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青年藩主編
第四話
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「ふぅー」
面談を終えた俺は、思わずため息をつく。面談したのは、現地にて藩の領地を取り仕切る予定の二十名。総じてやる気のない奴らばかりだった。
我が越前葛野藩は、越前国丹生郡内にある葛野辺りを領している。城は無く、陣屋があるのみ。だから俺は藩主ではあるが城主にはなれない。大名の中で城持ちとそうでない者は明確に区別される。石高が小さくても、城持ちの方が家格は高くなる。
石高でいうと三万石というのは諸大名の中では、下から数えた方が早いくらい。徳川譜代家臣全体でいうと多い方に入るだろう。徳川家の重臣はなぜか石高が低く抑えられるという伝統がある。かわりに幕府の要職を担うのだが権力と石高が見合わない。
老中ともなると数万石の領地持ちなのに加賀百万石の前田殿を呼び捨てにできるほど偉い。不思議だ。実際には、老中に上がる頃には石高の多い領地に栄転するので、もう少しマシになる。
さて葛野藩の藩士の構成は、武士身分 三百名だ。皆、紀州藩の出身で紀州藩士の三男、四男坊や分家の子弟が移籍する形だ。
今まで日の目を見ない立場だったのだから、てっきりやる気に満ち溢れているのかと思いきや、島流しのように思われている節がある。
確かに島流しと言われると、反論しにくい。
親藩とはいえ、その家臣は陪臣と言われる立場になる。つまり徳川宗家の家臣の家臣。直臣は本社社員、陪臣は支社社員。陪臣は本社と直接雇用関係にないといえばわかりやすいか。
さらに言うと諸大名は、本社の社員で支社の社長という立ち位置。
紀州藩ともなると将軍になる事も可能性としてあるから、そうなれば直臣になれる芽が出てくる。それが葛野藩に移籍となると直臣の芽は無くなると言っていい。
どうやらそこが彼らのやる気を削いでいるようだ。直臣と陪臣では石高にどれだけ差があっても直臣の方が偉い。直臣が馬に乗れぬような低い身分であっても、陪臣は頭が上がらない。養父上の加納家は三千石ほどの家柄だが、直臣の御家人三石取りと会えば、養父上が頭を下げ敬語で話す。
それだけ直臣と陪臣には大きな隔たりがあるのだ。
実情は、所属する大名家の威光もあって直臣だからといって偉そうにする奴はいない。
俺くらいの藩の大きさだと江戸では大抵の奴が陪臣めと馬鹿にされるだろう。
などと考えてみたところで俺にはどうする事もできない。なんせ自分の家臣選びにすら口を出せないのだから、俺の力など推して知るべきと言ったところだろう。
こんなんでどうやっていけというのだ。
藩士選びは国家老の久野が主導した。自分の派閥から優先して、更なる影響力強化に使われたようだ。大半は国家老派なので普通に選んでも七割はそうなるのが何とも言えないところ。
さらに言うと三百名の藩士はほとんど紀州に残る。実際に現地に行くのは、先ほど面談した二十名のみ。あとは武士身分ではない中間など小物が三十名ほど。これで我が藩の領地運営を行うのだ。
残りの藩士は、籍だけ葛野藩扱いで特に何もしない。しかし俸給は葛野藩の領地からの上がりで支払う。紀州藩の口減らしと支出削減に使われているだけだ。
しかも事もあろうに、俺も紀州に残るよう命令された。だから送り出す二十名に運営を託し、遠方から報告を受けるのみだ。それは領地運営の改革案ややってみたかった取り組みなどは何もできないことを意味する。
兄上の頼職(三男 長七)の高森藩でも同様の指示がなされている。ちなみに葛野藩と兄上の高森藩はすぐご近所様だ。
兄上もこんな状況では何も出来ず苦労されるであろう。
藩の運営は紀州藩のやり方をそのまま踏襲する事になるだろう。動かす人間が紀州藩士で中身が同じなのだから仕方ない。恐らく、そのうち不正が蔓延り、赤字続きの紀州藩と同じになっていくのだろうな。自分の藩なのに、すでに他人事のように思えてしまうのは藩主失格だろうか。
いかん、愚痴ばかり出てきてしまう。
こういう時は考え事ばかりしていても暗くなるだけだ。水野を伴って城下を散策してみるか。
