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第二章 七海諸島 大江島

第六話 タヌキ親父との会談

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 大江島に着いて、車からの視察をしてから一週間が経った。 
 それ以降は、島民の方々の話を聞いて回ったり、島内を調査したりしてきた。 
 今日は唯一の部下である中川さんと南の島オフィス兼俺の借家で調査結果のすり合わせを行う予定だった。 

 南の島オフィスはオフィスとは名ばかりの純和風に近い。 
 玄関から地続きの土間敷の応接間。 
 籐製のチェアが二脚と、二人掛けのベンチが一脚。 
 作業のしにくそうな低めのテーブル。 

 これが我がエコソーシャル社 南の島オフィスの陣容である。 
 ここまで来るとネット回線が使えることを有りがたく思わなければならないのかもしれない。 

 良い点を上げるとすると、通勤時間がゼロということくらいか。 
 中川さんの借家も3分ほどしか離れていない。 

 ただ、予想外だったのは、オフィス事情だけでは無かった。 

「ここまで食い違ってるとは思いませんでした……」 
「そうだな。県知事との温度差はひどいものだ」 

 当初抱いていた大江島の再建は厳しいだろうという感覚。しかしながら、島内を見て回れば回るほどに下方修正されていった。もちろん悪い方へ。 

「何ですか。あのタヌキ親父の言ってた事と180度違うじゃないっすか!」 

 お怒りの様子の中川さんの言葉で、大江島に来る前に会談した県知事とのやり取りを思い出していた。 
  

 ◇◆ 
  

「やあやあ、あなた方が大江島を何とかしてくださるというエコソーシャル社の選りすぐりの方ですな!」 
「いえいえ。私達はそれほどの者ではございません。しかしながら、社を代表して来た以上は、きっちりとやり遂げます」 

「おお、おお。それは心強いですな。まあ、立ち話はなんですから、おかけくださいよ」 

 今回のプロジェクトである大江島の税収を十倍にするという再建プロジェクトであるが、その大江島は、九州の某県に属する。市区町村制でいうと某県大江村となる。 

 我が社の社長である柳瀬川社長にコンサルの依頼をしたのは、この県知事。 
 そのため、大江島に向かう前に、県知事に挨拶と依頼内容の最終確認をするため訪問していた。 

 俺と中川さんは、県知事に促されるままに、革張りのフカフカなソファに腰を掛ける。 
 相対して座った県知事は足を組み、どっしりと背を預けるような格好だ。 

「今回の発案は県知事からと我が社の柳瀬川より聞いております。大江島の島民の皆様もプロジェクトについては理解及び賛同いただけているのでしょうか?」 
「それは決まっているじゃないか。このプロジェクトが成功すれば、島民は豊かになるのだからな。村長には直々に連絡しておいたから心配無用だ」 

 大様おおように答えた県知事は太鼓判を押す。 
 かなり自信を持っている様子で、まだ見ぬ大江島再建プロジェクトのスタートに、一筋の光が差し込んだように思えた。  

「それは心強い限りです。今回のプロジェクトは税収を十倍にするという大きな目標を掲げております。何か想定されている懸念などはあるのでしょうか?」 
「懸念などあるわけがないだろう。あるとすれば、島民は年寄り連中ばかりで若いもんが島を離れていっているくらいだろ」 

「公開されている情報を見ても、人口が逓減傾向にありますね。比例して税収も下がってしまっている」 
「ろくに産業もない不便な島なのだから、それも当然だろう。日本のどこにでもある話だ」 

 たしかに県知事の言う通りだ。どこの地方都市も似たような問題を抱えている。 
 だからこそ、どこも知恵を絞って問題解決に向けて努力している。 
 すでにいくつかの自治体では積極的に取り組んでいるところもあるしな。 

「たしかに地方では限界集落が増え、公共サービスの提供が困難になっています。そのため、都市部に移住を促し、コンパクトな街作りを目指すスマートシティ構想というものが主流になっていますね」 
「ああ。だが、離島の場合はそうもいかん。海で隔てられているし、国策の絡みもある」 

 県知事の言う国策の絡みとは、離島振興法関連についてだろう。 
 これらの法案は医療や教育の充実化や領海や経済的排他水域の保全などを目的としている。簡単にまとめると、離島生活が不便だからといって無人島になっては困るという感じだ。 

「離島振興法ですね」 
「当然、下調べは済んでいるか。そう、日本は島国という立場上、どの島にも日本国民が居住しているという状況は維持されるべきという姿勢を取っている。つまり、財政的に苦しくても一定の公共サービスを維持し、離島でも本島と同じような生活環境を提供せねばならんという訳だ。そこで儂が離島の財政問題を解決してみろ? 高い政治的手腕と強い経済感覚を持つという評判。全国に先駆けて成功させた第一人者の看板も得られる。県政に留まらず、国政に打って出ることも可能だろうな!」 

 始まってもいないプロジェクトが成功したあとの算段を聞かされてなんとも言えない気分になる。 
 ガハハと笑っている県知事に、俺らは苦笑いしか出なかった。 

「それは……まあ、そうかもしれませんね。だからこそ難しいプロジェクトになるのでしょうが」 
「ふん。それは分かっておる。出来なかろうと、ちゃんと離島問題にも取り組んでいるという姿勢が大事なのだよ。何か島民が利用できるハコモノでも建てておけば、彼奴等も文句なかろう。その時は声をかけろよ。懇意の土建屋を紹介してやるからな」  

 既定路線のように話す県知事。 
 しかし、俺達がハコモノの発注をするわけじゃないのだけどな。 

 県知事にも色々とお付き合いがあるわけだから、業者を紹介したい気持ちもあるだろう。 
 ただ、ろくにプランも作成していない段階でハコモノありきの発想は前時代的に思える。 
 地方活性化のために建てられたハコモノが大して利用されていないという実情は枚挙に暇がないのだから。 

 頭が痛くなりそうな話題だが、こういった話になったときの常套句だと思うしかないか。 

「はあ。そのような機会があれば、そうさせていただきます。それでは、我らはこれから大江島に向かいます。お時間をいただきありがとうございました」 
「そうか。せいぜい頑張りなさいよ。そこのお姉ちゃんも鄙びた離島生活に飽いたら、連絡してきなさい。こっちで飲みに連れて行ってあげよう」 
「はい。そのような機会があれば、そうさせていただきます」 

 笑顔は満点だが、握り込んだ拳が怖い。 
 社会人三年目でここまで社交辞令を使える人材は優秀だろう。 
 俺がその年齢だったら殴りたくなっていただろう。 

 これ以上、県知事が余計なことを言わないうちに、そそくさと県庁舎を後にした。 
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