黒祓いがそれを知るまで

星井

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告白

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「この辺か……」

 物のように掴まれ口に放り込まれ、ポケットに入れていたそれが転がり落ちていく。
 慌てて手を伸ばして掴もうとしたのに、何故かもう身体が動かなかった。逆さまに落ちていく身体。
 地面にぶつかる瞬間、何故腕も動かないのだろうと思った。風が吹く。それがすごく寒くて、漸く痛みに気が付いた。
 けれどももう、瞼が開かない。

 は、と息を吐き俺は目を開ける。汗で濡れたてのひらを拭い、深呼吸をした。そうして色褪せた映像を見たかのような記憶を頼りに足を進める。
 あの日の真我は、ここで立ち止まった。たまたま通りかかった彼は真我を見るなり踵を返した。だがそこに――。
 転がり落ちたのはこの辺だ。暗闇の道に目を凝らし目的のものを探す。

「……いやなんにも見えないけどな!」

 数分頑張って道を這いつくばっていたが、あまりの暗さに物凄くアホらしくなった俺は我慢できずに叫んで顔を上げた。そして数歩歩いた先に件の男が佇んでいるのに気付き、はっとなり駆け寄る。

 暗闇に佇む男は、舗装されていない道の何を見るわけでもなくただそこにいた。

「……これか」

 空洞のその瞳から視線を逸らし、目を凝らして地面を探す。
 直ぐに目的の物は目に付いた。男の足元にはキラキラと透き通った青色の小さな石が転がっていた。美しい結晶のような欠片だった。
 手を伸ばしてそれを拾いあげ、人差し指の第一関節ほどの小さな石を手のひらに転がす。確認する為に顔を上げたが、先程まで立っていたはずの男はもういなかった。
 その欠片を握り締め歩き出せば、商店街の片隅で女性とエンリィの姿が目に入る。彼のそっと肩に回された腕は、ただ控えめに慰めるだけの手だ。
 その姿を見つめて、エンリィの未来をほんの少し想像する。
 美しい女性と綺麗な男が幸せに結ばれるのなら、それに越したことはないだろう。きっと誰もが祝福する。
 あの、戦闘大好きの屈折しまくった陛下だって、娘のように溺愛するエンリィに子が生まれたら目に入れても痛くないと豪語し、でろっでろに甘やかすに違いない。
 それは理想の将来だ。誰も不幸にならない、理想の。

「……」

 小さく息をつき歩き出す。
 近付く俺に気付いたエンリィが困ったように微笑んだ。
 俺はそれに肩を竦め、彼女に拾った石を差し出した。

「……これ」

 手のひらに載る青い結晶を見て、彼女が目を見開き、俺を見上げる。震える指先で恐る恐るそれを持ち、唇を震わせる。

「落ちていたんだ」
「……ジュール……っ」

 その名は婚約していた彼の名だろうか。
 彼女は呟いて又も涙を流して美しい青色の石を握り締めた。愛おし気に胸に抱き、会えない現実に打ちのめされる。

「……貴女の、隣にいますよ」

 本当はこんな事言いたくは無かった。見えているのは俺だけで、信じて貰える保証はない。昔の俺なら、きっと見て見ぬふりをしていた。
 なのにその時は、こうした方がいいのだと言葉が勝手に出た。自分自身の発言に驚きながら、もう戻れないと続ける。

「ジュールが……?」
「ええ。貴女の髪に触れ、石を見ている」

 もう一度彼女は手のひらの結晶を覗き込んだ。
 その傍らで、生気のないぼんやりとした存在が彼女を慈しむように見つめている。血まみれだった服が見る見るうちに修復され、惨いほど見えていた骨と肉はその身を隠し綺麗になっていった。
 きっと、彼女が記憶している生前の彼なのだろう。

「……ジュール、貴方なの……」

 女性は泣きながら、小さく言う。

「これを届けようとしていたの……? ……ありがとう」

 エンリィが俺の隣に立ち、彼女に気付かれないように指を握り締めてきて、俺はそのぬくもりに何かがとかされていくような感覚を覚えた。一瞬のそれはすぐに離されたが、彼はずっと隣にいる。

