10 / 78
恋しい男
09
しおりを挟む
口から出た己の言葉に呆然としていると、俺の身体はくるりと方向転換をして部屋を出ていく。
イーニアスが俺の身体を動かしているのだ。その感覚は自分であって自分じゃない、何とも言えぬ感覚だった。
「ナツヤ、待て!」
「エンリィ……悪い、暫く俺は俺じゃなくなる」
自分の意志も話せるし、やろうと思えば自分で身体を動かせるだろう。そんな感覚を確かめながらも、俺はひとまずイーニアスに従うことにした。こいつがいつまでも此処にいるのには理由があり、その理由を取り除かない限り魂は完全にならない。
そんなのはもう御免だ。
イーニアスの足取りは確かで、目的地を知っているようだった。スタスタ歩く自分の身体を隣で見下ろしているような感覚だ。後ろから心配げなエンリィが追いかけてくるが何も質問してこない辺り、この行動の理由を既に把握したのだろう。
迷いなく進む足は見慣れた部屋を通り過ぎた。目的地は直ぐに分かる。
先程出たばかりの自室だった。
イーニアスはその気配を感じていたのだろうか。どこまでもホラーな男は、俺の部屋のドアを開け一目散に駆け寄る。
「隊長……!」
輝くような金髪。白い肌に紫と桃の瞳。
隊服のボタンを寛げ、ベッドの上に座っていたのはアーシュだった。
「……」
顔色も変えずアーシュは俺を無言で見上げた。
「兄上が何故……」
背後の呟きに思わず心中で天を仰ぐ。
どうせこうなるならエンリィの部屋に行くんじゃなかった……!
「無事で良かったです……! ずっと、ずっと気掛かりで……!」
そう言ってイーニアスがアーシュの足元に泣き崩れる。
放つ声は確かに俺の声なのに、まるで違う人間が言っているようだ。その違和にアーシュも気付いたのだろう。
足元に崩れる俺を彼はじっと見つめ、そうしてふわりと微笑んだ。
「お前が私を庇ったから、無傷で済んだ」
アーシュはその言動から相手が誰だかわかったのだろうか。
そうとしか思えない発言を躊躇わずに言った彼に、俺は驚愕しながらも見守る事にした。
元々アーシュは俺に疑問を持つことはしない。それはこの世界に来てから彼と過ごす時間が圧倒的に多かったのもあるだろう。
「隊長、ずっと……ずっと、お慕いしておりました」
グズグズと鼻を啜りながら、イーニアスがその美しい瞳を見ながら言った。息を飲んだのはエンリィだ。声が俺なのもあり、頭では理解していてもその違和感に抗っているのだろう。
予想通りのその言葉に、俺はただ見守るだけだった。
彼が強烈な思いを残して迫間になった理由は、アーシュへのひたむきな思慕だろう。若くして命を落としたことに疑問はなく、それよりも伝えられなかった様々な事を意図せずに零れ落としてきたことに、彼はずっと苦しんでいたのだ。
「……知っていた」
アーシュが言う。そうして俺の頬を優しく包むように手のひらを押し当てる。
期待させるその行動を残酷で非道だと思いながら、イーニアスはこれこそ彼なのだと思うのだ。
いつだって、誰にだって彼は優しく平等だった。
悲しいのは死んだことではない。憎いのは真我に負けた事ではない。
ただ、会えなくなる事が寂しく、つらい。
「……貴方を傷つけるもの全部、取り除きたかったんです」
第二部隊に入れた時の喜びをあなたは知らないだろう。つらく苦しい訓練もその姿を見るだけで消化されていったことも。
傍にいられる選択肢は端からこれだけしかないのだと理解はしていた。
花ような美しい瞳は、いつだって近くを見てはいない。あなたはいつもどこか遠くを見ていた。
伝えなくても良かった。その背中を護るためならなんだってしたし、出来た。
