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第一章 辞令は南の島オフィス
第三話 呪いのメールかなんかっすか?
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嘘のような辞令を受け取った社長室を出ると、俺は自席に戻った。
すると祈るように椅子に座っている中川さんが目に入る。
彼女のひたむきな祈りの姿勢。明らかに異質な雰囲気を漂わせている。
彼女以外の社員は、四月一日の期初ということもあり、仕事そこそこに夕方から始まる花見に浮かれているようだ。
同じ空間にいるのに、彼らとのギャップが半端ない。
その姿勢はエイプリルフールの冗談であってくれと願っているようだ。
そう祈りたい気持ちは痛いほど分かる。
彼女の日頃の活発さは影を潜め、注視しなければ、そこにいると感じられないほどに存在感を失っている。
跳ねるような可愛らしい癖っ毛すらも元気が無いように見える。
何だろう。春らしい淡い華やかなパステルカラーのトップスが、より存在感を失わせているような……。
俺は共有されたデータを確認して、タブレットを片手に中川さんの下へ。
「おーい、中川さん。ちょっと時間ある?」
何の反応も見せない様子に、どうしたものかと思案する。
このご時世、肩を揺するのも躊躇するし、顔を覗き込むのも危険だ。
無難にデスクをノックするように大きな音を出し、気が付いてくれることを願う。
「あれ、田宮さん。どうしたんすか?」
三度目のノックでやっと反応してくれた中川さんは、まだ夢の中のような素の返事で応じた。
「赴任先の件で、ちょっとな。打ち合わせがしたい」
「あー、あれっすか。田宮さんも仕掛け側の人間なんすね。人事部長も会社も、組織ぐるみのドッキリなんて性質悪いっすよ。近頃の日本じゃ、エイプリルフールにそこまで熱を入れないですし。せめてハロウィンくらいにしましょうよ!」
「何を言っているか分からんが、取り敢えず安心しろ。俺も被害者だ。そしてドッキリじゃない。……多分」
まるで外国人のようなオーバーリアクションで訴えてくる中川さん。
ショートボブの良く似合う目鼻立ちのハッキリした子だが、今はその目力がちょっと怖い。
「いやいや! 田宮さんも仕掛け人で良いですから! だからドッキリであってください!」
「そうであってくれたらどれだけ良いか。ほら、再起動したんなら打ち合わせに行くぞ」
現実逃避に忙しい中川さんを引きずるように小さなミーティングルームへ。
認めたくはないが、明日からの俺達には必要な時間だった。
◇◆
エコソーシャル社のオフィスには、カフェのようなオープンタイプやオブジェのような椅子が並ぶ打ち合わせスペースもあれば、ドアを閉められる個室タイプの打ち合わせスペースもある。
ちょっとした打ち合わせなら、腰を掛けやすいオープンタイプを選ぶものだが、今回の話題にはそぐわない。
迷うことなく個室タイプの打ち合わせスペースに入り、ひとまず腰を落ち着ける。
俺らには、気持ちを落ち着かせる時間が必要だろう。
まだ本調子ではない彼女を尻目に、タブレットを操作してデータを共有しておいた。
これで中川さんも同じ情報を見ることが出来るようになった事になった。
着実に事実が積み重なる。
「データ共有しておいたからな」
「……出来たら永遠に共有したくなかった」
「奇遇だな。俺もだ」
「じゃあ送らないでくださいよ! 呪いのメールか何かっすか! まあ、タブレットはデスクに置き忘れたので見られないんすけどね。せっかくなので、このまま書類の山に埋もれててもらいます」
「無茶言うな。仕事だ。掘り出してこい」
「え~、めんどいっすよ。田宮さんのタブレットで見せてください」
そう言うや否や、対面で座っていた椅子から立ち上がり、俺の隣の椅子へ移動した中川さん。
俺のタブレットを一緒に見ようと、椅子だけでなく身体も寄せてきた。爽やかな柑橘系の匂いが香る。
この子は愛嬌があって人懐っこいが、距離感が近いのが玉に瑕だな。勘違いする男は多いだろう。
少し逃げるように身体をずらし、距離を取る。
「資料はモニターに出すから、席戻って良いぞ?」
「このままでも充分見れますから、大丈夫っすよ。それで、ドッキリの資料はどこまで作り込んでるんすか?」
「ドッキリじゃないけどな。これだよ」
柳瀬川社長から共有されたデータファイルを開くと、大江島の簡潔にまとめられたデータがあり、観光案内サイトが続く。ざっと見る限り、大江島には観光客を呼べそうな資源は無さそうだ。
実際に、観光案内の紹介文にも綺麗な海と新鮮な魚。釣りが出来て、自然が豊富と書かれている。ある意味、離島らしいと言えば離島らしいが、どこの離島でも当てはまるものばかり。
むしろ離島でなくとも体験出来る物の方が多いだろう。大江島でしか見られない天然記念物などがあれば良かったが、それは無さそうだ。
