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第一章 始まりの春
3rd Mov. ピアノと才能
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「えっ? 行くって……。ちょっと!」
緩やかな制止を他所に、仲良さげな女友達と話している神田さんの下へと近づいていく。
僕は中野の強引さに戸惑った様子を出しながらも、彼の行動に便乗してしまっている。神田さんと話すキッカケが出来てちょっと嬉しく思ってしまった自分が情けない。
「それでね、ついに来月になっちゃったから、ちょっと緊張してるの」
「中間テストも近いのに大変だね~。ピアノの練習も手を抜けないんでしょ?」
「うん。次が最後だから。しっかり引き込まないと。集大成ってやつかな」
「私はそこまでのめり込めなかったから、高校生まで続けて凄いと思うよ」
「結局プロにはなれなかったし、どうなんだろう。でも今度の発表会は気合入れて弾くから見に来てね!」
「絶対行く! 花束とか用意しようか!」
「それは恥ずかしいから止めてー」
「ふふふ、どうしよっかなぁ」
「なんか楽しそうな話ししてるね。どっか遊びに行く予定でも立ててるの?」
女子二人の会話の流れにカットイン。僕には出来ない技術だ。
中野は絶対ナンパしたことあるだろう。
話しかけられた女子二人は驚いた感じは出してるけど、拒絶とまではいかなかった。
街中のナンパだったら成功なんじゃないかって思う。
「中野くんと……野田くんだよね。千代《ちよ》ちゃんとは私のピアノも発表会に来てくれるって話をしてたの。だからそんなに面白い所じゃないよ」
「そうそう。中野みたいなキャラのやつには、合わない世界じゃない?」
「そうでもねえよ。家では、音楽かけて本読む時間が好きだし。教室では小説読むくらいだけど」
女子二人のうち一人は神田 千代《ちよ》さん。中野が気になっている子で、僕もちょっと気になっていたりする。もう一人は伏見 紬《つむぎ》さん。あまり目立つ方じゃないけど、顔立ちは可愛らしい……と思う。今まで、ちゃんと顔を見てなかったから、ちょっと驚いた。ピアノをやってると言われると、そうなんだろうなって思ってしまう柔らかな雰囲気がある。
「それは知ってるけど……」
「中野くんは本も音楽好きなんだ。どんな曲聴くの?」
「パンクロックとか多いかな。けど、クラッシックは守備範囲外」
「普通そうだよね。私もピアノ弾いているから聴くけど、クラッシックの話なんて千代ちゃんくらいしか出来ないもの」
「神田さんもピアノやってるの?」
「やってた、かな。小さい頃にちょっとだけやったけど、すぐに辞めちゃた。紬《つむぎ》とは、そこで知り合った幼馴染ってやつ。学区が同じで小、中、高とずっと一緒」
「へぇ……」
思わず声に出てしまっていた。少し派手目でギャルっぽい印象の神田さんがピアノをやっていたというギャップに驚いたから。
「何よ? 似合わなくて悪かったわね」
「い、いや。そう言う訳じゃなくて。ギャップってやつかな。でも神田さんなら、ピアノを弾けるって言われても不思議と納得しちゃう部分もある気がする」
「あー、分かる! ギャップみたいな。雨に濡れた子猫を助けてるみたいなやつ!」
「それ不良がやるやつだから!」
「千代ちゃんは優しいよ? 多分、普通に子猫を助けてると思うな」
「だよな!」
中野はもう伏見さんと仲良くなったようだ。
「紬も混ぜっ返さないの! 私のピアノなんて素人に毛が生えたようなもんよ。紬みたいな才能のある子と同列にしないで!」
「千代ちゃんも上手だったけどなぁ。お母さんもそう言ってたよ」
「お母さん先生は、みんなに優しいのよ。才能の多寡なんて、本物を前にすれば子供だって分かるよ……」
今までの明るい雰囲気から一転して、真面目なトーンに変わる。神田さんの態度から冗談ではなく、本気でそう思っていることが察せられた。
