御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記

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子供の行方(全17話)

10.楽園と泥亀

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 ちゃぷん、ちゃぷん。

 船が夜の闇をかき分けるようにゆっくりと進む。
 水をかき分ける音がその存在を知らせる。

「夜風が気持ち良いですね。少し暗いのが玉に瑕ですけれども」

 店の近くの船着場から猪牙船に乗せられた商家の娘は船旅を楽しんでいた。
 他の乗員は哲太の時と同じ船頭と鶴松のみ。

 鶴松は哲太の時と同様、ある程度進むと手ぬぐいを差し出す。

「? 何ですの?  着物は濡れておりませんよ。もし濡れていたのなら、貴方が拭いてくださいまし」
「いえいえ。その手拭いで目を覆って欲しいのです」

「なぜそのような事をしなければならないのですか?」
「それはですね……この方が楽しいからですよ」

 哲太にした説明とは別の理由を説明する。
 鶴松の才覚により皆にしてもらっているという説明より効果があると考えたのだろう。

「これをすると楽しいのですか?」
「そうです! 舟から少しずつ見えるより、着いてから目にする方が驚きは多いでしょうし」

「分かりました。では結んでくださいな」

 そう言うと手ぬぐいを突き返す。

「承知しました。では失礼して。船旅はもうしばらくかかります。少々窮屈な思いをさせてしまいますがお許しを」
「良いでしょう。楽しみにしてますよ」

 猪牙舟は市中の堀を抜け大川へと漕ぎ出す。
 堀とは違い、大きな川である大川は幅も広く流れも早い。
 船頭は、下流に流されないよう必死に櫓を漕ぐ。

 ギイギイと音を立てながら、波に揺られて川を横断する。
 大河を横断し、再び堀に入る頃には舟の揺れも、櫓を漕ぐ音も落ち着きを見せていた。


「ここが家出屋さんですの」
「左様で。時間を気にせず好きなだけ遊べて、食べ物も食べ放題、
 風呂もいつでも入れるようにしています」

「それは良いですね」

 言葉ほど気持ちが伝わってこない。長屋の住人であれば、贅の極みと言えるだろうが、この商家の箱入り娘には、あまり響いていないように見える。

「とりあえず年の近い子供たちも居りますので、屋敷を遊び巡ってはいかがでしょうか」
「そうですね。そうしてみます。案内ご苦労」

 そういうと、スタスタと屋敷に入る日向。
 案内してきた鶴松には目もくれず、ご苦労の一言で片付けてしまった。

 取り残された鶴松はギリギリと歯を食いしばりながら笑顔であるらしい表情を貼り付けていた。


 屋敷に入ると、何事にも興味を持つお嬢様のように、屋敷内を隈無く見て回った。
 しかしどの部屋にもおみよ・・・らしき少女は居なかった。

 そうなるとやることもないので、食い物あった座敷へと向かい、菓子を物色し始めた。
 その座敷には、駄菓子やら米菓、饅頭に大福それらが種類ごとに盆に乗せられ、山となっている。
 流石に陽も落ちて、だいぶ経つので菓子を食いに来ている子供はいなかった。
 皆、飯を食うか風呂に入っている刻限であろう。

 日向は、それに気にする事なく、取り皿を両手に取ると、菓子の盆の前で止まってはよそい、止まってはよそう。
 その結果、彼女の手にある二つの皿には、全く統一感のない菓子がこんもりと積み重ねられていた。

 その皿を座敷の一画に置くと、食べるのかと思いきや、また立ち上がった。
 普段家事をせぬ日向には珍しくキビキビと動き、自分のために煎茶を入れた。

 それも済み、座敷に座ると菓子が山盛りになった二つの皿と、盆にのせられた急須と茶。それは全力で菓子を食うための配置のようだ。
 その配置を見回した日向は「良し」と呟き、菓子に手を伸ばした。

 見る見るうちに菓子の山が小さくなっていく。
 小柄な彼女のどこに入るのだろうか。不思議な事に食べるペースは落ちない。
 そうして、一つ目の山を平らげ、次の皿の饅頭に手を伸ばしたところで、廊下からドスドスと歩く音が聞こえてきた。

 明らかに子供の足音ではない重さを含んだその音は、日向のいる座敷の前で止まる。
 何事か起きそうな状況に、日向は右手を懐へと差し込む。

「入りやすぜ」

 その足音の主は、座敷に入る前に声を掛けたが、返事を聞く前には、もう中に入ってきていた。
 その男、敵意のある顔ではないのは誰もが分かるのだが、下卑げひた薄笑いが人に嫌悪感を与える。

 本人は笑顔のつもりのようで、相手の反応も見ずに言葉を続ける。

「おやおや、お一人ですかい。そりゃあいけねえ。お話し相手になろうじゃないですか」
「結構です」

「そう言いなさんなって。おじさんの面白い話を知ってるんだよ」

 そういうと日向の許可を取る間もなく、皿を挟んで向かいに座る。

「お嬢ちゃんは、名前なんて言うんだい? 菓子ばかり食べてると太っちまうぜ」
「余計なお世話です」

「まあ、ここは子供の楽園だしな。食いたいだけ食うのも悪くないか。どれ、おじさんも一つ貰おうか」

 そう言うと、日向がよそってきた菓子の皿から、ひょいと大福を一つ摘まむと口に放り込んだ。

「なっ‼」

 日向は抗議の声を上げるが、既にニチャニチャと咀嚼してしまっている。
 さらには口に物を入れながら話し出す。

「一個くらい良いじゃねえか。急いでここに来たから腹が減ってんだよ。おっ? その茶も貰うぜ」

 言うが早いか、湯飲みを手に取りズルズルと啜る男。
 もう見るのも嫌だとばかりに日向は詰問する。

「一体何をしに来たのです!」
「そう怒んなって。相手にしに来たって言っただろう? 俺は泥亀ってんだ。お前さんは?」

 そう、この男は女衒せげんの泥亀。日向が最初に花月屋に足を運んだ時に見かけた胡散臭い男である。

「……日向です。もうよろしいでしょう。私は一人で構いませんから」
「お嬢ちゃん別嬪さんだねぇ。おじさん惚れちゃいそうだよ」

「出てってください!!!」
 話のかみ合わない不調法者に日向はきつく睨み追い払う。

「へいへい」

 これ以上はマズいと察したか素直に立つ泥亀。

「また明日な」

 座敷の出口まで歩くと振り返り、この捨て台詞。
 相も変わらず嫌悪感を抱きそうなニヤつきのまま、下卑た目付きで日向の体を舐めるように見まわして出て行った。

「気持ち悪い。ああいう視線は女性に気が付かれているってなんでわからないんでしょう。何よりお茶もお菓子も台無しです」

 残った茶とお菓子の山を汚らわしいものでも見るように少し遠ざけた。
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