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第十話「うんとたくさんの」
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朝。あかりは学校に着いて直ぐ、雪に降られた。
学校に向かう時から、鉛を張ったような曇り空であったが、天気予報は見事に的中。昇降口に入ってすぐ、表の生徒たちがざわつき出したので、振り返れば雪白たちが、ひらひら・ひらり──と舞い降りはじめていた。
授業中もずっと降りっぱなし。校庭での体育は中止され、空いていた体育館でバレーボールをやっていたが、その間もやむことはなかった。
「深理ちゃん、雪すごいね」
「うん、見ればわかる」
深理には夕飯の買い物にも付き合ってもらい、帰り道の住宅街を歩く。放課後の今、雪は やんでしまったものの、一日にして辺りが雪景色となったその世界は、夕日が町の雪を照らして、桃色へと変貌を遂げた、温かなものとなっていた。枝の梢に咲く白は、まるで一足早く花開き出した、寒梅のようである。
一方で、道路は車や人が行き交い、踏まれた雪でぐしゃぐしゃ。ぐずついていた。滑りやすいローファーで転ばないようにと、出来る限り気を付けて商店街まで歩き、夕飯の材料を買う。深理に半分を持つと言われ、お言葉に甘えて半分ずつで、買い物袋を持ち同じマンションへ歩く。
が、滅多に降らない雪の景色に喜び、気分が高揚していたあかりは。
「あ!」
「えっ」
どしゃ。
「痛っ!」見事にすっ転び、あかりは雪のなかへ尻餅をついてしまった。
右足がグキリと音をたてた。
(き、きこえた、グキって……!)
本当に聞こえたと思い込むほど、動転しているあかりは、痛い、立てない──そうとまで思う。けれど。呆れてジーッと見ている深理に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い、少しずつ、立ち上がる。
立てない、ということは大げさで、なんとか立ち上がることはできた。立てるということは、折れてもいないだろう。しかし、右足首は、じんじんと熱く痛みを持っている。
「大丈夫、じゃなさそうだね」
「……捻っちゃった……」
「雪なんかで、舞い上がってよそ見するから。ほら、肩貸す。寄りかかっていいよ」
「で、でも」「文句言わない」
怪我人は黙って言うこと聞いてろ。深理はあかりのもっていた分の荷物を、少々荒っぽく攫い、それから彼女の脇に自分の肩を入れ、凭れかからせる。
「ほんと、めんどーなんだから」
そんなことを言うも、見捨てないところが深理らしいとは思うが、あかりは申し訳なさと、恥ずかしさで、本当に。いっぱいいっぱいだった。
「深理ちゃんに、迷惑でしょ、本当に、本当に、大丈夫だから……!」
あかりの泣き虫癖で、咄嗟の恥ずかしさに目を潤ませて遠慮しようとする。
が。深理はというと、ジト目で自分を見てきたあと。
「ほんとうに、ダイジョーブなんだ?」「い゛っ」
こつん、と右足をつま先で小突かれると、痛みが走った。ほら駄目じゃん、と深理は息をつく。それから、深理は。「あのね、あかり」この際だから言うけど。と、声を掛ける。いきなりの発言に、ビクついたが、深理は。彼女は、穏やかな面持ちで、前を見据えて目を合わせず、口を開く。
「人間ってーのはね、
生きてるだけで迷惑かけてるもんなんだよ。
てか、迷惑かけないで生きてくって言っちゃうほうが、
それこそ〝甘え〟だと思うよ。私はね。
