上 下
41 / 109
青年藩主編

第四話

しおりを挟む
「ふぅー」
 面談を終えた俺は、思わずため息をつく。面談したのは、現地にて藩の領地を取り仕切る予定の二十名。総じてやる気のない奴らばかりだった。

 我が越前葛野藩は、越前国丹生郡内にある葛野辺りを領している。城は無く、陣屋があるのみ。だから俺は藩主ではあるが城主にはなれない。大名の中で城持ちとそうでない者は明確に区別される。石高が小さくても、城持ちの方が家格は高くなる。

 石高でいうと三万石というのは諸大名の中では、下から数えた方が早いくらい。徳川譜代家臣全体でいうと多い方に入るだろう。徳川家の重臣はなぜか石高が低く抑えられるという伝統がある。かわりに幕府の要職を担うのだが権力と石高が見合わない。
 老中ともなると数万石の領地持ちなのに加賀百万石の前田殿を呼び捨てにできるほど偉い。不思議だ。実際には、老中に上がる頃には石高の多い領地に栄転するので、もう少しマシになる。

 さて葛野藩の藩士の構成は、武士身分 三百名だ。皆、紀州藩の出身で紀州藩士の三男、四男坊や分家の子弟が移籍する形だ。

 今まで日の目を見ない立場だったのだから、てっきりやる気に満ち溢れているのかと思いきや、島流しのように思われている節がある。
 確かに島流しと言われると、反論しにくい。

 親藩とはいえ、その家臣は陪臣と言われる立場になる。つまり徳川宗家の家臣の家臣。直臣は本社社員、陪臣は支社社員。陪臣は本社と直接雇用関係にないといえばわかりやすいか。
 さらに言うと諸大名は、本社の社員で支社の社長という立ち位置。

 紀州藩ともなると将軍になる事も可能性としてあるから、そうなれば直臣になれる芽が出てくる。それが葛野藩に移籍となると直臣の芽は無くなると言っていい。
 どうやらそこが彼らのやる気を削いでいるようだ。直臣と陪臣では石高にどれだけ差があっても直臣の方が偉い。直臣が馬に乗れぬような低い身分であっても、陪臣は頭が上がらない。養父上の加納家は三千石ほどの家柄だが、直臣の御家人三石取りと会えば、養父上が頭を下げ敬語で話す。
 それだけ直臣と陪臣には大きな隔たりがあるのだ。
 実情は、所属する大名家の威光もあって直臣だからといって偉そうにする奴はいない。
 俺くらいの藩の大きさだと江戸では大抵の奴が陪臣めと馬鹿にされるだろう。


 などと考えてみたところで俺にはどうする事もできない。なんせ自分の家臣選びにすら口を出せないのだから、俺の力など推して知るべきと言ったところだろう。
 こんなんでどうやっていけというのだ。

 藩士選びは国家老の久野が主導した。自分の派閥から優先して、更なる影響力強化に使われたようだ。大半は国家老派なので普通に選んでも七割はそうなるのが何とも言えないところ。
 さらに言うと三百名の藩士はほとんど紀州に残る。実際に現地に行くのは、先ほど面談した二十名のみ。あとは武士身分ではない中間など小物が三十名ほど。これで我が藩の領地運営を行うのだ。

 残りの藩士は、籍だけ葛野藩扱いで特に何もしない。しかし俸給は葛野藩の領地からの上がりで支払う。紀州藩の口減らしと支出削減に使われているだけだ。

 しかも事もあろうに、俺も紀州に残るよう命令された。だから送り出す二十名に運営を託し、遠方から報告を受けるのみだ。それは領地運営の改革案ややってみたかった取り組みなどは何もできないことを意味する。
 兄上の頼職(三男 長七)の高森藩でも同様の指示がなされている。ちなみに葛野藩と兄上の高森藩はすぐご近所様だ。
 兄上もこんな状況では何も出来ず苦労されるであろう。

 藩の運営は紀州藩のやり方をそのまま踏襲する事になるだろう。動かす人間が紀州藩士で中身が同じなのだから仕方ない。恐らく、そのうち不正が蔓延り、赤字続きの紀州藩と同じになっていくのだろうな。自分の藩なのに、すでに他人事のように思えてしまうのは藩主失格だろうか。

 いかん、愚痴ばかり出てきてしまう。
 こういう時は考え事ばかりしていても暗くなるだけだ。水野を伴って城下を散策してみるか。


「水野、和歌山城下をどう見る」
「流石に江戸とは比べられませぬが、裕福で良い町ではありませんか」
「そうだな。他の町に比べれば良い町なのだろうな。そんな城下町を有する紀州藩はなぜ赤字なのだろうか」
「私は刀を振り回すくらいしか能のない身。頼方様であれば紀州藩の状況を好転できる策をお考えになれるのではないですか?」
「俺が……か」

「お侍様、お花はいかがですか?」

 水野との話に夢中になっていると道端で花を売っている少女に声をかけられた。

 その子は、口振りから武家の子女のようだが、着ているものは、何の柄だったか分からないほど色褪せており、継ぎ当てが目立つ。
 頭には、それこそ元が白かったのか、最初から茶色かったのか分からぬほどの手拭いを姉さん被りしている。かなりの困窮度合いを感じるが不潔ではないのが不思議なくらい。

「どうでしょうか?」

 立ち去るわけでも無く、服装に驚いてマジマジと見つめてしまっていたので、もう一度花を勧められてしまった。こうなっては買わざるを得まい。ついでに話で聞いてみるか。

「全部もらおう。代わりに少し話を聞かせてくれないか」

 少女は花を買ってくれるという言葉に喜んだのも束の間、話を聞かせてほしいという言葉に、一歩後ずさり胸を抑えた。懐剣の確認をしたように思える。

 どうやら口説いていると思われてしまったようで警戒されたようだ。

「すまん、そこで茶でも飲みながら団子でも食わないか?」

 いかん。言い直したつもりが、さらにナンパの口説き文句みたいになってしまった。

「殿は町中を視察しているのです。暮らしぶりなど話をお聞かせいただけないか?」

 最近水野は、俺のことを若ではなく、殿と呼ぶようになった。領地持ちになったからだろうか。俺は昔からの呼び方でも構わないのだが、生真面目な性格がよく出ている。
 彼女は胸に手を当てたまま俯いている。悪い事をする気はないから話を聞かせてくれるといいのだが。

「だ……団子とは、普通に焼いたやつでしょうか? それとも! 甘辛い、みたらしのかかったやつですか!? それともそれとも! 砂糖を使ったあんこのかかった餡団子のことでしょうか?!」

 少女にとって団子の種類が大切らしい。警戒していたわけではなかったのか。団子の種類について考え込んでいただけらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...