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幼少期編
第五話
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いったいどれほどの時が立ったのであろうか。
緊張の続く最中、ふと意識が遠く飛びかけていた。
初めて会う実父にがっかりされたくない。しっかりとせねばと気を入れ到来を待つ。
気持ちとは不思議なもので、呼び出しを受けたときは会いたくないの一点張りだったのに、今は会いたい気持ちが強い。
実父はどんな人なのであろうか。善政を敷き領民に慕われているようだが父としても良い方であってほしい。
手に入らないと思っていたものが急に手の届くところに来ているのだから期待してしまうのは仕方のないことだろう。
廊下より声がかかる。
「殿がお見えになります」
気配を感じる余裕もなかったので、ビクっとしてしまった。恥ずかしい。
急ぎ養父上とともに手をつき頭を下げる。
スッ、スッ、スッ。穏やかで落ち着いた衣連れの音がする。
それとは対照的に俺の心臓は唸りを上げている。みっともない思われたくない。
落ち着くよう自分に言い聞かせ、お声がけを待つ。
「頭を上げよ。源六、顔を見せておくれ」
「はっ」
礼法通りに。言葉の通り受け取らず、少しだけ頭を上げて遠慮の態度を表す。
「良いのだ。身内の対面である。そう固くなるな。はよう、父に顔を見せてくれ」
思っていた以上に温かみのある声。胸が熱くなる。
「お呼びにより罷り越しました。源六にございます」
「ようやく会えたの。健やかに育っているようで嬉しく思う」
「……っ」
とっさに、真にそのために自分を捨てたのかと問いただしそうになって、言葉を飲み込んだ。
「……実父上のご尊顔を拝しまして光栄の至りでございます」
やっとのことで、決めていた言葉を絞り出した。
「うむ、お主の気持ちはありがたい。が、親子なのだ。回りくどい話はやめよう。時もあまりないのだ」
「はい、申し訳ございませぬ」
「よい、まずは用向きを申し伝える。源六、お主は加納源六という名を改め、徳川新之助と名乗れ。そして儂が江戸に戻る際に同道し江戸藩邸詰めとする」
「はっ、かしこまりました」
「江戸藩邸では藩務を学び、長兄の長福丸(徳川綱教以降、元服済みのため綱教で統一)を輔弼せよ」
「兄上をお助けできるよう藩務に邁進いたします」
「頼んだぞ。では、用向きはこれで終いだ。江戸に向かうまで、この館にて藩務を学べるだけ学んでおけ。それと由利(於由利の方:吉宗の生母)にも顔を見せてやれ。あやつもお主に会えるのを楽しみにしておったぞ」
「私も母上にお会いできるのを楽しみにしておりました!」
「うむ、やっと落ち着いてきたようだな。外を飛び歩いてばかりいる わんぱく坊主が真っ白な顔をしているから別人かと思ったぞ。それと加納、……お主にも苦労を掛けたな」
「とんでもございませぬ」
そう言われて確かに緊張が解けていたことに気が付く。
周囲のことも目に入らず養父上の存在も忘れていた。
ふと周りを見てみれば、部屋には重臣どころか小姓もいない。
今回は私的な呼び出しという形をとってあったようだ。
そんなことすら気が付けないほど緊張していた自分が情けなくなった。
「今日はさほど時がない。また折を見て話そうぞ。水野知成を付ける。兄と思い敬い学べ」
「水野知成と申します。以後よろしくお願い申し上げまする」
廊下に控えていた小姓が襖を開け、頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願い申し上げまする」
実父上との対面はこんな感じで終わった。
それからは、水野知成に付き従い紀州藩のことを学んだ。知らないことが沢山あった。
いや、知ろうとせず見向きもしなかったこと、無駄だと思うようなことにも意味があった。
実際、今でも無駄だと思う慣習もあるが。そんな時、暴れん坊の血が騒ぎ、ケンカ腰になって質問をぶつけてしまうことも、しばしばあったが、そういう状況では必ず水野が窘めてくれた。
ともかく学んだことは全て忘れぬよう日記に認めておこう。
初めて登城した日、父上とあったのは本丸御殿であった。当然そこに住むのかと思っていたが違っていた。藩祖の頼宜様こそ、本丸御殿にお住まいになられていたが、父上は、二ノ丸御殿で起居している。だから俺も二ノ丸御殿住まいというわけだ。
お目見えした際に投げかけてくれた言葉の通り実父上と話す機会はいくつかあった。多くはなかったが不満はなかった。
江戸と紀州を行ったり来たりの実父上は、紀州に戻れば、藩務に追われる日々だ。
