2 / 2
四面楚歌
我想う:半兵衛さんの結婚話
しおりを挟む
父は何を考えているのでしょうか。
私が他人と暮らすことなど出来ようもないのは分かっているでしょうに。
しかしまあ、父の遺言となれば従わざるを得ません。生前、書ばかり読んで暮らす私を許してくれた御方ですから、遺言に従うこともやぶさかではないのです。いくら社交性が皆無といえども、それくらいは分かってます。
もちろん、私としても父が望む息子であろうと努力もしてましたよ?
武士たるもの剣を遣えねば、と言われたので免許皆伝まで習得しましたし。汗をかくのは、あまり好きではなかったので、やはり書を読んでいる方が良いのですけれど。
なのですけれどねぇ。私が祝言とは。書を読む時間が減ってしまうではないですか。
はぁ、気が重い。
嫁入りやら何やらの煩わしい段取りは新郎抜きで行われる。
私は着替えるのもそっちのけで書を読み暇を潰す。
本当は着替えなければなりませんが、私を呼びに来てからで良いでしょう。
三々九度を終え、寝所へ。
まともに顔を見たのは今が初めて。声すら聞いていない。
どちらともなく、床に座りお互い向かい合う。
薄暗い寝所の灯りに照らされた彼女は、まるでリスのようにクリクリとした瞳を逸らさず私を見つめてくる。
小柄でふっくらとした体形も、リスを想像させる。
彼女は好奇心を隠せない様子で、じっと顔を見つめてくるのだ。何を考えているのやら。
「不束者ですがよろしくお願いしますね。半兵衛様」
「不束者というなら私の方が似合うでしょう」
「うふふっ。お噂通り不思議な御方ですね。そこらの武辺者とは全く違います」
「そうですね。私はそこらの者とは違いますよ」
「はい。私の旦那様は唯一無二の武士ですから」
ああ、穢れのない笑顔とはこういうのを言うのでしょうか。ひねくれ者の私には眩しすぎます。
稲葉山城内でこのようなことを言えば、鼻で笑う人たちばかりなのに、この愛らしい奥ときたら。
「そこまで言ってくれますか。奥が私の味方でいてくれるのは嬉しいものですね」
「奥という呼び方は好きではありませぬ。阿古とお呼びくださいな」
おやおや。見た目からして、愛らしく従順な女子かと思っていたら、思いの外、お転婆さんのようですね。私のような変わった男には、彼女のような変わった女子が合っているのかもしれませんね。
「では、阿古。私には大それた野望も無ければ、立身出世を望むこともありません。おだやかに書を読み、暮らしてゆければそれで満足なのです。そんな私でもついてきてくれますか?」
「はい! もちろんです!」
今まで他人は邪魔でしかありませんでしたが、阿古は側にいても良いのではと思ってしまいました。
弟の久作ですら、暑苦しくて邪魔なのに。阿古は私にとってかけがえのない女子になりそうですよ。
私の予感は良く当たるのです。
「では床に入りましょうか。明日は親族たちにお披露目ですから。他人と会うのは、少々気が重いのですがね」
「私がお支えしますから。半兵衛様は、半兵衛様が良いと思う道をお進みください」
その後の話は野暮というもの。何とかお披露目を乗り切って、阿古と穏やかに暮らしていますよ。
お披露目がどうだったかですか? ああいう酒宴を盛り上げるのが面倒なのですよね。酔っぱらいの相手も疲れますし。
だから弟の久作に裸踊りでもさせておくのですよ。
そうすれば、勝手に盛り上がりますから。
私は阿古の隣で静かにしています。
それで充分です。
私が他人と暮らすことなど出来ようもないのは分かっているでしょうに。
しかしまあ、父の遺言となれば従わざるを得ません。生前、書ばかり読んで暮らす私を許してくれた御方ですから、遺言に従うこともやぶさかではないのです。いくら社交性が皆無といえども、それくらいは分かってます。
もちろん、私としても父が望む息子であろうと努力もしてましたよ?