幼心にそこまで感じさせる伏見さんの才能って一体……。
「そんなに凄いんだ……」
「なあ、俺たちも聴きに行っても良いか? その発表会」
最初の話しかける雰囲気とは打って変わって、真剣な表情で質問する中野。その気持ちは良く分かる。伏見さんのピアノの才能というのがどれくらいなのか、気になって仕方ない。
「いやいや、私なんて全然凄くないから! それに町の小さなピアノ教室の発表会だし、大手の発表会とは全然違うよ。それに……」
「……まあ、良いんじゃない? いつもお客さん多い方が盛り上がって見えるから、お客さんはたくさん来て欲しいって言ってたじゃん」
伏見さんは顔の前でブンブン手を振っている。神田さんがあそこまで言うのだから凄い事に変わりないと思うんだけど。
「それはそうなんだけどね……。同級生の男の子に見られると思うと、ちょっと恥ずかしいかも」
「あー、ドレスとか着るしね。でも、あんたに演奏聴いたらビックリすること間違いなしよ。良い宣伝になるんじゃない?」
「ドレス⁈ 本格的なんだなぁ」
演奏の前にビックリ情報だ。
ドレスなんて結婚式でしか見ることはないと思ってた。まさか同級生のドレス姿を見ることになるとは。
「お母さん先生が音大出で本格的だからね。3歳から英才教育を受けてきた紬の演奏は、ドレスなんか霞むくらいに凄いのよ。辞めちゃうのが勿体無いくらいにね」
「小学生の頃のお母さんの演奏に、高校生の今になっても敵わないもの。そのお母さんがなれなかったプロに私がなれるわけもないし。熱心に教えてくれたお母さんには申し訳ないけど」
「お母さん先生だって真剣に取り組んできた紬のこと分かってるよ。だから辞めるのも分かってくれると思うよ」
「千代ちゃん、ありがとう。ちょっと湿っぽくなっちゃったけど、良かったら見に来て、中野くん、野田くん」
「おう、楽しみにしてるよ!」
「僕も」
「じゃあ、今度チケット持ってくるね。千代ちゃんの分もその時に」
唐突に発生した神田さんとの初接触はこんな感じで話は終わった。
まさか、僕の人生でピアノの演奏を聴きに行くことになるなんて、思ってもみなかった。
緩やかな制止を他所に、仲良さげな女友達と話している神田さんの下へと近づいていく。
僕は中野の強引さに戸惑った様子を出しながらも、彼の行動に便乗してしまっている。神田さんと話すキッカケが出来てちょっと嬉しく思ってしまった自分が情けない。
「それでね、ついに来月になっちゃったから、ちょっと緊張してるの」
「中間テストも近いのに大変だね~。ピアノの練習も手を抜けないんでしょ?」
「うん。次が最後だから。しっかり引き込まないと。集大成ってやつかな」
「私はそこまでのめり込めなかったから、高校生まで続けて凄いと思うよ」
「結局プロにはなれなかったし、どうなんだろう。でも今度の発表会は気合入れて弾くから見に来てね!」
「絶対行く! 花束とか用意しようか!」
「それは恥ずかしいから止めてー」
「ふふふ、どうしよっかなぁ」
「なんか楽しそうな話ししてるね。どっか遊びに行く予定でも立ててるの?」
女子二人の会話の流れにカットイン。僕には出来ない技術だ。
中野は絶対ナンパしたことあるだろう。
話しかけられた女子二人は驚いた感じは出してるけど、拒絶とまではいかなかった。
街中のナンパだったら成功なんじゃないかって思う。
「中野くんと……野田くんだよね。千代《ちよ》ちゃんとは私のピアノも発表会に来てくれるって話をしてたの。だからそんなに面白い所じゃないよ」
「そうそう。中野みたいなキャラのやつには、合わない世界じゃない?」
「そうでもねえよ。家では、音楽かけて本読む時間が好きだし。教室では小説読むくらいだけど」
女子二人のうち一人は神田 千代《ちよ》さん。中野が気になっている子で、僕もちょっと気になっていたりする。もう一人は伏見 紬《つむぎ》さん。あまり目立つ方じゃないけど、顔立ちは可愛らしい……と思う。今まで、ちゃんと顔を見てなかったから、ちょっと驚いた。ピアノをやってると言われると、そうなんだろうなって思ってしまう柔らかな雰囲気がある。
