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幼少期編
第二十六話
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「長! 変な奴連れてきたぜ」
「なんだい、寅。ガキの侍じゃねえか」
寅の口の悪さは長譲りだな。
「新之助様と友成様とおっしゃるそうです。五年ほど前の水害について調べているそうで、当時を知るものから話を聞きたいとの事です」
さすが羊之助。寅とは違う。なぜ同じ環境でこうまで違う。
そして羊之助、その口調は誰から学んだ?これも今度聞いてみねば。
「おう、そうかい。あの洪水のことをな」
「はい。長は当時のことをご存じですか?」
「ご存じってえ程でもねえな。そもそもココは、その洪水の後にできた集まりだ」
「……そうでしたか。お時間を取らせてしまって申し訳……」
「ちょっと待ちねえ。早とちりは損ってもんだ。ここは洪水の後の集団だが直接被害を被った奴らも多い。だからどういう状況だったのかしっかり調べたぜ」
最初は良く知らないと言っていたのに、今度は知っていると来たか。狙いは何となくわかるが、出てくる情報は信用できなそうだな。だがこのまま帰っても成果はない。聞くだけ聞いてみるか。
「それを教えていただく事は可能でしょうか?」
「まあ、その辺りはよぉ、なんつうか、それなりの謝礼ってものがあるだろ」
そっちが狙いだったか。子供がわざわざ出向いて話を聞きたいなんて言ってくれば、鴨が葱を背負って来るようなものだ。足元を見られないようにせねば。
懐に手を入れ、小銭が入った巾着を取り出す。しっかり長の目線が巾着に食いついたところで放り投げる。長は器用に左手で掴み取った。その巾着を少し弾ませて中身を計っているようだ。
「おっとっと。話が速くて助かるぜ。とはいえ、この巾着ちっと軽すぎねえか?」
吹っ掛けてきたな。こっちは巾着を受け取って重さを確かめたときの顔しっかり見たぞ。今は不満そうな表情をしているが、受け取った時は、にやけてたではないか。本当に金がもらえるとは思ってなかったのだろう。
「そうですね。お話次第で上乗せしますよ。それと銭以外で有用な情報をお伝えできると思います。どうしますか?」
「侍とはいえ、ガキのくせに有用な情報だと?価値ある情報を持っていそうには見えねえけどな」
「それはお互い様でしょう」
「ちげぇねえ! いいだろう話してやるよ。ここの分流の少し上流の中洲はわかるか?」
「長、そこでおら達は新之助様たちに会ったんだ」
「そうかい、なら話は早え。そこは元々一本の川でな。その中洲のあたりで東から流れを大きく北に向かって方向を変えて流れていたんだよ。それが野分の大雨のせいで堤が決壊しやがって二股に分かれちまった。それ以降はこの通り、そのまんまって訳さ」
長の話は中村で聞いたことと同じ話だ。案外素直に話してくれたな。さほど深い話はなかったが事実確認はできた。
結局のところ、川の水が増える原因は様々あるが、発生する箇所は川の流れが変わる地点で間違いなさそうだ。その地点に大きな力が加わって決壊してしまうという事だろう。
「ありがとうございます。参考になりました。こちら追加分の銭です」
長は、こんな話でいいのかといったような驚き顔をした。
どうやら寅と同様、思っていたより悪い人ではないようだ。そこまで警戒せずとも大丈夫だろう。
今度は放り投げず手渡しする。長は、先程と同様左手で受け取った。最初の巾着は、いつのまにやら既に懐にしまわれていた。
最初、近づかず放り投げたのは、下手すると拐されたり、身ぐるみはがされたりする可能性もあったからだ。水野もいるから、いくらか抵抗できるだろうが、子供二人に大人二十人では話にならない。
「銭はもらえるだけありがてぇが良い話ってのは何だい? 儲け話か?」
「見ての通り子供ですから、儲け話には疎いのです。しかし、私は和歌山城下の側の河原者の長と昵懇です。ここは日々の暮らしが立ち行かなくなりそうに思えました。よろしければ、受け入れを打診してみましょうか?」
「受け入れてくれりゃあ嬉しいが、こんな纏まった人数のよそ者を受け入れてくれるもんかね」
「あそこの長の徳利爺なら大丈夫だと思います。念のため一度戻って聞いてきますが。先ほど渡した銭があれば、和歌山城下までの食糧も調達できるでしょう」
「確かにここは厳しい。船乗り崩れの俺が魚を取って何とか食いつないでいる。だが冬は絶望的だ。魚も捕れねえし、食える草もねえ。若いもんには、しっかり食わせてやりてえが情けない話だ」
「和歌山城下なら人も多いうえに裕福な町民も多いです。人の嫌がる仕事であれば河原者にも仕事にありつけます。食う分には何とかなるでしょう」
「食えねえよりはマシだろ。んじゃあ頼むわ。お前らもそれでいいな?」
「「うっす」」
「では、また伺います。すぐ戻りますから無理をなさらないでくださいね」
「おおよ!腹いっぱい食うまで死んどれんわ!がはははっ」
「若、いいのですか?あんな約束をして」
「良いも何もあの様子を見たら仕方なかろう。おそらく今年の冬は越せなかったはずだ」
「馬鹿にすんな! 長なら何とかしてくれたさ!」
「寅、新之助様は心配してくださったんだよ」
そう、実は寅と羊之助もいる。羊之助が集団の広場から離れるとき同行を願ったのだ。
寅は羊之助が言い出したから、ただ付いてきているだけのようだが、羊之助は何か考えがあるように思う。
思うに、俺の素性を確かめようとしているのか代官屋敷に駆け込んで密告しないよう見張っているのか、そんな辺りじゃなかろうか。自分たちが連れ込んだ俺達が集団の仲間に不利益を与えないか確認すべきとでも考えてるのだろう。
最初、急に和歌山城まで同行したいだなんて言い出したから、どうしたんだろうと思ったが、彼を見る度に何か考えがあっての言動だったなと思ってしまうのだ。
あんな気弱な様子なのに、こうすべきと思ったことを実行する意志の強さがあるんだろう。
そして、やっぱり頭が良いなぁ、そのうえ慎重である。仕事を任せるなら羊之助にしたいと思うほど俺は羊之助の事を見直していた。
「なんだい、寅。ガキの侍じゃねえか」
寅の口の悪さは長譲りだな。
「新之助様と友成様とおっしゃるそうです。五年ほど前の水害について調べているそうで、当時を知るものから話を聞きたいとの事です」
さすが羊之助。寅とは違う。なぜ同じ環境でこうまで違う。
そして羊之助、その口調は誰から学んだ?これも今度聞いてみねば。
「おう、そうかい。あの洪水のことをな」
「はい。長は当時のことをご存じですか?」
「ご存じってえ程でもねえな。そもそもココは、その洪水の後にできた集まりだ」
「……そうでしたか。お時間を取らせてしまって申し訳……」
「ちょっと待ちねえ。早とちりは損ってもんだ。ここは洪水の後の集団だが直接被害を被った奴らも多い。だからどういう状況だったのかしっかり調べたぜ」
最初は良く知らないと言っていたのに、今度は知っていると来たか。狙いは何となくわかるが、出てくる情報は信用できなそうだな。だがこのまま帰っても成果はない。聞くだけ聞いてみるか。
「それを教えていただく事は可能でしょうか?」
「まあ、その辺りはよぉ、なんつうか、それなりの謝礼ってものがあるだろ」
そっちが狙いだったか。子供がわざわざ出向いて話を聞きたいなんて言ってくれば、鴨が葱を背負って来るようなものだ。足元を見られないようにせねば。
懐に手を入れ、小銭が入った巾着を取り出す。しっかり長の目線が巾着に食いついたところで放り投げる。長は器用に左手で掴み取った。その巾着を少し弾ませて中身を計っているようだ。
「おっとっと。話が速くて助かるぜ。とはいえ、この巾着ちっと軽すぎねえか?」
吹っ掛けてきたな。こっちは巾着を受け取って重さを確かめたときの顔しっかり見たぞ。今は不満そうな表情をしているが、受け取った時は、にやけてたではないか。本当に金がもらえるとは思ってなかったのだろう。
「そうですね。お話次第で上乗せしますよ。それと銭以外で有用な情報をお伝えできると思います。どうしますか?」
