黒祓いがそれを知るまで

星井

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恋しい男

07

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 廊下を出て会議室、医務室、そして本当の事務室を抜ける。
 駐屯地は主に第三、第四、第五、第六部隊の居を構えている。
 この四部隊は警備や事件捜査を担当し犯罪を抑止する部隊だ。居住している男たちは主に若手であり、無論独身となる。彼らが年を取り生活に余裕が出る頃、大抵は家庭を持ちここを出ていく。
 だが第一、第二は違う。国王陛下の警護もあたる第一部隊は、名の通り王族の傍で生涯を捧げる。故に住む場所も国王の傍に限られている。
 この国の王族は少し変わっていて、元々は騎士で王族も立派な騎士団員だったと言う。だからこそ庶民と王族の隔たりは狭く、今でも生活や立場にあまり格差はない。
 真我が産まれるこの国で、戦う男たちは国民のヒーローだ。第一も第二部隊も、目的は真我の殲滅であり、国王陛下もその戦いに繰り出すと言う。
 命を懸ける部隊は駐屯地に泊まる事はあるものの、大抵はそれぞれの家を持っている。エリートと言えば聞こえはいいが、あの部隊は名実ともに揃っている男達の集まりであり、それは逆に如何に危険かを表していた。

「……エンリィ」

 第四部隊のとある部屋の前。目的の名前を見つけ、俺は躊躇もなくドアを開けた。
 基本的に二人部屋の一室は、左右にそれぞれのベッドとちょっとしたクローゼットがあるだけだ。
 その左のベッドの上で、エンリィは俺が入ってきたことにひどく驚いて身を起こしたようだった。

「な、なんであなた」

 焦るエンリィをよそに、俺はベッドにいるエンリィを上から覗き込んだ。
 顔色は……元々白いが、なんだか今日は青白く見える。かさついた唇に目の下に薄っすらとはったクマに気付き、俺はその頬を掴み視線を巡らせた。
 そうして部屋の入り口にポツンと立ち竦むデカい影に気付き、唖然とした。
 おいおい、こんなに頻繁に霊を連れて帰ってくる奴なんて今まで見た事ないぞ。

「……離せ……」

 は、と視線を巡らすと、手のひらの下のエンリィが眉を寄せて俺を見上げていた。先程より幾分か顔色がいい。紫と桃の不思議な色合いをした瞳を見て俺は思わずその頬を撫でた。

「この顔に弱いのか俺……」

 呟いて手を離す。金色の髪にあの色の瞳は正直言って反則だ。
 溜息ついてベッドから離れ、ドア付近で佇むその姿にそっと話しかけた。

「何か忘れたのか?」

 佇む男はドアの向こうをじっと見つめている。背が高く逞しい体。短く刈られた茶色の髪に、濃紺色の制服。後ろ姿でも凛とした佇まいは、生前の男が自信に溢れ誇り高かったのだろうと想像がつく。
 その誇り高い魂が何故、とどまってしまったのか。

「ナツヤ、やはり此処にいるのか」

 隣にエンリィが立ち、何もいないはずの扉を同じように見つめている。
 コイツは見えなくとも俺を信じている。まるで探るように見るのは俺ではなくて、そこにいるはずの霊だ。
 小さく頷き、微動だにしない男の背を見つめながら答える。

「……隊服を着てる。此処の奴だったんだ」
「……そうか」

 殉職者の数は少なくはない。相手が真我だろうが人間だろうが、その時は来る。
 元仲間だったその男を想い、エンリィもまた口を閉ざした。何とも言えない沈黙に、俺はエンリィの背中をボン、と叩いた。

「いっ……!」
「まあ気にするな。見た限り悪い奴じゃないし、お前に憑いてるわけでもなさそうだ」
「……え?」

 訝しげに俺を見るエンリィに肩を竦める。
 そうして俺は、試しに閉まっていたドアを開けてやった。開かれた扉前に佇んでいた男が、す、と足を踏み出したのを見て、やはりそうなのだと確信する。

「お前、多分こいつらの気配を感じ取るんだろうな」
「感じ取る……?」
「俺ほど霊に過敏じゃないけど、その素質はあるって事」

 姿は見えないが、迫間の者の気配や感情を敏感に感知し、霊の想いに引きずられ体調を崩すんだろう。
 そしてまた相手の方も、伝わらない人間より伝わる人間の傍にいたがり目的を果たそうと時を待つのだ。

「……優しいやつって損だよな」
「私は別に、」
「女にもあまりモテない」
「……」

 拳を握ったエンリィを見て、にや、と笑い俺は部屋を出た。
 トボトボ歩いている背の高い迫間の者を静かに追いながら、この男の正体を探すために観察する。
 隊服のデザインは最近のものだ。せめてどこの部隊の者か分かればいいんだが、生憎と騎士団の制服は上下左右関係なく全て同じで、見た目で区別はつかない。
 どこか悲し気に歩を進める男は、時折足を止めては首を巡らせていた。
 迫間である限り、その魂は完全ではない。だから記憶は曖昧で、彼等はその為に多くの時間を彷徨い続ける。