「水野、和歌山城下をどう見る」
「流石に江戸とは比べられませぬが、裕福で良い町ではありませんか」
「そうだな。他の町に比べれば良い町なのだろうな。そんな城下町を有する紀州藩はなぜ赤字なのだろうか」
「私は刀を振り回すくらいしか能のない身。頼方様であれば紀州藩の状況を好転できる策をお考えになれるのではないですか?」
「俺が……か」
「お侍様、お花はいかがですか?」
水野との話に夢中になっていると道端で花を売っている少女に声をかけられた。
その子は、口振りから武家の子女のようだが、着ているものは、何の柄だったか分からないほど色褪せており、継ぎ当てが目立つ。
頭には、それこそ元が白かったのか、最初から茶色かったのか分からぬほどの手拭いを姉さん被りしている。かなりの困窮度合いを感じるが不潔ではないのが不思議なくらい。
「どうでしょうか?」
立ち去るわけでも無く、服装に驚いてマジマジと見つめてしまっていたので、もう一度花を勧められてしまった。こうなっては買わざるを得まい。ついでに話で聞いてみるか。
「全部もらおう。代わりに少し話を聞かせてくれないか」
少女は花を買ってくれるという言葉に喜んだのも束の間、話を聞かせてほしいという言葉に、一歩後ずさり胸を抑えた。懐剣の確認をしたように思える。
どうやら口説いていると思われてしまったようで警戒されたようだ。
「すまん、そこで茶でも飲みながら団子でも食わないか?」
いかん。言い直したつもりが、さらにナンパの口説き文句みたいになってしまった。
「殿は町中を視察しているのです。暮らしぶりなど話をお聞かせいただけないか?」
最近水野は、俺のことを若ではなく、殿と呼ぶようになった。領地持ちになったからだろうか。俺は昔からの呼び方でも構わないのだが、生真面目な性格がよく出ている。
彼女は胸に手を当てたまま俯いている。悪い事をする気はないから話を聞かせてくれるといいのだが。
「だ……団子とは、普通に焼いたやつでしょうか? それとも! 甘辛い、みたらしのかかったやつですか!? それともそれとも! 砂糖を使ったあんこのかかった餡団子のことでしょうか?!」
少女にとって団子の種類が大切らしい。警戒していたわけではなかったのか。団子の種類について考え込んでいただけらしい。
面談を終えた俺は、思わずため息をつく。面談したのは、現地にて藩の領地を取り仕切る予定の二十名。総じてやる気のない奴らばかりだった。
我が越前葛野藩は、越前国丹生郡内にある葛野辺りを領している。城は無く、陣屋があるのみ。だから俺は藩主ではあるが城主にはなれない。大名の中で城持ちとそうでない者は明確に区別される。石高が小さくても、城持ちの方が家格は高くなる。
石高でいうと三万石というのは諸大名の中では、下から数えた方が早いくらい。徳川譜代家臣全体でいうと多い方に入るだろう。徳川家の重臣はなぜか石高が低く抑えられるという伝統がある。かわりに幕府の要職を担うのだが権力と石高が見合わない。
老中ともなると数万石の領地持ちなのに加賀百万石の前田殿を呼び捨てにできるほど偉い。不思議だ。実際には、老中に上がる頃には石高の多い領地に栄転するので、もう少しマシになる。
さて葛野藩の藩士の構成は、武士身分 三百名だ。皆、紀州藩の出身で紀州藩士の三男、四男坊や分家の子弟が移籍する形だ。
今まで日の目を見ない立場だったのだから、てっきりやる気に満ち溢れているのかと思いきや、島流しのように思われている節がある。
確かに島流しと言われると、反論しにくい。
親藩とはいえ、その家臣は陪臣と言われる立場になる。つまり徳川宗家の家臣の家臣。直臣は本社社員、陪臣は支社社員。陪臣は本社と直接雇用関係にないといえばわかりやすいか。
さらに言うと諸大名は、本社の社員で支社の社長という立ち位置。
紀州藩ともなると将軍になる事も可能性としてあるから、そうなれば直臣になれる芽が出てくる。それが葛野藩に移籍となると直臣の芽は無くなると言っていい。
どうやらそこが彼らのやる気を削いでいるようだ。直臣と陪臣では石高にどれだけ差があっても直臣の方が偉い。直臣が馬に乗れぬような低い身分であっても、陪臣は頭が上がらない。養父上の加納家は三千石ほどの家柄だが、直臣の御家人三石取りと会えば、養父上が頭を下げ敬語で話す。
