142 / 168
第9章 世代交代への動き
5.信長の傅役(もりやく)
しおりを挟む
織田信秀とその嫡男信長が、安祥城を信広に任せ、平手政秀が待つ古渡城へ戻ったのは、3月末であった。
信秀達が留守の間、政秀は多忙を極めた。
焼き払われた古渡城の城下町、その住人達の仮住まいとなる場所を作り、それと同時に新しき城を作る準備、その金策をするのである。
余人をもって代えがたいと言われる信秀の懐刀政秀は、正に熟練の職人であった。
山積みにされた仕事を淡々と整理し、優先順位をつけ確実に処理していったのである。
政秀という男は、一所懸命の男であった。
書いて字の通り、任された場所【しごと】に命を懸けるのである。
責任感の強さ、それは彼の代名詞であった。
しかし、政秀は自分の仕事に誇りを持っている為、指図する側への文句(愚痴)も多い。
上司を選ぶ人材、言葉を変えれば上司によっては毛嫌いされるタイプの人間であった。
彼の幸運は、彼の主君信秀が彼の長所、短所をわきまえた上で彼の能力を使いこなしてくれたという一言に尽きる。
そんな政秀であるから、信秀、信長と3人きりになった途端、やはり始まってしまった。
『・・殿、信広様を安祥城の城主にするとはどういう事ですか?』
『織田家の家督を継がせるのは、若(信長)ではなく、信広様にするのですか!】
政秀は、主君の行った人事に真っ向から反対したのであった。
’『・・・何を言っておる、ワシは信広に今川への備えを任せたのみ、家督等と・・』
『殿は、考えが足りのうござる、此度の件、多くの者が信広様が次の主になるのではと・・』
『考えさせてしまう行為でござりまする』
『・・・たわけた事を、信広は側室の子、あ奴もそれは良く分かっておる・・』
『信広様はそうかもしれませぬが、信広様の周りの者が、期待を持ってしまったのでござる』
『・・平手よ、其方は考えすぎじゃ』
『三郎、信長が、美濃の斎藤家から嫁を貰う、それを見れば、ワシの後継者が信長であるという事は誰の目から見ても、明白では無いか・・・』
『・・・その斎藤家の後継者候補の筆頭は誰であるかは、殿も御存知のはず』
『・・・道三が嫡男、確か義龍とか申したな』
『義龍は、道三の正室の子ではござりませぬ、側室の子、信広様と一緒でございます』
『・・・美濃の国の状況と我らは違うではないか』
信広は、側近が食い下がるのを、少し面倒そうに、そう答えた。
『同じです。・・何が違うというのですか?』
もちろん、政秀も美濃の特殊な状況を知っている。
美濃の斎藤道三は、主君を追いやり、自ら国を奪った者である。
国を奪う過程で、道三は当時主君の土岐頼芸より、彼の側室深芳野を下賜された。
道三は、その時既に明智家から迎え入れた正妻がいたが、深芳野が産んだ子が、最初の男子であった為、彼を自分の家督を継がせる嫡男として育てたのである。
政秀は続ける。
『信長様が、家督を継ぐまで、イエ、家督を継いだ後の事を考えて、殿は物事を決めねばならぬのです』
『・・・・・』
信秀も、政秀の言葉に道理が有る為、言葉が止まる。
『爺、もう止めろよ、オヤジが困ってるぜ、此度の件と家督の件、一緒にする事じゃねぇだろ』
『・・・誰が家督を継ごうか、関係ねぇじゃねぇか、力のある者が上に立てば良いのさ』
横で、二人の様子を見ていた信長が、信秀に助け船を出す様にそう言った。
『ダマラッしゃいぃ!』
信長のその言葉は、政秀の堪忍袋を、いや、彼の堪忍袋の緒はそもそも切れていた。
緒が切れて、彼の腹より止めどもない量の怒りが、火薬の様に積もっていたのである。
信長の言葉は、その火薬に火をつける、火そのものであった。
『そもそも、誰の為に、ワシがこんなに苦労しているんじゃ!若のせいじゃ・・』
『若が、常日頃、しっかりしてないから、他の者が要らんことを考えるのじゃ』
政秀は、顔を真っ赤にさせ、吐き捨てる様に言った。
『・・・・誰も家督を継がせてくれとは、頼んでおらん』
信長は、政秀とは対称的な態度で、同じく吐き捨てるように言った。
それを聞いた政秀は、もう止まらない。
『ワシが頼まれたのじゃぁあ!殿に!・・・若の傅役を、織田家の跡取りの傅役ぅを!!』
『これで若が家督を継がなければぁ、ワシの十数年が無駄になるのじゃ、ワシが今迄どんなに苦労したかも分らんくクセにぃい・・許さんぞ、そんな事絶対に許さんぞ、ワシはぁあ・・●×△』
政秀の言葉の最後は、もう言葉では無かった。彼はそう言うと、片腕で目を覆い、泣きながら部屋を飛び出していってしまった。
政秀が居なくなったと、静寂が二人の居る部屋に訪れる。
呆然と二人を見ていた信秀に、信長が政秀の出て行った方角を指さし、話しかける。
『オヤジ、爺をオレの傅役にしたのは失敗だったと思うぜ・・』
『・・・・、そうじゃな、お主の育て方も・・・人生とはままならんモノじゃな』
その日、信秀は平手政秀の大切さを、彼の大変さを身に染みる。