「なにしてんの?」
「うおおっ!」

 背後から低い声で話しかけられ、思わず叫んだ俺に笑い声が降りかかる。
 振り返れば、いつもの脱力系の表情を浮かべたハイクが、俺を見て笑っている。

「脅かすなよ! そんでもって俺は今忙しいんだ」
「そうなの? そりゃ悪かったな」
 
 じゃそういうことで、と背を向ける。

「……ってちょっと待てい!」
「……なんだよお前面倒なんだよ俺は忙しいの」
「面倒って言うな傷付く!」
「そーそれが面倒臭い、うるさい死ね」

 どこに行ったのかと霊を探す俺に、ハイクも懲りずに俺を追いながら言う。

「ナツ、お前またこの間真我を倒しただろ。陛下が是非連れてこいってアーシュに、」
「またか! 断る! それに倒したのは第二部隊だし俺じゃない」
「だけどナツは真我に食われないだろ。やっぱり陛下が」
「なんて使える盾なんだ! とか言ってんだろお断りだ」
「……端的に言えばまあその通りなんだけどさぁ」

 ぼやくハイクをよそに歩を進めていた俺だが、ふとハイクを振り返り、思案する。
 目が合った覇気のない顔つきの元同僚は首を傾げ、口を開いた。

「まあでも、アーシュが連れてこさせないって断固拒否してるぜ」
「……そうか。どうでもいいけど、最近殉職した奴で、茶髪で背が高いやつ知らない?」

 第四部隊の隊長であるハイクは、その立場から他部隊でもいくらかの人間は把握しているだろう。問いかけに考え込んだハイクは俺の意図がもう伝わっているはずだ。

「殉職ね……。最近って言ったって、どのくらいの?」
「んー、制服のデサインが今になってからか」
「五年は経ってるだろ……。さすがに全員はわかんないなぁ。背の高い茶髪の……、もう面倒だし隊員のファイル見ていいぞ?」

 俺が許可出しておく、と努めて明るく言ったハイクに、そうだよな、と頷く。
 なんていうかコイツと付き合いが長いのは波長が似てるからだろう。面倒な事は互いに投げ合ってるし。
 そして何よりハイクは霊がどうのは全く興味がない。いるならいるんだろう、という回答で「俺は見えないしどうでもいい」が彼のスタンスだ。
 過去に一度、妙な動物霊を連れていたがそのことに全く気付いていなかったくらいなので、そのままペットにしてればいいんじゃないかと傍観してたくらいだ。
 その辺の雌犬に本気で恋していたので、さすがに可哀想になって祓ってやったが。

「じゃ俺ファイル探してくるわー」
「おー……ああそうだ、エンリィ大丈夫だったか? 顔色悪くて休ませたんだよ」
「おう、もう大丈夫なはず。とりあえずあのクソ生意気さどうにかしてくれよ」
「はは無理だろ、なんせ陛下の血を引いてらっしゃるし」

 普通に無礼な事を言いながらお互いに背を向けその場を去る。
 向かうは事務室内の人事部だ。すれ違う隊員達が俺を見てギョっとしたような顔をし足早に去っていく。中指立てたくなる衝動と戦いながら、俺はふと足を止めた。
 先程の男が、駐屯地の広場を見ながら佇んでいる。吹き抜けの廊下だ。
 俺はその男の隣に立ち、視線を辿りその方向を見た。

「……第二部隊か」

 珍しいな、と目を細める。
 濃紺色の制服を着た男達が何やら話し合っている。凛とした背筋に、ああそうかと隣の男を見上げた。
 真我にやられたのか。
 食いちぎられたような右腕と右腹部。はらわたこそ見えないものの、そこは頼りないほどの空洞で痛みを感じていない表情が寂しくも悲しい。
 どの部隊でも、自分の死を覚悟することは常に前提だ。騎士団はそういう位置にいて、だからこそ厳しくも辛い訓練を乗り越え男達は強くなる。
 此処にいる彼も、以前はあの中にいたのだろうか。
 護るべき者を守る為に、国に忠誠を誓い真っ黒な化け物と対峙する。人を食らう黒いそれは決して途絶える事はなく、世代を超えて湧き続ける。
 それでも彼等は立ち向かうのだ。この行為に終わりがないと知りながら。
 何世紀もそうして生きてきて、謂わばこれが共存なのだと謳いながら。

「……戻りたいのか?」

 佇む男は答えない。そんなのは百も承知で俺は聞くのだ。

「会いたいのか」

 見える先に、金色の髪はいない。

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