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不動の荷車(全14話)
7.報酬
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「こんにちは! 五兵衛さんはいらっしゃいますか?」
哲太の協力を得て、椿屋まで油桶を運んできた日向は元気よく声をかける。
後ろ棒を担いできた哲太は、ぜーぜー言って声も出ない。そのまま地べたに座り込んでしまっている。
「おやおや、宮地様ではありませんか。――もしや、それはうちの油桶ですか?!」
「はい! 見つけてきました!」
咲き誇らんばかりの笑顔で報告する日向。
信じられないといった風情で、まじまじと油桶を確かめる五兵衛。
五兵衛はおもむろに油桶に近づくと椿屋の焼き印をゆっくりと指でなぞり、その手触りを確かめる。
「……おお、何ともありがたいことで。わざわざ探していただきありがとうございます。何か悪いことに使われるのではないかと気が気じゃありませんでした。町の親分さんにも相談しましたが、まだ見つからないの一点張りでして」
「良かったですね! でも一個だけなんです」
「一個だけでも十分ありがたいですよ。おや? そちらのお方は?」
油桶のすぐ傍にいたというのに意識が向かなかったようで、今になって哲太に気が付いた五兵衛。
「俺は哲太ってんだ。よろしくな」
まだ息は荒いが少し休憩できて、会話ができるようになったらしい。
地面にへたり込みながらも挨拶は欠かさない。
「見つけたのは良かったのですが、重くて運べなかったので手伝ってもらいました!」
「なんとまあ。見ず知らずの私どもの為にありがとうございました」
「ははは、良いってことよ。同じ江戸っ子同士、困ったらお互い様ってな」
「哲太って江戸っ子なんですか?」
「あたぼうよ! 江戸で生まれ育ち、神田に住まう。これが江戸っ子ってもんだろ」
「哲太が住んでいるのは、お寺の軒下ですけどね」
「てめえ、言ったな! へん! 寺に住もうと、俺は江戸っ子には変わりねえぜ!」
「まあまあ。それよりお礼をさせてくださいな。宮地様、哲太さん、わざわざありがとうございました。番頭さんや、ちょっと、お二方のお相手をお願いしますよ」
椿屋の店主 五兵衛はそういうと帳場に戻っていき、小さく折りたたまれた懐紙を二つ持って戻ってきた。
「些少ですが、お受け取りください」
「なんですか、これ?」
そういうが早いか、受け取った懐紙を解く日向。
中には一分金(25,000円程度)が一つ包まれていた。太陽の光を受け、鈍く光っている。
「ばかやろう! そういうのはな、貰った相手から離れてから見るもんなんだよ! その場で見るなんて無作法も良いところだぜ!」
「え? そうなんですか? それにしても金貨なんて初めて見ました。奇麗ですね~」
「まったく! それでも姫様かよ」
「そうですよ?」
「嘘つけ! どこに油桶を担ぐ姫様がいるんだよ」
「コ・コ・で・す・よ!」
「うっせえ! ていうか、この件、前にもやったぞ!」
「くっくっ、かぁっかっか。いやはや。久方ぶりに大笑いさせて頂きましたぞ。仲がよろしいですな。お優しいところも良く似ておりますしな」
「やめろよ! こんな奴と似ているなんて」
「こっちこそ、ごめんですよ」
「まあまあ。先ほどお渡ししたのは私からの気持ちです。町方の同心様(江戸の警察官)から手札(身分証)を授かっている親分さんが見つけられないものを見つけていただきました。それに、こんな暑い中、重たい油桶を運んでいただいて、感謝申し上げます」
「大したことじゃないですよ。それにこれは貰い過ぎだと思います」
「おう。そうだな。俺なんて運んだだけだし。欲しくないかって言うと嘘になるけどな。それに困っていたらお互い様だろ?」
「お二方のお考えは素晴らしいのですが、ぜひお受け取りください。私どもは油を悪用されないか心配しておりました。それを探し出してくださったのですから。言うなれば、労働の正当な対価なのです」
「そういうものですかね?」
「日向、貰っておこう。五兵衛さんのお気持ちだ。五兵衛さん、ありがたく頂戴します」
「こちらこそ、ありがとうございました。それと年寄りの戯言ですがね。人の思いや行動は巡り巡るもの。きっとお二方には幸せが巡ってきますよ」
そうだと良いですね。と同意した日向は、礼を言って辞去した。
神保町の屋敷と哲太の向かう先が同じなので、少し一緒に歩いて帰っていたが話が盛り上がったのは最初だけ。
次第に会話は減っていった。
「良い人だな。五兵衛さんって」
道中、黙り込んでいた哲太がぽつりと言った。
「え? なんですか?」
「どうした? 考え事か?」
「はい。油桶が見つかったのは良いのですが、十個のうちの一個だけなんです。残りは、どこにいったのかなって。何とか残りも見つけ出したいのですが」
「そんなにか。確かにおかしいな。俺は、中身が入ったままで野原に置いてあったってのも気になるし、桶の焼き印がそのままってのも引っかかるな」
「確かにおかしいですね」
「だろ? せっかく盗んだのなら、使っちまうなり、売り払うなりするのが普通じゃねえか」
