鍵の海で踊る兎

裏耕記

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第二章 近づく夏

24th Mov. 応援と気付き

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 わいわいと豪華なピザのピースを取り合い、好き放題に食べること数十分。
 買いすぎたかと思われたピザの箱は、順調に空っぽになっていった。

 普段はお弁当をみんなで食べているけど、同じ物をみんなでシェアしながら食べるのは、何となく不思議な感じがした。
 家族以外でこういう食べ方は珍しいからかな。

 みんなもあれが美味しかったとか、こっちが好きだとか思い思いに話をして、ピザを食べ比べている。そういう雰囲気が楽しいからかもしれない。
 多めに買ってきたピザは、予想に反して食べ尽くされた。

 貢献度一位は伏見さん。これはハンバーグの時から予想が付いたことでもある。
 一緒にカレーを食べた時だって、僕と同量+デザートまで頼んでいたので納得感しかない。

 誰もが皆、お腹を抱え満足げな表情を浮かべている。
 しばらくはジュースを飲みながらダベり、その後、腹ごなしがてらに勉強をすることになった。

 ーーーー本来の目的は勉強の方だったんだけどね。

 伏見さんは、あからさまにおやつまでの時間潰しくらいに考えている節がある。


 テーブルを四人で囲みながら、僕の指導担当は中野、伏見さんの指導担当は神田さんという形で進行している。

 中野は本の好みから分かる通り、歴史を筆頭に数学や英語を得意とし、苦手科目の無いオールラウンダー。神田さんは英語が苦手だというくらいで、他の科目は高水準で得点を獲れる秀才さん。

 五月の中間テストでは、学年5位の中野、8位の神田さんという盤石の指導陣。
 対して生徒側は、平均点ラインの僕とそれより少し上の伏見さん。僕と伏見さんは学力が似ていることもあるが、ピアノ関連に夢中になってしまい、勉強が疎かになっているところも似ている。

 僕の場合は、苦手も無く得意も無いという状況なので、先生役の中野の得意科目から教わっている。

「歴史ってのはさ、人と人のつながりの結果なんだよ。誰かが何かをしたから別の人がこうなったって感じでさ。だから、その流れを掴んでおけば理解は早いと思うぜ」

 と、先生はおっしゃっている。意味は分からなくはないが、そんなに簡単なことじゃない気がする。

「毎回言ってるけど、紬は感覚で理解しすぎ。適当に覚えないの。古文なんかは、細かなニュアンスで意味合いが変わってくるんだよ」

 と、あちらの先生はおっしゃっている。こちらの方が現実的な方法論だろう。しかし、伏見さんにとっては難しい話のようで、眉間に皺が寄っている。これは性格的な問題な気がする。

「野田も紬も煮詰まっているみたいね。いったん休憩する?」
「そうすっか。案外時間が進むのは速いな。もう二時間くらいは勉強してたか」

 最初は各自の自習で始まった勉強会は、分からないところを質問する時間となり、先ほどのような状況となった。中野が言った通り、思ったより時間が進んでいて、もう三時だ。

「じゃあさ、おやつタイムだよね! 待ってました!」

 片付けもほどほどに、おやつの袋を漁りだす伏見さん。動きが機敏だ。

「ちょっと紬! みんなの片づけが終わってからでしょ。それにまだ筆箱が出しっぱなし」
「えっへっへ」

 笑ってごまかす伏見さんと、お姉さんのような神田さん。
 注意された伏見さんは私物の筆箱をしまうが、膝の上にはチョコレートとグミの袋が置かれている。あの短時間でちゃっかり確保しているようだ。


 しばらく談笑が続いた。いつものように中野と神田さんが主導して、伏見さんが変な合いの手を入れるという定番の流れ。
 ふと思い出したように中野が僕に告げる。

「そういやさ、ピアノ始められて良かったな。レッスンとかはどうなんだ?」

 中野なりの気の使い方なのか、ピアノを習い始めたと伝えても、あまりピアノについては話題にしてこなかった。今日は目に付くところに電子ピアノがあることもあって、触れることにしたらしい。

 伏見さんと神田さんは二人での会話に夢中になっていて、こちらの話は聞いていないようだ。

「楽しいよ。レッスンもそうだし、レッスンに向けてやる自宅での練習も」
「結構熱が入っているみたいだな。そこまで夢中になれるものが出来て、良かったじゃん」

「うん。ありがとう。ある意味、中野のおかげだもんね」
「俺は何もしてねえよ。野田が親御さん説得したり頑張った結果だろ?」

「いやさ、四月の学校でのこと。あの時、中野が神田さんたちに声をかけてくれなければ、僕はピアノをやってなかったと思う」
「あー、あれな。上手く行って良かったよ。野田を引き連れて行ったのに断られたら格好が付かねえし」