武士たるもの剣を遣えねば、と言われたので免許皆伝まで習得しましたし。汗をかくのは、あまり好きではなかったので、やはり書を読んでいる方が良いのですけれど。
なのですけれどねぇ。私が祝言とは。書を読む時間が減ってしまうではないですか。
はぁ、気が重い。
嫁入りやら何やらの煩わしい段取りは新郎抜きで行われる。
私は着替えるのもそっちのけで書を読み暇を潰す。
本当は着替えなければなりませんが、私を呼びに来てからで良いでしょう。
三々九度を終え、寝所へ。
まともに顔を見たのは今が初めて。声すら聞いていない。
どちらともなく、床に座りお互い向かい合う。
薄暗い寝所の灯りに照らされた彼女は、まるでリスのようにクリクリとした瞳を逸らさず私を見つめてくる。
小柄でふっくらとした体形も、リスを想像させる。
彼女は好奇心を隠せない様子で、じっと顔を見つめてくるのだ。何を考えているのやら。
「不束者ですがよろしくお願いしますね。半兵衛様」
「不束者というなら私の方が似合うでしょう」
「うふふっ。お噂通り不思議な御方ですね。そこらの武辺者とは全く違います」
「そうですね。私はそこらの者とは違いますよ」
「はい。私の旦那様は唯一無二の武士ですから」
ああ、穢れのない笑顔とはこういうのを言うのでしょうか。ひねくれ者の私には眩しすぎます。
稲葉山城内でこのようなことを言えば、鼻で笑う人たちばかりなのに、この愛らしい奥ときたら。
「そこまで言ってくれますか。奥が私の味方でいてくれるのは嬉しいものですね」
「奥という呼び方は好きではありませぬ。阿古とお呼びくださいな」
おやおや。見た目からして、愛らしく従順な女子かと思っていたら、思いの外、お転婆さんのようですね。私のような変わった男には、彼女のような変わった女子が合っているのかもしれませんね。
「では、阿古。私には大それた野望も無ければ、立身出世を望むこともありません。おだやかに書を読み、暮らしてゆければそれで満足なのです。そんな私でもついてきてくれますか?」
「はい! もちろんです!」
今まで他人は邪魔でしかありませんでしたが、阿古は側にいても良いのではと思ってしまいました。
弟の久作ですら、暑苦しくて邪魔なのに。阿古は私にとってかけがえのない女子になりそうですよ。
私の予感は良く当たるのです。
「では床に入りましょうか。明日は親族たちにお披露目ですから。他人と会うのは、少々気が重いのですがね」
「私がお支えしますから。半兵衛様は、半兵衛様が良いと思う道をお進みください」
その後の話は野暮というもの。何とかお披露目を乗り切って、阿古と穏やかに暮らしていますよ。
お披露目がどうだったかですか? ああいう酒宴を盛り上げるのが面倒なのですよね。酔っぱらいの相手も疲れますし。
だから弟の久作に裸踊りでもさせておくのですよ。
そうすれば、勝手に盛り上がりますから。
私は阿古の隣で静かにしています。
それで充分です。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~
裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか
―――
将軍?捨て子?
貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。
その暮らしは長く続かない。兄の不審死。
呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。
次第に明らかになる不審死の謎。
運命に導かれるようになりあがる吉宗。
将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。
※※
暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。
低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。
民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。
徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。
本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。
数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。
本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか……
突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。
そして御三家を模倣した御三卿を作る。
決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。
彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。
そして独自の政策や改革を断行した。
いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。
破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。
おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。
その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。
本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
妻の献身~「鬼と天狗」 Spin Off~
篠川翠
歴史・時代
長編の次作である「鬼と天狗」の習作として、書き下ろしてみました。
舞台は幕末の二本松藩。まだ戦火が遠くにあった頃、少しひねくれたところのある武士、大谷鳴海の日常の一コマです。
尚、鳴海は拙作「直違の紋に誓って」でも、主役の剛介を会津に導くナビゲーター役を務めています。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
政府の支配は受けぬ!日本脱退物語
田中畔道
歴史・時代
自由民権運動が盛り上がる明治時代。国会開設運動を展開してきた自由党員の宮川慎平は、日本政府の管理は受けないとする「日本政府脱管届」を官庁に提出し、世間を驚かせる。卑劣で不誠実な政府が支配するこの世の異常性を訴えたい思いから出た行動も、発想が突飛すぎるゆえ誰の理解も得られず、慎平は深い失意を味わうことになるー。
呪法奇伝ZERO~蘆屋道満と夢幻の化生~
武無由乃
歴史・時代
さあさあ―――、物語を語り聞かせよう―――。
それは、いまだ大半の民にとって”歴”などどうでもよい―――、知らない者の多かった時代―――。
それゆえに、もはや”かの者”がいつ生まれたのかもわからぬ時代―――。
”その者”は下級の民の内に生まれながら、恐ろしいまでの才をなした少年―――。
少年”蘆屋道満”のある戦いの物語―――。
※ 続編である『呪法奇伝ZERO~平安京異聞録~』はノベルアップ+で連載中です。
忍びしのぶれど
裳下徹和
歴史・時代
徳川時代、使い捨てにされる自分達の境遇に絶望し、幕府を転覆させることに暗躍した忍者留崎跳。明治の世では、郵便配達夫の職に就きつつも、駅逓頭前島密の下、裏の仕事にも携わっている。
旧時代を破壊して、新時代にたどり着いたものの、そこに華やかな人生は待っていなかった。政治の中枢に入ることなど出来ず、富を得ることも出来ず、徳川時代とさほど変わらない毎日を送っていた。
そんな中、昔思いを寄せた女性に瓜二つの「るま」と出会い、跳の内面は少しずつ変わっていく。
勝ち馬に乗りながらも、良い立ち位置にはつけなかった薩摩藩士石走厳兵衛。
元新選組で、現在はかつての敵の下で働く藤田五郎。
新時代の波に乗り損ねた者達と、共に戦い、時には敵対しながら、跳は苦難に立ち向かっていく。
隠れキリシタンの呪い、赤報隊の勅書、西洋の龍と東洋の龍の戦い、西南戦争、
様々な事件の先に、跳が見るものとは…。
中枢から時代を動かす者ではなく、末端で全体像が見えぬままに翻弄される者達の戦いを描いた小説です。
活劇も謎解きも恋もありますので、是非読んで下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる