8 / 51
風邪と豆腐(全12話)
7.推理と暴露
しおりを挟む
ここは部外者の強みか、早々に頭を切り替えた日葵が切り出す。
「源五郎親方、包丁が無くなって言うけど、ここでは包丁を持ち歩いて無くす物なの?」
「いえ、包丁は各自が管理していて、研ぎも自分でやらせてやす。なもんで研屋にも出すことはねえです。だから外にある訳が無い訳でして……」
冷静に説明していると次第に語尾が小さくなる。それはそうだ。外にあるはずの無いものを、見つけるまで帰ってくるなと追い出してしまったのだから。
「責めてるわけじゃないの。正確に出来事を把握したいだけ。それで、当然お店の中は探したのよね?」
「へい。それはもう。銀次を追い出してからも残りの者全員で探しやした」
「でも無いのよね? じゃあ他の部屋は?」
「他の部屋と言っても、一階はあっしの部屋ですし、上は、ここにいる使用人たちと銀次の部屋でして」
「探してみてもいいんじゃない?」
「もちろん、探しやした。ありやせんでした」
話を聞く限り手詰まりだ。勝手に店の外に出ていくものでもないし、かといって店にも無し。
さて、どうしたものかと項垂れるうぐいす屋の面々に、日向は何気なく呟く。
「それって誰かが持ち出したって事になるんじゃないですか?」
「馬鹿言っちゃいけねえよ! お嬢さん。ここにいる誰もが銀次を認めてる。あいつに悪さをしようなんて奴は居やしませんって。それにあっしの部屋は、階段の脇なもんで誰かが通れば足音に気が付きやす」
その答えに嬉しそうに頷き、日向は話を続ける。
「銀次さんは良い人なんですね。良かった。店の人じゃないとすると外から人が入ったという事ですよね?」
さも当然と泥棒にでも入られたと言われて、ギョッとするうぐいす屋の面々。彼らは今日一日で何度驚くことになるのだろう。
「そうは言っても、なんで包丁なんか。金も残ってやしたし、他に取るものがあったでしょう。包丁が魂ってのは料理人に限っての事ですから」
「しかし、その包丁だけが盗まれたと。うーん、それって泥棒さんは、包丁が銀次さんにとって何より大事って知ってたって事になるんじゃないかな? 全員の包丁ではなく、銀次さんの包丁だけという事から、競合店の嫌がらせではなさそうですし」
再度驚きに包まれるうぐいす屋の面々。
「そ、それは……身内って事ですかい?」
「そうなっちゃうと思います。うぐいす屋さんの身内で、この店にいない人。それは上野のうぐいす屋さんの使用人の方しかいないですよね?」
「驚いた。……お嬢さん、そんなちっこいのに良く頭が回りやすね」
「ちっこいとは失礼な! 私はもう十五歳です! そして何より重要なのは、私は優秀なくノ一なんですからね! このくらいは当然なのです」
「ちょっと日向!」
止めるのも間に合わず、堂々とくノ一と言い放つ日向にうぐいす屋の面々はというと、思いもよらぬ発言にポカンとしてしまっている。
「お嬢さん、くノ一って忍者の女番のあれですかい?」
「はい! そう――」
胸を張って、「そうですよ」と同意しようとする日向。しかし、その言葉は、勢いの乗った言葉にかき消される。
「ちょっと待ったぁ! 日向はね、アレなのよ。若いうちってそういう時期あるでしょ。若い子特有の黒い時代なの」
「ひまりちゃん!なんてこと言うの! それにひまりちゃんだって、私に負けず劣らず優秀なくノ一じゃない!」
「やめてー!私の歳でそれを言ってたら、ただの痛い人だから! 洒落にならないわ!」
周囲の人間をそっちのけでギャアギャアと叔母・姪コンビの漫才が始まってしまう。
内容がまずかったのか取っ組み合いにまで発展しそうだ。
「あのー、きっと剣呑だった空気を和らげようとしてくださったんですよね? お気遣い頂きやして、ありがとうごぜえやす」
さすがに状況も状況なので、身分差は気にしつつも止め役となる源五郎親方。
「そうなんですよー。ほほほ」
今度こそは、もう余計な事は言わせないと物理的にも日向を封じた。
日葵の腕には、日向が抱え込まれており、手で口を抑えれモガモガしている。
何か言ってるようだが、この流れでは恐らく「本物のくノ一だ」と言っているんじゃなかろうか。
皆、同様に察しているが、そこに触れると話が進まなそうなので、誰も触れない。
やがてなんとか抜け出した日向は、着物の乱れを直して、ため息を一つ。
「もう! せっかくいい流れで説明してたのに。頭が良いできる系の印象が台無しじゃないですか。もうですよ。それで上野のうぐいす屋には使用人が二人いるんですよね?」
気になる所はあるが、ツッコミ役不在のおかげか、変に混ぜっ返す人間がいないので話がスムーズに進む。
「へい。弥助と太吉でさぁ」
「となると、そのうちのどちらかが怪しいわね」
話が厄介になるので、主導権は日葵が受け持つようだ。
「そうは思いたくはねぇんですが」
「仕方ないわ。本店のように上野のお店の上に住んでるの?」
