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子供の行方(全17話)

6.日向、目撃す

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「ほえ~。大きなお店ですね~。呉服屋さんの花月屋さんって言うのですか。青物市場で呉服屋さんなんて儲かるのでしょうか」

 呉服と言えば日本橋。有名な大店が競うように出店してしのぎを削っている

 だというのに、縁のなさそうな青物市場のそばに呉服屋。店構えからすれば儲かっているのは疑いようも無いのだが、場違い感は否めない。
 しかし実際、身なりの良い商人らしき人物がひっきりなしに出たり入ったりしているのだから繁盛しているのは間違いない。

 だが、日向は何か気になる様子で、見入っている。

 と花月屋を眺めていたのは数拍で、もう身体は別の方向に向いていた。
 次に行く予定のお団子屋に行くことにしたようである。


「こんにちは。お団子とお茶をくださいな~」

 目的の茶店に着いた日向は迷うことなく注文をする。

「はいよ! おや、かわいらしいお嬢ちゃんで。うちはヨモギ団子が人気だよ。それでいいかい?」
「はい! でも普通の奴も食べてみたいな~」

 普段はお嬢ちゃん呼ばわりされれば、子供扱いしないでくれと、きっちり訂正する日向だが、今回は訂正せずニコニコ顔。

「しょうがねえ!可愛いお嬢ちゃんには敵わねえや。一本オマケしといてやるよ」
「ありがとうございます!」

 その真意はここにあったようだ。

 相手の心の機微を読み取り、それに合わせて態度を作る。忍びの情報収集の手段である。決してここで使うようなものではないのだが。

「へい、おまち!」
「ありがとうございます! 美味しそうですね~。ヨモギの香りと焙られた団子の香ばしさが相まって、食欲を刺激します。上に餡子をかけるなんて反則ですよ!」

「お褒めにいただき光栄なこって。それにしても武家のお嬢ちゃんがこんなところでどうしたんだい?」

 日向は団子を食べながら答える。

「去年、江戸に来たばかりだから色々と散策しているの。今日は青物市場を見に来た帰りで」

 既に踏破してきた食い倒れの行程については説明しないようだ。第一目標の松風を後悔の無いよう、たらふく食って、大福やら饅頭やら露店や茶店をハシゴして今に至るのである。
 ここまでくると、目的は甘味巡りとしか言えない状況なのだが。

「そうかい。あそこはすげえだろ? 天下のお江戸を支える青物市場だ。沢山人も集まるからね。ここらは、青物市場と花月屋で成り立ってるのさ」
「花月屋さん? どっかで見かけたような……」

「青物市場からこっちに向かってくるときに、ひときわ大きな店があったの気が付かなかったかい?」
「あー、あの呉服屋さんですか?」

「そうそう! あそこの店主である金衛門きんえもんさんはやり手でね。一代であそこまでの店にしただけじゃなく子供のために私財を投げ打ってるって話だ。金があるだけじゃなくて人も良いときてる。ここらの自慢さ」

「へぇ。確かにお客さんは沢山入ってましたね。でもここらで呉服を必要とする人なんて多いのですか?」

「まさかぁ! 俺らは木綿の古着がせいぜいさ。市場の連中だって絹物を着てたら仕事になんねえや。この町には絹物を着れる連中なんで片手で足りるくらいなのに不思議だなって思うけどよ。俺にはよくわかんねえな」

「そうですか。確かに不思議ですね。人気の秘密は何なのでしょう。面白い秘密があるかもしれません。また見に行ってみますかね」

 また興味の虫が騒ぎ出した日向。ここから花月屋まで、そう離れていない事もあって、もう一度訪ねてみる事にしたようだ。


 また見に来ても、さっきと変わらず筋の良い客が出入りするばかり。

 出てくる客も手ぶらで帰るが、後で届けてもらうのだろう。上機嫌そうに軽い足取り、そして嬉しそうな表情を浮かべている様子から、商談が成功したと察する事が出来るからだ。

 何気なくその様子を見ていると、店の横の路地に佇む人物が目に入った。

 花月屋の客筋にそぐわない下卑た目付き、服装も着古した木綿の着流し。ニタニタとその客を見送っていた。

 何か良からぬ事を企んでいそうに思えた日向は、意識を改め周囲を警戒する。

 しかし、その男は、店から出てきた客を見送るだけで、何もしなかった。
 そしてその客が見えなくなると、踵を返し奥へと行ってしまった。

 気がかりだった日向は、躊躇なくその男の後を追う。
 するとその男はあろうことか花月屋の裏口から中へと入っていってしまった。

 裏口とはいえ、ここまでの大店になれば、鍵が締まっているか門番がいる。
 さほど待つ事もなく、スムーズに中に入れたのは、すでに何度もここにきている証拠だろう。

 だが、団子屋の話で聞いた篤志家の店主という人物像からすると、先ほどの胡散臭い男と懇意であるとは思えない。
 もしかすると花月屋で押し込み強盗など悪さを企んでいるのかもしれない。

 日向は、目の前で起きた光景に頭の整理に収拾がつかないようで動けずにいた。
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