「そうなんだ。自信があるように見えたから、凄いなって思ってたのに」
「緊張しっぱなしっだっての。あんな経験あるわけ無いんだから」
「なになに? 教室でいきなり話しかけてきた時のこと?」

「うん。アレがなかったら僕はピアノやってなかったなって話してて」
「あの時は驚いたよ。顔見知りくらいの男子が、いきなり話に割って入ってくるんだもの」
「いや~、遅くなりすぎると、他の奴らが動き出しそうな予感がしてさ」
「千代ちゃん人気者だもんね!」

「そんなこと無いでしょ」
「え~、そんな事あるって! 入学して二週間くらいで三人から告白されたりしてたよ? あれ? 四人だっけ?」

「余計なこと言わない!」
「なんだよ。すでに遅かったのか。それで良く俺の話を受け入れてくれたな」

「あれは紬の発表会っていう理由もあったし……」
「じゃあ、その理由が無かったら断られてたってことか」

「別にそういうわけじゃないけど……」
「ん? そうなのか? じゃあまだ俺にも目があるのか。いや、それは……」

 二人は、それぞれゴニョゴニョと口ごもり何か言いたいけど言えないといった感じ。
 それを見ていた伏見さんはニヨニヨしながら、神田さんの脇腹を突っつく。

「千代ちゃんモテますなぁ~」
「茶化さないで! もう休憩おしまい! 紬、勉強するよ!」

「えぇ~! まだおやつ残ってるよ~」
「問答無用!」

 こうして急遽始まった勉強会の後半戦。
 勉強を教えてくれる中野は、前半戦と違い、少し気もそぞろの様子。
 それでも、若干感性に委ねる指導は変わらず、説明は何となくという程度には理解出来た。

 その後、空が少し暗くなるまで勉強が続いたが、あまり遅くならないうちに解散となった。
 伏見さんと神田さんは家が近いので二人で帰り、中野は一人で駅まで歩いて帰っていく。僕は何か言いたげだった中野の背中を見送りながら、何を言いたかったんだろうと疑問に思っていた。

 しかし、その疑問はその日の夜に氷解する。
 きっかけは通信アプリの通知音。ピアノの練習が一息ついて、ヘッドホンを外したタイミングでちょうど良く鳴った。

 夕方に解散した後は、グループトークでお礼や感想などを送り合っていたのだが、ひと通りコメントが終わったのでアプリは閉じていた。

 何か伝え忘れが合ったのかと思い、通信アプリのLINEYを開く。すると、グループトークではなく、中野からの個別メッセージが来ている。

 そこには、『俺、神田さんを遊びに誘っても良いか?』とのこと。
 その文言を見て、あの時の変な様子はコレだったのかと腑に落ちた。

 しかし、なんで僕に聞いてくるのか理解出来ず、『なんで僕に聞くの?』と返す。

『なんでって。お前も気になってただろ? 神田さんのこと。今はまあ、アレみたいだけど』

 そう言われて、四月の頃を思い出す。クラスで目立つ神田さんを目で追ってしまっていたこと。中野にそれを気が付かれていたこと。中野も神田さんが気になっていたから、二人で話しかけに行ったこと。

 中野に言われてみて、再確認出来た。そう、僕は神田さんが気になっていたんだ。
 でも最近は、神田さんのことを思うことは少なくなったし、彼女を目で追うようなことも無くなっていたように思う。

 中野にもそれは伝わっているようで、文面には気になっていたと過去形の言葉に。
 だけど、今はアレみたいだけどって何だろう。

『アレ? 最後のはわからないけど、僕に許可なんて取らなくて良いよ』
『そうか。野田ならそう言うと思ったけどな。一応、仁義を切っておこうと思ってさ』

『気を使い過ぎだよ。えーと、頑張れで良いのかな? 応援してる』
『おう! 頑張ってくるわ。ありがとな』

 中野と神田さんか……。二人は仲も良いし、美男美女で絵になる。
 中野は気を使ってくれたけど、僕と神田さんなんて全然イメージ出来ないや。
 かといって他の人ならイメージ出来るのか……。

 頭に浮かぶイメージは現実的でないものばかり。
 意味のない考えは振り払って、中野たちのことを考えるようにした。

 神田さんはモテるみたいだし、中野のお誘いは成功するのだろうか。
 僕からしたら、二人はお似合いだと思うんだけど、どうなんだろう。
 モテるで言えば、中野も負けていないと思うし、良い勝負なんじゃないかな。

 正直、僕には良くわからない二人の関係性。頑張ると言った友達を応援する気持ち。それと、何故か嬉しい気持ちが胸を満たしていた。


『君と英雄ポロネーズ―鍵の海で踊る兎―』 
第二章 近づく夏 了
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