上 下
11 / 15
第二章 七海諸島 大江島

第十一話 厳しい戦いには友の助けが必要

しおりを挟む
「いや~、これはかなり酔ってるな」 
「田宮先輩は結構飲まされてましたもんね」 

 青年部会の会合が終わりかけた頃、ぞろぞろと見知らぬ男性たちが公民館に入ってきた。一瞬、何事かと驚いたが、みな一様に美味しそうな匂いをさせた包みと酒瓶を持っていて、俺は察してしまった。 

 会合の後には、青年部会のメンバーで親睦会という名の宴会をするのが通例なのだそう。そして、侵入してきた男たちは、青年部会の幽霊部員。会合には参加しないが、宴会には参加するのだとか。なので、会合の終了時間になると、公民館に集まってくる。総勢20名。 

 この半分でも会合に参加してくれれば、もう少し青年部会も活発になるのにと思わずにはいられない。しかし、宴会では直接顔を合わせて話もできたのは良かったことだろう。 

 それにしても大江島の人たちは酒が強い。 

 焼酎は割らずにそのままガンガン飲む。こちらもコップを差し出せば、焼酎をなみなみと注がれる。酔うわけにいかないと、焼酎を薄めたい気持ちで一杯だったのだが、お湯や炭酸などはなく、飲み方といえば、コップという名の湯呑み茶碗に一升瓶の焼酎を注ぐだけだ。挨拶で回るからにはコップを開けて、注ぎ合う行為が必要となる。どうしても酒量が増えてしまった。 

「こんなことになるとは思わなかった。ウコンドリンクを飲んでおかないと、明日は二日酔い間違いなしだな」 
「この島でウコンドリンクを見た記憶はないですよ?」 

 そう。この島の商店には、サラリーマンの友はいない。 
 なんとも寂しい限りだ。今日のような宴会が続くなら、俺一人で立ち向かえる気がしない。いつか内地に戻るときがあれば、心強い友を箱買いしておかねばと決心する。 

「だよな~。中川さんも結構飲んでいたけど大丈夫か?」 
「私は大丈夫ですよ! ちゃんとペース配分守ってましたし」 

「そうは言うが、君は酔うと距離感が近くなるし、男性諸君に誤解を与えてしまうから気をつけないと」 
「え~? 距離感近いです?」 

 そう言いながらも確信犯のように身を寄せてくる。 
 南国の夜風に乗った柑橘系の香りは、ひどく心をざわつかせる。 

「ほら! 今も近いじゃないか」 

 覗き込まれた美しい瞳に、思わず顔を逸らす。火照る顔がより熱く感じた。 

「ちゃんと思い出してくださいよ! 今日の宴会で他の人と距離近かったりしてました?」 

 中川さんの言葉を受けて、先程までの宴会の光景を思い出す。 
 序盤から中盤までを思い返すと、さほど気になる様子はなかったように思えた。酔いが加速していた終盤についても、何とか思い出そうと記憶をまさぐるが、やはり普通の距離感だった気がする。いつも中川さんと酒を飲んでいる時の距離感は……、今日は出ていなかったのか……? 

「う~ん、そう言われて思い返してみれば……、言うほど距離感が近いことも無かったか?」 
「無いです。全然」 

 当然とばかりにハッキリと明言されてしまい、自分の認識に不安を覚える。 

「おかしいなぁ……。飲み会とか残業してる時とか、気が抜ける時間の中川さんって距離感が近くなってる気がしたんだけどなぁ」 
「なんだ、ちゃんと分かってるじゃないっすか! 距離が近くなるのは特別なんですよ!」 

「そうか。今日は気が抜けるような飲み会じゃなかったし、大丈夫なのか」 
「分かってるようで分かってないんだよな~。まったく」 

 あまりな言葉に、一応、年上で上司なんだけどなと思わずにはいられない。 
 去年こそ、入社したばかりで世話になりっぱなしだったけど、その分、業務以外の面では彼女に気を配ってきた自信がある。 

