磨彼ふしぎ

しばとまと

文字の大きさ
上 下
10 / 14

第十話「うんとたくさんの」

しおりを挟む
 朝。あかりは学校に着いて直ぐ、雪に降られた。

 学校に向かう時から、鉛を張ったような曇り空であったが、天気予報は見事に的中。昇降口に入ってすぐ、表の生徒たちがざわつき出したので、振り返れば雪白たちが、ひらひら・ひらり──と舞い降りはじめていた。

 授業中もずっと降りっぱなし。校庭での体育は中止され、空いていた体育館でバレーボールをやっていたが、その間もやむことはなかった。


「深理ちゃん、雪すごいね」
「うん、見ればわかる」


 深理には夕飯の買い物にも付き合ってもらい、帰り道の住宅街を歩く。放課後の今、雪は やんでしまったものの、一日にして辺りが雪景色となったその世界は、夕日が町の雪を照らして、桃色へと変貌を遂げた、温かなものとなっていた。枝の梢に咲く白は、まるで一足早く花開き出した、寒梅のようである。

 一方で、道路は車や人が行き交い、踏まれた雪でぐしゃぐしゃ。ぐずついていた。滑りやすいローファーで転ばないようにと、出来る限り気を付けて商店街まで歩き、夕飯の材料を買う。深理に半分を持つと言われ、お言葉に甘えて半分ずつで、買い物袋を持ち同じマンションへ歩く。

 が、滅多に降らない雪の景色に喜び、気分が高揚していたあかりは。


「あ!」
「えっ」

 どしゃ。


「痛っ!」見事にすっ転び、あかりは雪のなかへ尻餅をついてしまった。

 右足がグキリと音をたてた。

(き、きこえた、グキって……!)

 本当に聞こえたと思い込むほど、動転しているあかりは、痛い、立てない──そうとまで思う。けれど。呆れてジーッと見ている深理に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い、少しずつ、立ち上がる。
 立てない、ということは大げさで、なんとか立ち上がることはできた。立てるということは、折れてもいないだろう。しかし、右足首は、じんじんと熱く痛みを持っている。


「大丈夫、じゃなさそうだね」
「……捻っちゃった……」
「雪なんかで、舞い上がってよそ見するから。ほら、肩貸す。寄りかかっていいよ」
「で、でも」「文句言わない」


 怪我人は黙って言うこと聞いてろ。深理はあかりのもっていた分の荷物を、少々荒っぽく攫い、それから彼女の脇に自分の肩を入れ、凭れかからせる。
「ほんと、めんどーなんだから」
 そんなことを言うも、見捨てないところが深理らしいとは思うが、あかりは申し訳なさと、恥ずかしさで、本当に。いっぱいいっぱいだった。


「深理ちゃんに、迷惑でしょ、本当に、本当に、大丈夫だから……!」


 あかりの泣き虫癖で、咄嗟の恥ずかしさに目を潤ませて遠慮しようとする。
 が。深理はというと、ジト目で自分を見てきたあと。


「ほんとうに、ダイジョーブなんだ?」「い゛っ」


 こつん、と右足をつま先で小突かれると、痛みが走った。ほら駄目じゃん、と深理は息をつく。それから、深理は。「あのね、あかり」この際だから言うけど。と、声を掛ける。いきなりの発言に、ビクついたが、深理は。彼女は、穏やかな面持ちで、前を見据えて目を合わせず、口を開く。



「人間ってーのはね、
 生きてるだけで迷惑かけてるもんなんだよ。

 てか、迷惑かけないで生きてくって言っちゃうほうが、
 それこそ〝甘え〟だと思うよ。私はね。

 迷惑かけて・かけられて、うまい具合に支え合ってやってくのが。
 人間カンケーってものなんだよって。よく、言われてる。」



「兼本にねー。」と、深理は続ける。
 あかりはというと、〝気づき〟に遭遇したような感覚で、いつのまにか言葉を失くし、聴いていた。


「私は年頃だし、兼本は兼本で構いたがりの従兄だから、色々かみ合わなくてさ。つっぱねることばっかだけど……そういう、なんてーのかな、真髄みたいなことを、言うアイツは、すごいなってちょっと、マジで思ってる。」


「アイツは、高校時代の部活で仲間や顧問に言われて教わったって言ってたけどね。」ああみえて兼本、学生時代は人の目結構気にしてたから。


「今はコミュ力の化身だけど。歳を重ねるとか、成長って、すごいよね。」


 ──くすりと軽快に笑い、深理は無意識に、従兄を誇るような表情で、ちいさく夕焼けに向かい、はにかんで言った。


「……そっか、うん、すごい。すごくしっくりくる、言葉だよ」


 迷惑をかけることは、悪いことじゃない。
 迷惑をかけないように、人の目を気にしてばかりは、疲れてしまう。

 そもそも、迷惑なんて言葉そのものが、
 上手い表現じゃない気さえ、あかりには、してきた。


「ありがとう、深理ちゃん。迷惑とか、ごめんじゃなくて、ありがとう。だね」
「そーいうこと。甘えられるときは甘えときゃいーんだよ、アンタへたくそだし、そういうの」
「ふふ。ありがと。でも、深理ちゃんの従兄さんだね、やっぱり。なんだかかっこいい。やっぱり、深理ちゃんの見込んだ人だね」
「いや。私にとって尊敬とか、そーいうのとは一切無縁だから、あれは」


 少し気恥ずかしそうに言い捨てると、「とりあえず、名渕医院行くぞ」と、そっと深理は歩き出す。


「え? いや、病院までは、そんな。大丈夫だよ」
「ダメ、行く」


 明日カットしてもらうんでしょ。マイペースではあるが、熱心にあかりを庇いつつ、深理は歩く。


「足、悪化させて歩けなくて、サロンまで行けなかったらどうすんの? 家永さんにボコされるよ」
「う……」


 だから黙ってついてきなさい、と深理は正論で説き伏せて、それから黙々と歩く。あかりは返す言葉をなくして赤くなり、本当にありがとう。と、お礼を心から言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

最愛の彼

詩織
恋愛
部長の愛人がバレてた。 彼の言うとおりに従ってるうちに私の中で気持ちが揺れ動く

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...