それだけで、生きていけた。
「だけど、まだ何もしていない」
あの鋭い牙と長い爪の先があなただとわかった時、確かにこれは自分の番だと瞬時に分かったのだ。きっとこうする為に生きてきたのだと分かったのだ。
激痛は一瞬だった。そうして初めて気付く。
この身は不死身ではなかったのだと。あなたを護る事がずっと続いていくはずだとどこかで驕っていたのだと。愚かな自分にうんざりして、そして気が付けば此処にいた。
「……護られたよ。充分、お前に助けられた」
「隊長……っ、あなたをずっと護りたかった……、護りたかったんです……」
こんなのはひどい。
こんなのは……。
「いいんだ。お前は充分生ききった。だからもう、悔やまなくていい」
「……っアンシュル」
その名を呼んだのは、イーニアスだったのか俺だったのか。
生ききった。
生きると言う事は死ぬと言う事だ。
いずれ終わりは来る。誰しもに。
だからどんな場面でも人は今を生きるのに、全力だ。
口角を上げたままだったアーシュが、目の前のその唇を優しく食んで、イーニアスが目を見開いた。
ついでに俺と後ろにいたエンリィも同じ顔をして固まる。
「おれっ……」
舌足らずな発音で媚びるような声を上げて、イーニアスは悦びに震える。
焦がれるほど愛した人からの、くちづけだった。
それがどんな意味であるか、彼が憐れみを憶えて慰めたのかも分かっていた。
けれど、イーニアスに迷いはなかったようだ。寧ろこの好都合に、乗っかった。
「おねがい……っ」
ちょちょちょちょ!
焦ったのは俺だ。咄嗟にエンリィを振り向いたが、ぐいっと首が直ぐに元に戻り更に慌てる。
イーニアスめ、目先の獲物に夢中で俺の介入を無視しようと必死だ。
だがこれは俺の身体だ。半分は自分の意志で動けない状態だが、もう半分は動かせる。
「エンリィ、とりあえず出ろ! ……隊長、好きです……好き……」
「はわわわ……」
物凄く情けない声がしてバタン、と扉が閉まる音がした。
バタバタバタと慌ただしい音を上げて足音が遠ざかっていく。この状況に耐えかねたエンリィが出て行ったのだろう。
それもそうだ。自分の兄と知人が男同士で乳繰り合っている姿なんて普通なら見たくないはずだ。
イーニアスが俺の身体を動かしているのだ。その感覚は自分であって自分じゃない、何とも言えぬ感覚だった。
「ナツヤ、待て!」
「エンリィ……悪い、暫く俺は俺じゃなくなる」
自分の意志も話せるし、やろうと思えば自分で身体を動かせるだろう。そんな感覚を確かめながらも、俺はひとまずイーニアスに従うことにした。こいつがいつまでも此処にいるのには理由があり、その理由を取り除かない限り魂は完全にならない。
そんなのはもう御免だ。
イーニアスの足取りは確かで、目的地を知っているようだった。スタスタ歩く自分の身体を隣で見下ろしているような感覚だ。後ろから心配げなエンリィが追いかけてくるが何も質問してこない辺り、この行動の理由を既に把握したのだろう。
迷いなく進む足は見慣れた部屋を通り過ぎた。目的地は直ぐに分かる。
先程出たばかりの自室だった。
イーニアスはその気配を感じていたのだろうか。どこまでもホラーな男は、俺の部屋のドアを開け一目散に駆け寄る。
「隊長……!」
輝くような金髪。白い肌に紫と桃の瞳。
隊服のボタンを寛げ、ベッドの上に座っていたのはアーシュだった。
「……」
顔色も変えずアーシュは俺を無言で見上げた。
「兄上が何故……」
背後の呟きに思わず心中で天を仰ぐ。
どうせこうなるならエンリィの部屋に行くんじゃなかった……!
