上 下
84 / 109
青年藩主編

第四十三話

しおりを挟む
◇◇◇宮地日葵

 木枠で囲んだ井戸、土壁に茅葺の農家がいくつか。畑と草ぼうぼうの田んぼが少々。
 いたって普通の田舎の村って感じです。忍びの里っぽくないですね。

 風羽の三左さんは井戸に一番近い比較的大きな農家に入っていきました。
 私たちも後を追います。

 屋敷に入ってみれば、酒瓶が転がり荒んだ様子をありありと表していました。飲んだくれ爺さんですか。さもありなん。偏屈飲んだくれ爺さんと呼んであげましょう。
 それにしても、どこからお酒を調達しているのでしょうか。

「好きに座れや。そんで何の用だ」
「まず、突然の訪問、誠に申し訳ございません。」

 どんな相手にも丁寧に対応する政信さん。やはり大人ですね。私だけだったら、会った瞬間に喧嘩別れして帰っている所でしょう。

「回りくどいのは好かん。悪い気はせんがな」
 どっちですか! やっぱり私このお爺さん苦手です。

「我が主君、松平頼方様は忍び衆を鍛えられる経験豊富な忍びを探しております」
「俺が忍びだと?」

「違いますか? ご先祖様は山伏流れの忍び衆でしょう」
「そこまで言われちゃあ惚ける訳にもいかねえな。まあ抜け道を通してやった時点でバレてるのはわかってたがな」

「でなければ、あの道を見せる訳がありませんからね。どうしてです?」
「見せた理由かい? あの迷路道を通るのが面倒だったからさ」

 そんな理由ですか! 邪魔になるから口をはさみませんけどね!心の中ではツッコませてもらいますよ!

「一人になって退屈でしたか? それとも忍びの技術を途絶えさせるのが耐えられないからですか?」

 政信さんのスルースキル最高です。
 三左さんの雰囲気が変わりましたね。

「なんでそんな論理になるかわかんねえな」
「簡単ですよ。私たちがここに来ることを想定している動きでしたし、頼方様の話にも何の疑問も持ちません。私たちが騙りではない事も事前にご存じだったのでしょう」

「そんな事まで知っているとは限らん。俺はただの爺さんかもしれんぞ」

 ただの爺さんなわけないじゃないですか。偏屈で飲んだくれですよ。まあ、気配の消し方は目を見張るものがありましたね。

「あなたの技術は、気配を消す程度なのですか?」

 政信さんの煽り話術発動です!

「そんなわけねえだろ! 夕凪衆史上 最高の使い手 風羽の三左様だぞ」
「私もそう願っています」

 完勝です。口で政信さんに勝てる人はそう相違ないと思います。
 政信さんのドヤ顔、今回ばかりは好きですよ。

「……食えねえ野郎だな。俺に忍び衆を鍛えろって事だな。どんな奴らだ?」
「私や彼女の家でもありますが、庭番と言われる者達の部屋住みです」

「素人か」
「ええ。どうです? 素人相手では難しいですか?」

「誰でもそれなりに鍛えてやらぁ。と言いてぇとこだが、素養が無いと厳しいな。そこの小娘が庭番にとって特別じゃねえなら、問題ねえだろ」

「庭番の女性は彼女のように動けませんが、男は同じ水準の能力を有していますよ」
「こいつは変なのか。どうりで」

 何が、どうりでなんでしょう。真面目な話の最中でなければ、しっかり問い詰めたいところですね。後で覚えておいてくださいよ。

「しかし忍びの素養としては彼女の才能は飛びぬけていると思いますよ。迷路道の入り口も彼女が見つけましたし、恐らく最終的には通り抜けられたでしょう。私であればもっと時間がかかったはずです」

「だろうな。だから声をかけたんだ。踏破されちゃあ舐められかねんからな。なんせ初日通りかかっただけで、入口に気が付きやがった」

 あれ褒められてます? 案外良いお爺様ですね。
 踏破されて舐められるという言い回しから、こちらの提案に乗る気だったのは間違いないようです。自分の技術を高く売るため、天狗村まで引き込んで見せつけたのでしょう。
 恐ろしいのは、その情報収集力です。高野山での動きはもちろん、和歌山城下でしか知りえない情報も得ているように思えます。

「では交渉成立という事ですかね。それと村から出た村民は各地に草として放ったといったところですか? それとも最近、村民が一人になったという事自体、放言だったのですか?」
「どうかな。手を明かしちゃあ価値が下がるだろ。とりあえず依頼は承ろう」

「詳しくは頼方様よりお話があります。ご同行願えますか?」
「ああ。一次面接は終了だな。酒飲んでいいか?」
「良いわけないでしょう!」

「おっ。やっと口を開いたか。さっきから黙っていても表情で文句を言ってたぜ」

 つい声を出してツッコんじゃいました。踊らされたようで悔しいですね。

「あなたから忍術を学んで、近いうちに、けちょんけちょんにしてやりますからね!」
「言うねぇ。師匠にそんな口を聞いていいのかい? 教えてやんねえぞ。お前さん藩士じゃねえんだから鍛える対象には入ってねえだろ」

 うぐっ。痛いところを突かれました。確かに私が教われる訳ではありません。頼方様から許可を頂いたわけではありませんし、勝手に教われる気でいただけですし。
 ここは我を張れば損するだけですね。悔しいですけど教えを請わねばなりません。悔しいですけど。

「……よろしくお願いします」
「えっ? 何がよろしくだって?」

 あのニヤケ面、ぶん殴ってやりたいです。絶対聞こえているのにわざと聞こえないフリをしていますよね。

「よろしくお願いしますって言ったんです!」
「おうおう、逆ギレかい。怖いねえ、若い子は。爺さん怖すぎて教えられないかもしれんのう」

 こんな可憐な少女をいたぶるなんて。私がこんなにお願いしているのに!
 でも忍者になる夢を諦められません。忍術を習得するまでの我慢です。大人ですから耐えてみせます。

「そんなこと言わず、私にも忍術を教えてください。よろしくお願いします」
「そこんところは、俺に決める権限はねえから、頼方様にでも頼みな」

 このくそじじい!!!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

異・雨月

筑前助広
歴史・時代
幕末。泰平の世を築いた江戸幕府の屋台骨が揺らぎだした頃、怡土藩中老の三男として生まれた谷原睦之介は、誰にも言えぬ恋に身を焦がしながら鬱屈した日々を過ごしていた。未来のない恋。先の見えた将来。何も変わらず、このまま世の中は当たり前のように続くと思っていたのだが――。 <本作は、小説家になろう・カクヨムに連載したものを、加筆修正し掲載しています> ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。 ※この物語は、「巷説江戸演義」と題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

イランカラプテ

せんのあすむ
歴史・時代
こちらも母が遺した小説の一つで、(アイヌの英雄、シャクシャインの激動の生涯を、石田三成の孫とも絡めて描いた長編時代小説です)とのことです。

処理中です...