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一章・・・宵の森

エンカウント

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 食事を終え、デザートとしてボムベリーをほおばる。
親指くらいの大きさで、ポイと口に放り込めば、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに弾ける。シュワシュワと炭酸のように弾けることが、その名の由来だ。

(小屋が壊れる原因の一端になったやつだけど、やっぱり美味しいな・・・加熱は出来ないけど砂糖や蜂蜜でつけたりすると炭酸みたいなシュワシュワは抜けるし、色々やりようはあるんだよな。)

これだけ美味しくても、爆発力はシャレにならないほど強い。山火事が起きた時、ボムベリーの群生地あると山が消し飛ぶとすら言われているほどだ。なので世間では“食べられるダイナマイト”などと呼ばれている。
宵の森はツクヨミの直接の守護下にあるため、そういった災害が起こることは(紅月などの特別な例を除けば)ない。

(ん?紅月さんはボムベリーの爆発を直で食らったんだよな・・・?)

ふと紅月を見ると、すやすやと寝ている。

「いや呑気だな?」

この湖を一番怪しんでいたのは紅月なはずなのだが・・・。

(無傷だし、痛めてるとことなさそうだし・・・
魔力の流れ方からしても完全に寝てるなぁ・・・)

改めてマジマジと紅月の顔を見る。
作り物のような整った顔は、目を閉じていると生きているのか疑ってしまうような、神が丹精込めて作った人形だと言われた方がしっくりくるような・・・

「ほんと、綺麗だよなぁ・・・」


「そうね、美の女神ですら恥じらう・・・そんな美しさだわ。」


聞きなれない声に体が強ばる。

(なんだ・・・?全く気配がしなかった・・・)

恐る恐る振り向けば、青い髪の女が湖のほとりに佇んでいる。結構離れているはずなのに、声がはっきりと聞こえた。

(敵意は感じない・・・でも、なんだろう)








あの女が、酷く恐ろしい。







背筋を冷たいものが伝う。この世界に来てからは味わったことのない、存在自体への恐怖。

(同じだ・・・“あの時”と!存在感が、あの鬼と似てるんだ。
“あの時”と違って悪意は感じないけど・・・)

目を離さないようにしながら紅月の近くに移動する。
紅月はまだ、眠っている。

(ちっとも起きない・・・いくらなんでも呑気すぎやしないか?

それともあの女・・・なにかしたのか?)

「ああ坊や、そんな恐ろしい顔をしないで。そこの鬼には用はないの。



・・・坊や、お前に会いたかった。」

突如として伸びてきた水の触手に反応できずにさらわれ、湖に引きずり込まれる。

「ガボッ・・・!?(しまっ、息が・・・!)」

咄嗟に息を止める。
グイグイと湖の底に引っ張られていく。
もがいても、その束縛から逃れることが出来ない。

(このままだと息が持たない・・・!)

体に魔力を纏わせ、魔力の巡りを速くする。
紅月との鬼ごっこで身についた、身体能力を底上げする方法だ。

(これでっ・・・!)

触手の束縛を無理矢理振り切り、逃れる。
しかし、女の手がパッ、と新月の腕を掴む。強い力で掴むその指先は冷たく、肌が粟立った。

「怖がらなくていいのよ坊や。ここは水の中・・・水との親和を持つお前なら、決して水がお前を苦しめることは無いの。」

(!?水の中なのに声が・・・?!)

女を見やっても既に水面からの光は遠く、表情は分からない。

(まずい・・・もう、息が・・・!)



「怖がらないで・・・ほら。」

女の指先が頬に触れる。
ひやりと冷たいが、優しく触れる指先に害意はなく、大切なものに触れるように頬を撫ぜていく。強く掴んでしまった腕を、後悔するかのように優しくさする。

(この手を、俺は、よく知っている。
子を慈しむ母の手だ・・・。

安心する・・・。)

強ばっていた身体が、少しづつほぐれていく。
水が歓迎してくれていると、何故か思った。

(自然たちにも意思があるのだから、湖にだって意思があってもおかしくないか・・・)




「あれ、息ができる・・・?」

力が抜け、普通に息をしている。

「よかった、坊や・・・もう苦しくないわね?」

ふわりと微笑む女を改めて見て、思わず息を飲む。
水色の豊かな髪はふわりと水に揺れ、うっすらと差し込む光に煌めき、マリンブルーの瞳は慈しむように新月を見ている。しなやかなその肢体を包むギリシア神話の女神のような服は、絹のように美しい。

「お前は“水との親和”というスキルを持っていたね?そのスキルがあれば、全ての水を操れ、全ての水による苦を無くしてくれる。」

女は満足気に微笑む。

(水を操る・・・?いや、今はそんなことより)
「あなたは・・・誰ですか。なぜ、俺のスキルのことを?」

敵ではない。それだけは分かる。

(少なくとも、俺を害する意思はない。) 

「私は・・・」

女は言い淀む。

(なにか言えない理由でもあるのか・・・?)