信秀達が留守の間、政秀は多忙を極めた。
焼き払われた古渡城の城下町、その住人達の仮住まいとなる場所を作り、それと同時に新しき城を作る準備、その金策をするのである。
余人をもって代えがたいと言われる信秀の懐刀政秀は、正に熟練の職人であった。
山積みにされた仕事を淡々と整理し、優先順位をつけ確実に処理していったのである。
政秀という男は、一所懸命の男であった。
書いて字の通り、任された場所【しごと】に命を懸けるのである。
責任感の強さ、それは彼の代名詞であった。
しかし、政秀は自分の仕事に誇りを持っている為、指図する側への文句(愚痴)も多い。
上司を選ぶ人材、言葉を変えれば上司によっては毛嫌いされるタイプの人間であった。
彼の幸運は、彼の主君信秀が彼の長所、短所をわきまえた上で彼の能力を使いこなしてくれたという一言に尽きる。
そんな政秀であるから、信秀、信長と3人きりになった途端、やはり始まってしまった。
『・・殿、信広様を安祥城の城主にするとはどういう事ですか?』
『織田家の家督を継がせるのは、若(信長)ではなく、信広様にするのですか!】
政秀は、主君の行った人事に真っ向から反対したのであった。
’『・・・何を言っておる、ワシは信広に今川への備えを任せたのみ、家督等と・・』
『殿は、考えが足りのうござる、此度の件、多くの者が信広様が次の主になるのではと・・』
『考えさせてしまう行為でござりまする』
『・・・たわけた事を、信広は側室の子、あ奴もそれは良く分かっておる・・』
『信広様はそうかもしれませぬが、信広様の周りの者が、期待を持ってしまったのでござる』
『・・平手よ、其方は考えすぎじゃ』
『三郎、信長が、美濃の斎藤家から嫁を貰う、それを見れば、ワシの後継者が信長であるという事は誰の目から見ても、明白では無いか・・・』
『・・・その斎藤家の後継者候補の筆頭は誰であるかは、殿も御存知のはず』
『・・・道三が嫡男、確か義龍とか申したな』
『義龍は、道三の正室の子ではござりませぬ、側室の子、信広様と一緒でございます』
『・・・美濃の国の状況と我らは違うではないか』
信広は、側近が食い下がるのを、少し面倒そうに、そう答えた。
『同じです。・・何が違うというのですか?』
もちろん、政秀も美濃の特殊な状況を知っている。
美濃の斎藤道三は、主君を追いやり、自ら国を奪った者である。
国を奪う過程で、道三は当時主君の土岐頼芸より、彼の側室深芳野を下賜された。
道三は、その時既に明智家から迎え入れた正妻がいたが、深芳野が産んだ子が、最初の男子であった為、彼を自分の家督を継がせる嫡男として育てたのである。
政秀は続ける。
『信長様が、家督を継ぐまで、イエ、家督を継いだ後の事を考えて、殿は物事を決めねばならぬのです』
『・・・・・』
信秀も、政秀の言葉に道理が有る為、言葉が止まる。
『爺、もう止めろよ、オヤジが困ってるぜ、此度の件と家督の件、一緒にする事じゃねぇだろ』
『・・・誰が家督を継ごうか、関係ねぇじゃねぇか、力のある者が上に立てば良いのさ』
横で、二人の様子を見ていた信長が、信秀に助け船を出す様にそう言った。
『ダマラッしゃいぃ!』
信長のその言葉は、政秀の堪忍袋を、いや、彼の堪忍袋の緒はそもそも切れていた。
緒が切れて、彼の腹より止めどもない量の怒りが、火薬の様に積もっていたのである。
信長の言葉は、その火薬に火をつける、火そのものであった。
『そもそも、誰の為に、ワシがこんなに苦労しているんじゃ!若のせいじゃ・・』
『若が、常日頃、しっかりしてないから、他の者が要らんことを考えるのじゃ』
政秀は、顔を真っ赤にさせ、吐き捨てる様に言った。
『・・・・誰も家督を継がせてくれとは、頼んでおらん』
信長は、政秀とは対称的な態度で、同じく吐き捨てるように言った。
それを聞いた政秀は、もう止まらない。
『ワシが頼まれたのじゃぁあ!殿に!・・・若の傅役を、織田家の跡取りの傅役ぅを!!』
『これで若が家督を継がなければぁ、ワシの十数年が無駄になるのじゃ、ワシが今迄どんなに苦労したかも分らんくクセにぃい・・許さんぞ、そんな事絶対に許さんぞ、ワシはぁあ・・●×△』
政秀の言葉の最後は、もう言葉では無かった。彼はそう言うと、片腕で目を覆い、泣きながら部屋を飛び出していってしまった。
政秀が居なくなったと、静寂が二人の居る部屋に訪れる。
呆然と二人を見ていた信秀に、信長が政秀の出て行った方角を指さし、話しかける。
『オヤジ、爺をオレの傅役にしたのは失敗だったと思うぜ・・』
『・・・・、そうじゃな、お主の育て方も・・・人生とはままならんモノじゃな』
その日、信秀は平手政秀の大切さを、彼の大変さを身に染みる。
0
あなたにおすすめの小説
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる