探す旅のように。

「……あの声は俺だけにしか聞こえない」
「……」
「ならそれは、真実だとは限らない。そうでしょう? あなたが気にすることじゃないんです」
「はっ……、良く言う」

 素っ気ない俺の返答を陛下は鼻で笑い飛ばしたが、真意は伝わったのだろう。
 カチャリと剣を鳴らしながら踵を返し去っていく彼を目で追う事もせず、残った手のひらの粒子を地に落とした。
 後処理をし始める隊員達の間をくぐり抜け、一人で帰路につくことにほんの少し不安を覚えるが、きっとこれも慣れなければいけないのだろうと思い直す。
 夜道は苦手だ。得体の知れぬ黒い化け物も怖いが、まるで雑草のように佇む彼等の空洞の瞳も苦手だ。俺はいつもそれらと目を合わせないように平気な顔をして歩いて、まるで見えていない人間のふりをしてやり過ごしてきた。
 こんな世界で、俺には何もないじゃないか。
 ふとそう気付いて、声を上げて笑い出したくなった。訳の分からぬ思考回路に陥るのは、日本にいた頃のようだった。

「……つかれた」

 呟いて一気に駆け出す。帰りたい。
 そして今日は最低だったと誰かに聞いてほしい。
 だがそれは叶わぬ願いだ。
 俺はいつも、一人だ。
 何度も何度もそう思って生きてきた。たとえ俺を気に掛けて大事にしてくれる人間がいても。
 それは変わらぬ事実だ。だからもう期待はしない。希望は持たない。
 きっと死ぬまで、一人。
 それでいい。
 それでいい。


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