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告白
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宣言通り、エンリィは夕食前にまだ事務室にいた俺の元へ戻ってきた。
日勤の隊員は十七時には仕事を終える。それから食事したり風呂に入ったりと自由時間は意外とあり、駐屯地を出て行って夜の町に繰り出す隊員も少なくはない。夜勤の者も数多くいる為、駐屯地の門限もないので俺たちが連れたって出て行くのもなんの疑問も持たれない。
とは言え、エンリィの顔色は最悪だった。
昼間に確認した彼が連れている迫間の者は、若い男が一人と中年の女性が一人、同じくらいの男性が一人の計三人だ。彼等はエンリィと少し離れた所に佇み、遠くを見つめていた。
血だらけの胴体と首筋。噛みちぎられたような肉がだらんと垂れ下がっている。
時期的にも既に嫌な予感しかしていないが、こんなエンリィを捨てられるほど俺は無情にもなりきれない。
「……夢とか見るか?」
事務室から出て歩き出せば、迫間の者がある方向を見つめているものだから、手掛かりを探そうとその方向へ歩くことにした。
エンリィは何も言わず俺の提案に賛成し、大人しくついてきている。
日の暮れた町は綺麗な星空を覗かせていた。
「見るが……、あまり言いたくはない」
エンリィは躊躇ったように言い、俺を一瞬見て前を向いた。その表情に言わんとすることをなんとなく察し、ぽつ、ぽつと移動と共に姿を現しては消える霊を見遣る。
足は火事があったばかりの商店街へと向かっている。予感は的中していた。
「……真我なんだな」
覇気のない声で俺が言うと、エンリィがギュッと手を握りしめてきた。見上げれば真っ青な顔をしながらも彼は唇を引き締めて凛々しくも前を見据えていた。
物凄く恥ずかしくなり、俺はその手から逃れようとエンリィを見上げては俯き、手を振りほどこうとした。
だが更に力を込めて動きを封じられ、思わず足を止める。
「嫌なら、行かなくていい」
「……そんな真っ青な顔して何言ってんだ」
「あなたを傷付けることよりマシだ」
「……ぐ、なんなんだこの甘い空気は! やめろ!」
耐えきれず叫んだ俺は勢い良くエンリィの手を振り払い踵を返した。
不意をつかれ置いていかれたエンリィが慌てた様子で俺を追いかけてくる。
「若いやつはこれだから嫌なんだよ、一度愛だ恋だ正体不明の下らねえ炎に焼かれて死んじまえばいいんだ……っ」
「その下らない炎に焼かれて、あなたは一度死んだのか?」
「……っ」
「どうせ死ぬならあなたも道連れだ。……それで、大丈夫なのか?」
「……どういう意味だよそれ。あー……まずはそいつらが何の未練があるのか見極めないと進まないだろ。真我に殺されたのなら、その現場に向かってみるのが一番いい」
言いながら足を速める俺にエンリィが隣に並ぶ。
夜の現場へ向かう事が一番の気掛かりだが、エンリィも俺も昼間は仕事があるのでそう出歩けないし、この顔色の悪さは早急な対応が必要だ。
そもそも三人も連れてくるとか何の才能なんだ。あんなことがあったばかりだから仕方ないのか?