「それは知ってるけど……」
「中野くんは本も音楽好きなんだ。どんな曲聴くの?」
「パンクロックとか多いかな。けど、クラッシックは守備範囲外」
「普通そうだよね。私もピアノ弾いているから聴くけど、クラッシックの話なんて千代ちゃんくらいしか出来ないもの」
「神田さんもピアノやってるの?」
「やってた、かな。小さい頃にちょっとだけやったけど、すぐに辞めちゃた。紬《つむぎ》とは、そこで知り合った幼馴染ってやつ。学区が同じで小、中、高とずっと一緒」
「へぇ……」
思わず声に出てしまっていた。少し派手目でギャルっぽい印象の神田さんがピアノをやっていたというギャップに驚いたから。
「何よ? 似合わなくて悪かったわね」
「い、いや。そう言う訳じゃなくて。ギャップってやつかな。でも神田さんなら、ピアノを弾けるって言われても不思議と納得しちゃう部分もある気がする」
「あー、分かる! ギャップみたいな。雨に濡れた子猫を助けてるみたいなやつ!」
「それ不良がやるやつだから!」
「千代ちゃんは優しいよ? 多分、普通に子猫を助けてると思うな」
「だよな!」
中野はもう伏見さんと仲良くなったようだ。
「紬も混ぜっ返さないの! 私のピアノなんて素人に毛が生えたようなもんよ。紬みたいな才能のある子と同列にしないで!」
「千代ちゃんも上手だったけどなぁ。お母さんもそう言ってたよ」
「お母さん先生は、みんなに優しいのよ。才能の多寡なんて、本物を前にすれば子供だって分かるよ……」
今までの明るい雰囲気から一転して、真面目なトーンに変わる。神田さんの態度から冗談ではなく、本気でそう思っていることが察せられた。
幼心にそこまで感じさせる伏見さんの才能って一体……。
「そんなに凄いんだ……」
「なあ、俺たちも聴きに行っても良いか? その発表会」
最初の話しかける雰囲気とは打って変わって、真剣な表情で質問する中野。その気持ちは良く分かる。伏見さんのピアノの才能というのがどれくらいなのか、気になって仕方ない。
「いやいや、私なんて全然凄くないから! それに町の小さなピアノ教室の発表会だし、大手の発表会とは全然違うよ。それに……」
「……まあ、良いんじゃない? いつもお客さん多い方が盛り上がって見えるから、お客さんはたくさん来て欲しいって言ってたじゃん」
伏見さんは顔の前でブンブン手を振っている。神田さんがあそこまで言うのだから凄い事に変わりないと思うんだけど。
「それはそうなんだけどね……。同級生の男の子に見られると思うと、ちょっと恥ずかしいかも」
「あー、ドレスとか着るしね。でも、あんたに演奏聴いたらビックリすること間違いなしよ。良い宣伝になるんじゃない?」
「ドレス⁈ 本格的なんだなぁ」
演奏の前にビックリ情報だ。
ドレスなんて結婚式でしか見ることはないと思ってた。まさか同級生のドレス姿を見ることになるとは。
「お母さん先生が音大出で本格的だからね。3歳から英才教育を受けてきた紬の演奏は、ドレスなんか霞むくらいに凄いのよ。辞めちゃうのが勿体無いくらいにね」
「小学生の頃のお母さんの演奏に、高校生の今になっても敵わないもの。そのお母さんがなれなかったプロに私がなれるわけもないし。熱心に教えてくれたお母さんには申し訳ないけど」
「お母さん先生だって真剣に取り組んできた紬のこと分かってるよ。だから辞めるのも分かってくれると思うよ」
「千代ちゃん、ありがとう。ちょっと湿っぽくなっちゃったけど、良かったら見に来て、中野くん、野田くん」
「おう、楽しみにしてるよ!」
「僕も」
「じゃあ、今度チケット持ってくるね。千代ちゃんの分もその時に」
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