上 下
11 / 51
風邪と豆腐(全12話)

10.思い出の丘

しおりを挟む
 親方から聞き出した丘の方向へと行ってみれば、見通しが良さそうな小高い丘がいくつか連なっている。一番大きくて、見晴らしが良さそうな丘に目星を付け登り始める。

 ある程度登っていくと、丘のてっぺんに並んで腰を下ろし楽しそうに話をしている二人が見えた。
 
 お多恵が銀次をいつ見つけたのかわからない。
 ただ二人の仲の良さは、以前聞いていた仲の良さとは違って見えた。 

 おそらく一悶着あって、本音をぶつけり合い仲直りをしたのではないだろうか。
 それくらい仲睦まじい様子だった。

 今回の包丁紛失騒ぎは、二人の関係に変化をもたらしたらしい。
 雨降って地が固まったと言えば良いのか。
 それとも本来は、このように仲が良かったのだろうか。


 邪魔をするのも悪いと、日向たちは少しの間、丘からの景色を楽しむことにした。

 初夏の鶯谷は緑が濃く、聞こえてくるのはサワサワという風の音だけ。ときおり銀次たちの声が途切れ途切れ聞こえるくらいだが、声色は幸せそうで、それもむしろ心地良い。

 木々には程よく手が入り、陽と緑がキラキラと混ざり合う。少し汗ばんで熱を持った肌を谷間を流れる風が和らげてくれる。

 点在する鄙びた家屋は、緑の芝生に散らした落ち葉のようだ。

 その風景は恋人とでなくともゆっくりと眺めていたい光景だった。


 話が一段落した様子を見て取って、銀次たちに気が付かれるよう、あえて足音を立てて丘を登る。

「お邪魔じゃないかしら?」
「ずいぶん良い雰囲気でしたね~!」
「日葵様! それに日向様も!」

「様はやめてちょうだい。そんな身分じゃないわ。私たちの家は貧乏御家人ですよ」
「そうですよ! ひまりちゃんなんて紀州の猿って言われたくらいですから」
「それは、あんたも一緒でしょ!」

 銀次はいきなり始まる漫才に戸惑っていたが、お多恵は吹き出すように笑い出した。

「ふふっ。こちらがさっき話したお二人よ。色々相談に乗って頂いたの」
「そうでしたかい。こいつがご面倒お掛けしたようで」

「こっちが首を突っ込んだだけですから」
「それに面倒を掛けられたのは銀次さんにという方が正しいですし」
「余計なこと言わない!」

 お多恵は慣れたようで、ニコニコと話を聞いていたのだが、当然の質問をする。

「それはそれは。私たちがご迷惑おかけしちゃったわね。それにしてもどうしてここへ?」

「報告と相談があってね。探してたのよ」
「報告と相談……ですか?」

「うん! とりあえず包丁は見つかったよ!」
「本当ですかい?!」
「良かったじゃない、銀次!」
 
 銀次たちは手を取り合い喜びを嚙み締める。
 二人にホッとした空気が漂う。
 
「ええ。まずは一安心よね。それで相談なんだけど……犯人は身内だったわ。それをどう扱うか相談したかったの」
「やはりそうでしたかい」

「それは疑いようの無い事だったわね。私たちは犯人の名前も知っているの。そして包丁は今夜、本店の板場に戻される予定だってことも。それで銀次さんはどうしたいのかなって」

「……包丁は無事に戻るんですかい?」

「ええ、本人にその意思があるみたい」
「犯人さんは仕事道具の包丁を捨てる気にはなれなかったって言ってたよ」

「どこでそんな事を? まさか、とっ捕まえちまったんじゃ?」
「いいえ。その人は、自分が犯人だと気が付かれている事を知らないわ」

「どうやったらそんな事が出来るんで?」
「ないしょです!」

 銀次は思わずお多恵を見るが、お多恵自体も知らぬこと。首を傾げるくらいしか出来ない。

「……そうですかい。まあ恩人に根掘り葉掘り聞くのは男じゃねえや」
「そうしてくれると助かるわ。それでどうするの? 誰が犯人だったか教えましょうか?」

「それも聞きやせん。何もかも。包丁が戻るのであれば、元の鞘に収まるってこった。つまり騒ぎはそもそもなかったんだ。俺は、こいつと結婚して上野うぐいす屋をやっていければそれで満足でさぁ。さっき二人で話していて、それを再認識しました。それに、そいつは不甲斐ない俺に嫌気が差したんでしょう。俺がしっかりしてりゃあ良かったって話です。だからもう大丈夫です」

「銀次ったら、格好つけちゃって」

 満更でもない様子を隠そうともせず、お多恵は茶化す。

「混ぜっ返すんじゃねえやい。包丁さえ戻れば、親方を唸らせる淡雪豆腐を作ってやるぜ。そしたら、みんな収まるとこに収まるって寸法よ」
「楽しみにしてるわ!」
「おうよ! そしたら晴れて夫婦になれるな。随分待たせちまって悪かった」
「本当よ……馬鹿……待ちくだびれちゃったわ」
「悪かったって言ってんだろう?」
「良いわ。許してあげる」

 だいぶ甘い空気になっている。その空気感に耐えられなくった日向たちはどっちが話を切り出すか無言の目配せで押し付け合う。
 しかしそこは年の功。しっかりと日向に貧乏くじを引かせることに成功した。
 もしかしたら日向は日ごろの口の悪さを後ろめたく思ったのかもしれない。

「あのー、お二人の世界に浸っているところ申し訳ないのですが、ちょっと良いですか?」

「え? ごめんさない。日向さんたちもいたのよね」

「はい! ずっといました!」
「だからそういう事を言わないの! お邪魔しちゃってごめんなさい。お薬渡しそびれちゃってたから」

「薬ですかい? なんだってそんな高価なもん」
「あなたのためよ。淡雪豆腐の試食をすると風邪を引くって言ってたじゃない。日葵さんが風邪のお薬を分けてくださったのよ」

「そんな高価なもん受け取れませんって」
「それはもうお多恵ちゃんと話が付いてるの!」
「そうです! 淡雪豆腐で手を打ったのです!」

「そんな事まで……こいつには苦労掛け通しで……」
「良いのよ。あなたのためじゃない。苦労なんて何でもないわ」

 また醸し出す甘い雰囲気。

「ちょっと待った~! それは私たちがいなくなってからにしてください」

 こればかりは同意と日葵も否定はしない。

「じゃあ、お薬渡しておくから。すぐに治るものじゃないから、戻ったらすぐ飲み始めて、症状が無くなっても飲み切っておいてね」

「何から何まで。ありがとうごぜえやす」
「ありがとうございます」

「いえいえ、それじゃあ私たちはこれで」
「ごゆっくり~」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

月夜の理科部

嶌田あき
青春
 優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。  そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。  理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。  競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。  5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。  皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。

久野市さんは忍びたい

白い彗星
青春
一人暮らしの瀬戸原 木葉の下に現れた女の子。忍びの家系である久野市 忍はある使命のため、木葉と一緒に暮らすことに。同年代の女子との生活に戸惑う木葉だが……? 木葉を「主様」と慕う忍は、しかし現代生活に慣れておらず、結局木葉が忍の世話をすることに? 日常やトラブルを乗り越え、お互いに生活していく中で、二人の中でその関係性に変化が生まれていく。 「胸がぽかぽかする……この気持ちは、いったいなんでしょう」 これは使命感? それとも…… 現代世界に現れた古き忍びくノ一は、果たして己の使命をまっとうできるのか!? 木葉の周囲の人々とも徐々に関わりを持っていく……ドタバタ生活が始まる! 小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

処理中です...