「侍とはいえ、ガキのくせに有用な情報だと?価値ある情報を持っていそうには見えねえけどな」
「それはお互い様でしょう」
「ちげぇねえ! いいだろう話してやるよ。ここの分流の少し上流の中洲はわかるか?」
「長、そこでおら達は新之助様たちに会ったんだ」
「そうかい、なら話は早え。そこは元々一本の川でな。その中洲のあたりで東から流れを大きく北に向かって方向を変えて流れていたんだよ。それが野分の大雨のせいで堤が決壊しやがって二股に分かれちまった。それ以降はこの通り、そのまんまって訳さ」
長の話は中村で聞いたことと同じ話だ。案外素直に話してくれたな。さほど深い話はなかったが事実確認はできた。
結局のところ、川の水が増える原因は様々あるが、発生する箇所は川の流れが変わる地点で間違いなさそうだ。その地点に大きな力が加わって決壊してしまうという事だろう。
「ありがとうございます。参考になりました。こちら追加分の銭です」
長は、こんな話でいいのかといったような驚き顔をした。
どうやら寅と同様、思っていたより悪い人ではないようだ。そこまで警戒せずとも大丈夫だろう。
今度は放り投げず手渡しする。長は、先程と同様左手で受け取った。最初の巾着は、いつのまにやら既に懐にしまわれていた。
最初、近づかず放り投げたのは、下手すると拐されたり、身ぐるみはがされたりする可能性もあったからだ。水野もいるから、いくらか抵抗できるだろうが、子供二人に大人二十人では話にならない。
「銭はもらえるだけありがてぇが良い話ってのは何だい? 儲け話か?」
「見ての通り子供ですから、儲け話には疎いのです。しかし、私は和歌山城下の側の河原者の長と昵懇です。ここは日々の暮らしが立ち行かなくなりそうに思えました。よろしければ、受け入れを打診してみましょうか?」
「受け入れてくれりゃあ嬉しいが、こんな纏まった人数のよそ者を受け入れてくれるもんかね」
「あそこの長の徳利爺なら大丈夫だと思います。念のため一度戻って聞いてきますが。先ほど渡した銭があれば、和歌山城下までの食糧も調達できるでしょう」
「確かにここは厳しい。船乗り崩れの俺が魚を取って何とか食いつないでいる。だが冬は絶望的だ。魚も捕れねえし、食える草もねえ。若いもんには、しっかり食わせてやりてえが情けない話だ」
「和歌山城下なら人も多いうえに裕福な町民も多いです。人の嫌がる仕事であれば河原者にも仕事にありつけます。食う分には何とかなるでしょう」
「食えねえよりはマシだろ。んじゃあ頼むわ。お前らもそれでいいな?」
「「うっす」」
「では、また伺います。すぐ戻りますから無理をなさらないでくださいね」
「おおよ!腹いっぱい食うまで死んどれんわ!がはははっ」
「若、いいのですか?あんな約束をして」
「良いも何もあの様子を見たら仕方なかろう。おそらく今年の冬は越せなかったはずだ」
「馬鹿にすんな! 長なら何とかしてくれたさ!」
「寅、新之助様は心配してくださったんだよ」
そう、実は寅と羊之助もいる。羊之助が集団の広場から離れるとき同行を願ったのだ。
寅は羊之助が言い出したから、ただ付いてきているだけのようだが、羊之助は何か考えがあるように思う。
思うに、俺の素性を確かめようとしているのか代官屋敷に駆け込んで密告しないよう見張っているのか、そんな辺りじゃなかろうか。自分たちが連れ込んだ俺達が集団の仲間に不利益を与えないか確認すべきとでも考えてるのだろう。
最初、急に和歌山城まで同行したいだなんて言い出したから、どうしたんだろうと思ったが、彼を見る度に何か考えがあっての言動だったなと思ってしまうのだ。
あんな気弱な様子なのに、こうすべきと思ったことを実行する意志の強さがあるんだろう。
そして、やっぱり頭が良いなぁ、そのうえ慎重である。仕事を任せるなら羊之助にしたいと思うほど俺は羊之助の事を見直していた。
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