「何か別の目的があって保管してたのでしょうか。……よくわかりません」
「……そうだな」
それ以降、会話に花が咲くことはなかった。
哲太の協力を得て、椿屋まで油桶を運んできた日向は元気よく声をかける。
後ろ棒を担いできた哲太は、ぜーぜー言って声も出ない。そのまま地べたに座り込んでしまっている。
「おやおや、宮地様ではありませんか。――もしや、それはうちの油桶ですか?!」
「はい! 見つけてきました!」
咲き誇らんばかりの笑顔で報告する日向。
信じられないといった風情で、まじまじと油桶を確かめる五兵衛。
五兵衛はおもむろに油桶に近づくと椿屋の焼き印をゆっくりと指でなぞり、その手触りを確かめる。
「……おお、何ともありがたいことで。わざわざ探していただきありがとうございます。何か悪いことに使われるのではないかと気が気じゃありませんでした。町の親分さんにも相談しましたが、まだ見つからないの一点張りでして」
「良かったですね! でも一個だけなんです」
「一個だけでも十分ありがたいですよ。おや? そちらのお方は?」
油桶のすぐ傍にいたというのに意識が向かなかったようで、今になって哲太に気が付いた五兵衛。
「俺は哲太ってんだ。よろしくな」
まだ息は荒いが少し休憩できて、会話ができるようになったらしい。
地面にへたり込みながらも挨拶は欠かさない。
「見つけたのは良かったのですが、重くて運べなかったので手伝ってもらいました!」
「なんとまあ。見ず知らずの私どもの為にありがとうございました」
「ははは、良いってことよ。同じ江戸っ子同士、困ったらお互い様ってな」
「哲太って江戸っ子なんですか?」
「あたぼうよ! 江戸で生まれ育ち、神田に住まう。これが江戸っ子ってもんだろ」
「哲太が住んでいるのは、お寺の軒下ですけどね」
「てめえ、言ったな! へん! 寺に住もうと、俺は江戸っ子には変わりねえぜ!」
「まあまあ。それよりお礼をさせてくださいな。宮地様、哲太さん、わざわざありがとうございました。番頭さんや、ちょっと、お二方のお相手をお願いしますよ」
椿屋の店主 五兵衛はそういうと帳場に戻っていき、小さく折りたたまれた懐紙を二つ持って戻ってきた。
「些少ですが、お受け取りください」
「なんですか、これ?」
そういうが早いか、受け取った懐紙を解く日向。
中には一分金(25,000円程度)が一つ包まれていた。太陽の光を受け、鈍く光っている。
「ばかやろう! そういうのはな、貰った相手から離れてから見るもんなんだよ! その場で見るなんて無作法も良いところだぜ!」
「え? そうなんですか? それにしても金貨なんて初めて見ました。奇麗ですね~」
「まったく! それでも姫様かよ」
「そうですよ?」
「嘘つけ! どこに油桶を担ぐ姫様がいるんだよ」
「コ・コ・で・す・よ!」
「うっせえ! ていうか、この件、前にもやったぞ!」
「くっくっ、かぁっかっか。いやはや。久方ぶりに大笑いさせて頂きましたぞ。仲がよろしいですな。お優しいところも良く似ておりますしな」
「やめろよ! こんな奴と似ているなんて」
「こっちこそ、ごめんですよ」
「まあまあ。先ほどお渡ししたのは私からの気持ちです。町方の同心様(江戸の警察官)から手札(身分証)を授かっている親分さんが見つけられないものを見つけていただきました。それに、こんな暑い中、重たい油桶を運んでいただいて、感謝申し上げます」
「大したことじゃないですよ。それにこれは貰い過ぎだと思います」
「おう。そうだな。俺なんて運んだだけだし。欲しくないかって言うと嘘になるけどな。それに困っていたらお互い様だろ?」
「お二方のお考えは素晴らしいのですが、ぜひお受け取りください。私どもは油を悪用されないか心配しておりました。それを探し出してくださったのですから。言うなれば、労働の正当な対価なのです」
「そういうものですかね?」
「日向、貰っておこう。五兵衛さんのお気持ちだ。五兵衛さん、ありがたく頂戴します」
「こちらこそ、ありがとうございました。それと年寄りの戯言ですがね。人の思いや行動は巡り巡るもの。きっとお二方には幸せが巡ってきますよ」
そうだと良いですね。と同意した日向は、礼を言って辞去した。
神保町の屋敷と哲太の向かう先が同じなので、少し一緒に歩いて帰っていたが話が盛り上がったのは最初だけ。
次第に会話は減っていった。
「良い人だな。五兵衛さんって」
道中、黙り込んでいた哲太がぽつりと言った。
「え? なんですか?」
「どうした? 考え事か?」
「はい。油桶が見つかったのは良いのですが、十個のうちの一個だけなんです。残りは、どこにいったのかなって。何とか残りも見つけ出したいのですが」
「そんなにか。確かにおかしいな。俺は、中身が入ったままで野原に置いてあったってのも気になるし、桶の焼き印がそのままってのも引っかかるな」
「確かにおかしいですね」
「だろ? せっかく盗んだのなら、使っちまうなり、売り払うなりするのが普通じゃねえか」
「何か別の目的があって保管してたのでしょうか。……よくわかりません」
「……そうだな」
それ以降、会話に花が咲くことはなかった。
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