それだけ直臣と陪臣には大きな隔たりがあるのだ。
実情は、所属する大名家の威光もあって直臣だからといって偉そうにする奴はいない。
俺くらいの藩の大きさだと江戸では大抵の奴が陪臣めと馬鹿にされるだろう。
などと考えてみたところで俺にはどうする事もできない。なんせ自分の家臣選びにすら口を出せないのだから、俺の力など推して知るべきと言ったところだろう。
こんなんでどうやっていけというのだ。
藩士選びは国家老の久野が主導した。自分の派閥から優先して、更なる影響力強化に使われたようだ。大半は国家老派なので普通に選んでも七割はそうなるのが何とも言えないところ。
さらに言うと三百名の藩士はほとんど紀州に残る。実際に現地に行くのは、先ほど面談した二十名のみ。あとは武士身分ではない中間など小物が三十名ほど。これで我が藩の領地運営を行うのだ。
残りの藩士は、籍だけ葛野藩扱いで特に何もしない。しかし俸給は葛野藩の領地からの上がりで支払う。紀州藩の口減らしと支出削減に使われているだけだ。
しかも事もあろうに、俺も紀州に残るよう命令された。だから送り出す二十名に運営を託し、遠方から報告を受けるのみだ。それは領地運営の改革案ややってみたかった取り組みなどは何もできないことを意味する。
兄上の頼職(三男 長七)の高森藩でも同様の指示がなされている。ちなみに葛野藩と兄上の高森藩はすぐご近所様だ。
兄上もこんな状況では何も出来ず苦労されるであろう。
藩の運営は紀州藩のやり方をそのまま踏襲する事になるだろう。動かす人間が紀州藩士で中身が同じなのだから仕方ない。恐らく、そのうち不正が蔓延り、赤字続きの紀州藩と同じになっていくのだろうな。自分の藩なのに、すでに他人事のように思えてしまうのは藩主失格だろうか。
いかん、愚痴ばかり出てきてしまう。
こういう時は考え事ばかりしていても暗くなるだけだ。水野を伴って城下を散策してみるか。
「水野、和歌山城下をどう見る」
「流石に江戸とは比べられませぬが、裕福で良い町ではありませんか」
「そうだな。他の町に比べれば良い町なのだろうな。そんな城下町を有する紀州藩はなぜ赤字なのだろうか」
「私は刀を振り回すくらいしか能のない身。頼方様であれば紀州藩の状況を好転できる策をお考えになれるのではないですか?」
「俺が……か」
「お侍様、お花はいかがですか?」
水野との話に夢中になっていると道端で花を売っている少女に声をかけられた。
その子は、口振りから武家の子女のようだが、着ているものは、何の柄だったか分からないほど色褪せており、継ぎ当てが目立つ。
頭には、それこそ元が白かったのか、最初から茶色かったのか分からぬほどの手拭いを姉さん被りしている。かなりの困窮度合いを感じるが不潔ではないのが不思議なくらい。
「どうでしょうか?」
立ち去るわけでも無く、服装に驚いてマジマジと見つめてしまっていたので、もう一度花を勧められてしまった。こうなっては買わざるを得まい。ついでに話で聞いてみるか。
「全部もらおう。代わりに少し話を聞かせてくれないか」
少女は花を買ってくれるという言葉に喜んだのも束の間、話を聞かせてほしいという言葉に、一歩後ずさり胸を抑えた。懐剣の確認をしたように思える。
どうやら口説いていると思われてしまったようで警戒されたようだ。
「すまん、そこで茶でも飲みながら団子でも食わないか?」
いかん。言い直したつもりが、さらにナンパの口説き文句みたいになってしまった。
「殿は町中を視察しているのです。暮らしぶりなど話をお聞かせいただけないか?」
最近水野は、俺のことを若ではなく、殿と呼ぶようになった。領地持ちになったからだろうか。俺は昔からの呼び方でも構わないのだが、生真面目な性格がよく出ている。
彼女は胸に手を当てたまま俯いている。悪い事をする気はないから話を聞かせてくれるといいのだが。
「だ……団子とは、普通に焼いたやつでしょうか? それとも! 甘辛い、みたらしのかかったやつですか!? それともそれとも! 砂糖を使ったあんこのかかった餡団子のことでしょうか?!」
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