「いえ、あっちは狭い借家なので、近くの長屋に住まわせてやす」
「なんて言う長屋?」
「弥助が五兵衛長屋で太吉が魚魚長屋でさ」
「ありがと。そっち行ってみるわ。本人は今の時間なら店にいるでしょ?」
「へい。夜になるまで戻りやせん」
「じゃあ家探しと行きますか!」
「源五郎親方、包丁が無くなって言うけど、ここでは包丁を持ち歩いて無くす物なの?」
「いえ、包丁は各自が管理していて、研ぎも自分でやらせてやす。なもんで研屋にも出すことはねえです。だから外にある訳が無い訳でして……」
冷静に説明していると次第に語尾が小さくなる。それはそうだ。外にあるはずの無いものを、見つけるまで帰ってくるなと追い出してしまったのだから。
「責めてるわけじゃないの。正確に出来事を把握したいだけ。それで、当然お店の中は探したのよね?」
「へい。それはもう。銀次を追い出してからも残りの者全員で探しやした」
「でも無いのよね? じゃあ他の部屋は?」
「他の部屋と言っても、一階はあっしの部屋ですし、上は、ここにいる使用人たちと銀次の部屋でして」
「探してみてもいいんじゃない?」
「もちろん、探しやした。ありやせんでした」
話を聞く限り手詰まりだ。勝手に店の外に出ていくものでもないし、かといって店にも無し。
さて、どうしたものかと項垂れるうぐいす屋の面々に、日向は何気なく呟く。
「それって誰かが持ち出したって事になるんじゃないですか?」
「馬鹿言っちゃいけねえよ! お嬢さん。ここにいる誰もが銀次を認めてる。あいつに悪さをしようなんて奴は居やしませんって。それにあっしの部屋は、階段の脇なもんで誰かが通れば足音に気が付きやす」
その答えに嬉しそうに頷き、日向は話を続ける。
「銀次さんは良い人なんですね。良かった。店の人じゃないとすると外から人が入ったという事ですよね?」
さも当然と泥棒にでも入られたと言われて、ギョッとするうぐいす屋の面々。彼らは今日一日で何度驚くことになるのだろう。
「そうは言っても、なんで包丁なんか。金も残ってやしたし、他に取るものがあったでしょう。包丁が魂ってのは料理人に限っての事ですから」
「しかし、その包丁だけが盗まれたと。うーん、それって泥棒さんは、包丁が銀次さんにとって何より大事って知ってたって事になるんじゃないかな? 全員の包丁ではなく、銀次さんの包丁だけという事から、競合店の嫌がらせではなさそうですし」
再度驚きに包まれるうぐいす屋の面々。
「そ、それは……身内って事ですかい?」
「そうなっちゃうと思います。うぐいす屋さんの身内で、この店にいない人。それは上野のうぐいす屋さんの使用人の方しかいないですよね?」
「驚いた。……お嬢さん、そんなちっこいのに良く頭が回りやすね」
「ちっこいとは失礼な! 私はもう十五歳です! そして何より重要なのは、私は優秀なくノ一なんですからね! このくらいは当然なのです」
「ちょっと日向!」
止めるのも間に合わず、堂々とくノ一と言い放つ日向にうぐいす屋の面々はというと、思いもよらぬ発言にポカンとしてしまっている。
「お嬢さん、くノ一って忍者の女番のあれですかい?」
「はい! そう――」
胸を張って、「そうですよ」と同意しようとする日向。しかし、その言葉は、勢いの乗った言葉にかき消される。
「ちょっと待ったぁ! 日向はね、アレなのよ。若いうちってそういう時期あるでしょ。若い子特有の黒い時代なの」
「ひまりちゃん!なんてこと言うの! それにひまりちゃんだって、私に負けず劣らず優秀なくノ一じゃない!」
「やめてー!私の歳でそれを言ってたら、ただの痛い人だから! 洒落にならないわ!」
周囲の人間をそっちのけでギャアギャアと叔母・姪コンビの漫才が始まってしまう。
内容がまずかったのか取っ組み合いにまで発展しそうだ。
「あのー、きっと剣呑だった空気を和らげようとしてくださったんですよね? お気遣い頂きやして、ありがとうごぜえやす」
さすがに状況も状況なので、身分差は気にしつつも止め役となる源五郎親方。
「そうなんですよー。ほほほ」
今度こそは、もう余計な事は言わせないと物理的にも日向を封じた。
日葵の腕には、日向が抱え込まれており、手で口を抑えれモガモガしている。
何か言ってるようだが、この流れでは恐らく「本物のくノ一だ」と言っているんじゃなかろうか。
皆、同様に察しているが、そこに触れると話が進まなそうなので、誰も触れない。
やがてなんとか抜け出した日向は、着物の乱れを直して、ため息を一つ。
「もう! せっかくいい流れで説明してたのに。頭が良いできる系の印象が台無しじゃないですか。もうですよ。それで上野のうぐいす屋には使用人が二人いるんですよね?」
気になる所はあるが、ツッコミ役不在のおかげか、変に混ぜっ返す人間がいないので話がスムーズに進む。
「へい。弥助と太吉でさぁ」
「となると、そのうちのどちらかが怪しいわね」
話が厄介になるので、主導権は日葵が受け持つようだ。
「そうは思いたくはねぇんですが」
「仕方ないわ。本店のように上野のお店の上に住んでるの?」
「いえ、あっちは狭い借家なので、近くの長屋に住まわせてやす」
「なんて言う長屋?」
「弥助が五兵衛長屋で太吉が魚魚長屋でさ」
「ありがと。そっち行ってみるわ。本人は今の時間なら店にいるでしょ?」
「へい。夜になるまで戻りやせん」
「じゃあ家探しと行きますか!」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~
裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか
―――
将軍?捨て子?
貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。
その暮らしは長く続かない。兄の不審死。
呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。
次第に明らかになる不審死の謎。
運命に導かれるようになりあがる吉宗。
将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。
※※
暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。
低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。
民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。
徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。
本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。
数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。
本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか……
突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。
そして御三家を模倣した御三卿を作る。
決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。
彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。
そして独自の政策や改革を断行した。
いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。
破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。
おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。
その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。
本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
鄧禹
橘誠治
歴史・時代
再掲になります。
約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。
だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。
挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。
歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。
上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。
ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。
そんな風に思いながら書いています。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
家事と喧嘩は江戸の花、医者も歩けば棒に当たる。
水鳴諒
歴史・時代
叔父から漢方医学を学び、長崎で蘭方医学を身につけた柴崎椋之助は、江戸の七星堂で町医者の仕事を任せられる。その際、斗北藩家老の父が心配し、食事や身の回りの世話をする小者の伊八を寄越したのだが――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる