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子供の行方(全17話)
9.日向の変装
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今は哲太と団子屋で打ち合わせた帰り道。しっかりとおみよの特徴も聞き出し、哲太しか知り得ない情報も聞いてきた。
これなら見ず知らずの日向でも信用してもらえるだろう。
「さてさて、今回はどんな変装で行きますかね~」
家出屋に潜入するための計画を練っているようだ。
「実際の潜入は明日の夕方として設定も考えないとです」
流石に思いついたその日に飛び込むような真似はしないらしい。
忍びである日向はどのような家出娘になるのだろうか。
今のままでは武家の子女というのが丸わかりである。
なぜなら着物、履物、髪型、それら全てが厳格な身分制度を前提に使い分けられているのだから。
それは、仕草や言葉遣いに至っても同様だ。
単純に着替えるだけでなく、見た目や仕草なども変化させなければ、一流の忍びとは言えない。
超一流の忍びともなれば骨格すら変えるという。
翌日の昼下がり。
神保町のお屋敷から、一人の町娘が出てくる。
見た目に反してチャカチャカと歩きが早い。
その着物は、くすんだ白地に向日葵が咲き誇り、初夏の若々しさを表している。
髪には漆塗りの櫛と銀かんざしが日差しを受けてキラキラと煌めく。
白い木綿の足袋と花柄の鼻緒で彩られた塗下駄は上品そのもの。
それらを纏う少女は愛らしさと活発さを綯い交ぜにした、何とも言えない愛嬌があった。
いずれは相当の美人になるだろうことは、誰が見ても明らかであった。
今でさえ、店に立てば、小町と噂されるほどの可愛らしさ。
服装を見れば、どこからどうみても商家の娘そのもの。
金がかけられた仕立ての良い着物、手間のかかった装飾品。真新しい真っ白な足袋に塗の剥げていない下駄。
傍から見れば大層な大店の箱入り娘だろう。
しかし、そういう箱入り娘に付けれれるべき供の女中もいなければ、手に持つ巾着も無い。一人で手ぶらで歩いている。
そこが唯一不思議な点であるが、彼女の美貌がそれを気にさせることはなかった。
歩みのペースは変わらず、昼八つを過ぎた頃には、神田の花月屋の裏手に着いていた。
その少女は、好奇心を隠せない様子で、遠慮なく裏門の戸を叩く。
コンコン!
「もし。私、家出してきてしまいました。ここに来れば、お助けいただけると聞いたのですけれども」
しばらく経つが、花月屋からの反応はない。
もう一度、戸を叩こうかと手を挙げたところで庭からこちらへ走ってくる足音が聞こえた。
その足音は裏門の戸の前で止まると鍵を外し戸を開けた。
「おやおや。お嬢様、家出なされたと聞こえましたが間違いありませんか?」
小走りで出てきた男、鶴松はいつものように猫なで声で丁寧に話しかける。
「はい。私、家出してみましたの。こちらでは、とても楽しい所へ連れて行ってもらえると聞いたものですから」
「さて、お嬢様がお気に召すかどうか。ともあれ、中へお入りくださいな」
鶴松は、敷居を跨ぎやすいよう、戸の内側からスっと手を差し伸べた。
そうされるとやっと少女は動き出す。
「ありがとう」
少女は当然のように手を取り中へと入る。周囲に傅かれる生活をしている人間は、そうされるのが当たり前なのだ。
「ここが噂に聞く家出屋さんなのですね。思っていたより地味ですね」
「いえいえ。こちらは商家の裏庭に過ぎません。準備が整いましたらお送りしますよ。それまではこちらの離れでお待ちください。茶と菓子を用意しますので」
「菓子は松風が良いわ。用意してくださる?」
「松風ですね。買いに行かせましょう。ではこちらに」
「おい! お前とお前。こっち来い」
鶴松は、店に戻ると目に付いた小僧を呼びつけ指示を出す。
「お前は女衒の泥亀を呼んで来い。そっちのは、松風を買いに行け。金はやるからありったけ買ってこい。上客を待たせてるんだ。道草食わずに、さっさと戻って来いよ」
そういうと、小僧の一人に銭を握らせ、追い立てるように急かす。
「お待たせしました。準備ができました」
鶴松が離れの縁側から室内に向かって声を掛けた。
「遅かったですね。お話し相手でも用意してくだされば退屈しないで済みましたのに」
「これはこれは。気が回りませんで失礼いたしました。茶菓子の松風はいかがでしたか?」
「大変美味しゅうございました。しかし数が少ないのが残念でした」
「えっ? 十個ほど用意しましたが足りませんでしたか?」
「……お話し相手が来るかと思って半分も食べられなかったのです」
「?? そうですか? それは重ね重ね失礼いたしました。家出屋の別邸に行けば、飯も菓子も十分にございますので、今しばらくお待ちください」
茶菓子など一人ひとつ供されるのが普通だ。多くて二つ。
半分でも多すぎるくらいだが、この上客は足らないと言うので鶴松は不思議に思ったのだろう。
甘味に飢えた貧乏人でもあるまいし、箱入り娘の上客が茶菓子を四つも五つも貪り食うイメージが湧かないのは当然のことである。
物思いに耽っていると離れの襖が開き、日向の扮する商家の娘が出てきた。
商家の箱入り娘には珍しく立ったまま後ろ手に襖を閉めると案内を請うた。
「それで、どちらに行けばよろしいのでしょうか?」
