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紀州藩主編

第二十話

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 最初に文を届けて以降も天英院様と密書によるやり取りを続けている。
 何度か繰り返しているため既にある程度踏み込んだ内容に至っている。

 その内容とは、こちらに付く条件交渉である。
 こちら側に付くことは前向きではあったが、無条件というわけではなかった。
 当然と言えば、当然でそのこと自体に不満はなかった。

 あるとすれば、突きつけてきた条件の内容。
 当初、天英院様は条件をずいぶんと吹っ掛けてきたものだ。

 曰く、次の代になっても大奥にいられるようにしてほしい。曰く、生活費としての予算を増額して欲しい。曰く、能や狂言などの観劇を月に二度は行うようにしてほしい。曰く、外出の規制を緩めて欲しい。などなど。

 それを見た時、さすがにいくら何でもと吹っ掛けすぎだろう、もしや冗談なのではと思ってしまったほど。

 今ですら大奥に割り振られる予算は二十万両(20億円)ほど。元々、幕府の支出の三分の一もの資金を投じて維持してきたが、幕府の財政が傾いた今では、収入の四分の一が大奥の費用となってしまっている。

 この異常事態をわかっているのだろうか。幕府の収入を考慮せず、毎年毎年二十万両を使い浪費する。大奥は幕府の維持に役立つことは理解しているが、これでは幕府が大奥に潰されてしまうだろう。

 そもそもで言えば、大奥の主人である将軍 家継様は六歳。子供を作る時期に至っていない。それでも大奥は縮小どころか金を使いきり追加の予算を請求する始末。

 使う事ばかりにかまけて、本来の目的はほったらかしでは、存在意義も薄れよう。

 
 そこで再び先ほどの天英院様の条件を見るが、どれも許容できぬものばかり。
 一つ一つ検討してみる。

 まず大奥に居座る事。今のような華やかな生活で贅沢三昧から寺に籠り家宣様の菩提を弔うなどできようはずもない。出来るのであれば、家宣様が亡くなった直後にそうしていただろう。

 これについては、うまく理由付けをできれば可能であろう。

 次に生活費の予算を増額して欲しいとの事だが、天英院様は大奥の主目的である跡継ぎを作る事は出来ようはずもないのだから、今ですら過剰なのだ。それを増やすことなど許すはずもない。これは却下だ。

 さらに同じ理由で観劇の回数を増やすなど、なおのこと許されるものではない。
 そういうことをしたければ、市井に下ればよいのだ。

 外出の規制については、昨年の江島生島事件があったばかり。それを緩める理由はない。元々、代参という天英院様や月光院様のような外に出れぬ立場のお方のために、お付きの女子が代わりに寺を詣でる、墓参りをするというものだった。
 それを悪用したあの事件があったからには、代参自体厳しく取り締まらざるをえまい。

 これは誰は将軍でも同じ結論に至るだろう。


 こうなると、許容できそうなのは大奥に居座る事のみとなるが、これで話がまとまるであろうか。政信に諮ってみよう。


「政信よ。天英院様との交渉条件はどこまで呑むのが良いであろうか」
「あの書状の条件ですか。どれもこれも単なるわがままにしか見えませんでしたが、お呑みになるおつもりですか?」

「さすがにすべて突っぱねてしまえば、話が終わってしまうかもしれん」
「それはそうですが、月光院様もいらっしゃいますよ?」

「それも考えたが、ここで引けば天英院様に悪印象を与えてしまうだろう。どこかで折り合いをつけねば、月光院様に乗り変えるわけにもいかぬだろう」
「たしかに。それであれば、許容できるのは大奥に居座る事くらいでしょうかな」

「そうなるだろう。しかしこの条件を見るに最初に吹っ掛けて少しでもいい条件を得ようとしているようにも見える」
「ええ。その見方は間違っていないかと」

「であるならば、一つだけ許容してもゴネてくるであろうな」
「おそらくは」

「どこまで狙っているのだろうな」
「……殿は既にお考えがあるのでは?」

「確かにな。俺は大奥に居座る事を許可した上で、生活費の維持で手を打とうと考えている」
「現実的な所はそこでしょうな。私も同意見です。おそらく、天英院様もその辺りで納得されるかと」

「それは良いが、仕方ないとは言え、あの金喰い虫である大奥に多額の予算を割り振るのは気が向かんな」
「それでしたら、私に一計が」

「ふふふ。政信、最初からこの流れを読んでいたであろう?」
「殿の事はよく存じております。それに、お顔を見ればお考えが分かりますからね」

「そんなにわかりやすいかな? 気を付けるとしよう。それで一計とは?」
「そのままで良いと思いますよ。それが殿の魅力でもありますし。まあ、前置きは置いておくとして、策をお話します」

 一呼吸を置いて政信が考えた策を述べる。

「天英院様の狙いは自分の生活を良くする事、もしくは今の生活を守る事にあると考えます。つまり大奥全体のために動くのではなく、自分の利益さえ維持できれば問題視しないと思われます」

「どこぞの輩でもそのような者がいたな」
「確かに。それでここからが本題となります。殿はお多くの予算を削減したい、天英院様は自分の生活を維持したい。並べてみると相反するようですが、そういう訳ではありません」

「……と言うと?」
「大奥全体の予算が削減できれば、天英院様に予算を割り振っても問題ないのです」

「つまり、大奥全体で予算を下げ、その削減額のうち何割かを天英院様の生活費を賄うという事だな」
「はい。天英院様の近侍する上層部だけはそのままに、残りの者達には、割り振る予算を減らすと共に人員削減も行います。頭だけ残して身体部分を細らせるのです」

「不格好だが、予算は減らせるか」
「おっしゃる通り。天英院様も御年五十目前。いずれは頭も、もたげてくるでしょう」

「それならいけるか。予算削減の面では最上の結果ではないが、手を入れられる大義名分があるだけ及第点であるな」
「殿は女子に興味が無いので許される策ですな。色狂いの殿様であれば、それがしなど手打ちにされている事でしょう」

「それは困るな。お前にはこれからも俺を支えてもらわねば」
「畏れ多いお言葉です」

「では、返書として、大奥に残る事のみ認めるとして文を書こう」
「そのまま通れば良いのですが、次善の策も悪くありませんからね」

「良し。ここまでくればもう大詰め。大奥対策はほぼ終わりだな」

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