上 下
23 / 34
第3章 十文字槍対策

6.努力(ヒゲ殿の笑顔)

しおりを挟む
虎之助が、宝蔵院ほうぞういん流槍術を学ぶ傍らで、二人の家来も又、日々奮闘していた。

修業の後半戦がスタートして、2カ月が経過しても二人はヒゲ殿から一本取れていなかった。

二人が、努力を怠ったワケではない。二人の努力は虎之助に負けていなかったが、ヒゲ殿が強すぎたのである。

ヒゲ殿の体からは余分な脂肪は落ち、鍛え抜かれた体から繰り出される槍は、毎日落雷の様に二人に降り注がれた。

正に電光石火の速さで襲う槍を、二人は逃げずに受け続け、それと同数の槍突きをヒゲ殿に喰らわせていたが、一向に当たらなかった。

それもそのはず、当時、織田家中一の槍使いと目された前田利家の盾、槍の又兵衛は、実は利家よりも槍の達人であったのである。

つまり、実際の織田家中一は前田利家ではなく彼だった。

そんなヒゲ殿が、二人に知られない様に影で努力し始めて早2カ月、顎と内臓についていた脂肪が取れるのは当然なぐらい、彼は努力した。

(負けられない・・・、前田家の面子めんつを潰したら、自分は切腹ものだ。この青二才ども、それが分かっているのか?あ~無自覚なアイツらが本当に憎たらしくなってきた!)と、彼は憤り、怒りをエネルギーにして二人と戦っていたのである。彼の怒りを含む決意が努力となって彼を強くしていたのである。

ヒゲ殿が強くなる度に、力士、久次郎も強くなる。3人の距離は、縮まりそうで縮まらない我慢比べの様相ようそうかもし出してきていた。

例えるならば、ヒゲ殿はマラソンレースで先頭を走っているのだが、2位と3位が後ろにピタッと着き、ヒゲ殿を風避けにして、虎視眈々こしたんたんとトップを狙らわれている状況であった。

(こいつら、少しはサボろうとか、ヒゲ殿は強すぎる俺達には敵わない・・って打ちひしがれて練習する気力がなくなる、みたいな、みたいなぁ、年相応の可愛げは無いのかよぉ)と、ヒゲ殿は、二人の脱落を切に願っていた。