「はい、ご案内します。お履物はこちらです」
日向の居た離れには、空になった湯呑みと松風が包まれていた紙包が綺麗に折り畳まれていた。
これなら見ず知らずの日向でも信用してもらえるだろう。
「さてさて、今回はどんな変装で行きますかね~」
家出屋に潜入するための計画を練っているようだ。
「実際の潜入は明日の夕方として設定も考えないとです」
流石に思いついたその日に飛び込むような真似はしないらしい。
忍びである日向はどのような家出娘になるのだろうか。
今のままでは武家の子女というのが丸わかりである。
なぜなら着物、履物、髪型、それら全てが厳格な身分制度を前提に使い分けられているのだから。
それは、仕草や言葉遣いに至っても同様だ。
単純に着替えるだけでなく、見た目や仕草なども変化させなければ、一流の忍びとは言えない。
超一流の忍びともなれば骨格すら変えるという。
翌日の昼下がり。
神保町のお屋敷から、一人の町娘が出てくる。
見た目に反してチャカチャカと歩きが早い。
その着物は、くすんだ白地に向日葵が咲き誇り、初夏の若々しさを表している。
髪には漆塗りの櫛と銀かんざしが日差しを受けてキラキラと煌めく。
白い木綿の足袋と花柄の鼻緒で彩られた塗下駄は上品そのもの。
それらを纏う少女は愛らしさと活発さを綯い交ぜにした、何とも言えない愛嬌があった。
いずれは相当の美人になるだろうことは、誰が見ても明らかであった。
今でさえ、店に立てば、小町と噂されるほどの可愛らしさ。
服装を見れば、どこからどうみても商家の娘そのもの。
金がかけられた仕立ての良い着物、手間のかかった装飾品。真新しい真っ白な足袋に塗の剥げていない下駄。
傍から見れば大層な大店の箱入り娘だろう。
しかし、そういう箱入り娘に付けれれるべき供の女中もいなければ、手に持つ巾着も無い。一人で手ぶらで歩いている。
そこが唯一不思議な点であるが、彼女の美貌がそれを気にさせることはなかった。
歩みのペースは変わらず、昼八つを過ぎた頃には、神田の花月屋の裏手に着いていた。
その少女は、好奇心を隠せない様子で、遠慮なく裏門の戸を叩く。
コンコン!
「もし。私、家出してきてしまいました。ここに来れば、お助けいただけると聞いたのですけれども」
しばらく経つが、花月屋からの反応はない。
もう一度、戸を叩こうかと手を挙げたところで庭からこちらへ走ってくる足音が聞こえた。
その足音は裏門の戸の前で止まると鍵を外し戸を開けた。
「おやおや。お嬢様、家出なされたと聞こえましたが間違いありませんか?」
小走りで出てきた男、鶴松はいつものように猫なで声で丁寧に話しかける。
「はい。私、家出してみましたの。こちらでは、とても楽しい所へ連れて行ってもらえると聞いたものですから」
「さて、お嬢様がお気に召すかどうか。ともあれ、中へお入りくださいな」
鶴松は、敷居を跨ぎやすいよう、戸の内側からスっと手を差し伸べた。
そうされるとやっと少女は動き出す。
「ありがとう」
少女は当然のように手を取り中へと入る。周囲に傅かれる生活をしている人間は、そうされるのが当たり前なのだ。
「ここが噂に聞く家出屋さんなのですね。思っていたより地味ですね」
「いえいえ。こちらは商家の裏庭に過ぎません。準備が整いましたらお送りしますよ。それまではこちらの離れでお待ちください。茶と菓子を用意しますので」
「菓子は松風が良いわ。用意してくださる?」
「松風ですね。買いに行かせましょう。ではこちらに」
「おい! お前とお前。こっち来い」
鶴松は、店に戻ると目に付いた小僧を呼びつけ指示を出す。
「お前は女衒の泥亀を呼んで来い。そっちのは、松風を買いに行け。金はやるからありったけ買ってこい。上客を待たせてるんだ。道草食わずに、さっさと戻って来いよ」
そういうと、小僧の一人に銭を握らせ、追い立てるように急かす。
「お待たせしました。準備ができました」
鶴松が離れの縁側から室内に向かって声を掛けた。
「遅かったですね。お話し相手でも用意してくだされば退屈しないで済みましたのに」
「これはこれは。気が回りませんで失礼いたしました。茶菓子の松風はいかがでしたか?」
「大変美味しゅうございました。しかし数が少ないのが残念でした」
「えっ? 十個ほど用意しましたが足りませんでしたか?」
「……お話し相手が来るかと思って半分も食べられなかったのです」
「?? そうですか? それは重ね重ね失礼いたしました。家出屋の別邸に行けば、飯も菓子も十分にございますので、今しばらくお待ちください」
茶菓子など一人ひとつ供されるのが普通だ。多くて二つ。
半分でも多すぎるくらいだが、この上客は足らないと言うので鶴松は不思議に思ったのだろう。
甘味に飢えた貧乏人でもあるまいし、箱入り娘の上客が茶菓子を四つも五つも貪り食うイメージが湧かないのは当然のことである。
物思いに耽っていると離れの襖が開き、日向の扮する商家の娘が出てきた。
商家の箱入り娘には珍しく立ったまま後ろ手に襖を閉めると案内を請うた。
「それで、どちらに行けばよろしいのでしょうか?」
「はい、ご案内します。お履物はこちらです」
日向の居た離れには、空になった湯呑みと松風が包まれていた紙包が綺麗に折り畳まれていた。
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