長い期間、藩主が不在で領地経営をしていたのだから仕方がない。
それでも話をする機会を作ってくれている実父上に肉親の情を感じていた。
緊張の続く最中、ふと意識が遠く飛びかけていた。
初めて会う実父にがっかりされたくない。しっかりとせねばと気を入れ到来を待つ。
気持ちとは不思議なもので、呼び出しを受けたときは会いたくないの一点張りだったのに、今は会いたい気持ちが強い。
実父はどんな人なのであろうか。善政を敷き領民に慕われているようだが父としても良い方であってほしい。
手に入らないと思っていたものが急に手の届くところに来ているのだから期待してしまうのは仕方のないことだろう。
廊下より声がかかる。
「殿がお見えになります」
気配を感じる余裕もなかったので、ビクっとしてしまった。恥ずかしい。
急ぎ養父上とともに手をつき頭を下げる。
スッ、スッ、スッ。穏やかで落ち着いた衣連れの音がする。
それとは対照的に俺の心臓は唸りを上げている。みっともない思われたくない。
落ち着くよう自分に言い聞かせ、お声がけを待つ。
「頭を上げよ。源六、顔を見せておくれ」
「はっ」
礼法通りに。言葉の通り受け取らず、少しだけ頭を上げて遠慮の態度を表す。
「良いのだ。身内の対面である。そう固くなるな。はよう、父に顔を見せてくれ」
思っていた以上に温かみのある声。胸が熱くなる。
「お呼びにより罷り越しました。源六にございます」
「ようやく会えたの。健やかに育っているようで嬉しく思う」
「……っ」
とっさに、真にそのために自分を捨てたのかと問いただしそうになって、言葉を飲み込んだ。
「……実父上のご尊顔を拝しまして光栄の至りでございます」
やっとのことで、決めていた言葉を絞り出した。
「うむ、お主の気持ちはありがたい。が、親子なのだ。回りくどい話はやめよう。時もあまりないのだ」
「はい、申し訳ございませぬ」
「よい、まずは用向きを申し伝える。源六、お主は加納源六という名を改め、徳川新之助と名乗れ。そして儂が江戸に戻る際に同道し江戸藩邸詰めとする」
「はっ、かしこまりました」
「江戸藩邸では藩務を学び、長兄の長福丸(徳川綱教以降、元服済みのため綱教で統一)を輔弼せよ」
「兄上をお助けできるよう藩務に邁進いたします」
「頼んだぞ。では、用向きはこれで終いだ。江戸に向かうまで、この館にて藩務を学べるだけ学んでおけ。それと由利(於由利の方:吉宗の生母)にも顔を見せてやれ。あやつもお主に会えるのを楽しみにしておったぞ」
「私も母上にお会いできるのを楽しみにしておりました!」
「うむ、やっと落ち着いてきたようだな。外を飛び歩いてばかりいる わんぱく坊主が真っ白な顔をしているから別人かと思ったぞ。それと加納、……お主にも苦労を掛けたな」
「とんでもございませぬ」
そう言われて確かに緊張が解けていたことに気が付く。
周囲のことも目に入らず養父上の存在も忘れていた。
ふと周りを見てみれば、部屋には重臣どころか小姓もいない。
今回は私的な呼び出しという形をとってあったようだ。
そんなことすら気が付けないほど緊張していた自分が情けなくなった。
「今日はさほど時がない。また折を見て話そうぞ。水野知成を付ける。兄と思い敬い学べ」
「水野知成と申します。以後よろしくお願い申し上げまする」
廊下に控えていた小姓が襖を開け、頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願い申し上げまする」
実父上との対面はこんな感じで終わった。
それからは、水野知成に付き従い紀州藩のことを学んだ。知らないことが沢山あった。
いや、知ろうとせず見向きもしなかったこと、無駄だと思うようなことにも意味があった。
実際、今でも無駄だと思う慣習もあるが。そんな時、暴れん坊の血が騒ぎ、ケンカ腰になって質問をぶつけてしまうことも、しばしばあったが、そういう状況では必ず水野が窘めてくれた。
ともかく学んだことは全て忘れぬよう日記に認めておこう。
初めて登城した日、父上とあったのは本丸御殿であった。当然そこに住むのかと思っていたが違っていた。藩祖の頼宜様こそ、本丸御殿にお住まいになられていたが、父上は、二ノ丸御殿で起居している。だから俺も二ノ丸御殿住まいというわけだ。
お目見えした際に投げかけてくれた言葉の通り実父上と話す機会はいくつかあった。多くはなかったが不満はなかった。
江戸と紀州を行ったり来たりの実父上は、紀州に戻れば、藩務に追われる日々だ。
長い期間、藩主が不在で領地経営をしていたのだから仕方がない。
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