半年の修業が終わりを迎えようとしていた頃、後続のランナー二人が、ヒゲ殿に揺さぶりをかけて来た。

先ずは、久次郎がヒゲ殿の動きの先を読み、ヒゲ殿は、反応できずかわし切れず被弾。『グフッ。ナカナカやるな』と、一本を認めた。

その日、力士も最後の模擬戦で、ヒゲ殿が反応できない突きを入れ、ヒゲ殿の水下みぞおちにキレイな一撃が入った。

『グェ~なかな・・・ウォッエー、ゲェー』と昼に食べた握り飯を総て吐き出した後、ヒゲ殿は口を拭きながら力士の一本も認めた。

『あ~あ、ついに一本取られたか・・・。』

『仕方が無い、約束通り・・・二人をワシの娘達むすめたち花婿ハナムコとして認めよう!』

『あ~負けちゃったよ。おふさ吉野きちの、スマンお父さん負けっちゃった。』と遠くの空に出始めた月をわざとらしく見上げるヒゲ殿であった。

ヒゲ殿の勝手な物言いを無視して二人が、ヒゲ殿に声を揃えて感謝の意を告げる。

『ヒゲ殿、この半年間、我々も修業をつけて下さり、誠に有難うございました、御蔭で見違える様に強くなりました。』と、大きな声で御礼を言った。

『ウム、良く頑張った。もうワシから二人に教える事は無いのう、明日から虎之助と共に胤栄いんえい様に修行をつけてもらうが良い。』とヒゲ殿が言うと。

『残り僅かではありますが、引き続き修業をお願い致します。!!。』と二人が答えた。

二人の返答を聞き、一瞬ヒゲ殿の顔の表情が何とも言えない笑顔になった。

この日見せたヒゲ殿の笑顔は、本当に嬉しそうで半年間の合宿の中で一番だった。

『仕方がないのぅ・・約束どおり、ワシの口利きで、二人を前田家に召し抱える様、利家様にお願いするか・・。』

そう言って、愛弟子達を再び見たかったのだが、二人の愛弟子は、既に自分達の主君の元に喜びを伝えに走っており、後ろ姿になっていた。

『本当に仕方がないのぅ…。』と長頼は残念そうに呟いたのである。

苦しく、そして楽しく、充実した半年間の修行の終わりの日が直ぐその近く迄来ていた。

季節は、冬から春の入り口迄移り変わっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【受賞作】狼の贄~念真流寂滅抄~

筑前助広
歴史・時代
「人を斬らねば、私は生きられぬのか……」  江戸の泰平も豊熟の極みに達し、組織からも人の心からも腐敗臭を放ちだした頃。  魔剣・念真流の次期宗家である平山清記は、夜須藩を守る刺客として、鬱々とした日々を過ごしていた。  念真流の奥義〔落鳳〕を武器に、無明の闇を遍歴する清記であったが、門閥・奥寺家の剣術指南役を命じられた事によって、執政・犬山梅岳と中老・奥寺大和との政争に容赦なく巻き込まれていく。  己の心のままに、狼として生きるか?  権力に媚びる、走狗として生きるか?  悲しき剣の宿命という、筑前筑後オリジンと呼べる主旨を真正面から描いたハードボイルド時代小説にして、アルファポリス第一回歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」に繋がる、念真流サーガのエピソード1。 ――受け継がれるのは、愛か憎しみか―― ※この作品は「天暗の星」を底本に、9万文字を25万文字へと一から作り直した作品です。現行の「狼の裔」とは設定が違う箇所がありますので注意。

【受賞作】小売り酒屋鬼八 人情お品書き帖

筑前助広
歴史・時代
幸せとちょっぴりの切なさを感じるお品書き帖です―― 野州夜須藩の城下・蔵前町に、昼は小売り酒屋、夜は居酒屋を営む鬼八という店がある。父娘二人で切り盛りするその店に、六蔵という料理人が現れ――。 アルファポリス歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」、同最終候補「天暗の星」ともリンクする、「夜須藩もの」人情ストーリー。

地縛霊に憑りつかれた武士(もののふ))【備中高松城攻め奇譚】

野松 彦秋
歴史・時代
1575年、備中の国にて戦国大名の一族が滅亡しようとしていた。 一族郎党が覚悟を決め、最期の時を迎えようとしていた時に、鶴姫はひとり甲冑を着て槍を持ち、敵毛利軍へ独り突撃をかけようとする。老臣より、『女が戦に出れば成仏できない。』と諫められたが、彼女は聞かず、部屋を後にする。 生を終えた筈の彼女が、仏の情けか、はたまた、罰か、成仏できず、戦国の世を駆け巡る。 優しき男達との交流の末、彼女が新しい居場所をみつけるまでの日々を描く。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

左義長の火

藤瀬 慶久
歴史・時代
ボーイミーツガールは永遠の物語―― 時は江戸時代後期。 少年・中村甚四郎は、近江商人の町として有名な近江八幡町に丁稚奉公にやって来た。一人前の商人を目指して仕事に明け暮れる日々の中、やがて同じ店で働く少女・多恵と将来を誓い合っていく。 歴史に名前を刻んだわけでも無く、世の中を変えるような偉業を成し遂げたわけでも無い。 そんな名も無き少年の、恋と青春と成長の物語。

がむしゃら三兄弟  第一部・山路弾正忠種常編

林 本丸
歴史・時代
戦国時代、北伊勢(三重県北部)に実在した山路三兄弟(山路種常、山路正国、長尾一勝)の波乱万丈の生涯を描いてまいります。 非常に長い小説になりましたので、三部形式で発表いたします。 第一部・山路弾正忠種常編では、三兄弟の長兄種常の活躍を中心に描いてまいります。 戦国時代を山路三兄弟が、どう世渡りをしていったのか、どうぞ、お付き合いください。 (タイトルの絵はAIで作成しました)

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...