黒祓いがそれを知るまで

星井

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告白

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 シュライル王城は古城であり、現在は国王と第一部隊が住む居住地になっている。
 城と言えば聞こえはいいが、その外観はまるで要塞のようだ。
 薄暗い灰色の城壁はひび割れ、物々しい痕を残しながらもその姿を保っている。かつての王が此処で真我と戦う騎士団を作り上げ、寝食を共にしながら指導したという。
 大きな厩には現在も馬が飼われているが、その出番は真我退治ではない。
 
「何用か」
「……ラシュヌ陛下とお会いしたく……」

 門番らしき男はジロジロと俺を見下ろし、そうして名を名乗れば嗚呼、と口を噤んだ。
 え、やっぱり俺有名なのこれ。
 ここまで来ておいて帰りたくなった俺が後ろを振り返れば、門番はまるでそれを察したかのように俺の腕を取り開いた門の向こうへ押し込んだ。

「えええ……っ」
「陛下は今部隊員と会議をなさっている。場所は一階の右手奥、黄金色のマークがある扉だ」
「はあ……どうも」

 つんのめりながら敷地内に入った俺を門番がちらりと一瞥し、さっさと行けとばかりに視線を逸らされて重い足取りで城内に向かう。
 朽ち果てそうな城なのに、中は何度か改修され足を踏み入れた大きなロビーはそれなりに磨かれて綺麗だった。王族が住んでいるとは思えぬほど殺風景な色合いは、現ラシュヌ陛下の趣味だろう。
 ここには彼の正妻とその子どもたちが住む。つまり、アーシュとエンリィがかつて育った家だ。今はその王子たちは殆どが家を出て職に就き、城にはいない。
 城内は二階建てだが、その広さはこの国の建築物で一、二を争うだろう。故に第一部隊全員の居住を構えるのも容易だ。
 ラシュヌ陛下は無駄を嫌う人間だ。如何に合理的で効率的かを優先にするため、忌み嫌う人間も多いと聞く。融通の利かぬ王だと言われれば違うし、話の分かる王だと言われればそれも違うだろう。

「……はぁ」

 件の扉の前は案外すぐについた。
 ボソボソとその向こうから話し声が聞こえていたが、俺が足を止めるとそれがピタッと止み、一層不安になった。
 そもそも俺はラシュヌ陛下の事が嫌いだ。大嫌いだ。
 割とガチで会えばトラウマがフラッシュバックするし、気に食わない対応をすればその剣で殺されるのではないかと言う不安もある。
 意味のない殺しをする人間ではないことが分かっているが、俺相手だとそれが発揮されない気がしてならない。

「何を突っ立ってる。入れ」

 ドアノブを回すか迷っている間に、そのドアがあっさりと開いて見慣れぬ男が現れて俺を招き入れた。
 第一部隊員だろう。

「失礼します……」

 気落ちした声が出てしまうのはわざとじゃない。踏み出したその視界に深紅のマントが目に入り、顔を上げればラシュヌ陛下は大きなテーブルを挟んだ向こう側に足を組んで座っていた。
 そうして俺を見るなりニヤリと笑って言うのだ。

「そろそろだと思っていたぞ、ナツヤ」

 数人の部隊員が部屋にいたが、俺が現れるなり彼等は黙々と腰を上げ、無表情で佇む俺の横を通り抜けて出て行く。
 その態度は多くの真我と対峙してきた彼等の想いを現しており、俺は目を伏せた。
 ここに来たのは、間違いだった。
 すぐに後悔したが陛下はそんな俺を見て笑い、顎をしゃくって合図するのに一歩足を踏み出して彼に近付く。
 これ以上は行かないと言う意思表示を彼は分かっただろう。
 面白そうに目を細められ、言った。

「覚悟は出来たのか?」
「……そうだと良かったんですけどね」

 前髪が邪魔で手で除けようとすれば、その手が震えているのに初めて気付いて慌てて誤魔化す様に手を下ろす。
 だが陛下は直ぐに分かっただろう。一層笑みを深め、二人きりの会議室でたっぷりと沈黙を使って言った。

