王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第7章 遅れてやっときた二人の新婚生活

11.心の内(うち)

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煕子は、斎雪の言いつけ通りに、隣の部屋からかけ布団を持ってくると、規則正しい寝息をたてている夫十兵衛の上に掛けた。

『煕子殿、今日は御二人の折角の水入らずの時間に、お邪魔して誠にスマヌ事をしましたな。』

『この通りじゃ、許して下され・・・』

煕子は、畏まった様子の声で話しかけられ、斎雪のいる方に注意を戻すと、其処には畳に頭をつけ謝罪している斎雪の姿があった。

『斎雪様、エッ、突然、何故、謝られるのですか?』

『私は、斎雪様と食事を一緒にできて、楽しい時間を頂き、感謝しておりますのに・・』

『いや、御二人が1年以上も離れ離れになっていたとは知らず、折角の夫婦水入らずの旅を邪魔してしまい・・ついつい、御二人の人の良さに甘えてしまいました』

『イエ、本音を言いますと、私としては斎雪様が居てくれて・・良かったのです・・』

『斎雪様、とにかく頭をあげて下さいませ』

煕子がそう言うと、斎雪はユックリと頭を挙げた。

『御足も崩して下さいませ・・』

『斎雪様がそのようにお座りですと、私はずっと緊張していなければなりませんので』

『いや、十兵衛殿が寝てしまったので、ワテはもう、自分の部屋に戻りまする』

斎雪は、そう言うと、先ず先に片足を曲げ、その膝小僧に片手を乗せ、勢いをつける様にその腕に重心を乗せた。

『もし、宜しければ!』

煕子は、斎雪の動作を制止する様な大きな声で、そう叫んだ。

『斎雪様、もうちょっとだけで宜しいので、私の話を聞いて下さりませんか??』

『今まで、誰にも話せなかった私の心の内を、誰かに聞いて欲しいのです・・・』

『ダメですか・・?』

そう言って、立ち上がろうとしていた斎雪の表情を伺うように、斎雪の目を見つめる。

『・・・こんな老いぼれで良ければ、お話を聞きましょう・・』

『何かお悩み事でも??十兵衛殿の事ですかな?』

『イエ、夫の問題ではなく、私の心の問題です・・・』

『水知らずのワシで宜しいのですか?』

再度確認する斎雪の一人称が、変わっている事に煕子は気づいたが、敢てそれは指摘せず、言葉を続ける。

『水知らずの、斎雪様だからこそ、聞いてもらえるのです・・』

『そういうモノですかな?』

『そういうモノです・・多分』と、最後に自身がない事を付け足す所が煕子の謙虚さをうかがわせた。

『これも、御仏が作ってくれた縁、いや、枕詞は必要ないな、煕子殿の頼みであれば、断れん・・』

斎雪は、そう言うと、起こしていた片足を戻し、そして足を崩し、その場で正座から胡坐にかえ、その場に座った。

『本当ですか、有難うございます!!』

斎雪が自分の願いを聞いてくれた事が分かり、煕子の声と表情はパッと明るくなる。

『それで、煕子殿の抱えている悩みは、何なのかな?』

『十兵衛殿が居ない間に、好きな男でも現れたのか?』

『そんなワケありません。私の夫は十兵衛様だけです!!』

咄嗟に、煕子の顔がヒキツリ、少し怒った様に斎雪を睨みつける。

『ガツハハ、煕子はんの人柄は分かってまんがな、一日二人を見ただけで分かりますがな。戯言でんがな・・』

『煕子はんは、怒った顔も可愛いなぁ』

『斎雪様ぐらいですわ、私のこの顔を可愛いと言って下さるのは・・・』

『この顔のキズ、キズのせいかもしれませんね、私の性格が変わってしまったのは・・』

煕子は、そう言うと自分の手でそっと顔の疱瘡の後を隠す様に触ったのである。

『斎雪様、私と十兵衛様は元々、従兄同士で、縁があって夫婦になれたのだけど・・・』

煕子は、少し悲しそうな表情をして、斎雪に自分と十兵衛が祝言を挙げる迄の思い出を語り出した。

それは、思い出という名前で語るには、悲しすぎる経験であった。

斎雪は、煕子が振り返る様に語る辛い思い出を、黙って聞いた。

女性にとって、疱瘡を患った事、その後の心情の変化を他者へ語る事は勇気のいる事だという事を分かった上で、彼女の辛い告白を聞いたのである。

二人の馴れ初めを知った斎雪は、噛みしめる様に感想を述べた。

『十兵衛はんも、煕子ハンも、よく乗り切ったなあ、絶対二人は良い夫婦になれる。良い家族が出来る、ワテが保証する。偉いなぁ二人共』

『私なんか、偉くありません。』

『一ヵ月前、十兵衛様が寝言で、私の知らない女の人の名前を言ったのです。もう、その日から、私は見た事もない、その女の人を、気になって、イエ、憎んでしまって』

『夫に、その人の事を聞きたくて、聞きたくて、だけど怖くて、聞けなくて・・』

『私、自信が無いんです。何時か、十兵衛様が私ではない女の方に心奪われ、その方の元へ行ってしまうのではないかと思うと・・私はその日が来ることを恐れているんです・・』

言葉の最後の方は、感情が溢れ、言葉を言い終えると煕子は泣き出してしまった。

『煕子ハン、貴方は本当に可愛いなあ、ワテはあんさんの様な娘が欲しかったなあ』

そう言うと、斎雪は優しく泣いている煕子に、涙を拭くように手ぬぐいを渡した。

手ぬぐいを煕子に渡した後、斎雪は優しく一回煕子の頭を撫でる。

『今まで、煕子ハンは、自分の弱音を人に言わず、一人頑張ってきたんやなぁ』

『偉い、アンタは偉い!!』

そう言うと、少し考える様に斎雪は天井を見上げた。

『そうや、煕子はん、ワテの昔話、聞いてくれはりますか??』

『煕子はんの参考になるか、わからんけど、ワテもな、若い頃、いや、今でも好きなひとがいてなぁ、ずっと片思いしてるんや』

『ワシ、坊さんやし、その人と祝言上げる事もできなくてな・・・仏はんには悪いけど、仏はんよりもその人が好きでな・・・、もしその人が今、ワテと祝言上げてくれるというなら、直ぐに坊さんを辞めるとおもいます、本気まじで・・多分そんな事絶対に相手は言わんけど・・』

ちょっと寂しそうに、斎雪は煕子に語り出したのであった。
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