ぶつぶつ呟く俺に、エンリィが言う。
「……ナツヤは慣れてないんだな」
「……はあ?」
そうして彼は俺を見て、何故か満足気に笑った。
なんだかカチンときてエンリィの足を踏んで歩を進める。踏まれた足の甲にも目もくれずフフ、と一人で笑う若者に心底ゾっとしながら逃げるようにその場を離れる。
「た、助けて……」
この世の怖いものがまた増えた気がした。
商店街は未だ焦げ臭かった。焼けて煤だらけになった煉瓦造りの建物が並ぶ中、崩れ落ちた外壁と転がった何かの残骸が当時の凄惨さを物語っていた。
素早く大きい真我は四方八方に逃げて移動する。
飛び掛かり、走り、そうしながら獲物を次々と口に入れるのだ。目を閉じてその光景を想像しないように意識をすれば、霊はそれを許さないとでも言うように俺に近付く。
触れられた肩は何の感触もない。それなのに人々の叫び声が聞こえた気がしてグ、と拳に力を入れる。
迫間の彼等が俺に伝えるのだ。声なき声で、俺の脳にまるで映像を送るかのように。
火災で避難した人々を食い散らかし、逃げ惑う民衆の背を容赦なく襲い、立ち向かう隊員の腕を掴んで──。
「ナツヤ」
澄んだ声と共に、握った拳を温かいてのひらに包み込まれた。我に返ればエンリィが無言で俺の手を握りしめていた。視線は目の前の火災現場のままだ。
「夢に見てたのか、これを」
先程エンリィが誤魔化した夢の内容はすぐに今の映像だと分かった。
あの中に彼等がいたのだ。食われたことにも気づかぬほどの、一瞬の出来事だった。
佇む彼等は俺を見つめている。感情のない瞳でただ一点、逸らさずに。
どうしてだ、と言っているのだ。
どうして、死ななければならなかったのだと。
「……会いたい人は誰なんだ」
その瞳から逸らさずに聞いても、彼等からの回答はない。
「あの……貴方達も誰かを?」
そこに、背後からか細い声がして振り返れば、涙を浮かべた女性が立っていた。
ゆったりとしたワンピースを纏い、栗色の髪を一つに纏めている。エンリィが自然と俺から手を離した事にホっとしながら、小さく彼女に頷く。
「ええ。仲間が……」
「……そう。そうですよね。大変だったもの……」
ぐす、と鼻を啜り、女性は手に持っていた白い花束を火災現場の一角に置いた。そこには既に誰かが死者を想い祈り、捧げたのだろう。花や酒や写真などが数多く置かれていた。
新しく置かれた白い花束は、頼りない紐で括られただけの日本とは違う素朴なものだ。他のものだって俺がかつていた世界のものとは違う。
此処は真我が生まれる世界で、みんな俺とは違うのだ。だが、人を失う悲しみや苦しみに違いなどない。
「大丈夫ですか」
エンリィがそっと声をかけると、彼女は小さく頷いて声を殺して泣き始めた。
騒動から一月弱。傷が癒えるまではあと何年、かかるのだろう。
血まみれの服のまま、男が彼女に寄り添っている。無表情のまま、彼女の添えた花束をじっと見つめている。その姿に俺は少し思案して男の傍に寄った。
必然的に彼女の隣に立った俺をエンリィが何も言わずに見つめている。
女性が泣きながら言う言葉に目を伏せて、ただその悲しみを受け入れる。
「……結婚する予定だったんです。幸せだった……。なのに、こんな……こんな……」
「……お察しします」
「彼の両親もお兄様も……とってもよくしてくれて……式を楽しみにしてるって……。まさかみんな……」
「……」
「あの人たちが何をしたって言うの……、私が何をしたって言うの……!」
憎しみと悲しみ、悔しさと憐れみ、彼女は様々な感情を吐露し涙を流した。
その内容から想像を絶する現実を受け入れた事が分かり、エンリィも俺も何も言えずにいた。
騎士団員の中には、一家そのものが犠牲になった者がいた。恐らく彼女はその家族と親交があった。じきに、同じ家族の一員になるはずだった。
「真我が憎い……。真我も……神もみんな……」
独白のように呟く彼女に、俺は眉を寄せて目を閉じた。
何もかもを奪った世の中を恨む思いは自然な事だ。決して救うことのない神と言う曖昧な存在も。
彼女は今、何も縋るものがない。薄れていく幸せな記憶だけ綺麗なまま、いなくなった者を探しては悲しみに暮れるのだ。
脳によぎる真我は、見たこともないほどの大きさだ。長い手足は瞬発力もあり、歪な牙は鋭く太い。逃げ惑う人々を掴んでは口に放り投げ、噛みちぎっては辺りに肉片をまき散らす。
東に向かい、壁を伝い、路地裏に逃げ、騎士団の攻撃を交わしている。
その記憶を辿るように、真我の痕跡を追っていく。
東、北、斜め向かいの建物、細い袋小路。ついてこようとするエンリィを手で制し、彼女に寄り添うように目で伝える。
エンリィは間をおいて頷き、泣き崩れる彼女の肩をそっと抱き寄せている。
霊は俺の行動をじっと見ている。商店街の中心に佇み、彼女と俺を見ている。
これが正解なのか俺には分からない。だが何度も見せようとするその意志に意味があると信じ、行動する。
歩いては止まり、歩いては止まりと記憶を辿り、ふと足を止めた。
既に火災現場からは遠く離れ、辺りは住宅街だ。とはいえ、畑や空き地も多くあるこの土地は、真我が隠れ、逃げるのには最適だっただろう。
宣言通り、エンリィは夕食前にまだ事務室にいた俺の元へ戻ってきた。
日勤の隊員は十七時には仕事を終える。それから食事したり風呂に入ったりと自由時間は意外とあり、駐屯地を出て行って夜の町に繰り出す隊員も少なくはない。夜勤の者も数多くいる為、駐屯地の門限もないので俺たちが連れたって出て行くのもなんの疑問も持たれない。
とは言え、エンリィの顔色は最悪だった。
昼間に確認した彼が連れている迫間の者は、若い男が一人と中年の女性が一人、同じくらいの男性が一人の計三人だ。彼等はエンリィと少し離れた所に佇み、遠くを見つめていた。
血だらけの胴体と首筋。噛みちぎられたような肉がだらんと垂れ下がっている。
時期的にも既に嫌な予感しかしていないが、こんなエンリィを捨てられるほど俺は無情にもなりきれない。
「……夢とか見るか?」
事務室から出て歩き出せば、迫間の者がある方向を見つめているものだから、手掛かりを探そうとその方向へ歩くことにした。
エンリィは何も言わず俺の提案に賛成し、大人しくついてきている。
日の暮れた町は綺麗な星空を覗かせていた。
「見るが……、あまり言いたくはない」
エンリィは躊躇ったように言い、俺を一瞬見て前を向いた。その表情に言わんとすることをなんとなく察し、ぽつ、ぽつと移動と共に姿を現しては消える霊を見遣る。
足は火事があったばかりの商店街へと向かっている。予感は的中していた。
「……真我なんだな」
覇気のない声で俺が言うと、エンリィがギュッと手を握りしめてきた。見上げれば真っ青な顔をしながらも彼は唇を引き締めて凛々しくも前を見据えていた。
物凄く恥ずかしくなり、俺はその手から逃れようとエンリィを見上げては俯き、手を振りほどこうとした。
だが更に力を込めて動きを封じられ、思わず足を止める。
「嫌なら、行かなくていい」
「……そんな真っ青な顔して何言ってんだ」
「あなたを傷付けることよりマシだ」
「……ぐ、なんなんだこの甘い空気は! やめろ!」
耐えきれず叫んだ俺は勢い良くエンリィの手を振り払い踵を返した。
不意をつかれ置いていかれたエンリィが慌てた様子で俺を追いかけてくる。
「若いやつはこれだから嫌なんだよ、一度愛だ恋だ正体不明の下らねえ炎に焼かれて死んじまえばいいんだ……っ」
「その下らない炎に焼かれて、あなたは一度死んだのか?」
「……っ」
「どうせ死ぬならあなたも道連れだ。……それで、大丈夫なのか?」
「……どういう意味だよそれ。あー……まずはそいつらが何の未練があるのか見極めないと進まないだろ。真我に殺されたのなら、その現場に向かってみるのが一番いい」
言いながら足を速める俺にエンリィが隣に並ぶ。
夜の現場へ向かう事が一番の気掛かりだが、エンリィも俺も昼間は仕事があるのでそう出歩けないし、この顔色の悪さは早急な対応が必要だ。
そもそも三人も連れてくるとか何の才能なんだ。あんなことがあったばかりだから仕方ないのか?