「お前を呼び出す度、うちの長男が何故かしゃしゃり出てな。お前とあいつが未だ通じてる事は面白くないが、あいつを盾に逃げ回るお前の根性は、もっと面白くねえ」
「……それは、」

 ごくりと唾を飲み込んだ俺に、笑みを消したラシュヌ陛下はゆっくりと立ち上がり感情のない瞳で睨み付ける。
 がらりと周囲の空気が変わった気がした。重圧を感じるほどの殺気だった。

「真我と話せる上に食われないお前を何故、アンシュルは隠したがるのか俺には理解出来ねえんだ。……あいつは俺と同じ志で真我を憎んでいるからな」
「……アーシュが……?」

 ラシュヌ陛下は俺の放った言葉に心底軽蔑したような視線を寄越し、近付いてくる。
 逞しい肉体で長身の男に殺気を出されながら近づかれると本能的に逃げてしまうのは仕方ないだろう。
 思わず後退った俺の背に、あっさり扉が立ち塞がり逃げ場をなくす。

「……オンナだから守られているのか? この身体が、アンシュルを骨抜きにしているのか? ……まさかなあ……」
「……っ」

 ぐい、と顎を掴まれ、無理矢理上を向かされ咄嗟に彼の腕を掴んだ。
 乱暴な手つきでやる割には、全く力が入っていないと思うほど優しい力だった。その癖馬鹿にしたように笑う陛下は、怯える俺を見て蔑んだような目をしている。
 笑っているのに、面白くないと言わんばかりの目だった。

「……アンシュルも俺もどんな真我が現れようとも死にはしない。その意味がお前に分かるかナツヤ。それともあの黒い化け物を見ては逃げ回るしか能のないお前には、端から理解できないか?」
「……俺は」
「……まあいい。アンシュルがお前に何も言っていない事は分かった。所詮その程度の関係なら、俺もやりやすい」

 声音を低くした陛下が興味をなくしたような顔をして俺を離す。
 アーシュともエンリィとも似ていると思っていたが、間近で見た陛下は何もかもが違っていた。

「……条件があります」
「ほう。お前が俺に条件だとな……。まあいい、なんだ」

 陛下は扉に背を貼り付けたままの俺から一歩身体を引き、ゆったり腕を組んで俺を見下ろした。
 汗まみれの手のひらを握り締めて、彼の鋭い視線から逸らせて俯く。

「俺は剣を持ちません」
「……なるほどなぁ」

 震える声で言い切った俺に、ラシュヌ陛下は鼻で笑う。それでも、俺は意見を変える気は無かった。これ以上譲歩も出来ず、かといって協力しないわけではない。
 卑怯で情けなくて弱い俺を許して欲しい訳じゃない。
 けれど、あの声を聞くときっと思うように動けなくなるのは目に見えている。

「お前が囮になり、俺たちが真我を始末する。か弱いお前は手を汚さずに、真我殺しを請け負ってくれるわけだな」
「……何とでも言ってください。俺は真我と会話ができて、ちょうどいい囮にはなれるかもしれない。でも、俺は何かを殺す事に慣れていないし、真我の断末魔は動けなくなるほど最悪なんです。それ以上はできない」

 緊張を押しのけて俺が言えば、陛下は首を傾げながら俺を見つめている。喋れば喋るほど面白いと言わんばかりの顔だ。

「……ナツヤなぁ、お前、俺の事殺したくてたまらねえって顔をしてる癖に、いつも俺にされるがままなのはマゾの気質があるからか?」
「……俺があんたを嫌いなのはあんたがアーシュを傷つけたからですよ」
「まるでお前はあいつを傷つけてないとでも言うような口振りだな」
「……っ、陛下は、一体俺に何を望んでるんです」

 いちいち喧嘩を売ってくるラシュヌ陛下に咄嗟に出た本音を取り繕う気もなく言い返した俺に、ラシュヌ陛下は容赦なく追撃してくる。だがその表情は先程とは違い柔らかな表情で、殺気づいた空気も霧散していた。
 この人の目的や真意を感じ取るのは無駄だと思い直し、湧き上がる怒りに見つめ返せば、陛下はテーブルにもたれ、何ともなさげに言うのだ。

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