「ジュールと私は幼馴染みだったんです……。私は孤児で……そのせいで酷い目に遭ったりもした……。でも、ジュールも彼の家族も、偏見も持たず、とっても良くしてくれたんです……」

 思い出話を語る彼女の唇は、何故だか緩んでいた。愛おし気に撫でる彼の気配を魂で感じ取っているのだろうか。

「こどもの頃に、ジュールが綺麗な青い石を拾って私にくれた事があって……。彼からの初めてのプレゼントだったんです……。宝物のようにしまっていて、プロポーズを受けた時に、あの青い石を貰った時から心は決まっていたと言ったら、すごく喜んでいて。きっとそれを……憶えていたんですね」

 幼い頃に貰ったその石は、その辺に落ちていたただの瓶の欠片で、決して本当の石の結晶ではなかった。それでも孤独であった彼女にとって、ただ一人変わらずに接してくれていた彼からの贈り物は、他のなによりも宝物となった。
 しかし年月とともにそれは徐々にくすんでいき、今となっては透き通っていたはずの青色も濁った色になったのだと言う。

「それでも私の大切なものには違いなかったんですけど……。ジュールは本物を用意してくれたのね……」

 近々行われずはずだった婚儀。
 それは互いに贈り物を贈り、将来を誓う普遍的な儀式だ。
 死んだ男の気掛かりは渡すはずだったそれと彼女と、そして誓い合った未来を……あの時瞬時に強く想い、魂の欠片を残してしまった。

「フレヤ。愛しているよ。僕とまた出会うまで、きっと待っていて……」

 すっかり綺麗になった姿で男が口を開く。
 その声をまるで聴こえているかのように、彼女が目を閉じて笑った。触れ合う指先の温もりは伝わらないはずなのに、彼女は確かに、感じているのだ。
 若く希望に溢れていた二人の未来は、ここで幕を閉じる。

 憎々し気に真我に対し恨み言を呟いた先程の感情を忘れたかのように、女性は少し恥ずかしそうにはにかんで、踵を返し去っていった。
 今後の生は辛く悲しく、宛てのない旅だと知りながら彼女は立ち向かう事を選ぶ。握り締めた青い結晶に愛を閉じ込め、思い出を抱えて。
 とけるように消えた若い男性の最期が、どんなに惨く悲しくともその生は美しいままだ。
 誰にも何にも穢されはしない。

「……行きましょうか」
「ん」

 エンリィと俺がゆっくりその場を後にする。そうして、どうしてあの男性の声が聞こえたのだろうと疑問に思う。俺に霊の声は聞こえないはずなのに……。
 背後からぽつ、ぽつとついてくる彼等の目的をなんとなく察しながら、俺は俯いて歩を進める。
 エンリィには何も言わぬまま、事を終わらせようと決意した。
 案の定、彼等はエンリィではなく俺を選んだ。証拠にエンリィの顔色は大分良くなり、体調不良も去ったのか足取りは軽い。

「どこか食べにでも行かないか?」
「……そうだなあ」

 晴れたような声音のエンリィに断る理由も探せずに生返事をする。
 残る中年の男女はジュールの家族で間違いないだろう。だが彼等の気掛かりはジュールではなく、彼女でもない。
 殆どその目的を察しながらふう、と溜め息を吐く。
 迫間の想いが何かに変わる前に、解決しなければならない。それはきっと彼等の問題ではなく俺の問題になる。

「ちょっと用事あるからやめておくわ」
「……ナツヤ?」

 足を止め、エンリィを見上げれば彼は不安そうな表情で俺を見ていた。
 その顔が様々な感情を語っていて思わず苦笑いをする。

「お前が心配してるような用事じゃないよ」
「……本当か? あなたへの不安は多くある。他の男を誘わないか、兄上に会いに行かないか、」
「じゃ、またな」

 満面の笑みで手を振りさっさと身を翻し駆けだす俺に、エンリィが慌てたような声を上げたが、俺は振り返らなかった。本気を出されたら逃げられないとは分かっていたがうまくエンリィを撒けてほっと息をついた。
 向かう先は決まっている。ラシュヌ陛下が住む古城、シュライル王城だ。


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