何より――
「船で五時間ですか……」
そう。島に行くまでがとてつもなく大変だった。
すると祈るように椅子に座っている中川さんが目に入る。
彼女のひたむきな祈りの姿勢。明らかに異質な雰囲気を漂わせている。
彼女以外の社員は、四月一日の期初ということもあり、仕事そこそこに夕方から始まる花見に浮かれているようだ。
同じ空間にいるのに、彼らとのギャップが半端ない。
その姿勢はエイプリルフールの冗談であってくれと願っているようだ。
そう祈りたい気持ちは痛いほど分かる。
彼女の日頃の活発さは影を潜め、注視しなければ、そこにいると感じられないほどに存在感を失っている。
跳ねるような可愛らしい癖っ毛すらも元気が無いように見える。
何だろう。春らしい淡い華やかなパステルカラーのトップスが、より存在感を失わせているような……。
俺は共有されたデータを確認して、タブレットを片手に中川さんの下へ。
「おーい、中川さん。ちょっと時間ある?」
何の反応も見せない様子に、どうしたものかと思案する。
このご時世、肩を揺するのも躊躇するし、顔を覗き込むのも危険だ。
無難にデスクをノックするように大きな音を出し、気が付いてくれることを願う。
「あれ、田宮さん。どうしたんすか?」
三度目のノックでやっと反応してくれた中川さんは、まだ夢の中のような素の返事で応じた。
「赴任先の件で、ちょっとな。打ち合わせがしたい」
「あー、あれっすか。田宮さんも仕掛け側の人間なんすね。人事部長も会社も、組織ぐるみのドッキリなんて性質悪いっすよ。近頃の日本じゃ、エイプリルフールにそこまで熱を入れないですし。せめてハロウィンくらいにしましょうよ!」
「何を言っているか分からんが、取り敢えず安心しろ。俺も被害者だ。そしてドッキリじゃない。……多分」
まるで外国人のようなオーバーリアクションで訴えてくる中川さん。
ショートボブの良く似合う目鼻立ちのハッキリした子だが、今はその目力がちょっと怖い。
「いやいや! 田宮さんも仕掛け人で良いですから! だからドッキリであってください!」
「そうであってくれたらどれだけ良いか。ほら、再起動したんなら打ち合わせに行くぞ」
現実逃避に忙しい中川さんを引きずるように小さなミーティングルームへ。
認めたくはないが、明日からの俺達には必要な時間だった。
◇◆
エコソーシャル社のオフィスには、カフェのようなオープンタイプやオブジェのような椅子が並ぶ打ち合わせスペースもあれば、ドアを閉められる個室タイプの打ち合わせスペースもある。
ちょっとした打ち合わせなら、腰を掛けやすいオープンタイプを選ぶものだが、今回の話題にはそぐわない。
迷うことなく個室タイプの打ち合わせスペースに入り、ひとまず腰を落ち着ける。
俺らには、気持ちを落ち着かせる時間が必要だろう。
まだ本調子ではない彼女を尻目に、タブレットを操作してデータを共有しておいた。
これで中川さんも同じ情報を見ることが出来るようになった事になった。
着実に事実が積み重なる。
「データ共有しておいたからな」
「……出来たら永遠に共有したくなかった」
「奇遇だな。俺もだ」
「じゃあ送らないでくださいよ! 呪いのメールか何かっすか! まあ、タブレットはデスクに置き忘れたので見られないんすけどね。せっかくなので、このまま書類の山に埋もれててもらいます」
「無茶言うな。仕事だ。掘り出してこい」
「え~、めんどいっすよ。田宮さんのタブレットで見せてください」
そう言うや否や、対面で座っていた椅子から立ち上がり、俺の隣の椅子へ移動した中川さん。
俺のタブレットを一緒に見ようと、椅子だけでなく身体も寄せてきた。爽やかな柑橘系の匂いが香る。
この子は愛嬌があって人懐っこいが、距離感が近いのが玉に瑕だな。勘違いする男は多いだろう。
少し逃げるように身体をずらし、距離を取る。
「資料はモニターに出すから、席戻って良いぞ?」
「このままでも充分見れますから、大丈夫っすよ。それで、ドッキリの資料はどこまで作り込んでるんすか?」
「ドッキリじゃないけどな。これだよ」
柳瀬川社長から共有されたデータファイルを開くと、大江島の簡潔にまとめられたデータがあり、観光案内サイトが続く。ざっと見る限り、大江島には観光客を呼べそうな資源は無さそうだ。
実際に、観光案内の紹介文にも綺麗な海と新鮮な魚。釣りが出来て、自然が豊富と書かれている。ある意味、離島らしいと言えば離島らしいが、どこの離島でも当てはまるものばかり。
むしろ離島でなくとも体験出来る物の方が多いだろう。大江島でしか見られない天然記念物などがあれば良かったが、それは無さそうだ。
何より――
「船で五時間ですか……」
そう。島に行くまでがとてつもなく大変だった。
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