刹那、女に強く手を引かれる。
咄嗟に抵抗できず、勢いよく女の腕の中に引き込まれた。

「ちょ、いきなり何を・・・」

ジュ…

「いっ・・・!?」

ナニカ・・・が新月の足首を掠める。

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!)

焼けるような痛みが足首に走る。

(こんなの知らない・・・!
なんだこれなんだこれなんなんだ)

経験したことの無い痛みが新月を襲う。

(アツイアツイアツイアツイ・・・)

苦痛が、熱が、どんどん広がり、体を飲み込んでいく。

(痛い・・・苦しい・・・熱い・・・嫌だ・・・死にたくない・・・)



『おいで・・・楽にしてあげよう。』

底の方から声が聞こえる。闇の中から誘う声が聞こえる。
頭の奥で、警鐘が鳴る。

(このまま引っ張られてはまずい気がする・・・


でも、この痛みが、くるしさが、マシになるなら・・・)

苦しみが、痛みが、新月の理性を鈍らせる。


深淵に手を、伸ばした。







「坊や!そっちへ行ってはならない!」

グイッと強く抱き寄せられる。
女がなにか唱えた。

(離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ
なにをしたいのかは知らないが邪魔だ)



攻撃魔法で女の体を貫こうとした。なんの魔法か、意識せず、ただ、ただ、自らの行く手を阻むその女を、

消そうとした。



その魔法の発動よりも一瞬はやく激流にのまれる。練り上げた魔力は霧散し、抱きしめられたまま、上も下もわからなくなるほどに。

感覚が戻ってくる頃には、もう、あの焼けるような痛みも、苦しみも、跡形もなくなっていた。


「今のは、一体・・・。」

「ああ、ごめんなさい・・・ごめんなさいね、坊や。お前を辛い目に遭わせてしまった・・・。」

女は目を伏せる。

「・・・あれは、なんなんですか。」

女は申し訳なさそうに頬をかく。

「私のペット。普段は湖の底で眠っているのだけど、アトランシスの神気に当てられて起きてしまったの。」

(・・・?
アトランシスって確かツクヨミさんのことだよな・・・)

「お前はアトランシスの眷属でしょう?」

(何故それを知って・・・!?)





思わず身を引くと、女は寂しそうに笑う。

「坊やの行動は正しいわ。お前の正体を詳しく知っている奴に味方は少ないもの・・・。

私は味方、と言っても信じてもらえるかは分からないわね。」


嘘ではないと直感が告げる。

「信じます。あなたは嘘をついていない。」

一瞬驚いた顔を見せたが、嬉しそうに微笑む。

「ありがとう、坊や・・・。」



「・・・俺は新月っていいます。」

「えっ?」

「俺のあざなです。いつまでも坊やって呼ばれるのやなんですよ。」

全く成長する気配がない己の身長が恨めしくてならない。

「ふふふっ、そうなのね。分かったわ。

私は水辺の神、アクウァム。
さっきのはペットの“玄武げんぶ”・・・水辺を好む大型の亀って言ったらいいのかしら?」

「亀、ですか・・・。」

この宵の森は、紅月にみせてもらった地図ではかなり北の方に位置していた。

(北に住み、大型の亀のような姿をしている“玄武”という名の生物・・・
世界の図書館ワールドブックスに載ってた中で該当するのは一種だけだし、多分間違いない
個体数が少ない幻獣だ。)

「ええ。プライドが高くてね・・・。
この子は、その昔アトランシスに心酔して、それが高じて何度も眷属にしてくれるように頼み込んだ。けれど全く相手にされなかったみたいで、プライドが折られてしまってね・・・自暴自棄になって暴れてたところを私が保護したの。」

(ってことは、大方、嫉妬か。)

嫉妬深い種であることも、世界の図書館ワールドブックスの情報と一致する。

「そうなんですか・・・。」
「・・・それだけ?」
「はい?」

思わず間抜けな声が出る。

「私を恨まないの?あの子は私のペットで・・・」

「でも知性があるのでしょう?それなら俺がアトランシス様の眷属であることに嫉妬したんだと思いますし、それなら納得出来ますから。」

二度目は勘弁して欲しいですが、と付け加える。

「新月・・・お前は優しいのね。

でもいつか、その優しさで苦しむことになるでしょう。
この世界に一体、どれだけの善性が残っているのか・・・神にすら失われつつあるというのに。

・・・お前の行く道が少しでも明るい事を祈ってるわ。」





一瞬、言われた意味がわからなかった。 

「それってどういう・・・」

聞き返そうとした瞬間、強い怒気と共に引っ張りあげられる。

『私の新月を返してもらおうか。』





To Be Continued・・・・・・
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