「分かってないか……。ちゃんと見ているつもりなんだけどな。君のことは」 
「もう! そういうとこっすよ!」 

「そういうところって言うと……、どういうところ?」 
「内緒です。さあ、シャンとしてください。明日はお休みだからって、お昼まで寝てちゃ駄目ですからね!」 

 すでに歩くことすら限界を迎えている俺の頭では、彼女の言葉のニュアンスを汲み取ることが出来なかった。早々に白旗を上げて、当人に意図を尋ねてみたものの、内緒と言われてしまった。 

 そればかりか、至らぬ弟のような扱いを受け、家に押し込まれるように背を押された。 
 上司たるもの、本当なら彼女を一人で帰らせるのではなく、俺が送っていくべきだったのだが。 

「おう、善処する。――っと、着いたな。夜道を送っていけなくてすまん。俺の方が限界だ」 
「私は大丈夫ですから。スーツは皺にならないように脱いでから寝てくださいね」 

 結局、起きたのは翌日のお昼。中川さんの言葉に対して、生返事をして借家へと入ったはずなのだが、それを最後に記憶は飛んでいた。 

 自分の格好を眺めてみれば、スラックスは履いたままで、上着は床に放り投げられている。全く弁明の余地がないほどに、中川さんから注意されていたことは何一つ守れていなかった。 

 カーテンが開けっ放しの窓から見える自然豊かな景色。すでに太陽はしっかり昇りきっていて、二日酔いの俺には眩しすぎる日差しが部屋を照らしていた。 

  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

人災派遣のフレイムアップ

紫電改
経済・企業
貧乏大学生・亘理陽司の裏の顔は、異能で企業の厄介事を処理するエージェント。 武闘家美少女・七瀬真凛をアシスタントに危険なミッションに挑戦する! 立ち塞がるのはサイボーグ、陰陽師、ミュータント、武術の達人、吸血鬼……ライバル企業が雇ったエージェントたち。 現代社会の裏側で繰り広げられる、ルール無用の異能力バトル! ミッションごとに1話完結形式、現在5話更新中!

首を切り落とせ

大門美博
経済・企業
日本一のメガバンクで世界でも有数の銀行である川菱東海銀行に勤める山本優輝が、派閥争いや個々の役員たちの思惑、旧財閥の闇に立ち向かう! 第一章から第七章まで書く予定です。 惨虐描写はございません 基本的に一週間に一回ほどの投稿をします。 この小説に登場する人物、団体は現実のものとは関係ありません。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

みぱぱのお仕事海外旅行記

三原みぱぱ
経済・企業
ある水処理メーカーに勤めるみぱぱと言う人物が、海外のいろいろな国へ行き、いろいろな体験をするお話です。 日本ではあまり体験しないようなことを徒然なるままに書き連ねていきます。

こちら織田証券(株)清州営業所

喜多ばぐじ・逆境を笑いに変える道楽作家
経済・企業
笑って、さくっと読めて、勉強になる。 織田証券株式会社へ、ようこそ! 【Ⅰ章 秀吉、暗号資産に全集中をする】 「TA・WA・KEEEE!!誰が、損切大魔王じゃ!」 「はっは~!」 織田証券株式会社では、今日も信長様の怒号が響き渡る。 `大魔王信長`社長は、その驚異的な先見性で数々の伝説的なトレードを繰り返し、父親から譲り受けた織田証券を成長させていた。リーマンショックのどさくさに紛れて、今川証券から仕掛けられた桶狭間的なM&Aもはねのけ、今や飛ぶ鳥を落とす勢い。目指すは天下布武。武田、上杉証券など競合ひしめく証券業界で、Noを目指す。というのは表の目的で、信長の真意は別にあった... 彼が求める`真の通貨``黄金のポートフォリオ`とは? 【Ⅱ章】光秀、謀反をやめて転職をする  光秀が転職活動に本気を出します。 【外伝】ねねと秀吉~暗号資産講座  物語を楽しむための外伝です。暗号資産とは何か、楽しく学べます! 【番外編】新入社員ガモタンの珍道中 コメディ短編です! よろしければ『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...