迷惑かけて・かけられて、うまい具合に支え合ってやってくのが。
人間カンケーってものなんだよって。よく、言われてる。」
「兼本にねー。」と、深理は続ける。
あかりはというと、〝気づき〟に遭遇したような感覚で、いつのまにか言葉を失くし、聴いていた。
「私は年頃だし、兼本は兼本で構いたがりの従兄だから、色々かみ合わなくてさ。つっぱねることばっかだけど……そういう、なんてーのかな、真髄みたいなことを、言うアイツは、すごいなってちょっと、マジで思ってる。」
「アイツは、高校時代の部活で仲間や顧問に言われて教わったって言ってたけどね。」ああみえて兼本、学生時代は人の目結構気にしてたから。
「今はコミュ力の化身だけど。歳を重ねるとか、成長って、すごいよね。」
──くすりと軽快に笑い、深理は無意識に、従兄を誇るような表情で、ちいさく夕焼けに向かい、はにかんで言った。
「……そっか、うん、すごい。すごくしっくりくる、言葉だよ」
迷惑をかけることは、悪いことじゃない。
迷惑をかけないように、人の目を気にしてばかりは、疲れてしまう。
そもそも、迷惑なんて言葉そのものが、
上手い表現じゃない気さえ、あかりには、してきた。
「ありがとう、深理ちゃん。迷惑とか、ごめんじゃなくて、ありがとう。だね」
「そーいうこと。甘えられるときは甘えときゃいーんだよ、アンタへたくそだし、そういうの」
「ふふ。ありがと。でも、深理ちゃんの従兄さんだね、やっぱり。なんだかかっこいい。やっぱり、深理ちゃんの見込んだ人だね」
「いや。私にとって尊敬とか、そーいうのとは一切無縁だから、あれは」
少し気恥ずかしそうに言い捨てると、「とりあえず、名渕医院行くぞ」と、そっと深理は歩き出す。
「え? いや、病院までは、そんな。大丈夫だよ」
「ダメ、行く」
明日カットしてもらうんでしょ。マイペースではあるが、熱心にあかりを庇いつつ、深理は歩く。
「足、悪化させて歩けなくて、サロンまで行けなかったらどうすんの? 家永さんにボコされるよ」
「う……」
だから黙ってついてきなさい、と深理は正論で説き伏せて、それから黙々と歩く。あかりは返す言葉をなくして赤くなり、本当にありがとう。と、お礼を心から言った。
学校に向かう時から、鉛を張ったような曇り空であったが、天気予報は見事に的中。昇降口に入ってすぐ、表の生徒たちがざわつき出したので、振り返れば雪白たちが、ひらひら・ひらり──と舞い降りはじめていた。
授業中もずっと降りっぱなし。校庭での体育は中止され、空いていた体育館でバレーボールをやっていたが、その間もやむことはなかった。
「深理ちゃん、雪すごいね」
「うん、見ればわかる」
深理には夕飯の買い物にも付き合ってもらい、帰り道の住宅街を歩く。放課後の今、雪は やんでしまったものの、一日にして辺りが雪景色となったその世界は、夕日が町の雪を照らして、桃色へと変貌を遂げた、温かなものとなっていた。枝の梢に咲く白は、まるで一足早く花開き出した、寒梅のようである。
一方で、道路は車や人が行き交い、踏まれた雪でぐしゃぐしゃ。ぐずついていた。滑りやすいローファーで転ばないようにと、出来る限り気を付けて商店街まで歩き、夕飯の材料を買う。深理に半分を持つと言われ、お言葉に甘えて半分ずつで、買い物袋を持ち同じマンションへ歩く。
が、滅多に降らない雪の景色に喜び、気分が高揚していたあかりは。
「あ!」
「えっ」
どしゃ。
「痛っ!」見事にすっ転び、あかりは雪のなかへ尻餅をついてしまった。
右足がグキリと音をたてた。
(き、きこえた、グキって……!)
本当に聞こえたと思い込むほど、動転しているあかりは、痛い、立てない──そうとまで思う。けれど。呆れてジーッと見ている深理に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い、少しずつ、立ち上がる。
立てない、ということは大げさで、なんとか立ち上がることはできた。立てるということは、折れてもいないだろう。しかし、右足首は、じんじんと熱く痛みを持っている。
「大丈夫、じゃなさそうだね」
「……捻っちゃった……」
「雪なんかで、舞い上がってよそ見するから。ほら、肩貸す。寄りかかっていいよ」
「で、でも」「文句言わない」
怪我人は黙って言うこと聞いてろ。深理はあかりのもっていた分の荷物を、少々荒っぽく攫い、それから彼女の脇に自分の肩を入れ、凭れかからせる。
「ほんと、めんどーなんだから」
そんなことを言うも、見捨てないところが深理らしいとは思うが、あかりは申し訳なさと、恥ずかしさで、本当に。いっぱいいっぱいだった。
「深理ちゃんに、迷惑でしょ、本当に、本当に、大丈夫だから……!」
あかりの泣き虫癖で、咄嗟の恥ずかしさに目を潤ませて遠慮しようとする。
が。深理はというと、ジト目で自分を見てきたあと。
「ほんとうに、ダイジョーブなんだ?」「い゛っ」
こつん、と右足をつま先で小突かれると、痛みが走った。ほら駄目じゃん、と深理は息をつく。それから、深理は。「あのね、あかり」この際だから言うけど。と、声を掛ける。いきなりの発言に、ビクついたが、深理は。彼女は、穏やかな面持ちで、前を見据えて目を合わせず、口を開く。
「人間ってーのはね、
生きてるだけで迷惑かけてるもんなんだよ。
てか、迷惑かけないで生きてくって言っちゃうほうが、
それこそ〝甘え〟だと思うよ。私はね。
迷惑かけて・かけられて、うまい具合に支え合ってやってくのが。
人間カンケーってものなんだよって。よく、言われてる。」
「兼本にねー。」と、深理は続ける。
あかりはというと、〝気づき〟に遭遇したような感覚で、いつのまにか言葉を失くし、聴いていた。
「私は年頃だし、兼本は兼本で構いたがりの従兄だから、色々かみ合わなくてさ。つっぱねることばっかだけど……そういう、なんてーのかな、真髄みたいなことを、言うアイツは、すごいなってちょっと、マジで思ってる。」
「アイツは、高校時代の部活で仲間や顧問に言われて教わったって言ってたけどね。」ああみえて兼本、学生時代は人の目結構気にしてたから。
「今はコミュ力の化身だけど。歳を重ねるとか、成長って、すごいよね。」
──くすりと軽快に笑い、深理は無意識に、従兄を誇るような表情で、ちいさく夕焼けに向かい、はにかんで言った。
「……そっか、うん、すごい。すごくしっくりくる、言葉だよ」
迷惑をかけることは、悪いことじゃない。
迷惑をかけないように、人の目を気にしてばかりは、疲れてしまう。
そもそも、迷惑なんて言葉そのものが、
上手い表現じゃない気さえ、あかりには、してきた。
「ありがとう、深理ちゃん。迷惑とか、ごめんじゃなくて、ありがとう。だね」
「そーいうこと。甘えられるときは甘えときゃいーんだよ、アンタへたくそだし、そういうの」
「ふふ。ありがと。でも、深理ちゃんの従兄さんだね、やっぱり。なんだかかっこいい。やっぱり、深理ちゃんの見込んだ人だね」
「いや。私にとって尊敬とか、そーいうのとは一切無縁だから、あれは」
少し気恥ずかしそうに言い捨てると、「とりあえず、名渕医院行くぞ」と、そっと深理は歩き出す。
「え? いや、病院までは、そんな。大丈夫だよ」
「ダメ、行く」
明日カットしてもらうんでしょ。マイペースではあるが、熱心にあかりを庇いつつ、深理は歩く。
「足、悪化させて歩けなくて、サロンまで行けなかったらどうすんの? 家永さんにボコされるよ」
「う……」
だから黙ってついてきなさい、と深理は正論で説き伏せて、それから黙々と歩く。あかりは返す言葉をなくして赤くなり、本当にありがとう。と、お礼を心から言った。
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