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幼少期編

第十九話

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「養父上、ご無沙汰しております」

 その夜、無事に養父上に時間を取ってもらい対面できた。しかし水野は「今夜時間を取ってもらいたい」と屋敷の人間に伝言したのみだったので非常に待たされた。
 
 これは、養父上も城内で執務中だったのだから仕方のない事で急にこんな話をして時間をもらえただけ、充分ありがたい事だった。
 帰って早々、また時間を取ってもらって養父上には頭の上がらぬ思いだ。

 しかし加納屋敷での待ち時間は、真に身の置き所がなかった。
 これは、加納源六だった当時の俺の生活態度が悪かったのだから仕方ないものだ。そんな中でも久しぶりに日吉に会えたことが救いと言えた。

「新之助殿(吉宗の幼名)、よくぞ無事にお戻りになられた。お役目で遠くへ向かわれたと聞いていたが?」
「さようです。郡代見習として有田郡へ視察に赴いておりました」

「そうですか。日に焼けて精悍せいかんになりましたな。いかがでしたな?視察の旅は」
「道のりは大変でしたが、実りあるものでした」

「それは何より。言葉遣いや所作も落ち着きになられた。少し見ぬ間に大人になられて」
「養父上に育てて頂いている時の私の態度は酷いものでしたから、落差があって良く見えるのでしょう。先ほど自らの至らなさを実感いたしました」

「それは儂も同じでしょう。今はあの時が懐かしく感じまする。思い出話も良いですが、お帰りになって、すぐのお越しとは。何かございましたかな?」
「はい、まず前置きではございませぬが、代官の行動に疑問があります。視察の際にこんな事がありまして…………こういった代官の行いは農民にいたずらに負担を強いるだけでなく、ひいては我らの信頼を損なうことになりかねませぬ。どうにかならぬものでしょうか」

「ふーむ、早々には答えられそうにないですな。ちとお預かりしてもよろしゅうございますか?」
「はい、構いませぬ。それで本題の方ですが、察先で気がついたことがありまして、上申したき儀があります」

「上申とな。今の職場である郡代の古参の者に提出すれば良いのではないですかな?」
「お察しの事と推察いたしますが、上申の内容の性質上、直接父上まで届くように手配したいと考えた次第です」

「やはり。屋敷に寄り付かなかった新之助殿がこちらに来るとは、何か尋常ではない事だとは思っておりましたが」
「詳しくは上申書に記載しておりますが、現状の租税法を改定を検討していただきたいと考えております」

「それはまた大きな話ですな」
「はい、今のやり方は無駄が多すぎると考えております。これを改めれば、税の徴収は簡便化し、無駄な労力をかけずとも良くなると私は考えております」

「さようか。さわりで良いのでどう変えるのかお教えいただけますまいか。」
「今の検見法は毎年収穫量を測定するのに対し、私の案では、田畑の税額を事前に決定し毎年決まった額を治めさせるようにするものです」

「それはまた…………それの利点はどういうものでしょうか?」
「利点は3つあります。一つは代官手代にかかる費用の大幅削減、二つ目に毎年の収益の確定、三つ目に農民の努力による増産の推奨です」

「確かに利点は多いですな。しかし新之助殿のお考えの通り、手順通り上申してもどこかで握りつぶされるでしょう」
「はい。私を嫌っているお偉方がいらっしゃるようですので」

「新之助殿を嫌っている? 何かお心当たりがあるのですか?」
「ええ、指導担当の郡代から、そのような意味のことを言われました。今回の視察もそういった意図を多分に含んでいたようです」

「なんと、その件は私の方でも調べておきましょう。新之助殿は生い立ちからして私と同じ派閥と認識されているでしょうから、ある程度は絞り込めます」
「ありがとうございます。しかし私は、この件がうまくいくのであれば、他のことはどうでもよいと考えております」

「それで済めばよいのですが……兎にも角にも、この上申書は内容を読ませていただき直接殿にお渡ししておきまする」
「よろしくお願い申し上げまする」

 ひとまず、要件を済ませた俺は挨拶をして部屋を出る。

「水野、少し話がある。こちらに参れ」

 俺が部屋を出ると、廊下に控えていた水野が養父上に呼ばれた。どのくらいで終わるかわからないので、俺は先ほどの部屋で待つことにした。

「水野よ、新之助殿は随分と入れ込んでおるな」
「はい、直に農民に触れあい心惹かれたようです」

「もともと殿に似て聡明ではあったが感受性もお強いようだ。しかしあの年齢で先の話は出来が良すぎる。影の軍師はおぬしか?」
「滅相もございませぬ。某はせいぜい刀を振り回すのに能があるくらいなものです。軍師と言いましょうか、旅の途中で出会った賀茂村代官の黒川甚助殿の影響でしょう。若が師と仰ぐ方です」

「そうか、良い出会いがあったのじゃな。疑問が氷解したわ。下がって良いぞ」
「かしこまりました」

「そうそう、新之助殿は一本気で純粋じゃ。儂のせいでもあるが、幼いころに身内に恵まれなかった事で愛情に飢えておる。そなたは、新之助殿の兄のように側にいて守ってやってくれ」
「必ずや」

 一人待つ時間は退屈なので、部屋に戻ってからは庭側の障子を開け、広がる夜空を眺めていた。感情のままに動いた結果、今日は怒涛のような時間を過ごしてしまった。
 だが俺は間違っていないはず。まずは動かねば何も変わらぬのだから。

 養父上には、遅い時間に無理を言って会ったもらったので、ずいぶん夜も更けてしまった。母上に挨拶できるのは明日の夜になりそうだ。
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