上 下
1 / 51
前段

はじまり はじまり

しおりを挟む
 これは、八代将軍 徳川吉宗が将軍に就任したばかりの頃のお話。

 吉宗は紀州藩主だった頃からの家臣を連れ、江戸城に入った。

 その際、引き連れた家臣は、近くにいた四十名余りのみ。

 嫡男(家を継ぐ男子)の家重などの家族は後から江戸に来る。その家族を陰から守って江戸に入ったのが、かの有名な御庭番衆なのである。

 総勢十七家の彼らは吉宗が組織した忍び集団。元々貧しい暮らしを強いられていた彼らは吉宗に見出され、子飼いの忍びへと変貌した。

 その忍び衆は、吉宗の耳目となるべく江戸へと招集されたのだ。
 信頼のおける者として護衛任務を兼ねて。


 そして、彼らの家族も後を追う。誰もが田舎を出て江戸という都会暮らしをするという変化に期待と不安を抱えているような表情をしている。

 そんな中でもキョロキョロと辺りを見回し、気になるものを見つけては夢中になり、行列から置いていかれては、急いで戻るを繰り返す人物が二人。

 動きも雰囲気も似た母子に見えるが、そうではない。

 彼女達は本編の主人公、宮地日向みやじひなた川村日葵かわむらひまりの姪、叔母コンビだ。

 この落ち着きのない二人。紀州和歌山から江戸までの長旅にも関わらず、他の女衆とは比べ物にならないほど、元気が良い。


 現に姪の日向は、最後尾から行列を追い越し、木に登りだした。
 まるで猿の如くスルスルと。

「おやおや~。ひまりおばちゃん! 一町(200m)先に峠の茶屋を発見」
「でかした日向! じゃ、お先!」

 団子屋の報告を聞くや否や駆けだす叔母の日葵ひまり

「あ、抜け駆け禁止です! 負けませんよ~!」

 結構な高さに登っていたというのに、音もなく着地した日向ひなたは後を追っていく。


 と、まあこんな感じである。
 話は戻るが、なんでこんなに元気があるのかということ。

 それもそのはず、なぜか彼女らは女子だてらに忍術修行を潜り抜けたくノ一・・・なのだから。

 御庭番衆には、くノ一は彼女たちしかいない。そもそも庭番として紀州藩に仕えていた侍達が御庭番衆になったのだから、御庭番衆には男しかいないのだ。

 だというのに持ち前の愛嬌で指導官である忍びの頭領に好かれ、吉宗とも懇意だった事もあり忍術修行に混ざる始末。
 やらせてみれば男共より成績が良いときたもんだ。

 それを聞いた御庭番衆の筆頭は、正式に、くノ一にならないかと打診するも断わられる。
 その時の御庭番衆の筆頭の顔ときたら、俗に言う、鳩が豆鉄砲を食ったようと言えば良かろうか。

 大恩ある主君の吉宗が、将軍に選ばれた時より驚いた顔をしていた。

 なんせ、断った理由が忍者になってみたかっただけだからとの事。
 そんな顔になっても仕方なかろう。

 もしかしたら、驚いたのではなくて、呆れていたのかもしれない。


 しかし、流石は御庭番衆筆頭の男。
 彼女たちの才能を惜しんで、引き止めたのだが、彼女たちの意志は変わらない。

 仕方なく叔母の日葵ひまりを同じ御庭番衆の川村家に嫁がせ、その才能を次代に託すことを目論む。
 宮地日葵は、こうして川村日葵となった。

 叔母である日葵は、婚儀自体は了承したが、他家の嫁になったところで、彼女はどこ吹く風。

 御庭番衆筆頭の父親と仲も良く、一緒に薬草を摘みに山に行ったり、得意の印地打ち(石投げ)で鹿を仕留めたり、野生児顔負けである。

 日葵と日向は性格まで似ていて、周りに好かれる天真爛漫な彼女たちは、興味を持ったことに真っしぐら。

 共通の好物である甘味巡りも止まらず、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
 出掛けてみればトラブルに巻き込まれるも、得意の忍術を用いて、いつの間にやら解決してしまう。

 
 そんな生活をしてきた二人であるが、叔母の日葵は三十五歳。いくらか分別が付いてきたのだが、日向は十五歳、箸が転がっただけでも楽しいお年頃だ。

 二人合わさると、どうしても猫のような性格が戻ってきてしまい、まるで似た物親子のようになってしまう。

 結局、それ以降も彼女達の気ままな行動は相も変わらず、今に至るという訳だ。


 そんな彼女たちは、まもなく華のお江戸へと辿り着く。

 実のところ、二人の気ままな江戸暮らしは、人を助け、事件を解決し、陰謀に巻き込まれてしまう。
 まさに波瀾万丈といえる日々が待っている。

 しかし、その行動は江戸の多くの人々を助け、大恩のある吉宗を助ける事になるのだが、今はまだ本人達は預かり知らぬ事。

 そんなお話の始まり始まり。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

証なるもの

笹目いく子
歴史・時代
 あれは、我が父と弟だった。天保11年夏、高家旗本の千川家が火付盗賊改方の襲撃を受け、当主と嫡子が殺害された−−。千川家に無実の罪を着せ、取り潰したのは誰の陰謀か?実は千川家庶子であり、わけあって豪商大鳥屋の若き店主となっていた紀堂は、悲嘆の中探索と復讐を密かに決意する。  片腕である大番頭や、許嫁、親友との間に広がる溝に苦しみ、孤独な戦いを続けながら、やがて紀堂は巨大な陰謀の渦中で、己が本当は何者であるのかを知る。  絡み合う過去、愛と葛藤と後悔の果てに、紀堂は何を選択するのか?(性描写はありませんが暴力表現あり)  

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

忍びゆくっ!

那月
歴史・時代
時は戦国の世。 あぁ… どうして、生まれてくる時を、場所を選べないんだろう 病弱な彼は、考えていた。考えることが、仕事だった 忍の、それも一族の当主の家系に生まれたのに頭脳しか使えない ただ考えていることしかできない、彼の小さな世界 世界は本当はとても広い それに、彼は気づかされる 病弱を理由に目の前にある自分の世界しか見えていなかった 考えること以外にも、自分は色々できるのだと、気づく 恨みを持つ一族の襲撃。双子の弟の反逆。同盟を結ぶ一族との協力 井の中の蛙 大海を――知った 戦国の世に生きる双子の忍の物語。迫り来るその時までに、彼は使命を果たせるのか…? 因果の双子

処理中です...