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第十二話「ほころぶ口元を隠しきれない」
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夜になって仕事から帰ってきた家永に、足と手首に包帯を巻いてあることについて、酷く驚かれた。
が、あかりは既に夕飯を作り出しており、ポトフを既に調理しだしている。いつものように微笑み、
「心配してくださって、ありがとうございます」
そうやってお礼を言うと、料理を続ける。思わず、夕飯づくりを交代すると言った家永はため息をつく。
(意外とこいつ、誰かに尽くすことに関しては、頑固なんだよな。)
じゃあ手伝う。腕をまくって手を洗いだし、そう告げると。あかりはそれでも大丈夫だと言うが、年上の言うことは大人しく聞け・と、ジト目で言われると、あかりはちいさく引きつり笑いをして、わかりましたと頷いた。「ありがとうございます。じゃあ」
「お手伝い、お願いします。ムニエルにする、サーモンに小麦粉をまぶしてください。塩とコショウは、もう振りかけてあるので」
「りょーかい」
よく手を洗って拭くと、出してあったサーモンを皿に乗せて小麦粉をまぶし、なじませだす。あかりはというと、穏やかな表情でポトフをコトコトと煮込んでいたが、その横顔を横目で見た家永は、すこしだけホッとする。
(少しはこの生活に、慣れてきてんのかな。)
最初に心配していたほど泣いている様子もないが、先日母のことを呼んでいたことは気にかかっていた。まだまだ、ケアが必要なのだろうとも思う。だが、深理という変わり者であるが、そんな友人だって出来て、それは幸いだと本当に感じた。名渕や兼本といった、一応頼れる存在だって居る。
このまま、少しずつあかりの心の中の さざ波がおさまって。穏やかな生活が、繰り広げられてゆけばいい。心底、願わずにはいられない。
「できたぞ」
「はい。じゃあ、アルミをフライパンに敷いて、お魚の皮が下になるように置いて……。そうです。冷蔵庫に切ったバターがあるので、それを乗せて中火でタイマーが鳴るまで待ってください」
「オッケー」
冷蔵庫からバターを出し、ラップをはがしてサーモンの上へ、一欠け乗せる。アルミホイルで包み、火を点けて少し待っているとバターの とろけるような、良い匂いが漂ってきた。ぐう、と家永はお腹を鳴らす。
「あー。腹減ったぁ。そっちも美味そうだな」
「はい。初雪で寒い日ですから、温かい物をと。味見、しますか?」
「する」
即答すると、あかりはちょっとだけ吹き出して笑った。少しまってくださいね。──火を消し、小皿にポトフをよそう。息を少し吹きかけてさますと、何気なく見ていた家永は、その唇にどきりとした。
花びらのような形の良くやさしい色だ。リップケアも最近は惜しんでいないようで、潤い、とても柔らかそうに見える。そちらばかり見ていたが、あかりは顔をあげて「どうぞ」と小皿を差し出す。
ただ一心に見詰めてくれる、レトロな眼鏡のその奥の瞳。それに吸い込まれそう・なんて感じさせて、胸を高鳴らせる。
家永は、ぼうっとしていたが、自分の頬を軽く叩いたあとにポトフを受け取る。「サンキュ」。あかりはというと、不思議そうにしていた。
──野菜と、ごく普通のベーコンを切って煮ただけだ。けれど、とろとろした具材が、身体と心によく染み込む。野菜の旨みが、肉の生臭さをすっかり消しつつ、柔らかな優しい味を生み出していて、とても、とても。
おいしい。……
「……すげぇ。あったまる。うめぇ。お前、ほんと良い嫁さんになるよ」
「! ……」
少し目を見開いたあかりは、驚いて。やや赤くなる。おろおろと目を泳がせ、口を魚のようにぱくぱくとさせたあとに、言葉を選んでいた。何か悪いこと言ったか、と家永は妙に思ったが、彼女は視線を落とした後に、エプロンの裾を指先でつまみつつ、こくりと頷く。
「あ、……ありがとうございます」
「うれしい、です」
「ああ」
「でも、……多分……」
「なんだよ」
あかりは、俯くと同時に、動揺で目を何度も、ぱちぱちさせていた。長く黒々とした睫毛が、幾度も動く。見下ろしていた家永は言葉を待ったが、顔をあげて口を開く。
「お仕事から帰って、疲れていらっしゃるのに、
お料理を手伝ってくださる、家永さんのほうが、……その……。
ずっと、ずっと、素敵な旦那さんになると思い、ます……。」
りんごのように赤い頬と、顔。少し潤んだ瞳に映る家永は惚けていたが、献身的に尽くして微笑みかけているあかりの笑顔に、思わず口元を押さえて視線を外した。
──けれど、この気持ちの芽生え方に、否定をしたくはない。
「お。おう。あ、あの」
「……はい」
「ありがと、な。……ああ、俺は……」
「良い男、だからな!」
お前が良い女になることも、わかるんだよ。そう言って、あかりの下ろしていた長い黒髪を撫で、イタズラに笑いながら照れ隠しに少しかきまぜる。
けれどあかりは嫌がることもなく、世界中の幸せを掻き集めたような、そんな嬉しげな表情で微笑み頷いていた。
ポトフの野菜が蕩けたコンソメの香り、蒸らしているサーモンのバターの匂い。たっぷり幸せで温かいものたちが、寒さなんて知らないと言いたげな笑顔の2人を包み、再び降りだした表の雪を溶かしてしまいそうだ。
──“その感情”に恋しているその現状は、お互い自分に秘めた甘酸っぱい〝想い〟だけ。……
が、あかりは既に夕飯を作り出しており、ポトフを既に調理しだしている。いつものように微笑み、
「心配してくださって、ありがとうございます」
そうやってお礼を言うと、料理を続ける。思わず、夕飯づくりを交代すると言った家永はため息をつく。
(意外とこいつ、誰かに尽くすことに関しては、頑固なんだよな。)
じゃあ手伝う。腕をまくって手を洗いだし、そう告げると。あかりはそれでも大丈夫だと言うが、年上の言うことは大人しく聞け・と、ジト目で言われると、あかりはちいさく引きつり笑いをして、わかりましたと頷いた。「ありがとうございます。じゃあ」
「お手伝い、お願いします。ムニエルにする、サーモンに小麦粉をまぶしてください。塩とコショウは、もう振りかけてあるので」
「りょーかい」
よく手を洗って拭くと、出してあったサーモンを皿に乗せて小麦粉をまぶし、なじませだす。あかりはというと、穏やかな表情でポトフをコトコトと煮込んでいたが、その横顔を横目で見た家永は、すこしだけホッとする。
(少しはこの生活に、慣れてきてんのかな。)
最初に心配していたほど泣いている様子もないが、先日母のことを呼んでいたことは気にかかっていた。まだまだ、ケアが必要なのだろうとも思う。だが、深理という変わり者であるが、そんな友人だって出来て、それは幸いだと本当に感じた。名渕や兼本といった、一応頼れる存在だって居る。
このまま、少しずつあかりの心の中の さざ波がおさまって。穏やかな生活が、繰り広げられてゆけばいい。心底、願わずにはいられない。
「できたぞ」
「はい。じゃあ、アルミをフライパンに敷いて、お魚の皮が下になるように置いて……。そうです。冷蔵庫に切ったバターがあるので、それを乗せて中火でタイマーが鳴るまで待ってください」
「オッケー」
冷蔵庫からバターを出し、ラップをはがしてサーモンの上へ、一欠け乗せる。アルミホイルで包み、火を点けて少し待っているとバターの とろけるような、良い匂いが漂ってきた。ぐう、と家永はお腹を鳴らす。
「あー。腹減ったぁ。そっちも美味そうだな」
「はい。初雪で寒い日ですから、温かい物をと。味見、しますか?」
「する」
即答すると、あかりはちょっとだけ吹き出して笑った。少しまってくださいね。──火を消し、小皿にポトフをよそう。息を少し吹きかけてさますと、何気なく見ていた家永は、その唇にどきりとした。
花びらのような形の良くやさしい色だ。リップケアも最近は惜しんでいないようで、潤い、とても柔らかそうに見える。そちらばかり見ていたが、あかりは顔をあげて「どうぞ」と小皿を差し出す。
ただ一心に見詰めてくれる、レトロな眼鏡のその奥の瞳。それに吸い込まれそう・なんて感じさせて、胸を高鳴らせる。
家永は、ぼうっとしていたが、自分の頬を軽く叩いたあとにポトフを受け取る。「サンキュ」。あかりはというと、不思議そうにしていた。
──野菜と、ごく普通のベーコンを切って煮ただけだ。けれど、とろとろした具材が、身体と心によく染み込む。野菜の旨みが、肉の生臭さをすっかり消しつつ、柔らかな優しい味を生み出していて、とても、とても。
おいしい。……
「……すげぇ。あったまる。うめぇ。お前、ほんと良い嫁さんになるよ」
「! ……」
少し目を見開いたあかりは、驚いて。やや赤くなる。おろおろと目を泳がせ、口を魚のようにぱくぱくとさせたあとに、言葉を選んでいた。何か悪いこと言ったか、と家永は妙に思ったが、彼女は視線を落とした後に、エプロンの裾を指先でつまみつつ、こくりと頷く。
「あ、……ありがとうございます」
「うれしい、です」
「ああ」
「でも、……多分……」
「なんだよ」
あかりは、俯くと同時に、動揺で目を何度も、ぱちぱちさせていた。長く黒々とした睫毛が、幾度も動く。見下ろしていた家永は言葉を待ったが、顔をあげて口を開く。
「お仕事から帰って、疲れていらっしゃるのに、
お料理を手伝ってくださる、家永さんのほうが、……その……。
ずっと、ずっと、素敵な旦那さんになると思い、ます……。」
りんごのように赤い頬と、顔。少し潤んだ瞳に映る家永は惚けていたが、献身的に尽くして微笑みかけているあかりの笑顔に、思わず口元を押さえて視線を外した。
──けれど、この気持ちの芽生え方に、否定をしたくはない。
「お。おう。あ、あの」
「……はい」
「ありがと、な。……ああ、俺は……」
「良い男、だからな!」
お前が良い女になることも、わかるんだよ。そう言って、あかりの下ろしていた長い黒髪を撫で、イタズラに笑いながら照れ隠しに少しかきまぜる。
けれどあかりは嫌がることもなく、世界中の幸せを掻き集めたような、そんな嬉しげな表情で微笑み頷いていた。
ポトフの野菜が蕩けたコンソメの香り、蒸らしているサーモンのバターの匂い。たっぷり幸せで温かいものたちが、寒さなんて知らないと言いたげな笑顔の2人を包み、再び降りだした表の雪を溶かしてしまいそうだ。
──“その感情”に恋しているその現状は、お互い自分に秘めた甘酸っぱい〝想い〟だけ。……
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