ぶつぶつ呟く俺に、エンリィが言う。
「……ナツヤは慣れてないんだな」
「……はあ?」
そうして彼は俺を見て、何故か満足気に笑った。
なんだかカチンときてエンリィの足を踏んで歩を進める。踏まれた足の甲にも目もくれずフフ、と一人で笑う若者に心底ゾっとしながら逃げるようにその場を離れる。
「た、助けて……」
この世の怖いものがまた増えた気がした。
商店街は未だ焦げ臭かった。焼けて煤だらけになった煉瓦造りの建物が並ぶ中、崩れ落ちた外壁と転がった何かの残骸が当時の凄惨さを物語っていた。
素早く大きい真我は四方八方に逃げて移動する。
飛び掛かり、走り、そうしながら獲物を次々と口に入れるのだ。目を閉じてその光景を想像しないように意識をすれば、霊はそれを許さないとでも言うように俺に近付く。
触れられた肩は何の感触もない。それなのに人々の叫び声が聞こえた気がしてグ、と拳に力を入れる。
迫間の彼等が俺に伝えるのだ。声なき声で、俺の脳にまるで映像を送るかのように。
火災で避難した人々を食い散らかし、逃げ惑う民衆の背を容赦なく襲い、立ち向かう隊員の腕を掴んで──。
「ナツヤ」
澄んだ声と共に、握った拳を温かいてのひらに包み込まれた。我に返ればエンリィが無言で俺の手を握りしめていた。視線は目の前の火災現場のままだ。
「夢に見てたのか、これを」
先程エンリィが誤魔化した夢の内容はすぐに今の映像だと分かった。
あの中に彼等がいたのだ。食われたことにも気づかぬほどの、一瞬の出来事だった。
佇む彼等は俺を見つめている。感情のない瞳でただ一点、逸らさずに。
どうしてだ、と言っているのだ。
どうして、死ななければならなかったのだと。
「……会いたい人は誰なんだ」
その瞳から逸らさずに聞いても、彼等からの回答はない。
「あの……貴方達も誰かを?」
そこに、背後からか細い声がして振り返れば、涙を浮かべた女性が立っていた。
ゆったりとしたワンピースを纏い、栗色の髪を一つに纏めている。エンリィが自然と俺から手を離した事にホっとしながら、小さく彼女に頷く。
「ええ。仲間が……」
「……そう。そうですよね。大変だったもの……」
ぐす、と鼻を啜り、女性は手に持っていた白い花束を火災現場の一角に置いた。そこには既に誰かが死者を想い祈り、捧げたのだろう。花や酒や写真などが数多く置かれていた。
新しく置かれた白い花束は、頼りない紐で括られただけの日本とは違う素朴なものだ。他のものだって俺がかつていた世界のものとは違う。
此処は真我が生まれる世界で、みんな俺とは違うのだ。だが、人を失う悲しみや苦しみに違いなどない。
「大丈夫ですか」
エンリィがそっと声をかけると、彼女は小さく頷いて声を殺して泣き始めた。
騒動から一月弱。傷が癒えるまではあと何年、かかるのだろう。
血まみれの服のまま、男が彼女に寄り添っている。無表情のまま、彼女の添えた花束をじっと見つめている。その姿に俺は少し思案して男の傍に寄った。
必然的に彼女の隣に立った俺をエンリィが何も言わずに見つめている。
女性が泣きながら言う言葉に目を伏せて、ただその悲しみを受け入れる。
「……結婚する予定だったんです。幸せだった……。なのに、こんな……こんな……」
「……お察しします」
「彼の両親もお兄様も……とってもよくしてくれて……式を楽しみにしてるって……。まさかみんな……」
「……」
「あの人たちが何をしたって言うの……、私が何をしたって言うの……!」
憎しみと悲しみ、悔しさと憐れみ、彼女は様々な感情を吐露し涙を流した。
その内容から想像を絶する現実を受け入れた事が分かり、エンリィも俺も何も言えずにいた。
騎士団員の中には、一家そのものが犠牲になった者がいた。恐らく彼女はその家族と親交があった。じきに、同じ家族の一員になるはずだった。
「真我が憎い……。真我も……神もみんな……」
独白のように呟く彼女に、俺は眉を寄せて目を閉じた。
何もかもを奪った世の中を恨む思いは自然な事だ。決して救うことのない神と言う曖昧な存在も。
彼女は今、何も縋るものがない。薄れていく幸せな記憶だけ綺麗なまま、いなくなった者を探しては悲しみに暮れるのだ。
脳によぎる真我は、見たこともないほどの大きさだ。長い手足は瞬発力もあり、歪な牙は鋭く太い。逃げ惑う人々を掴んでは口に放り投げ、噛みちぎっては辺りに肉片をまき散らす。
東に向かい、壁を伝い、路地裏に逃げ、騎士団の攻撃を交わしている。
その記憶を辿るように、真我の痕跡を追っていく。
東、北、斜め向かいの建物、細い袋小路。ついてこようとするエンリィを手で制し、彼女に寄り添うように目で伝える。
エンリィは間をおいて頷き、泣き崩れる彼女の肩をそっと抱き寄せている。
霊は俺の行動をじっと見ている。商店街の中心に佇み、彼女と俺を見ている。
これが正解なのか俺には分からない。だが何度も見せようとするその意志に意味があると信じ、行動する。
歩いては止まり、歩いては止まりと記憶を辿り、ふと足を止めた。
既に火災現場からは遠く離れ、辺りは住宅街だ。とはいえ、畑や空き地も多くあるこの土地は、真我が隠れ、逃げるのには最適だっただろう。
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