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第2章 改名

6.時の人(餅つき名人の竹井様)

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足利義昭は、翌日予定通り高松城を出発し、備後の国へ向かったのであった。

旅立つ時の義昭の様子は、まるで憑き物がとれたかのようだった。顔には生気が戻り、目には自信が、明日を信じる力が溢れているかのようだった。高松城への者達へ、最後に述べた労いの言葉を言う彼の声は大きく、力強かった。

宗治、久之助以外の高松城の者達は、1日前の様子が強く印象に残っていた為、義昭の様子の変わり様に皆驚いたのであった。

義昭の去った高松城では、久之助が将軍様直々に名前を頂いた事が直ぐに城内に広まり、さらには清水家の領地の民、備中の国にも鳴り響いたのであった。新生竹井将監こと竹井久之助は、一躍時の人になってしまったのである。

噂とは恐ろしいもので、広まれば広まるほど連想ゲームの様に内容が少しずつ変わってしまう。人の口でしか広まる事が無いこの時代では、面白いほど変化した。

その事実を久之助本人が知ったのは義昭が備後の国へ出立して1ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。

3人の農民が臼と杵、もち米を持って餅突き名人として有名な竹井様に是非餅をついて欲しいと懇願しに来たのであった。

久之助は、噂の内容と、今後噂の修正及び鎮静化を条件に仕方が無く、いやいや餅つきに付き合わされたのであった。

高松城内では、わらび餅で鯛を釣った久之助殿だったのが、高松城下の領民に伝わった頃には、わらび餅の知名度が低い事もあった為、餅で鯛を釣った竹井殿、備中の国に伝わる頃には、竹井久之助という武士がく餅は鯛と交換するぐらい美味しいという噂に変わっていたのであった。

3人の農民と久之助のやり取りを見ていた鶴姫は、腹を抱えて爆笑していた。

噂の変化の面白さ、又遠路はるばる来た農民達のろうねぎらい、いやいやながらも餅つきに付き合う久之助の人の好さが、楽しく、幸せな気持ちで笑っていたのである。

3人が久之助に深く感謝し餅を持って帰った後に、久之助は疲れた顔で鶴姫といつも通り会話を楽しんだ。

『鶴姫殿、また私の変な異名が増えてしまいました。』

『千里眼の竹井殿の方が、未だカッコ良かったなと思える程、今度は餅搗もちつき名人の竹井ですよ、もう笑うしかありませんね。』

『鶴姫様が関わると、なぜか私の異名が一つ増えるのです・・。( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。』と久之助が自嘲気味に笑う。

『良いでは無いか、良いでは無いか。物騒な異名より、お前のその人柄を表すような、周りの者を愉快な気持ちにさせてくれる渾名あだなは私は大好きじゃ!。』と鶴姫は満面の笑顔で返すのであった。

よく笑う鶴姫を見ていると、噂や人につけられた渾名あだなをいちいち気にする自分が馬鹿らしくなる久之助であった。

(しかし、よく笑う幽霊様じゃ、面白いものだな約1年前に家族を失い、初めて鶴姫様が私に会いに来た時は、ついに私にもお迎えが来たのかとも思ったが、鶴姫様と出会ってから、生気を奪われるどころか、この笑顔にどれだけ力をもらっているか・・・)と久之助は人知れず鶴姫の笑顔に感謝したのであった。

義昭にわらび餅を出す時、鶴姫が久之助に伝えた最後の助言はこうであった。

『久之助、腹を決めろ、覚悟を決めるのじゃ!』
『もし将軍様が私達のわらび餅が不味いと怒られたら、何故、わらび餅を作ったかという理由を正直にぶつけるのじゃ、その気持ちをぶつけて、ダメだったら、それが天命じゃ。』

『死に水は私がとってやる‼』であった。

今思うと、助言でも何でもないと思うのだが、あの緊張の中、あの言葉が無ければ私は覚悟を決める事が出来なかった。この幽霊様は、気持ちが本当に清々しいのであった。

そんな穏やかな生活がずっと続いて欲しいと思っていた頃、風雲急を告げる書状が、主君小早川隆景から届いたのであった。

備後に着いた足利義昭が、毛利家に黙って独断で、京の朝廷に向け足利幕府の再興宣言をしたとの知らせである。

当時、毛利家は未だ表面上織田信長とは同盟関係であり、義昭亡命の件も、水面下で信長の承認のもと行われていたのである。

しかし、義昭のその行動は、明らかに信長に対する宣戦布告であり、及び腰であった毛利家を無理矢理巻き込む禁じ手であった。

1576年春、戦乱の世は又、鶴姫と久之助、宗治高松城の人々の運命を変えようとしていた。鶴姫と久之助も、この年が運命の分かれ道になるという事を、二人はその時思いもよらなかったのである。
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