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第6章 土岐家の名君

11.再開の誓い

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 「ゾフィー? ゾフィー!」
「え? あ、はい」
 はっと、我に帰る。

 フランツが、心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。
「どうしちゃったのさ。急にぼんやりしちゃって」
「あ……なんでもない」

 無理に、ゾフィーは微笑んでみせた。
 ほっとしたように、フランツも笑った。

「ねえ、フランツル。あの人が……?」
「ああ、グスタフ・ヴァーサ公だよ。僕は、彼の連隊で、訓練をさせてもらってるんだ。そういえば、彼は、君の親族だったね」
「ええ」

 これまで彼女は、軍務や軍人に、あまり興味を持たなかった。
 オーストリアに嫁いでから、従兄が軍にいると聞かされても、積極的に会おうとはしなかった。

 自分の上官について話せることが、嬉しかったのだろう。ここぞとばかり、フランツがまくしたてる。
「彼は、スウェーデンの人だよ。王太子だったんだ。でも、クーデターがあって……」

 グスタフ・ヴァーサは、スウェーデンの、廃太子だ。
 グスタフが10歳の時、クーデターが起きた。首謀者は、父の叔父だった。彼は、甥である先王ヴァーサの父を廃し、カール13世として、即位した。




 グスタフ・ヴァーサの立場は、父ナポレオンがフランスの帝位を追われたフランツと同じだ。

「スウェーデンの王太子に生まれながら、彼は、オーストリアに忠誠を誓った。彼は、素晴らしい将校だよ!」
 ほとんど跳ね上がらんばかりにして、フランツは言った。

 そうだ。フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの跡継ぎとして生まれ、かつ、本人の知らないところでほんの2週間ほど帝位についたとされるフランツもまた、オーストリアに絶対的な忠誠を誓っている。


「あの……、彼……ヴァーサ公には、……奥様はいらっしゃるのかしら」
ためらいがちに尋ねると、フランツは眉間に皺を寄せた。
「知らないの、ゾフィー。去年、オランダ王の娘との縁談があったんだけど、破談になっちゃったんだよ」

「破談?」
「そう。スウェーデンのカール14世が、横槍を入れてきたんだ。かつての王の息子ヴァーサ公とオランダの縁組みは、なにかと物騒だからね……」
 歯切れの悪い言い方だった。
「だから、今、ヴァーサ公は、失意の人なんだ」
「失意の人……」
その言葉が、ゾフィーの胸を刺した。
「うん。肖像画を見て、お互い、すっかり、その気になっていたようだよ! スウェーデン王もひどいことをするよね。……まあ、僕は、あんまり、あの人の悪口を言いたくないけど」


 今のスウェーデン王カール14世は、廃太子であるグスタフ・ヴァーサとは、何の繋がりもない人だった。
 クーデターで即位したカール13世は、高齢だった。彼は、跡継ぎを残さずに亡くなった。だが、王位は、ヴァーサの元には戻って来なかった。
 新たにスウェーデン王カール14世となったのは、フランスの軍人だった。ジャン=バチスト・べルナドットは、スウェーデン側に乞われて王太子となり、やがて王位を継いだ。

 フランスとの戦いに於いて、彼は、ナポレオンを裏切った……。




 さっぱりとした顔を、フランツは上げた。
「彼には、王位なんか必要ない! だって、ヴァーサ公は、素晴らしい軍人だもの。勇敢で高潔な、オーストリアの将校なんだ。あの人の下で実務を学べて、僕は本当に幸せラッキーだと思う」

 晴れやかな表情だった。
 白い肌に、赤く上気した頬。癖のある金色の髪。
 ゾフィーが初めて会った時の13歳の顔が、美しい18歳のプリンスの向こうに二重写しになって見えた。

 「さてと。ゾフィー、君の部屋へ行こうか。軍の話の続きなら、まだまだたくさんあるんだ……」
 軍での新しい経験を話すのが、楽しくてたまらないようだ。

 軽くゾフィーは、フランツを睨む真似をした。
「ダメよ、フランツル。あなた、明日は早いのね? そういうことは、ちゃんと言わなくちゃ」
「大丈夫だよ。少しくらい、寝なくても。人間は、3時間寝れば、十分なんだ!」
「だめだめ、特に若い人は! 脳が育たないわよ」
「やだな、ゾフィー。まるで、ディートリヒシュタイン先生みたいなこと、言ってる」

「貴方の奥様によろしくね!」
笑いながらゾフィーは言った。

 「貴方の奥様」というのは、二人でいる時の、ディートリヒシュタイン先生の呼び名だ。フランツは、「心配性の老婦人」と呼ぶこともある。

「ヴァーサ公もおっしゃってたじゃない。遅刻はだめよ。今夜は、早くお休みなさい」
「えーーー」
フランツは不服そうだった。
 しかし、彼にとって、上官の言うことは、絶対だ。憧れの将校なら、なおのこと。

 フランツは跪いて、ゾフィーの手に、おやすみのキスをした。
 素直に、自分の部屋へ戻っていった。







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