「無事で良かったです……! ずっと、ずっと気掛かりで……!」
そう言ってイーニアスがアーシュの足元に泣き崩れる。
放つ声は確かに俺の声なのに、まるで違う人間が言っているようだ。その違和にアーシュも気付いたのだろう。
足元に崩れる俺を彼はじっと見つめ、そうしてふわりと微笑んだ。
「お前が私を庇ったから、無傷で済んだ」
アーシュはその言動から相手が誰だかわかったのだろうか。
そうとしか思えない発言を躊躇わずに言った彼に、俺は驚愕しながらも見守る事にした。
元々アーシュは俺に疑問を持つことはしない。それはこの世界に来てから彼と過ごす時間が圧倒的に多かったのもあるだろう。
「隊長、ずっと……ずっと、お慕いしておりました」
グズグズと鼻を啜りながら、イーニアスがその美しい瞳を見ながら言った。息を飲んだのはエンリィだ。声が俺なのもあり、頭では理解していてもその違和感に抗っているのだろう。
予想通りのその言葉に、俺はただ見守るだけだった。
彼が強烈な思いを残して迫間になった理由は、アーシュへのひたむきな思慕だろう。若くして命を落としたことに疑問はなく、それよりも伝えられなかった様々な事を意図せずに零れ落としてきたことに、彼はずっと苦しんでいたのだ。
「……知っていた」
アーシュが言う。そうして俺の頬を優しく包むように手のひらを押し当てる。
期待させるその行動を残酷で非道だと思いながら、イーニアスはこれこそ彼なのだと思うのだ。
いつだって、誰にだって彼は優しく平等だった。
悲しいのは死んだことではない。憎いのは真我に負けた事ではない。
ただ、会えなくなる事が寂しく、つらい。
「……貴方を傷つけるもの全部、取り除きたかったんです」
第二部隊に入れた時の喜びをあなたは知らないだろう。つらく苦しい訓練もその姿を見るだけで消化されていったことも。
傍にいられる選択肢は端からこれだけしかないのだと理解はしていた。
花ような美しい瞳は、いつだって近くを見てはいない。あなたはいつもどこか遠くを見ていた。
伝えなくても良かった。その背中を護るためならなんだってしたし、出来た。
それだけで、生きていけた。
「だけど、まだ何もしていない」
あの鋭い牙と長い爪の先があなただとわかった時、確かにこれは自分の番だと瞬時に分かったのだ。きっとこうする為に生きてきたのだと分かったのだ。
激痛は一瞬だった。そうして初めて気付く。
この身は不死身ではなかったのだと。あなたを護る事がずっと続いていくはずだとどこかで驕っていたのだと。愚かな自分にうんざりして、そして気が付けば此処にいた。
「……護られたよ。充分、お前に助けられた」
「隊長……っ、あなたをずっと護りたかった……、護りたかったんです……」
こんなのはひどい。
こんなのは……。
「いいんだ。お前は充分生ききった。だからもう、悔やまなくていい」
「……っアンシュル」
その名を呼んだのは、イーニアスだったのか俺だったのか。
生ききった。
生きると言う事は死ぬと言う事だ。
いずれ終わりは来る。誰しもに。
だからどんな場面でも人は今を生きるのに、全力だ。
口角を上げたままだったアーシュが、目の前のその唇を優しく食んで、イーニアスが目を見開いた。
ついでに俺と後ろにいたエンリィも同じ顔をして固まる。
「おれっ……」
舌足らずな発音で媚びるような声を上げて、イーニアスは悦びに震える。
焦がれるほど愛した人からの、くちづけだった。
それがどんな意味であるか、彼が憐れみを憶えて慰めたのかも分かっていた。
けれど、イーニアスに迷いはなかったようだ。寧ろこの好都合に、乗っかった。
「おねがい……っ」
ちょちょちょちょ!
焦ったのは俺だ。咄嗟にエンリィを振り向いたが、ぐいっと首が直ぐに元に戻り更に慌てる。
イーニアスめ、目先の獲物に夢中で俺の介入を無視しようと必死だ。
だがこれは俺の身体だ。半分は自分の意志で動けない状態だが、もう半分は動かせる。
「エンリィ、とりあえず出ろ! ……隊長、好きです……好き……」
「はわわわ……」
物凄く情けない声がしてバタン、と扉が閉まる音がした。
バタバタバタと慌ただしい音を上げて足音が遠ざかっていく。この状況に耐えかねたエンリィが出て行ったのだろう。
それもそうだ。自分の兄と知人が男同士で乳繰り合っている姿なんて普通なら見たくないはずだ。
10
お気に入りに追加
457
あなたにおすすめの小説

今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!
月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。
そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。
新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ――――
自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。
天啓です! と、アルムは――――
表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる